HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

サントリーホールCMG『アジアンサンブル@TOKYO』

 表記の演奏会は、サントリーホール/CMG(Chamber Music Garden)での室内楽演奏の第7日目の演奏で、固定の室内楽楽奏団の演奏ではないですが、毎年アジアベース(日・韓、年によってはロシア等含む)の優れた演奏家を交えた、一夜限りの豪華共演で室内楽を演奏する試みで、毎年一日だけ開催されています。今回は、若手で活躍が目覚ましいピアニストを中心に、我が国の若手の優れた弦楽奏者を集めてピアノ四重奏曲他を演奏し、またピアニストのソロ演奏もあるというので聴きに行きました。

【日時】2022.6.10.(金)19:00~

【会場】サントリーホール・小ホール

【出演】
〇ピアノ:ソヌ・イェゴン

f:id:hukkats:20220610103525j:image

【Profile】

韓国アニャン出身。8歳の時にピアノを始める。
2005年にアメリカのカーティス音楽院に留学、その後ジュリアード音楽院、マネス音楽院にてセイモア・リプキン、ロバート・マクドナルド、リチャード・グードに師事。現在はハノーヴァーにてベルント・ゲツケ教授に師事している。

ヴァン・クライバーン国際コンクールでの優勝(金メダル)の他、2012年ウィリアム・カペル国際ピアノコンクール、2013年仙台国際音楽コンクール優勝を機に、仙台フィルハーモニー管弦楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団等と共演。その他ヴェルビエ音楽祭のヴァンドーム賞、2015年ドイツ国際ピアノ賞(フランクフルト)等受賞歴多数

〇ヴァイオリン:郷古廉

〇ヴァイオリン:東亮汰 *室内楽 アカデミー第6期フェロー

〇ヴィオラ:田原綾子

〇チェロ:横坂源

 

【曲目】
①モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K. 475
②モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K. 493
③ブラームス:6つのピアノ小品 作品118
④ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 作品34

 

 【演奏の模様】

 ①モーツァルト『幻想曲』

 この作品はピアノ独奏用の曲で、1782年にウィーンで作曲されたものと考えられています。この年にモーツァルトは結婚し、またオペラ『後宮からの誘拐』の成功にも恵まれました。

 この曲は独立した楽曲として構想されたわけではなく、ニ長調のピアノソナタ(K284またはK311)が続くことを想定して作品として書かれたものではないかといわれています。様式的にはCPEバッハのファンタジア(幻想曲)を意識している感もあります。

 また曲の最後の部分は作曲者自身の手では完成されておらず、自筆譜も散逸してしまっていて、現在伝わる曲の最後の10小節は、モーツァルトを称賛していたアウグスト・エベルハルト・ミュラーによって書き加えられたものであるとみられています。

 登壇した演奏者ソヌ・イェゴンは、見た目ではまだ随分と若く見えるピアニストでした。弾き始めた冒頭旋律は、モーツァルトらしからぬ調べで、予備知識なしに初めて聴いたらモーツァルトとは気がつかないかも知れない。ゆっくりと右手で旋律からトレモロへと移ろい、左手ではトリル的伴奏を見せ、力の入れ具合も所々加減して表情豊かな演奏をしていました。打鍵も時には強め、かと思うと、一呼吸置いて息継ぎをしつつソフトに指で鍵盤をなぞり、テンポの変化も見事で表情豊かな演奏でした。最終部の手に力を込める箇所では、打鍵の後反動で左手をかなり上(顎くらい)まで上げる仕草で弾いていました。

 中々いい演奏でした。更なるキレが欲しい気もしましたが。

 

②モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番

 いよいよChamber Music の本番です。ピアノは先程のソヌ・イエゴン、ヴァイオリンは郷古廉、ヴィオラは、田原綾子、チェロ、横坂源のメンバーです。

 モーツァルトは1785年に、ピアノ四重奏曲第1番を完成させました。今日演奏された2番は、その直後に作曲に着手されたのですが、色々あって1786年にようやく完成しました。そして翌年にこの第2番の楽譜はアルタリア社から出版されたのでした。演奏頻度は1番の方が多く、よく知られたメロディに満ちているかも知れませんが、緊迫感に溢れるト短調の第1番の四重奏曲はかなり暗い雰囲気が漂っています。それとは対照的に、第2番は抒情的で大らかかつ明るい性格を特色としているので、こちらを好む人も多いでしょう。三楽章構成です。

 第1楽章 アレグロ

全楽器が一斉にスタートしました。ソナタ形式による楽章で、力強ささえも感じる厚みのある響きのなかで、大きな広がりを特色とした世界が繰り広げられていきました。

 第2楽章 ラルゲット

ほとんど大部分が弱奏で演奏されるソナタ形式による楽章です。デリケートな美しさに包まれていると同時に繊細な抒情を湛えています。

 第3楽章 アレグレット

快い流れを特色としたロンド形式によるフィナーレ。ガヴォット風の軽やかな主要主題を軸にして組み立てられており、まさにこの作品の最後を飾るに相応しい楽章になっている。ピアノの華麗なパッセージが独特の彩りを添えている。きっとどこかで聞いた記憶があるピアノの旋律だと思う人も多いかと思います。

ピアノの活躍ぶりが目覚ましい謂わば、ピアノコンチェルトの弦楽四重奏版とも言えるでしょう。

 

③ブラームス:6つのピアノ小品 作品118

 このピアノ小品集の作品は1893年に完成しクララ・シューマンに献呈されました。ブラームスの生涯最後から2番目の作品であり、存命中に出版されました。ブラームスは最晩年、ほとんどがこうした小品集を作曲するのみで、所謂大作は作りませんでした。しかし小品とは言え、長い作曲経験から到達した高い完成度の内容が多く素晴らしいものです。

 今日の若いソリストがこれをどの様に表現するのか興味深々でした。

③-1インターメッツォ

③-2間奏曲

③-3バラード

③-4間奏曲

③-5ロマンス

③-6インターメッツォ

 ソヌ・イェゴンの演奏の全体的印象は、繊細な表現の方が迫力ある演奏よりも得意とするのでは?ということです。その意味で③-1や③-2では、ゆっくりと短、長の間奏曲の特徴を短時間に現出させて、割と淡々と理性的な演奏に見えました。但し、③-1などではブラームス独自の和音構成と左右のバランス感覚の表現に改善の余地がある様に思われました。

③-3のBalladeのやや激しい旋律を力を込めて弾いていましたが、迫力という程のものではない、ブラームスらしさの表現がいま一つしっくりいっていない感じがしました。

③-4前半の穏やかな後半の速いテンポへのリズム変化がいいとは言えない。

③-5 のRomanze in F major. Andanteでは軽やかなゆったり感に満ちていましたが、

 総じて感じたことは、この曲ではブラームスが最盛期のバリバリとブラームス節を鳴り響かせていた成熟期を通過して、贅肉と脂身をそぎ落とした枯れた境地に達した最終晩期(死の4年前)の作品なので、ブラームス山脈を踏破した人でないとその真の雰囲気は出てこない様な気がしました。

イェゴンさんのソロ演奏は、モーツアルトの方がブラームスより良かったですね。

 

④ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 作品34

 1864年に作曲した作品で、当初は弦楽五重奏(1Vn,2Vn ,Va ,Vc)版だったものをブラームスはその後書き直し、ピアノ五重奏曲版として1871年に出版しました。ヘッセン方伯家の公子妃マリア・アンナに献呈。

 4楽章構成です。はじめの楽章はブラームスとしてはやや冒険的で、落ち着かない印象を醸し出しています。特に4楽章の序奏においても、半音階で上行していく音型が非常に不安な雰囲気を有しています。

第1楽章Allegro non troppo 

第2楽章Andante,un poco adagio 

第3楽章Scherzo:Allegro                         

第4楽章Finale:Pocosostenuto- Allegro non troppo Presto, non troppo

②のメンバーに第二ヴァイオリンとして、音大在籍中の若い東亮汰さんが加わりました。

    第1楽章ではブラームスらしいPf.の旋律が響き、Va.の活躍も大きく、また2楽章冒頭でPf.と1Vn.Va.(Vc.はpizzicato)によるゆるい旋律、第4楽章冒頭の不思議な旋律などは、ロマン派から次の時代に飛翔する兆候の様な感じがある印象深いものでした。Vc.もずっしり効いているし、ここでもVa.が活躍。第3楽章のタタンタタンタタンタタとのリズミカルな行進風の調べは、面白さを倍加しました。でも何と言っても見ものだったのは、最終楽章で弦楽及びピアノの全楽器が全力で疾走した事。1Vn.の郷古さんはラグビーフォワードのプロップの如し。力仕事で、フォワード全員とスクラムを組んで牽引し、全員エネルギーがさく裂、重戦車突進でブラームスの難敵を見事蹴散らしてゴール イン!しました。あ~見る方としてもハラハラ、ドキドキ、草臥れました。50分近くかかる難曲でした。お疲れ様。この曲は、ブラームスが30代初めに書いたものですから、どろどろと渦巻く情熱のマグマは煮えたぎり、征服しようとする相手を寄せ付けない処があります。従ってそれを完全制覇するには膨大な練習量とエネルギーが必要な訳けですよ。残念ながら少し練習量が足りなかったかな?各パート一人一人の技量は秀逸でも、アンサンブルとしてはメンバーの呼吸がぴったり合って、それぞれ発出する音が融合し一つにならないと良く聴こえません。しかも力の掛け入れ、抜き外しの変化も一致しないとバラバラになってしまう。まー、いっ時の臨時チームですから仕方ないことですが。

 演奏が終わると満員の小ホールには、割れんばかりの拍手が鳴り響き、暫く鳴り止みませんでした。演奏者は何回も舞台に呼び戻され挨拶していましたが、終演は21時20分近くにもなっており、遅い時間帯でもあり、アンコール演奏は有りませんでした。自分としてもホールから横浜までは結構時間がかかるので、急ぎ足で帰路についたのです。内心ピアノの演奏が、期待に近いものだったという満足な気持ちで帰りました。

 

 尚、この曲は2018年のCMGのオープニングに於いて、堤剛(チェロ)さん、原田幸一郎(ヴァイオリン)さん、池田菊衛さん(ヴァイオリン)/磯村和英さん(ヴィオラ)/練木繁夫 さん(ピアノ)など、室内楽界の至宝たちが一堂に会して濃密なブラームスを演奏した様子が記録されています。

それを見ると、弦楽アンサンブルの阿うんの一致が見事です。皆さんアンサンブルに慣れている感じがしました。

https://www.youtube.com/watch?v=D-grQE07RX8