今日12月22日(日)は今年最後の『庚申(こうしん=きのえさる)』の日。「庚申」は十干と十二支が組み合わされて毎日に振り分けられているその一つなのですが、約60日に一回まわってきます(10と12の最小公倍数)。年間に365÷60は約6(回)有ります。「庚申」の日が何故特別扱いされるかと言いますと、江戸時代に「庚申信仰」が非常に盛んになったからです。「庚申塚」と言って道路端に小さな石塚があちこちで見かけます。熱心な江戸時代の信者が立てたものが多い。「庚申」の守り本尊は帝釈天です。そうです、江戸時代から柴又の帝釈天が有名です。現在は「ふうてんの寅さん」で有名になりましたが。「帝釈天」を祀るやしろは日本各地にありますが、「庚申」の日は縁日が開かれたり、寺社独自の祭りごとをする地方も有ります。この日に団子や餅を造ってお供えするケースも。
「庚申」とは関係ないのですが、今住んでいる地区の町内会主催で今日の昼前後、餅つき大会が開かれました。普段は回覧板やごみ集積場くらいしか付き合いが無い町内会ですが、毎年の暮れに餅つき大会が行われ、つき立ての餅が、一世帯に一パック貰えるのです。その他に欲しい人は一パック100円で二パックまで購入出来ます。
餅つき大会が行われる、地区内の小さな公園に行ってみると、今日は朝から天気はいいのですが、冷たい強い風が吹く中、数十人がもち米を水道水で洗ったり、ざるに移し水を切ったり、セイロをコンロの上に重ねて餅米を蒸したり、その隣では杵と臼が用意されていて、餅米が蒸し上がり次第、臼に移して、杵で突き始める人等分業でせわしく動いていました。
自分としても幼き時、父母が父の実家から大きな臼と杵を借りて来て、父親が杵で突き、母親が合の手を入れて餅をついていた姿が瞼に浮かび、懐かしくなりました。それで試しに杵で突く役をかって出たのですが、近ごろは箸とペンぐらいしか手に持たない身としては、10回も重い杵を上下すると、息が切れてしまって交代して貰う始末。それでも、一応参加したという満足感と、突き立ての美味しい餅を食し、満足したのでした。