サントリーホールのチェンバー・ミュージックガーデン の演奏会も終わりに近づきました。ウィーンフィルで長くコンマスを務められたライナー・キッヘル氏が率いるカルテットの演奏をききましたのでそれを記します。
表記の演奏会は、本来6月22日(火)に行われる予定だったものが、新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置につき、当初の予定が延期され、昨日6/25に変更になったものです。
【日時】2021.6.25.19:00~
【演奏】
(1Vn)ライナー・キュッヒル
(2Vn)ダニエル・フロシャウアー
( Vc) ハインリッヒ・コル
( Va) ショテファン・ガルトマイヤー
【プロフィール】
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の弦楽セクションの精鋭により結成。楽友協会で唯一、150年以上の歴史をもつ弦楽四重奏の定期演奏会を担当するため「ムジークフェライン・クァルテット」という伝統を継承する称号もあるが、現在はウィーンでも「キュッヒル・クァルテット」の名前で活動している。ウィーン芸術週間、ザルツブルク音楽祭、モーツァルト週間、オシアッハ、パッサウ、ボローニャ、モントルー、フランドル国際音楽祭に参加するなど幅広く活動。録音も多数。2012年に第2ヴァイオリンが交代、20年にチェロ奏者が交代し、さらなる円熟の境地に至っている。
【メンバープロフィール】
ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
オーストリア出身。20歳でウィーン国立歌劇場管弦楽団とウィーン・フィルのコンサートマスターに就任し、2016年8月まで同団を45年にわたり率いた。ソロ、室内楽、オーケストラなど世界中で演奏活動を行うほか、ウィーン国立音楽大学などで後進の指導も積極的に行う。オーストリア共和国大名誉勲章、日本政府から旭日中綬章などを受章している。17年4月NHK交響楽団ゲスト・コンサートマスターに就任。
ヴァイオリン:ダニエル・フロシャウアー
ウィーン出身。ジュリアード音楽院に留学後、ウィーン国立音楽大学でアルフレッド・シュタール、アルフレッド・アルテンブルガーに師事。1997年ピエール・ランティエ国際コンクールで入賞。ソリストとしてもザルツブルク・モーツァルト管をはじめ世界各国で演奏している。98年からウィーン・フィルの第1ヴァイオリン奏者を務め、2004年からはセクションのリーダーとなる。17年9月よりウィーン・フィルの楽団長を務める。
ヴィオラ:ハインリヒ・コル
ウィーン出身。5歳でヴァイオリンを始め、ウィーン国立音楽大学でフランツ・サモヒルなどに師事。ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団、ウィーン交響楽団を経て、1980年にウィーン・フィルに入団、ソロ・ヴィオラ奏者も務めた。オーケストラやソロで世界中で演奏しているほか、キュッヒル・クァルテットなど室内楽でも多方面に活動している。後進の育成にも力を注ぎ、ヨーロッパだけでなく日本やアメリカでも指導を行う。
チェロ:シュテファン・ガルトマイヤー
1974年ウィーン生まれ。ウィーン、ケルン、フライブルク、ブレシア(イタリア)でチェロと作曲を学ぶ。チェロをトビアス・キューネやマリオ・ブルネロなど、作曲をディートマール・シェルマン、ディーター・カウフマンに学ぶ。ウィーン放送響やフランクフルト放送響の首席奏者を歴任し、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の奏者を経て、2007年よりウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団、10年よりウィーン・フィル奏者。
【曲目】
ハイドン:弦楽四重奏曲
①第30番 ニ長調 Hob. Ⅲ:30
②第57番Op.54-1ト長調 Hob. Ⅲ:58
③第74番 ト短調 Hob. Ⅲ:74「騎手」
これ等の曲に関する解説は、H.P.に奥田佳道氏のプログラムノートが掲載されているので、以下に転載します。
【プログラムノート】
ヨーゼフ・ハイドン(1732 ~ 1809): 弦楽四重奏曲選
ウィーン古典派の「パパ」ハイドンならではの歯切れのいい語り口、緩急の対比も鮮やかな様式美は、ボヘミアのカール・モルツィン伯爵に仕え始めた1750年代後半に育まれ、ハンガリー系のパウル・アントン・エステルハージ侯ならびにその弟ニコラウス・ヨーゼフ・エステルハージ侯のもとで宮廷副楽長・楽長を務めた1760年代中葉以降に完成の域へと向かう。幼少期をハプスブルクの帝都ウィーンで過ごし、かのシュテファン大聖堂の聖歌隊メンバーでもあったハイドンだが、彼の言葉を借りれば「世の中から隔絶された環境に置かれたゆえ、私の音楽は独創的にならざるを得なかった」のである。
当初ディヴェルティメントと呼ばれていたハイドンの弦楽四重奏曲は、偽作や編曲を除くと都合68曲を数える。パリやウィーンでは正規のルートによらない、いわゆる海賊版の楽譜が1760年代の半ばから出回っていたという。エステルハージ家のカペルマイスター(楽長)としてウィーン近郊で創作に勤しんでいたハイドンは、私たちが漠然と思い描く以上に早い段階からこのジャンルの匠だった。
1770年代以降、作品9、17、20、33など「6曲セット」での出版が開始される。この「 6曲セット」という古典の流儀は、モーツァルトのハイドン・セット、ベートーヴェン最初の弦楽四重奏曲 作品18にも受け継がれる。
(6月22日(火)19:00開演⇒6/25 同時間に延期)
初日の一曲目、第30番 ニ長調 Hob. III:30は、1772年に出版された作品17の6曲目。プレスト~メヌエット~ラルゴ~アレグロの楽章から成る。これ、古典のセオリーと逆の緩急ではないか。ハイドン一流のユーモアに驚く。
1788年に創られた第57番 ト長調 Hob. III:58は、エステルハージ宮廷楽団のヴァイオリニストで、後に音楽出版でも名を成すヨハン・トースト(1759~1831)ゆかりの名曲。第4楽章の遊び心はまさにハイドンならではの世界。
第4楽章の冒頭が馬の駆け足ギャロップ風ゆえ「騎手」と呼ばれるようになった第74番 ト短調 Hob. III:74は、晩年のハイドンをロンドンに招いたザロモンの勧めで書かれたか。1793年に作曲されたこの曲、第1楽章冒頭のユニゾンからして創意工夫と躍動感に富み、聴き手を魅了してやまない。ハイドン存命中から人気曲で、第2楽章の調べは、作曲者自身または第三者により『ピアノのためのアダージョ ホ長調』に編曲されたほど。アッポニー伯爵に献呈された6曲の弦楽四重奏曲のひとつである。
【演奏の模様】
このカルテットの皆さん、Vcを除いて立奏でした。
①第30番 ニ長調 Hob. Ⅲ:30
上記プログラムノートにも有るように、通常とは、速度記号が逆ではと思う程、冒頭からPrestの凄く速いテンポで、弦を鳴らしはじめました。1Vnは、太めの幅のある音で、誰が聞いてもこの楽器の達人と思わす演奏をしています。たまに小さいキーという何かと何かが擦れる様な異音がしましたが、キュッヒルさんは抜群の音楽性の持ち主だということが分かります。Vcがずっしりした低音が弱いのか、アンサンブルの重石に成り切っていない感じがしました。
三楽章のLargoでの透徹された1Vnの高音を聞いていると、立ち上がりよりチューニングされ研ぎ澄まされてきた感じがします。
四楽章の終わりは、余りにあっけなく終わってしまうので、ハイドンは、曲をもっと続けたかったのに、何らかの理由で突然断筆したのではなかろうか?例えば、ガチョウのペンが折れてしまい、買い置きが切れていたとか、急に舞踏会出席を忘れそうになっていたことを思い出し、急ぎ身支度して会場に飛んで行ったら、貴婦人に声をかけられ、我を忘れて踊るうちに恋に陥り、曲がまだ書き終わっていないことなど、すっかり忘れてしまったとか、止めども無い妄想にかられる誰かさんでした。
②第57番 ト長調 Hob. Ⅲ:58
最初の斉奏からアンサンブルがよく響いています。特に1Vnのキュッヒルさんは、エンジンがかかってきた模様で、益々音が研ぎ澄まされて冴え冴えと鳴らしています。1Vnが圧倒的に優勢で、Vcは、伴奏に徹している。
二楽章では、2V n → Va→Vcと受け渡し、さらに1Vnは強い弓使いで強奏をします。やや不安気なメロディから抜け出した1Vnはソロを、VcとVaと2Vnのアンサンブも、結局は、1Vnに収束され、キュッヒルさんは、表情はかえませんが、喜々として、生き生きと弾いていました。ただ、中音域から下の速い音になったのを聞くと、そこはやや満足度が少し下がるかな?
《休憩》
③第74番 ト短調 Hob. Ⅲ:74「騎手」
これも四楽章構成、今日は、全部です。昨日まで、ベートーヴェンの三楽章や二楽章構成の曲を弦やピアノで聞いてきたので、純古典的な四楽章構成ばかりだと肩肘張った感じ。
1楽章は全弦でスタートも、すぐに1Vnが引き取り、VcとVaのやり取りもややせわしない感じを受けました。
第2楽章は、これぞカルテットの妙と思えるバランスの良いアンサンブルでした。メロディもゆっくりしていて、様々な思いがあてはまる様ないいものでした。
第3楽章は割りと目立たないのではと思える地味な楽章です。これも、1、2、4楽章を目立たせるためのハイドンの作戦?
最後の楽章は、プレストとも言えるのではと思える位の猛スピードでスタート、これが、馬術の「襲歩」のイメージがあることから、「ギャロップ」と名付けられたのです。ウィーンに行けば分かりますが、馬は今でも重要な扱いまさをされていて、皆大事にしています。王宮の前を通れば、馬車を引く馬がいますし、ホーフブルク王宮のスペイン式宮廷馬術学校では、世界的に名高いリピッツァの白馬が訓練を受け妙技を披露できます。ハイドンの時代は、現代より戦闘馬が重要な意味を持っていたので、この曲のようなな名称が後世つけられたのでしょう。4楽章では、飽きないくらい様々な調べてが奏でられました。
最後の最後までキッヘルさんの匠の技が冴えていました。
毎日続く鬱陶しい天気のもと、”梅雨空のブルーに響くキッヘルの音”
大きな拍手に応えて、アンコール演奏がありました。
〇ハイドン『弦楽四重奏曲第67番 ニ長調Hob. III:63「ひばり」より第2楽章。 これは、ハイドンで一番聴きたかった曲ですし、華やかに第1ヴァイオリンを鳴り響かせたキュッヒルさんも一番弾きたい曲、聞かせたい曲だったのではなかろうかと思われる程、素晴らしい演奏でした。キュッヒルさんのヴァイオリンは、今日の立ち上がりの状態は嘘の様に、高々と研ぎ澄まされた音が天高く飛翔し、座席まで舞い降りる。それを何回か繰り返し、ひばりは鳴き静まるのでした。再び起きる拍手の嵐、数回舞台と袖を往き来したメンバーは、鳴り止まぬ拍手に、再度譜面台に向かい会いました。 二度目のアンコールは、同じ『ひばり』の第4楽章、それが終わった後も、またまた同じ状態の繰り返しで、結局その次は第1楽章、次の次は第3楽章のアンコールとなり、都合4回のアンコールで、『ひばり』全曲をアンコール演奏してくれたのでした。もうこれ程嬉しいことはないし、こんな感動は久し振りのことでした。