この恋は永遠に続くのか? モーツァルトの天上の音楽が描く恋の駆け引き
『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』と共に"ダ・ポンテ三部作"として親しまれているモーツァルトの名作。タイトルは "女はみんな、こうしたもの"の意味で、皇帝ヨーゼフⅡ世が『フィガロの結婚』のバジリオの台詞をもとにした新作を依頼したと言われ、ウィーンでの初演はアンコールのために上演時間が倍になるほどの大成功を収めました。今日では、若い男女の恋愛喜劇の中に、鋭い人間洞察による男女の感情の機微、人間の本質や愚かさがにじみ、美しい音楽の世界が広がるモーツァルトの代表作としてその真価が認められています。二重唱をはじめ三重唱、四重唱、五重唱と、繊細な感情を表現する均整のとれた優美なアンサンブルは、モーツァルトのオペラの極致といってもよい美しさです。
世界中のオペラハウスで今や引く手あまたの演出家ミキエレットを招いて11年5月に初演したこのプロダクションは、現代のキャンプ場へ舞台を移した斬新な演出ながら、的を射た展開で観客の心を掴み、「キャンピング・コジ」と大きな話題となりました。巨木が立ち並び苔の薫りまで漂うような深遠な森を背景に、現代性と遊び心いっぱいの色彩豊かな衣裳や小道具が目に飛び込んでくる、徹底してリアルな舞台美術も大きな見どころです。
セレーナ・ガンベローニ、ダニエラ・ピーニ、ホエル・プリエトら旬の歌手たちが結集し、2020/2021シーズン開幕公演『夏の夜の夢』を大成功に導いた飯森範親が指揮を務めます。
【演目】モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』
【上演時間】全二幕 約3時間30分(第1幕90分 休憩30分 第2幕90分)
【上演日程】
5月30日(木)18:30~
6月 1日(土)14:00〜、
6月 2日(日)14:00〜
6月 4日(火)14:00〜
【鑑賞日時】2024.6.1.(土) 二日目
【会場】NNTTオペラパレス
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【指揮】飯森範親
【合唱】新国立劇場合唱団
【出演】
モーツァルトを得意とする旬な歌手陣がオペラパレスに集結!
上段左よりセレーナ・ガンベローニ(フィオルディリージ)、ダニエラ・ピーニ(ドラベッラ)、九嶋香奈枝(デスピーナ)、下段左より飯森範親(指揮)、ホエル・プリエト(フェルランド)、大西宇宙(グリエルモ)、フィリッポ・モラーチェ(ドン・アルフォンソ)
【プロモーション文】
『コジ・ファン・トゥッテ』は2組のカップルとこの恋愛ゲームの仕掛け人の老哲学者アルフォンソ、そして恋愛指南役の小間使いデスピーナと、6人の歌手皆が重要な役。いわば全員主役のアンサンブル・オペラです。
姉妹役として出演するのは、『トゥーランドット』リュー、『仮面舞踏会』オスカル、『カルメン』ミカエラなどの役でミラノ・スカラ座、英国ロイヤルオペラ、フェニーチェ歌劇場など著名劇場で大活躍するソプラノ歌手セレーナ・ガンベローニと、モーツァルトやベルカントを得意とするメゾソプラノで、このミキエレット版の2011年の初演でも同役を歌ったダニエラ・ピーニ。
対する恋人の若者二人には、プエルトリコから世界へ躍り出たテノールの新スター、ホエル・プリエトと、米国でキャリアを築きセイジ・オザワ松本フェスティバル『エフゲニー・オネーギン』を皮切りに重要な役に出演を重ね、内外で評価も人気も爆発的に上昇中のバリトン大西宇宙。小間使いデスピーナ役は、スーブレッド(『フィガロの結婚』スザンナや『こうもり』のアデーレなどの軽く快活なソプラノの役)はもちろん、『ペレアスとメリザンド』イニョルドや『ボリス・ゴドゥノフ』クセニアで高評を得るなど進境著しい九嶋香奈枝。哲学者ドン・アルフォンソ役は本場ナポリ出身の実力派バッソ・ブッフォ、フィリッポ・モラーチェが出演します。指揮は2020年のシーズン開幕公演『夏の夜の夢』を大成功に導いた飯森範親です。
<Profile>
〇フィオルディリージ:セレーナ・ガンベローニ(ソプラノ)
イタリア出身。Aslicoコンクールに優勝し、ロンバルディアの『愛の妙薬』アディーナ、『ウェルテル』ソフィーでデビュー。ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場で『愛の妙薬』ジャンネッタ、『フィガロの結婚』スザンナ、『仮面舞踏会』オスカル、『ドン・パスクワーレ』ノリーナ、『ラ・ボエーム』ミミ、『カルメン』ミカエラ、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・アンナに出演。06/07シーズンのナポリ・サンカルロ歌劇場『ファルスタッフ』ナンネッタを皮切りに、トリノ王立歌劇場、ボローニャ歌劇場、パルマ王立歌劇場、ヴェローナ野外音楽祭、マチェラータ音楽祭とイタリアの主要歌劇場にデビュー。ミラノ・スカラ座、英国ロイヤルオペラに『仮面舞踏会』オスカルでデビュー。最近の出演に、カルロ・フェリーチェ歌劇場『愛の妙薬』アディーナ、『トゥーランドット』リュー、『ラ・ボエーム』ミミ、『道化師』ネッダ、パレルモ・マッシモ劇場『ウェルテル』ソフィー、『シモン・ボッカネグラ』アメーリア、フィレンツェ歌劇場『フィガロの結婚』伯爵夫人、エミリア連盟『ファルスタッフ』アリーチェ、ミラノ・スカラ座『フェドーラ』オルガ、英国ロイヤルオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』デスピーナなどがある。新国立劇場初登場。
〇ドラベッラ:ダニエラ・ピーニ(メゾソプラノ)
ボローニャ大学で音楽史を専攻し、モデナで声楽を学ぶ。『チェネレントラ』アンジェリーナ、『セビリアの理髪師』ロジーナ、『タンクレディ』ロッジェーロ、『コジ・ファン・トゥッテ』ドラベッラ、『ファルスタッフ』ページ夫人メグなどのレパートリーで、ボローニャ歌劇場、ヴェローナ歌劇場、パルマ王立歌劇場、サッサリ歌劇場、トリエステ歌劇場、カリアリ歌劇場、フランクフルト歌劇場などで活躍。最近の出演に、ニース・オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』ドラベッラ、『メデア』ネリス、バイエルン州立歌劇場『ファルスタッフ』ページ夫人メグ、ラヴェンナ音楽祭『リゴレット』マッダレーナ、トリノ王立歌劇場『チェネレントラ』アンジェリーナ、ベルガモ・ドニゼッティ劇場『アンナ・ボレーナ』ジョヴァンナ・シーモアなどがある。ペルゴレージ『スターバト・マーテル』、ロッシーニ『小荘厳ミサ』『スターバト・マーテル』、モーツァルト『レクイエム』、ベートーヴェン『ミサ・ソレムニス』など宗教曲の出演も多い。新国立劇場では2011年、『コジ・ファン・トゥッテ』本プロダクション新制作の際にもドラベッラに出演している。
〇デスピーナ:九嶋香奈枝
東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所第4期修了。文化庁派遣在外研修員としてミラノに留学。2005年にはギリシャにてアテネ国立劇場開場記念公演『魔笛』(ミヒャエル・ハンペ演出)に招聘され出演。第54回全日本学生音楽コンクール第1位、HIMESコンクール第1位。東京二期会『魔笛』パパゲーナ、びわ湖ホール『死の都』ユリエッテ、PMFステージオペラ『ナクソス島のアリアドネ』ナヤーデなどに出演。新国立劇場では『愛の妙薬』ジャンネッタ、『フィガロの結婚』スザンナ、バルバリーナ、『ドン・ジョヴァンニ』ツェルリーナ、『パルジファル』小姓1、『ジークフリート』森の小鳥、『魔笛』パパゲーナ、『愛の妙薬』ジャンネッタ、『ペレアスとメリザンド』イニョルド、『ボリス・ゴドゥノフ』クセニア、高校生のためのオペラ鑑賞教室『ドン・パスクワーレ』ノリーナなどに出演している。二期会会員。
〇フェルランド:ホエル・プリエト(テノール)
スペイン出身、プエルトリコ育ち。若手世代で最も注目される刺激的なテノールのひとり。2008年オペラリアコンクールに満場一致で優勝し、国際舞台へ躍り出る。プエルトリコ大学及びプエルトリコ音楽院、マンハッタン音楽学校で学び、パリ・オペラ座研修所、ザルツブルク音楽祭ヤング・シンガーズ・プロジェクトに参加、ベルリン・ドイツ・オペラ専属歌手を経て、英国ロイヤルオペラ、テアトロ・レアル、リセウ大劇場、ベルリン州立歌劇場、ザクセン州立歌劇場、バイエルン州立歌劇場、ワシントン・ナショナル・オペラ、ヒューストン・グランド・オペラ、ロサンゼルス・オペラ、パリ・オペラ座、シャトレ座、トゥールーズ・キャピトル劇場、モンテカルロ歌劇場、モネ劇場、アン・デア・ウィーン劇場、ローマ歌劇場、サンタフェ・オペラ、グラインドボーン音楽祭、エディンバラ音楽祭、エクサン・プロヴァンス音楽祭など世界の著名歌劇場、音楽祭へ登場。モーツァルトやベルカントの主要な役柄でキャリアを拓き、リリック・テノールとして『ロメオとジュリエット』ロメオ、『ルチア』エドガルド、『愛の妙薬』ネモリーノ、『エウゲニ・オネーギン』レンスキー、『椿姫』アルフレード、『ファウスト』タイトルロール、『カルメン』ドン・ホセ、『ラ・ボエーム』ロドルフォなどに役を拡げている。新国立劇場初登場。
〇グリエルモ:大西宇宙(バリトン)
武蔵野音楽大学及び大学院、ジュリアード音楽院を卒業。シカゴ・リリック・オペラで研鑽を積み、世界初演オペラ『Bel Canto』でアメリカデビュー。同劇場メンバーとして50以上の公演に出演。2019年にセイジ・オザワ松本フェスティバルにて『エフゲニー・オネーギン』タイトルロールで日本でのオペラデビュー。以来、国内外で『フィデリオ』『カルメン』『リナルド』『道化師』『電話』『ローエングリン』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『椿姫』『トゥーランドット』『仮面舞踏会』などに出演。最近では兵庫県立芸術文化センター 佐渡裕プロデュース・オペラ『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロールが絶賛されたほか、全国共同制作オペラ『こうもり』ファルケ、バッハ・コレギウム・ジャパン『ジュリオ・チェーザレ』アキッラ、『魔笛』パパゲーノなどで高評を得る。CDは「詩人の恋」(ピアノ:小林道夫)をBRAVO RECORDSよりリリース。第30回五島記念文化賞オペラ新人賞、第30回日本製鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞、第 25 回(2023年度)ホテルオークラ音楽賞、令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。新国立劇場へは22年『愛の妙薬』ベルコーレでデビューした。
〇ドン・アルフォンソ:フィリッポ・モラーチェ(バス・バリトン)
ナポリ出身。サレルノ音楽院を卒業直後にロベルト・デ・シモーネに抜擢され、ナポリ・サン・カルロ歌劇場『ヴィーヴァ・ラ・マンマ』に出演。1999年スポレート・コンクールに優勝し『オベルト、サン・ボニファーチョ伯爵』タイトルロールに出演。サン・カルロ歌劇場『チェネレントラ』『焼きもち焼きの夫』(チマローザ)『イェヌーファ』『セビリアの理髪師』『ラ・ボエーム』『トスカ』『イタリアのトルコ人』『空想のソクラテス』(パイジェッロ)などで活躍するほか、ミラノ・スカラ座『ラ・ボエーム』『空想のソクラテス』『トスカ』、フェニーチェ歌劇場『セビリアの理髪師』(パイジェッロ、ロッシーニ)、ボローニャ歌劇場『ランスへの旅』『ラ・ボエーム』、ローマ歌劇場『アルジェのイタリア女』『セビリアの理髪師』、マチェラータ音楽祭『ラ・ボエーム』、トリエステ歌劇場『ピーター・グライムズ』、モンテカルロ歌劇場『ランスへの旅』、モネ劇場『セビリアの理髪師』(パイジェッロ)、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル『美女たちの勝利』(パヴェージ)などに出演。最近では、サレルノ歌劇場『連隊の娘』シュルピス、同劇場『セビリアの理髪師』バルトロ、ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場『メリー・ウィドウ』ツィータ男爵などに出演している。18世紀音楽の専門家でもあり、23年にミラノ・スカラ座のイタリア・バロック・プロジェクトのヴィンチ作曲『小舟に乗った恋人たち』ではコーチも務めた。新国立劇場初登場。
【演出】ダミアーノ・ミキエレット
<Profile>
ミラノのパオロ・グラッシ演劇学校でオペラと演劇の演出を学んだ後、生地ヴェネツィアの大学で現代文学を学ぶ。2003年ウェックスフォード・フェスティバル『バグパイプ吹きシュワンダ』の演出が絶賛され、アイルランド・タイムスESB演劇賞を受賞。08年ロッシーニ・オペラ・フェスティバル『泥棒かささぎ』でアッビアーティ賞を受賞。12年にはザルツブルク音楽祭に『ラ・ボエーム』でデビューし、続いて13年『ファルスタッフ』、14年『チェネレントラ』を演出。主な演出作品に、オランダ国立オペラ『ランスへの旅』『リゴレット』、英国ロイヤルオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師』(16年オリヴィエ賞受賞)、フェニーチェ歌劇場『魔笛』『メリー・ウイドゥ』『アクアグランダ』(ペロッコ作曲・世界初演、17年アッビアーティ賞)『マクベス』『リゴレット』(22年アッビアーティ賞)、アン・デア・ウィーン劇場『オテロ』『夏の夜の夢』、ベルリン・コーミッシェ・オーパー『サンドリヨン』、ロッシーニ・フェスティバル『湖上の美人』、パリ・オペラ座『サムソンとデリラ』『ドン・パスクワーレ』、ミラノ・スカラ座『ファルスタッフ』『サロメ』『ばらの騎士』、ローマ歌劇場『ファウストの劫罰』(18年アッビアーティ賞)、フランクフルト歌劇場『はるかなる響き』、ザルツブルク音楽祭『アルチーナ』など、最近の演出にリヨン歌劇場『ベアトリスとベネディクト』、ミラノ・スカラ座『メデア』、バイエルン州立歌劇場『アイーダ』、英国ロイヤルオペラ『カルメン』がある。
ダミアーノ・ミキエレットは、世界中のオペラハウスで大胆な演出を発表して話題を巻き起こし続ける、売れっ子演出家。作品の本質を捉え、登場人物の心理に寄り添った演出が高く評価され数々の賞に輝いています。2011年に演出したこの『コジ』では、18世紀のナポリの海辺でなく、現代のキャンプ場を舞台に設定。斬新ながら、テキストに忠実な的を射た展開でモーツァルトの傑作に新たな息吹を吹き込み、開幕するや「キャンピング・コジ」の愛称で大人気となりました。
【主催者Intro.】
幕が上がるとそこは針葉樹の巨木が立ち並び、苔の薫りまで漂うような深い森。この森は木漏れ日から夕暮れ、闇へと刻々と情景が変化し、思わず感嘆の声が上がるほどの美しく深遠な世界です。ストーリーが始まるや、キャンプグッズに本物のクルマ、パンクなバイク野郎への瞬時の変身と、遊び心いっぱいの小道具やファッションが回転舞台に続々と登場するのも注目ポイント。時々仕込まれた舞台ならではのユニークな趣向も楽しさいっぱいで、舞台ファンの心をくすぐります。若者たちの喧騒に男女の見定め合い、テントの張り場所を巡る小競り合いに、水遊びに興じながらの恋愛談義、深い闇の中の焚火……「キャンプあるある!」の楽しい仕掛けが満載、キャンプ場の恋の冒険の物語は、リアリティ満点です。
さらに観客を唸らせるのが、ミキエレットが提示した『コジ』の結末。哲学者の思惑通り女が心変わりし、現場を押さえられると唐突に「目が覚めた」と男の懐に戻って大団円……という原作を引っくり返す結末に、快哉を叫んだ観客多数! 共感を呼んでやまないミキエレットの「キャンピング・コジ」は、是非とも劇場で、極上の音楽とドラマ展開をとことん楽しんでいただきたいエンターテインメントです。
【物語】
青年士官のグリエルモとフェルランドは、美しい姉妹フィオルディリージとドラベッラとそれぞれ婚約を交わしている。老哲学者のドン・アルフォンソにそそのかされ、ふたりは恋人の貞節について賭けをすることに。出征するふりをして偽りの別れを演じた後、別人に変装して姉妹を口説くふたり。姉妹の心は次第に揺らぎ、ドラベッラがグリエルモに、さらにフィオルディリージもフェルランドの口説きに陥落してしまう。入れ替わった2組のカップルの結婚式が行われるところに、軍隊(婚約者)の帰還が告げられる。
【粗筋】
《第1幕》
青年士官のグリエルモとフェルランドは、美しい姉妹フィオルディリージとドラベッラとそれぞれ婚約を交わしている。二人は老哲学者のドン・アルフォンソにそそのかされて女性の愛が永続的に信頼しうるかどうか、議論をする。アルフォンソは永続する愛など虚像にすぎないのだと二人を諭すが、若者たちは恋人の貞節について「信頼しうる」方に賭けることになった。まず、フェルランドとグリエルモは出征するふりをして偽りの別れを演じる。その後、二人は変装して現れ、姉妹を熱烈に口説く。最初は断固拒否する姉妹。男たちは毒をあおる振りをし偽医者として登場したデスピーナの解毒で蘇生、さらに熱烈に姉妹を口説く。
《第2幕》
小間使いのデスピーナによるさばけた恋の指南も手伝ってか、あの手この手のプロポーズ攻撃に姉妹の心は徐々に揺らいでいる。まず、ドラベッラが姉の婚約者グリエルモに陥落し、ついにフィオルディリージも激しい葛藤の末フェルランドの手に落ちる。「女はみんなこうしたもの」とほくそえむドン・アルフォンソ。新しい二組のカップルの結婚式が行われているところに突如軍隊の帰還が告げられる。変装した男二人はもとの姿に戻って姉妹の前に現れ、恋人の不貞を詰問。姉妹は許しを乞いドン・アルフォンソの種明かしで四人はもとの鞘に収まり、理性を讃えて幕となる。
【上演の模様】
この演出を「Camping Così」とは、良く言ったものですね。将に正鵠を得ています。聴きに行く前には、公告資料の説明文や写真を見ると、これまで聴いて来て知っている「コジ・ファン・トュッテ」とは、時代設定が違うし、舞台設営も歌手の服装も現代の普段着のままだし、よく欧州歌劇場で上演される、安っぽい読み替えオペラかな?と思っていました。その度が過ぎた演出だと、もう別ものオペラになってしまいます。それならば、タイトルも内容に合わせて別なタイトルを付けてもらいたいくらい。
例えば、一昨年7月に同じくNNTTオペラパレスでドビュッシーの『ペリアスとメリザンド』を観た時、原作、原曲から比較した演出の違和感が、作品の良さを減殺してしまっていることを痛感したことを書きました。その時の記録を参考まで文末に再掲して置きます。
ところが、今回この「コ-ジ」を観た処、現代に置き換えていても歌詞の意味合いに何ら違和感はないし、むしろ現代でもこの様な喜劇的状況は十分考えられます。また舞台が森の中の場面が中心であっても物語のストーリー(殆どが男女関係の歌詞で時代背景に関わるところは、軍楽隊の音楽が鳴る場面くらいですから。)は齟齬無くフィットしているし、敢えて言えば、軍役に招集される場面が少し心配な処だったのですが、これだって、日本では戦前有り得たことだったし、お隣韓国では今でも若者に兵役義務が課せられ、召集令状を受けると、日常の男女愛憎劇からしばし別れの涙を流すことは日常的に起きている出来事だと思います。本来、このモーツァルトのオペラは、男女の愛、兵役義務による男女の分かれ、それから、永遠の愛のもろさと人間の浮気質の本性、などなど、時代が変わっても何ら変わらない本質で出来ていることをしっかりと見抜き、それを現代に蘇らせた演出家、ダミアーノ・ミキエレットは天才ですね。舞台設備も、昔ながらのオペラ舞台の屋敷の部屋の中の代わりに、森の中のキャンピングショップや移動車輛などなど、第二幕では森の中心に池を配していました。これ等は台本と違うと言えば違うのですが、ただ台本に出て来る情景描写は、例えば、
一幕
第1場コーヒーショップ 第14場
第2場海辺の庭園
第8場いくつかの椅子やコーヒーテーブルのある小奇麗な部屋 戸口が三つ:両サイドと中央にある
二幕
第4場海辺の庭 ベンチと石の二つのテーブルがある
第10場いくつかのドア、鏡やテーブルのある部屋ドラベッラとデスピーナ 後からフィオルディリージ
第15場 豪勢な明るい部屋 一番奥にはオーケストラ 銀燭台の載った四人掛けのテーブルなどなど
といった程度の情景描写しかなく、しかも歌、アリアには情景描写が殆ど出てこないので、物語や歌唱の本筋には、完く問題無いと思われる読み替えなのです。
さて肝心の歌手達の歌唱についてです。先ず最初に男性歌手のフェルランド役ホエル・プリエトが歌い出しました。
❝俺のドラベッラに限ってそんなのありえない。貞淑な美人に神様がおつくりになったんだから❞
先ず先ずのテノールです。次いでグリエルモ役の大西さんが
❝俺のフィオルディリージも裏切るはずなんかない。どっちも信じてるんだ あの娘の貞節さも 美しさも❞ と歌うのです。
テノールよりも声に強さを感じるバリトンの響きでした。
そして全幕を通して、フィクサー的存在のドン・アルフォンソ役のフィリッポ・モラーチェが歌い出しました。
❝わしはもう髪も白いから権威をもって教えてやってるのじゃ。このような言い合いはもう止めにしよう❞
バス・バリトンと書いてありますが、大西さんとはやや異なった上手さがあるが、少しニュアンスの異なる声質で歌っています。ここから前半の策略と契約に発展するドンと二人の男(原典では兵士)の二重唱、或いは三重唱が、レシタティヴォ(徐唱)を挟んで繰り広げられました。この三人の歌手は経歴的にも相当な場数を踏んだ経験を有していて、それに見合った立派な歌声でした。事前に思っていた以上の歌い振りでした。特に大西さんの健闘ぶりには感心、外国人に負けない聴き応えのあるアリアを歌っていた。
次の第2場では、フィオルディリージ(姉)役のセレーナ・ガンベローニとドラベッラ(妹)役のダニエラ・ピーニの二人の姉妹が登場、二重唱を歌います。二重唱と言ってもすべて二人で同時に歌うのではなく、互いにソロで歌って掛け合いをして、そして二人で同時斉唱するのです。
❝【フィオルディリージ】ねえ見て、妹 これ以上かっこいい口元 これ以上りりしい姿の人を人は見つけられるものかしら
【ドラベッラ】こっちもちょっと見てよ。すごい情熱がこのまなざしにはあるのよ!炎とか矢とかがあたしには放たれてるように思えるわ
【フィオルディリージ】これがその顔よ 兵士で恋人の
【ドラベッラ】これがその顔よ 魅力的でびっくりするような
【フィオルディリージ】あたし幸せ
【ドラベッラ】幸せよ あたしも
【フィオルディリージとドラベッラ】もしあたしのこの心が恋人を取り替えたいなんて思うことがあったら愛の神さまあたしを生きながらにして苦しめてください❞
姉役のセレーナ・ガンベローニは、立ち上がりこそやや喉が潤っていないのか少し上がっていたのか、伸びやかさに欠けるアリアでしたが、これ以降徐々に存在感のある歌声が出る様になっていきました。むしろドラベッラ役のダニエル・ビーニの方がメッゾとはいえ、ソプラノの声域を無理なくこなして安定感を示す歌い振りでした。両者とも場面が進むに連れ声が滑らかになり二人共歌が上手いなと思う実感が有りました。
デスピーナ役の九嶋さんは、文末に再掲した『ペレアスとメリザンド』の時、イニョルドを歌う筈でしたが、聴きに行った日は都合により降板してしまい、聴くことが出来ませんでした。今回初めて聴きましたが、このソプラノも思っていた何倍も大活躍の歌声を披露してくれました。声質はやや硬質ですが、伸びやかな息継ぎや発声も正統派と言った感じの立派なソプラノ歌唱でした。特に俄か医者に扮して歌うだみ声の歌唱は、個性的で独特の歌いまわしで、他には真似の出来ない技だと思いました。この歌手はその繊細な感覚をもってすれば歌曲を歌っても素晴らしいのではと想像されました。
皆さん幕が進むにつれ、全員が上り調子の歌唱を披露、特に、二重唱、三重唱、四重唱、場面によっては五重唱、六重唱さえある重唱が多く、重唱の殆どが単発のアリアより出来が良くて、その度に大きな拍手が開場から沸き起こりました。
また幕の彼方此方で会場からはドット湧き上がる笑い声や、クスクス笑い等、オペラブッファの真骨頂を楽しませて呉れた、又そこかしこ、モーツァルト節を堪能出来た公演でした。十分過ぎる満足感で帰路に着きました。