HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

鈴木理恵子&若林顕デュオ・リサイタル(2024) 

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【日時】2024.12.21(土)た14:00〜

【会場】横浜市戸塚区役所さくらプラザホール

【出演】若林顕(Pf.)鈴木理恵子(Vn.)

〈Profile〉

〇若林顕

 日本を代表するヴィルトゥオーゾ・ピアニスト。ベルリン芸術大学などで 研鑽を積む。20歳でブゾーニ国際ピアノ・コンクール第2位、22歳でエ リーザベト王妃国際コンクール第2位の快挙を果たし、一躍脚光を浴び た。その後N響やベルリン響、サンクトペテルブルク響といった国内外の 名門オーケストラやロジェストヴェンスキーら巨匠との共演、国内外での 室内楽やソロ・リサイタル等、現在に至るまで常に第一線で活躍し続けて いる。リリースした多くのCDがレコード芸術・特選盤となり、極めて高い 評価を受け続けている。2014年、2016年(サントリーホール)、2020年 (東京芸術劇場コンサートホール)でソロ・リサイタルを行い、また2023 年から「魔弾のピアニスト」リサイタル・シリーズ(同コンサートホール)を 開始、Vol.1(5月)は大成功を収めた。自身では3回目となる「ベートー ヴェン:ピアノ・ソナタ全曲シリーズ」を2017年に完結し、2018年より 2022年まで「ショパン:ピアノ作品全曲シリーズ」を行った。第3回出光音 楽賞、第10回モービル音楽賞奨励賞、第6回ホテルオークラ賞受賞。

 

〇鈴木理恵子

 桐朋学園大学卒業後、23歳で新日本フィル副コンサート・ミストレスに就任。2004年より約10年間、読売日本交響楽団の客員コンサートマス ターを務めた。これまでに篠崎功子、H.シェリング、N.ミルシタイン、M.シュ ヴァルベの各氏に師事。1997年からはソロを中心に活動。全国各地で のリサイタルの他、主要オーケストラとも多数共演。また著名な作曲家か らの信頼が厚く、多くの作品の初演に指名を受けている。ソロCD「ヴィ ヴァルディ:四季」をはじめ、「レスピーギ&フランク:ヴァイオリン・ソナタ」 など若林顕とのデュオ等、これまでに11枚のCDを発売、いずれも絶賛を 博している。2008年から横浜と掛川で、音楽とアートがジャンルを超えて 交わる「ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭」を自らプロデュース。斬新な内容 が各界で評価されている。ソリストとしてはハンガリーのソルノク市響や ジュール・フィルとの共演、デュオ・リサイタル(スウェーデン、ドイツ)、デュ オ・トリオ(フランス)等、ヨーロッパにも活動の場を広げている。

 

【曲目】

①W.A. モーツァルト『ヴァイオリン・ソナタ第18番ト長調 K.301』

(曲について)

 モーツァルトは1778年にヴァイオリンソナタの作曲を再開した。約12年の空白を経ていたが、再開したきっかけは、1777年の9月にマンハイムへの旅行の途中に立ち寄ったミュンヘンで、ヨーゼフ・シュースターのヴァイオリンソナタを知ったことである。モーツァルトはシュースターの作品から大きな刺激を受け、すぐさまヴァイオリンソナタの作曲に取りかかった。

第25番は1778年の2月頃にマンハイムで作曲された。第25番から第30番までの6曲は同年11月にパリで作品1として出版されたため、「パリ・ソナタ」と総称される。また、プファルツ選帝侯妃マリア・エリーザベトに献呈されたことから「マンハイム・ソナタ」とも総称される。

 シュースターの影響で生まれた新しい様式のヴァイオリンソナタの第1作にあたり、ピアノとヴァイオリンの有機的で協奏的な融合が光る作品であり、明らかに二重奏ソナタの内容を呈している。アルフレート・アインシュタインは「いくらかハイドン風」だと評している。

②F.シューベルト『アヴェ・マリア』

(曲について)

 シューベルト晩年の代表的な歌曲で、息の長い伸びやかな旋律から世界中で親しまれています。歌詞に「アヴェ・マリア」と歌われていることからしばしば宗教曲と誤解されますが、実際は宗教曲として作られたものではなく、スコットランドの詩人ウォルター・スコットによる叙事詩『湖上の美人』(The Lady of the Lake)のドイツ語訳にシューベルトが曲を付けたものです。この詩に登場する貴婦人ことエレン・ダグラスにちなんで「エレンの歌第3番」と名付けられています。
もとは声楽ですが、フルートやヴァイオリンなどで演奏されることも多く、とりわけ和声の美しさが印象的です。伴奏はピアノが6連符を刻むだけの単純なものですが、ドラマチックに展開される和声進行は聴き応えがあります。


③L.v.ベートーヴェン『ヴァイオリン・ソナタ 第7番 ハ短調 Op.30-2〈アレキサンダー〉』

(曲について)

 前後に連なる第6番第8番とともに、1802年頃に作曲されたと推定されるヴァイオリンソナタである。出版は1803年。第6番、第8番とともにロシア皇帝アレクサンドル1世に献呈されており、この経緯から3曲とも通称「アレキサンダー・ソナタ」とも呼ばれている。

 作曲推定年である1802年は、10月に「ハイリゲンシュタットの遺書」が認められるなど、ベートーヴェンにとってはある意味で追い込まれた年ではあったが、その一方で「英雄」の作曲が始められるなど、いわゆる初期から中期への転換に差し掛かる時期でもあった。第7番は前作第6番のイ長調、後作第8番のト長調のような明朗な調とは違い、厳しい調であるハ短調で書かれている。この「作品30」の3曲から、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタはモーツァルトの影響を脱し、独自の境地を築くこととなる。

 


④J.ブラームス『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77 〈ヴァイオリン&ピアノ版〉』

(曲について)

 ヨハネス・ブラームス1878年に作曲したヴァイオリン管弦楽のための協奏曲である。そのオーケストラ演奏の部分を、若林氏がピアノ伴奏用に編曲したもの。

 ヴァイオリン演奏部分は元と同じで、ブラームスがこの最初の、そして唯一のヴァイオリン協奏曲を書き上げたのは45歳になってからだった。ブラームスは幼少時からピアノよりも先にヴァイオリンとチェロを学び、その奏法はよく理解していた。交響的な重厚な響き、入念な主題操作、独奏楽器を突出させないバランス感覚、いずれもブラームスの個性が存分に表現された名作である。この曲は、交響曲第2番の翌年、即ち彼の創作活動が頂点に達した時期に作曲されたのです。

 本作品は、ベートーヴェンの作品61メンデルスゾーンの作品64と共に3大ヴァイオリン協奏曲と称される事が多い。

 

 

【演奏の模様】

①W.A. モーツァルト『ヴァイオリン・ソナタ第18番』

〇全ニ楽章構成

第 1楽章. Allegro con spirito

 Vn.とPf.の掛け合いが面白い曲でした。冒頭のVn.のくねくね奏とPf.伴奏の速いパッセッジが少し合わなかった。コロコロとしたPf.がとても気持ち良い音を立て、次第に両者の息が合ってきました。Vn.の音色はやや粗い感じがしますが、鈴木さんは、力強く落ち着いた演奏をしています。Pf.の合いの手⇒Vn.繰り返し奏⇒Pf.旋律奏⇒Vn.奏と推移、終盤の両者の斉奏では息がぴったり合っていました。この辺りでは若林さんは弾き始めの旋律にアゴーギクを効かせて、初音のテンポを心持ち落として弾く塩梅がとてもいい感じに聞こえました。

第2楽章 Allegro

 中々軽やかな楽章でした。Pf先導で開始、Vn.が同旋律でFollow、Vn.は華奢でない渋みのある音を立てているのも良し。Pf.は完璧な美しい調べを立てていました。中盤からのVn.の立てる旋律にやや異国風を感じました。ここでもPf.は美しい調べを立てていました。

 

②F.シューベルト『アヴェ・マリア』

 四、五分の短い曲。ピアノが先行して三連符の伴奏を開始、すぐにVn.が人口に膾炙した旋律を奏で始めました。その旋律は和声の美しさに富み、鈴木さんの中音域の調べは、強さも有る深い音を立てていました。次いでVn.演奏は高音部に転じ、高音の音色も細くなり過ぎないいい音で、高音の重音奏もはいりました。ただ初盤や、低音→高音に転じた時や、旋律「マリ⤴ー⤵ア」の赤矢印変化部分等で、やや不安定さが見られました。

 

③L.v.ベートーヴェン『ヴァイオリン・ソナタ 第7番 ハ短調 Op.30-2<アレキサンダー>』

〇全四楽章構成

第1楽章Allegro con brio

第2楽章 Adagio cantabile

第3楽章Scherzo: Allegro

第4楽章 Finale: Allegro - Presto

 ここでの副題<アレキサンダー>はマケドニアのアレキサンダー大王でなく、曲が献呈されたロシア皇帝アレクサンドル1世のことの様です。

 1楽章、Pf.が先行して、ジャーン ジャラララ ジャラララ とこれもかなり人口に膾炙した旋律を奏でると、続いてVn.が同旋律でFollowしました。鈴木さんはかなりの力奏で、軽快に調べを飛ばしていました。心持ちテンポの軽快さを、より強調出来ればさらにいいのにと思いながら聴いていると、さらにVn.はキザミ奏に至り、時に美しい調べ、時にはうるさい程の調べを立てました。後は、テンポを落とした重音奏を短く演じ、続く速いテンポのキザミ奏⇒Pf.との斉奏⇒速くて強いデュオの響きと続きました。終盤は何回もこのテーマが変奏も伴って出現、Pf.の合いの手でも繰り返されます。そして軽快なVn.奏に、Pf.は同様速い伴奏を続けました。

 旋律の合い間に短い空白を挟むのも中々味が有りました。しかし全体としてこの楽章で繰り返されるテーマはかなり厳しい強い調子の調べで、将にモーツァルトの影響から脱却したベートーヴェンらしさを強く感じる楽章でした。しかしこの楽章は全曲の1/3以上もある長い、悪く言うとくどい楽章で、聞いていて途中、どうも居眠りをかいてしまった様なのです。最近は年のせいなのか?夜型の生活が多いためなのか?電車に乗っても、バスに乗っても、うとうと寝てしまうことが往々としてあって、乗り過ごすことも珍しく有りません。今回のこの<アレキサンダー>の第1楽章の最後の方で、寝てしまった可能性が高いのです。気が付いた時には、2、3楽章どころか、4楽章の最後の終わりの部分でした。従ってどの様に演奏されたかは全く頭に入らなかったのです(馬鹿みたい!と言うかホントに馬の耳に念仏でした)。

 

   《20分間の休憩》

 

 後半は一曲のみですが、これが大曲、ヴァイオリンコンチェルトをオーケストラの代わりに若林さんのピアノの演奏をバックに弾くという試みでした。それもあの三大ヴァイオリン協奏曲として名高いブラームスのコンチェルトですから、この時ばかりは、目をつむらない様に気を引き締めて、聴きました。

 演奏前に管弦楽をピアノ版に編曲した若林さんのトークがあり、❝オーケストラの様々な楽器のアンサンブルやソロ音をピアノと言う一つの楽器だけで表現するのは無謀に見えますが、そのオーケストレーションでピアノで近似的に表現出来そうな編曲、また管楽器、打楽器等の合いの手をその強さやリズム等をヴァイオリンにマッチさせるピアノの音で再現出来る限界まで追求して編曲した経緯があり、かなりそれらしい響きも模擬で来た部分もあるので、聴いてほしい❞と言った趣旨の事を語っていました。

 そう言えば以前、あのベートーヴェンの第九を、二つのピアノの連弾で表現する演奏会を、聴いた事が有ります。リストが編曲したものが、東京藝大の教授二人により演奏されました。参考まで、その時の記録を文末に再掲して置きます。

 

④J.ブラームス『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77 (ヴァイオリン&ピアノ版)』

〇全三楽章構成

I. Allegro non troppo

II. Adagio

III. Allegro giocoso, ma non troppo vivace

 

 確かに若林さんの説明にあった様に、管弦楽のあのブーラムス臭芬々のオーケストレーションの一端をあちこちに感じさせるピアノ編曲版でした。これは凄い才能ですね。流石大学の先生を務めた若林さんだけあって、正確無比、しかも忍耐強さも感じました。それにも増して感心したのは、鈴木さんの将に熱演とも言えるソロヴァイオリン演奏でした。詳細は割愛しますが、自分のメモには、あちこちに◎が付く部分が多く有りました。例えば、第一楽章前半の中頃で、独奏Vn.のくねくね奏からよく鳴る高音の重音を交え中音域に下がりそこで立てた重音奏も◎、再度繰り返される強いボーイングによる ジャジャジャーンジャジャジャジャーンの調べも強くて粗々しく、如何にもブラームスらしい素晴らしい響き、高音から下行を何回か繰り返すパッセッジも◎、暫く後の箇所で、若林さんの強奏オケ風の調べに応じたVn,ソロが、高音の調べ⇒低音⇒高音跳躍音の変化する箇所でも鈴木さんの演奏は、恰も水を得た魚の如く、生き生きとピチピチ跳ねる力強いブラームス節の発現でした。

 又第2楽章のAdagioがこれまた素晴らしい演奏でした。若林さんのオケPf.がゆっくりと低音部から高音部へと変化、丹念にピアノを鳴らして、暫く序奏した後、鈴木さんのVn.ソロ音が高音で入ったその瞬間は何と美しい調べを立てるのだろうと感じ入りました。

 恐らく、鈴木さんの鳴らすVn.のねいろは、モーツァルトよりも、シューベルト、ベートーヴェンよりもブラームスの曲に最もフィットしているのではないでしょうか。

兎に角最後のオケPf.の強奏にも、速奏にも決して引けを取らない鈴木さんの演奏は今回白眉の演奏でした。

 演奏が終わり会場からは大きな拍手と掛け声もかかっていました。本演奏の後何回か袖に戻り再登場したお二方(実は昨今話題の夫婦別称のオシドリなのですね)はアンコール演奏を始めました。

 

《アンコール曲》パラディス『シチリアーノ』

 


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藝大ピアノ科教員による『オール ベートーヴェン プログラム〜最後のソナタと交響曲〜』

編集

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 この演奏会は、「ピアノシリーズ2020音楽の至宝 Vol.8」と題したプログラムの一環として、催行されたもので、藝大ピアノ科を中心とする先生方によるベートーヴェンの音楽を、纏まって聴ける良い機会と思い、聴きに出掛けることにしました。

【日 時 】
2020年11月15日(日)15h~

【会 場】東京藝術大学奏楽堂(大学構内)
【藝大案内文】
 世界70億の人々の内、いわゆるクラシック音楽が好きな人は何人くらいいるか見当も付きませんが、一番好きな作曲家は誰か、とアンケートを取れば間違い無くベートーヴェンの名前が首位に挙がる事でしょう。ベートーヴェンの音楽は あらゆる境遇、人種の人に生きるパワーを与え、また彼自身も「苦しみを乗り越え歓喜に至れ」と、それを音楽を通して伝える事を使命としていました。
 今回のシリーズでは創作の中核を成したシンフォニーを第1日で4手連弾により、またヴァイオリン、チェロ、ピアノそれぞれの最後のソナタと、あの「第九」をリスト編2台ピアノでお楽しみいただきます。ベートーヴェンイヤーに於けるピアノ科の作曲者への敬愛を感じていただければ幸甚です。ぜひお運び下さいますようお願い致します。
   青柳 晋(東京藝大音楽学部教授)

【出演者及び略歴】
《ピアノ演奏》
⚪青柳 晋
米国で5歳よりピアノを始め、小学4年時に帰国。桐朋学園を経てベルリン芸術大に留学。ロンティボー国際コンクール入賞、 ハエン国際コンクール優勝。第28回ショパン協会賞受賞。各地で幅広く演奏活動を展開している。東京藝術大学音楽学部教授。

⚪有森 博
1992年東京藝術大学大学院修了後、モスクワで研鑽を積む。ショパン、シドニー、チャイコフスキー国際コンクールにて 受賞。ロシア音楽に積極的に取り組みながら、CDを数多く録音。東京藝術大学音楽学部教授。

⚪伊藤 恵
ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学、ハノーファー国立音楽大学卒業。1983年ミュンヘン国際音楽コンクールに日本人初の第1位受賞を果たし、同年サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団と共演。シューマンの全ピアノ曲録音に続き、「シューベルト・ピアノ作品集」では、その第6集がレコード・アカデミー賞と第70回文化庁芸術祭賞優秀 賞を受賞。東京藝術大学音楽学部教授。桐朋学園大学特任教授。

 ⚪津田 裕也
東京藝術大学卒業、同大学院修了。ベルリン芸術大学を最優秀で卒業、ドイツ国家演奏家資格取得。2007年仙台国際音楽コンクール第1位、2011年ミュンヘン国際音楽コンクール特別賞ほか。東京藝術大学音楽学部准教授。

 ⚪渡邊 健二
東京藝術大学、同大学院、ハンガリー・リスト音楽院修了。第43回日本音楽コンクール第1位他、ミュンヘン、リスト・バルトーク等の国際コンクールに入賞。2018年ハンガリー国功労勲章オフィサー十字型受章。現在東京藝術大学音楽学部教授。

《ヴァイオリン演奏》
 ⚪植村 太郎
桐朋学園大学在学中に日本音楽コンクール第1位および多数の副賞受賞。同大学を首席卒業後、ハノーファー芸術大学、 ジュネーヴ音楽院、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学を卒業。2006年より名古屋フィル客演コンサートマスター、 2017年より藝大フィルハーモニア管弦楽団ソロコンサートマスター。現在、東京藝術大学演奏藝術センター准教授。

《チェロ演奏》
⚪中木 健二
パリ国立音楽院を首席で卒業。ソリスト・室内楽奏者として活動している。使用楽器はNPO法人イエローエンジェルより貸与されている1700年製ヨーゼフ・グァルネリ。東京藝術大学音楽学部准教授。

【曲 目】オール ベートーヴェン プログラム

①ベートーヴェン『ヴァイオリンソナタ第10番ト長調 op.96』L. v. Beethoven:Sonate für Violine und Klavier Nr.10 in G op.96
ヴァイオリン:植村 太郎 

ピアノ:有森 博

②ベートーヴェン『チェロソナタ第5番 ニ長調 op.102-2』
L.v.Beethoven:Sonate für Violoncello und Klavier Nr.5 in D op.102-2
チェロ:中木 健二  
ピアノ:津田 裕也

③ベートーヴェン:『ピアノソナタ第32番 ハ短調 op.111』
L.v.Beethoven:Sonate für Klavier Nr.32 in C op.111
ピアノ:渡邊 健二

④ベートーヴェン(リスト編曲 2台4手版)『交響曲第9番ニ短調 op.125』
L.v.Beethoven (arr.byF.Liszt):Symphonie Nr.9 in D op.125
プリモピアノ:青柳 晋 
セコンドピアノ:伊藤 恵

【演奏の模様】
 新奏楽堂に行ったのは、約一年振りです。2019.10.14.に『弦楽シリーズ2019-----フランス室内楽の名曲を探して―名手ドンスク・カンと日本の仲間たち』というヴァイオリン演奏が中心の音楽会でした。その時、今回演奏者にリストされている津田さんと中木さんが一緒に演奏したのです。その時の記録を参考まで、文末に引用しておきます。
 今回は中木さんは津田さんの伴奏でベートーヴェン最後のチェロソナタを弾きました

 またヴァイオリンの最後のソナタ10番も演奏されたのです。ピアノ科主宰でも弦学科の協力があったのですね。

さて今回は、ベートーヴェンのピアノソナタ32番もやるということが聴きに行く動機の一つでした。ご案内の様にこのソナタは、ベートーヴェン最後のソナタです。1番から最後まで通して録音で鑑賞すると、一般的に謂われることですが、”中期から後期のソナタがいい”と言うのは確かにそうだと思います。副題の付いた有名曲も多い。しかし初期のソナタにも、ベートーヴェンが上り坂を駆け上がり、実力と天才性を発揮していることが分かる良い曲が散見されます。そういった曲が世に受け入れられ、伸び盛りのベートーヴェンが益々曲作りに邁進して行ったのでしょう。中期以降のソナタには、有名な曲が多いだけに、演奏される機会も多いです。従って益々有名になって人気が上がります。しかし、後期の29番「ハンマークラビーア」以降の30番、31番や32番のソナタが演奏曲目に入っているリサイタルはそう多くはありません。32番を聞けるので楽しみでした。

 そして最後に何と交響曲第九番のピアノ編曲版(リスト)が、二台のピアノで演奏されるという、滅多に聴けない機会だったので、それにも期待していました。

 ①Vnが余り起伏に富まない、なだらかな丘陵の様な平易な感じの演奏でした。

 次楽章のゆったりとしたメロディの箇所はアンサンブルの息がとても良く合っていました。アタッカで3楽章に移行しましたがどちらかというと民族調の調べもきらめきを感じまなかった。最終楽章の激しいリズムの箇所はやや粗削りの調べで、最後の箇所のヴァイオリンの音は大変綺麗で良く耳に感じました。総じて少し退屈しました。

 ②では一言で言うと中木さんは元気が無かったですね。気迫が感じられませんでした。従って津田さんの伴奏が目立ってしまいました。冒頭などピアノの音が元気過ぎるほどに聴こえました。アンサンブルとしては文末に引用した昨年のお二人の演奏の方が良かった。中木さんは余程体調が悪かったのでしょうか?

 

③は二楽章構成ですが結構長い(特に2楽章が長い)曲で、音楽としてソナタとして十分過ぎる構成と言えるでしょう。ベートーヴェンがこれまでの経験と最後の力を振り絞って作曲した力作中の力作だと思います。

Ⅰ.Maestoso Allegro con brio ed appassionato

 冒頭からババーンと強い打鍵の調べが響き、リズミカルなffの主題が速いリズムで続き、相当なドラマ性を帯びた調べが繰り返されます。そうそう、この明るくないが決して暗くもないずっしりとした心に響く音達、たびたび録音(アラウやゼルキン)を聴いて脳裏に滲み込んだ音が耳に届いて来ました。渡辺さんは小柄でどちらかというと痩せ気味ですが骨太そうな体を駆使して、力強い演奏をしている。予想をはるかに超えた演奏です。

Ⅱ.Arietta: Adagio molto semplice e cantabile

 ゆったりした比較的単純そうな主題で開始、渡辺さんは徐々にテンポを上げながら丹念に音を紡いで行く。音の強弱、速度の変化のうねりが何とも言えない、繊細さまで感じる心地良い音楽、将に音楽とはこうしたものだという実感、その素晴らしさを堪能しているうちに高音のトリルが綺麗に長く響き最後に静かに終了しました。思わず力を込めて拍手してしまいました。何とも申し分ない程の見事な演奏。ほとんど完璧な演奏、これは本物です。暫くぶりでベートーヴェンのソナタの名演を聴きました。

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渡辺健二さん

 昨年からこの一年程ピアノソナタは、亀井聖矢さん、ボゴレリッチ、アンドラーシュ・シフ、仲道さん、金子三勇士さん、内田光子さん、キーシン、ピリスなどいろいろ聴いて来ましたが、これまで聴いた録音、録画も含めて、自分の感じでは、3本の指に数えられる程の素晴らしい演奏だったと思います。一朝一夕では成しえない演奏ですね。藝大ピアノの層の厚さと実力をまざまざと見せつけられた感じがしました。


③の第九にはびっくりしました。演奏直前にもう一台のピアノが対抗した向きに並べられ、向かって右手が伊藤恵さん、左手のピアノに青柳晋さんが座り、2台のピアノによる連弾です。

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第九演奏前の調律

 リストが編曲したとの事。この曲があるということは知っていましたが、リストがどんなにベートーヴェンを尊崇していたかが今回の演奏を聴いて、そうだったのかと実感を持って理解出来ました。何せオーケストラの主要メロディは漏らさず抜け無く、過不足無く取り入れ、合唱部門も見事にピアノで表現、一足早い年の瀬を感じることが出来ました。

 熱演された両氏の力演と息の合った重奏に感服しました。