HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

新国劇場オペラ/フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ(ダブルビル)二日目鑑賞


【日時】2025.2.4.14:00~

【公演予定時間】約2時間20分(フィレンツェの悲劇 60分 休憩 25分 ジャンニ・スキッキ 55分)

【スタッフ&キャスト】

【主催者言】

 花の都フィレンツェで渦巻くツェムリンスキーの悲劇とプッチーニの喜劇を一挙上演!    レパートリーの拡充を目指して制作した"フィレンツェ・ダブルビル"を再演。ともに20世紀初頭を代表する作曲家ツェムリンスキーとプッチーニの秀作を、奥深い芸術の町フィレンツェをキーワードにカップリングしたダブルビルです。

 『フィレンツェの悲劇』は、耽美的で豊麗な音楽で知られるツェムリンスキーの代表作。デカダンス文学の旗手オスカ ―・ワイルドの戯曲を原作に、夫婦と妻の愛人の3人が繰り広げる奇妙な悲劇を描きます。ツェムリンスキーはマーラーに見出されて世紀転換期のウィーンで活躍した作曲家で、豊潤な前奏曲や終盤の官能的な二重唱では、後期ロマン派ならではの色彩豊かで壮麗な音楽が堪能できます。

 一方の『ジャンニ・スキッキ』は富豪の遺産相続をめぐる強欲な人間たちの騒動と若いカップルの恋をテンポよく描いたプッチーニ晩年の1幕物。『三部作』を締めくくるとびきりの喜劇です。ラウレッタのアリア「私のお父さん」は、ソプラノの名曲としてコンサートで歌われることも多く、テレビCMなどでもお馴染みの人気曲です。

『フィレンツェの悲劇』のキャストには、艶やかな声と深い表現力で圧倒的人気を誇るバリトンのスター、トーマス・ ヨハネス・マイヤーと、強靭で輝かしい声を誇るテノール歌手デヴィッド・ポメロイ、輝かしく強い声と繊細な表現でブリュンヒルデ歌いとして躍進中のソプラノ、ナンシー・ヴァイスバッハという贅沢な顔合わせ。

 一方『ジャンニ・スキッキ』タイトルロールにはイタリアの実力派バリトンのピエトロ・スパニョーリが登場します。指揮は初演も担当した沼尻竜典です。

 

 

【粗筋】

Ⅰ.フィレンツェの悲劇

 織物商人シモーネが旅から帰ると、妻ビアンカの許にフィレンツェ公爵の息子グイード・バルディがいる。シモーネは状況を疑いながらも、グイードにへつらい、商品を売りつけようとする。グイードはビアンカを所望する。シモーネは夕食を供するが、二人の様子を見て浮気の疑いを強め、席を立つ。帰ろうとするグイードはビアンカに長いキスをし、ビアンカは愛を誓う。これを見ていたシモーネとグイードは決闘で剣を交え、最後にシモーネがグイードを絞め殺す。ビアンカはシモーネの強さに恍惚とし、二人はグイードの死骸の上で見つめあう。

 

Ⅱ.ジャンニ・スキッキ

 裕福な商人ブオーゾ・ドナーティはまさに死んだばかり。親戚が集まって悲しんでいるが、実は皆考えていることは遺産のこと。甥のリヌッチョは遺言状を見つけ、それをかたにジャンニ・スキッキの娘ラウレッタとの結婚を認めるように伯母ツィータに迫る。ツィータはしぶしぶ認め、いざ遺言状を開くが「遺産は修道院に」と書かれている。皆は書き換えてしまおうとたくらみ、それをジャンニ・スキッキに依頼する。現れたジャンニ・スキッキは断るが、かわいい娘のラウレッタに頼まれ引き受ける。しかしブオーゾになりすまして遺言を口述する段になると、「すべてはジャンニ・スキッキに遺す」と言い出す。親戚たちは怒り狂うがすでに後の祭り。最後にジャンニ・スキッキが口上を述べ幕が降りる。

 

 

【主なキャスト&プロフィール】

 

Ⅰ.フィレンツェの悲劇

 

〇グイード・バルディ

デヴィッド・ポメロイ(テノール)(David POMEROY) 

 カナダのテノール。『ファウスト』タイトルロール、『ホフマン物語』タイトルロールでメトロポリタン歌劇場にデビュー。アメリカ、ヨーロッパを中心に活躍し、カナディアン・オペラ・カンパニー、バンクーバー・オペラ、カルガリー・オペラ、モントリオール・オペラ、マニトバ・オペラ、ニューヨーク・シティ・オペラ、メトロポリタン歌劇場、フランクフルト歌劇場、シュトゥットガルト州立劇場などで『カルメン』ドン・ホセ、『椿姫』アルフレード、『トスカ』カヴァラドッシ、『蝶々夫人』ピンカートン、『死の都』パウルなどに出演。近年では、シュトゥットガルト州立劇場、リセウ大劇場『ナクソス島のアリアドネ』バッカス、バンクーバー・オペラ『ファウスト』タイトルロール、『カヴァレリア・ルスティカーナ』トゥリッドゥ、サンパウロ市立劇場『アイーダ』ラダメス、エドモントン・オペラ『トスカ』カヴァラドッシ、カルガリー・オペラ『カルメン』ドン・ホセに出演している。新国立劇場へは19年オペラ夏の祭典『トゥーランドット』カラフでデビューした。

 

〇シモーネ

トーマス・ヨハネス・マイヤー(バリトン)(Thomas Johannes MAYER)

 ドイツのバリトン。オランダ国立オペラ、モネ劇場、英国ロイヤルオペラ、ベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン州立歌劇場、ハンブルク州立歌劇場、ミラノ・スカラ座、バイエルン州立歌劇場、パリ・オペラ座、チューリヒ歌劇場、ウィーン国立歌劇場、バイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭などに『影のない女』バラク、『サロメ』ヨハナーン、『アラベッラ』マンドリカ、『パルジファル』アムフォルタス、『ローエングリン』テルラムント、『ニーベルングの指環』ヴォータン/さすらい人など、シュトラウスとワーグナーを中心としたレパートリーで出演を重ねる。最近ではオランダ国立オペラ『ローエングリン』テルラムント、『マハゴニー市の興亡』モーゼス、バイロイト音楽祭『さまよえるオランダ人』オランダ人、テアトロ・レアル『トリスタンとイゾルデ』クルヴェナール、チューリヒ歌劇場『トスカ』スカルピアなどに出演。新国立劇場へは09年『ヴォツェック』タイトルロールでデビューし、『アラベッラ』マンドリカ、『さまよえるオランダ人』タイトルロール、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ハンス・ザックスに出演している。

 

〇ビアンカ

ナンシー・ヴァイスバッハ丶(ソプラノ)(Nancy WEISSBACH)

 ベルリン生まれ。生地で音楽を学び、ワイマールのリスト音楽院、デン・ハーグ王立音楽院で学ぶ。フランスで『ディドとエネアス』のディドに出演してデビュー。ストラスブール・ラン歌劇場、ミュルーズ音楽祭で『エレクトラ』クリソテミスを歌い、同役をモネ劇場、マンハイム国民劇場、ヴァイマール国民劇場でも歌う。ワロン歌劇場で『神々の黄昏』グートルーネと第3のノルン、モンテカルロ歌劇場『さまよえるオランダ人』ゼンタ、ニュルンベルク歌劇場、ケルン歌劇場、『ばらの騎士』元帥夫人、トリエステ・ヴェルディ劇場エルル・チロル音楽祭『タンホイザー』エリザベート、パレルモ・マッシモ劇場『ワルキューレ』ヘルムヴィーゲなどに出演。2014年以来、エルル・チロル音楽祭で『ジークフリート』ブリュンヒルデに出演を重ね、上海でも同役に出演。オルデンブルク歌劇場の「ニーベルングの指環」四部作では『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』ブリュンヒルデに出演。またカッセル歌劇場、クラーゲンフルト歌劇場の「ニーベルングの指環」でも『ワルキューレ』ブリュンヒルデに出演している。新国立劇場初登場。

 

Ⅱ.ジャンニ・スキッキ

 

〇ジャンニ・スキッキ 

ピエトロ・スパニョーリ(バリトン) (Pietro SPAGNOLI)

 モーツァルト、ロッシーニなどの主要な役でウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、英国ロイヤルオペラなどの著名劇場で活躍する名バリトン。20年に渡る活躍の主な作品に、『チェネレントラ』のダンディーニ(メトロポリタン歌劇場)、ドン・マニフィコ(ウィーン国立歌劇場、ハンブルク州立歌劇場)、アリドーロ(ザクセン州立歌劇場)の三役、メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場、ハンブルク州立歌劇場『愛の妙薬』ドゥルカマーラ、英国ロイヤルオペラ、チューリヒ歌劇場『連隊の娘』シュルピス、バルセロナ・リセウ大劇場『ランスへの旅』ドン・プロフォンド、バイエルン州立歌劇場、ミラノ・スカラ座『コジ・ファン・トゥッテ』ドン・アルフォンソ、ハンブルク州立歌劇場『ファルスタッフ』タイトルロール、ウィーン国立歌劇場、モネ劇場『ドン・パスクワーレ』タイトルロールなど。24/25シーズンはワロン歌劇場、リスボン・サン・カルロス歌劇場『ファルスタッフ』、ミラノ・スカラ座『つばめ』ランバルド、チューリヒ歌劇場『ドン・パスクワーレ』、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル『イタリアのトルコ人』セリムなどに出演。新国立劇場では17年『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵に出演した。

 

〇ラウレッタ

 砂田愛梨(ソプラノ) (SUNADA Airi)

 東京音楽大学卒業及び同大学院修了。新国立劇場オペラ研修所修了。在籍中ANAスカラシップによりミラノ・スカラ座アカデミー、バイエルン州立歌劇場オペラ研修所にて研修。文化庁新進芸術家海外研修員、五島記念文化賞オペラ新人賞によりスイス、イタリアで研修。S.リチートラ国際コンクール第2位、G.パスタ国際コンクール及びKoliqi賞国際コンクール第3位、F.リッチ国際コンクール特別賞、イタリア声楽コンコルソミラノ大賞第1位、日本音楽コンクール及び日伊声楽コンコルソ第3位、東京音楽コンクール第2位など受賞多数。2022年サッサリ歌劇場『ドン・パスクワーレ』ノリーナ役でデビュー後、コゼンツァ・レンダーノ劇場、ミラノ・カルカノ劇場、サルザーナ・オペラ・フェスティバルなどで『ドン・パスクワーレ』ノリーナ、『リゴレット』ジルダ、『椿姫』ヴィオレッタ、『ラ・ボエーム』ムゼッタの役で出演を続けている。日本では2024年11月、日生劇場『連隊の娘』マリー役で本格デビュー。現在、イタリアと日本を拠点に活動している。ミラノ在住。新国立劇場公演へは今回がデビューとなる。

 

〇ツィータ

 与田朝子(メゾソプラノ)(YODA Asako)

 国立音楽大学卒業。二期会オペラスタジオ修了。文化庁派遣芸術家在外研修員としてイタリアに留学。これまでに『フィガロの結婚』マルチェッリーナ、『ファルスタッフ』クイックリー夫人、『蝶々夫人』スズキ、『ばらの騎士』アンニーナ、『イェヌーファ』女主人、『エウゲニ・オネーギン』ラーリナ、『カヴァレリア・ルスティカーナ』サントゥッツァなどを演じている。近年では日生劇場『ルサルカ』イェジババ、『ルチア』アリーサ、二期会『修道女アンジェリカ』公爵夫人、『ジャンニ・スキッキ』ツィータなどに出演。新国立劇場では『セビリアの理髪師』ベルタ、『リゴレット』ジョヴァンナ、『椿姫』アンニーナ、『ルル』その母、『アラベッラ』カルタ占い、『沈黙』おまつ、『イェヌーファ』村長夫人、高校生のためのオペラ鑑賞教室『蝶々夫人』スズキに出演している。二期会会員。

 

〇リヌッチョ

村上公太(テノール)(MURAKAMI Kota)

 東京音楽大学声楽演奏家コース卒業。新国立劇場オペラ研修所第6期修了。文化庁在外派遣研修員としてボローニャへ留学。ジュゼッペ・ディ・ステファノ国際コンクールにおいて『リゴレット』マントヴァ公爵役を獲得。シンガポール・リリック・オペラに立て続けに客演し好評を博す。東京二期会『マクベス』マルコム、『チャールダーシュの女王』ボニ、『ダナエの愛』ボルクス、『トリスタンとイゾルデ』メロート、日生劇場『後宮からの逃走』ペドリッロ、『コジ・ファン・トゥッテ』フェルランド、サントリーホール『リトゥン・オン・スキン』第3の天使/ヨハネ、グランドオペラ共同制作『カルメン』レメンダード、横須賀芸術劇場『リゴレット』マントヴァ公爵などに出演。新国立劇場では『こうもり』アルフレード、『カルメン』レメンダード、『ファルスタッフ』フェントン、『夏の夜の夢』ライサンダー、『イオランタ』アルメリック、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』クンツ・フォーゲルゲザング、『蝶々夫人』ピンカートン、高校生のためのオペラ鑑賞教室『カルメン』ドン・ホセ、同『蝶々夫人』ピンカートンなどに出演。二期会会員。

 

【上演の模様】

 このダブルビル演目は、2019年に同じ組み合わせで新国立劇場(NNTT)が

上演した様ですが、その時は見ませんでした。 Ⅱ.のジャンニスキッキについては、2021年に、テアトル ジーリオ ショーワでの上演を観ま した。参考まで、その時の記録を文末に抜粋再掲載しておきます。それぞれの出演歌手の詠唱以外の感想(作品の感想など)は今も同じ印象なので、今回は触れません。

 

Ⅰ.フィレンツェの悲劇

 この作品は初めて観ました。三名の登場人物から成っており、外国人歌手三人がそれぞれ持ち味を発揮して、成功裏に終わったと思います。

    

 先ずグイード役デヴィッド・ポメロイと、ビアンカ役ナンシー・ヴァイスバッハの逢い引きの場面から始まりました。場所はビアンカの家、夫の留守中にビアンカが、間男グイードを家の中に誘い入れた形。或いは男が強引に入り込んだのかも知れません。沼尻・東フィルは冒頭から結構姦しい大きな音を立てます。Trmp.がファンファーレをシンバルが鳴りTimp.も力一杯の音、管弦楽が全楽強奏で元気良く吠えて、中には美しい弦楽奏も混じっています。何かR.シュトラウス的響きも感じられる序曲は結構長くて、この間舞台上では恋人を待つビアンカが椅子に座ったり、家の中を歩いたり、愛人グイード・バルディがリュート風の楽器を持って登場、愛人二人は抱擁して、すぐに舞台下手のソファーに倒れかかります。将にその瞬間、夫シモーヌ役のトーマス・ヨハネス・マイヤーが帰って来ました。彼は、外周りの商いの旅に行っていたのです。ここは物語として少し雑と言うか子供芝居の様、少々幼稚なストーリ―設定です。大人の話しとしては、あり得ないと言うか少しの警戒も感じられない逢引きの二人なのです。或いは三者共こうした背信行為は、あり得ると考えていたという前提の上のことなのか?邪推すれば、ビアンカは夫を嫌っている。浮気をしたい、或いはその常習者なのかも知れない。今回の相手は、一介の吟遊詩人では有りません。何とフィレンツェ公の一人息子だというです。この公爵って誰?フィレンツェは、ご存じの通りメディチ家の支配下の時代が長いのですが、公爵の称号を有していた??

 2019年の上演時の録画を見たのですが、座談会で今回と同じ粟國さんが、演出の時代設定に関して、「フィレンツェの悲劇」は原作の100年後1600年位(「ジャンニスキッキ」は1950年頃)に設定したと発言しています。オスカー・ワイルドの原作は1916年頃に書かれていますから、これはこの原作中での時代設定が1500年頃で、その100年後という意味でしょう。因みに1500年代は1569年にフィレンツェはトスカーナ大公国となり、メディチ家出身のコジモ1世の治世下におかれます(大公は一国の王です。勿論その上には神聖ローマ帝国があるのですが。フィレンツェ公爵はいなかった?)。従ってこの小オペラの公爵とは漠然とこうしたイタリア政治状況を念頭に置いて書かれたものと思われます。何せツェムリンスキーが台本も書いたと謂われますから

 何れにせよ❛公爵❜は権力者に違いないでしょうし、その一人息子ですから、グイードは次期権力者になる人です。帰宅したシモーネに身分を明かすと、シモーネは、計算高くこりゃ高値で買って呉れそうだと思い、相手に様々な商品を売り込もうとしました。

 ここで歌われるというか話される歌い振りは、一人息子グイードは強さを感じるテノールですが、それ程訴えて来ない詠唱で、シモーネは、既に自分の型を持った安定した歌声ですが、今一つ迫力が無い感じ。一番目立ったのはビアンカの声でした。シモーネ役ヨハネス・マイヤーは、一昨年のNNTTのワーグナーオペラ『ニュルンベルグのマイスタージンガー』のザックス親方の好演の記憶があったせいか、少し物足りなく聞こえたのかも知れません。

 グイードに色々と物を売りつけようとするシモーネ、結局二人は決闘にまで発展して、剣を振り払われた一人息子は、シーモーネに首を押さえつけられ死んでしまうのでした。こりゃ大変、貴族の一人息子の殺人ですから、すぐにでも追っ手に見舞われ報復されるのが普通です。でもそこは物語、間男の死によって、互いを見直した(夫は妻をこんなにも美しかったとは気が付かなかったとか、妻は夫をこんなにも強いとは思わなかった)とか言って元のさやに戻る二人の呆れた関係は、どこが悲劇なのでしょうか?非現実的な将に架空物語でした。でもその最後に歌われる、ビアンカの詠唱はそれまでで一番伸び伸びとしたソプラノの張りのある声で良かったし、シモ-ネ役マイヤーの歌唱もこの日一番の出来だったと思いました。

 

Ⅱ.ジャンニ・スキッキ

 この短編オペラは喜劇です。でも心から笑うに笑えない教訓的な内容を含蓄している。人間の醜い強欲さ、狡かつさ、その中で一番爽やだったのはラウレッタと恋人のリニヌッチョでしょう。それは作曲者がジャンニ・スキッキの娘であるラウレッタに後世に残る名曲を残したことからも伺い知れます。今回のラウレッッタ役は砂田愛理さん。本来の予定歌手が体調不良なのか早々と降板した代役での出演でした。ところがこの砂田さんのアリアが一点の曇りが無い晴れやかな「私のお父さんO mio babbino caro だったのです。歌い終わると会場からは、それまでで一番の歓声と拍手が沸き起こりました。本人にとっても会心の出来だったのでしょう。こうした広く知られた歌は余程うまく歌わないと、聴衆は満足出来ない物です。見事その難題をクリアしました。一方の恋人リヌッチョ役、村上公太氏も大いに活躍、「フィレンツェは花咲く木のように」Firenze è come un albero fiorito を朗々と伸びやかなテノールで歌い上げました。

 ジャンニ・スキッキ役のピエトロ・スパーニョも奮闘、歌唱ばかりでなく演技も含めて好演していました。その他の場面では多くの歌手が三重唱、五重唱的な歌を歌っていましたが、他のオペラで往々として見られる合唱の代わりとなる迫力までは、斉唱も重唱も出せていなく、又一人一人のソロもこれといった印象に残る歌唱は無く、結局多くの出演者が誰で何を歌ったかも判然としない、将に先に引用した粟国演出が求める色々登場人物が誰かなどを調べて来れば、この遺産相続劇をもっと理解出来るだろうという言葉が宙に浮いてしまう、要するに誰がどの様に個性が違うのか、どの様な歌い振りだったかが明確にならない、何回観ても分かり難い結果に終わってしまうのではなかろうかと危惧しました。


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オペラ速報『日本オペラ&プッチーニ作品』ダブルビル

編集

 表記のオペラは、①池辺晋一郎作曲『魅惑の美女はデスゴッデス!』とプッチーニ作曲『ジャンニ・スキッキ』をダブルビルで4/24と4/25の両日演じるというもので、初日を観ました。プログラムの概要は、次の通りです。

【日時】2021.4.24.(土)14:00~

【会場】テアトロ・ジーリオ・ショウワ(神奈川県川崎市)

【演目】

①池辺晋一郎『魅惑の美女はデスゴッデス!』(全2幕、約60分.)

②プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』(全1幕50分)

【管弦楽】テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ

【指揮】松下京介

【器楽構成】

二管編成、弦楽五部10型(打楽器は通常のTimp Tria の他、 イングリッシュホルン、バスクラリネット、バストロンボーン、大太鼓、シンバル、グロッケンシュピール、チェレスタ、ハープなど)

【合唱】日本オペラ協会合唱団

【演出】岩田達宗  

 

【キャスト】

「ジャンニ・スキッキ」
  4/24 4/25
ジャンニ・スキッキ 上江隼人 上江隼人 牧野正人 牧野正人
ラウレッタ 砂川涼子 砂川涼子 別府美沙子 別府美沙子
ツィータ 松原広美 松原広美 古澤真紀子 古澤真紀子
リヌッチョ 海道弘昭 海道弘昭 渡辺 康 渡辺 康
ゲラルド 及川尚志 及川尚志 工藤翔陽 工藤翔陽
ネッラ 楠野麻衣 楠野麻衣 中畑有美子 中畑有美子
ベット・ディ・シーニャ 坂本伸司 坂本伸司 泉 良平 泉 良平
シモーネ 久保田真澄 久保田真澄 東原貞彦 東原貞彦
マルコ 大塚雄太 大塚雄太 龍 進一郎 龍 進一郎
ラ・チェスカ 山口佳子 山口佳子 清水理恵 清水理恵
スピネッロッチョ
先生
安東玄人 安東玄人 和下田大典 和下田大典
アマンティオ・ディ・ニコラーオ 鶴川勝也 鶴川勝也 杉尾真吾 杉尾真吾
     

【粗筋】

 

 割愛

 

 

 富豪ブオーゾ・ドナーティはまさに死んだばかり。親戚が集まって悲しんでいるが、実は皆考えていることは遺産のこと。甥のリヌッチョは遺言状を見つけ、それをかたにジャンニ・スキッキの娘ラウレッタとの結婚を認めるように伯母ツィータに迫る。ツィータはしぶしぶ認め、いざ遺言状を開くが遺産は修道院にと書かれている。書き換えてしまおうとたくらみ、それをジャンニ・スキッキに依頼する。現れたジャンニ・スキッキは断るが、かわいい娘のラウレッタに頼まれ引き受ける。しかしブオーゾになりすまして遺言を口述する段になると、すべてはジャンニ・スキッキに遺すと言い出す。親戚たちは怒り狂うがすでに後の祭り。最後にジャンニ・スキッキが口上を述べ、幕が降りる。 

 

【演奏の模様】

 開演30分程前に着き会場に入ったら、オケピット前で女性1名と男性2名がトークしていました。オペラ協会総監督の郡 愛子氏と藤原歌劇団総監督の折江忠道氏、演出家の岩田達宗氏でした。トークは終わりに近かったので、聞いた範囲では、

〇青年期の池辺晋一郎の作品と大成したプッチーニの作品の対比が面白い(岩田)

〇②は、アンサンブルオペラ(折江)

〇みな新百合で育てた歌手陣(岩田)

などと話していました。

 

     《割愛》

 

 

 

一方②の題材は、ダンテの有名な『神曲』・地獄篇第30歌から採られたものです。もっとも『神曲』中「ジャンニ・スキッキ」の名はほんの数行語られているに過ぎない(hukkats注)。この物語の底本となったのは1866年にピエトロ・ファンファーニという文献学者の編により刊行された『神曲』のある版に、「付録」として添えられていた、14世紀の「無名のフィレンツェ人」の著した「ジャンニ・スキッキとは何者で、何をしたか」の解説文であろうと考えられています。

(hukkats注)ダンテ地獄編30歌には次の様な記述があります。

[原文]

31 E l’Aretin che rimase, tremando
32 mi disse: “Quel folletto è Gianni Schicchi,
33 e va rabbioso altrui così conciando”.
34 “Oh”, diss’ io lui, “se l’altro non ti ficchi
35 li denti a dosso, non ti sia fatica
36 a dir chi è, pria che di qui si spicchi”.
37 Ed elli a me: “Quell’ è l’anima antica
38 di Mirra scellerata, che divenne
39 al padre, fuor del dritto amore, amica.
40 Questa a peccar con esso così venne,
41 falsificando sé in altrui forma,
42 come l’altro che là sen va, sostenne,
43 per guadagnar la donna de la torma,
44 falsificare in sé Buoso Donati,
45 testando e dando al testamento norma”.
46 E poi che i due rabbiosi fuor passati
47 sovra cu’ io avea l’occhio tenuto,
48 rivolsilo a guardar li altri mal nati.

[日本語訳]

31 そこに残ったアレッツォ人[グリッフォリーノ]は、震えながら
32 私に言った。「あの魔物はジャンニ ・ スキッキだ。(狂犬の
33 ように)怒り狂って、あのように他ひ と人を苛さいなみまわる。」
34 「おお」と私は言った。「もう一人が君の背中に歯を
35 突き立てぬことを。それで、面倒でなければ、もう一人が
36 ここから駈け去らぬうちに、誰なのか教えてくれないか。」
37 すると、彼は私に答えた。「あれは
38 ミュッラーという人の道を外れた古いにしえ代の魂だ。
39 人倫に背いて、父親の愛人となった。
40 この女は、他人の姿になりすまし、
41 父と罪を犯すに及んだ。
42 ちょうど今去って行ったあいつ[ジャンニ・スキッキ]と同じだ。
43 奴も、家畜の女王[最上の雌ラバ]を手に入れようと、
44 ぬけぬけとブオーゾ ・ ドナーティになりすまし、
45 遺言状を書き取らせ、法に有効とした。」
47 私がじっと視線を注いでいたその二人の
46 狂犬病者[ジャンニ・スキッキとミュッラー]が行ってしまうや、
48 私は悪しく生まれた他の者たちへと視線を向けた。

  台本作家フォルツァーノとプッチーニが書簡でなく直接会って相談を重ねていたらしいということもあって、2人のうちどちらがこの題材を提案したのかははっきしませんが、『修道女アンジェリカ』作曲中の1917年6月頃には『スキッキ』台本をプッチーニが受領したと考えられています。プッチーニは『アンジェリカ』をいったん中断してこの『スキッキ』に没頭、骨格部分は数か月で書き上げられ、オーケストレーションを含めた脱稿日は1918年2月でした。

 歌としては、ラウレッタの『私のお父さん』が、一人オペラを飛び越して有名に、いや余りにも有名になってしまったので、かと言ってこの歌だけを聴きにオペラにやって来るのでは、もったいない。筋書きの妙、滑稽さ面白さを感じ取れれば良いと思ったのでした。

 『私のお父さん』は幾多の名ソプラノが歌いましたが、名がつかなくても皆大変素晴らしく上手に歌うので何回聴いても飽きない歌です。手元に、DECCA版のCD(残念ながらDVDではありません)の『ジャンニ・スキッキ』があって、レナータ・ティバルディがラウレッタを歌っています。伸びやかに滔々とした歌の様子は、子供の誰かが、父の日にでも歌って呉れれば、世の父親は皆感激すること間違いなしと思える程です。ラウレッタ役、砂川さんの歌も完璧で素晴らしかった。大きな拍手が満員のテアトロ全体に鳴り響き暫く消えませんでした。

 またラウレッタの恋人リヌッチョ役、海道さんの『フィレンツェは花かおる街』の歌も良かった、何せその歌詞が美しいですね。あのような美しい言葉の歌が良くない筈が有りません。さすがプッチーニ、聴かせ処のツボを心得ている。自分の居住地をこれ程誇れる賛歌はそう多くは無いでしょう。うらやましい。(誰でも地元が、住めば都で一番いいと感じているとは思いますが。)

 死者の一族のその他の登場人物、ツィータ役(死者の従妹)松原さん、シモーネ役(死者の従妹)久保田さん、ゲラルド役(死者の従弟)及川さん、マルコ役(シモーネの息子)大塚さん、その妻たち、山口さん、楠野さんの歌も我が国一流どころの歌い振りでさすがでした。最後にジャンニ・スキッキ。アリアは見るべきものが無いのですが、上江さんは最高クラスのバリトンで物語に重みを加えていました。ただ演技力は、喜劇の中心にいることに鑑み、チャップリンとまでは言いませんが、歌+もっと表情で喜劇の主を表すことがあれば、さらに聴衆を沸かせたこと間違い無しでしょう。

 最近は、いつもドラマティクオペラの深刻な場面を見ることが多いので、久し振りでクスクス笑いながら見ていました。面白かった。

参考 

  • ジャンニ・スキッキ(バリトン)、フィレンツェ市外に住む田舎者だが、法律に詳しく、物真似上手で機転の効く男、50歳、ダンテ『神曲』では地獄に落とされている
  • ラウレッタ(ソプラノ)、その娘、21歳
  • リヌッチョ(テノール)、大富豪ブオーゾ・ドナーティの甥、ラウレッタとは恋仲、24歳
  • その他、ブォーソの親戚一同、医者、公証人、証人など出演