HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)28 <ミラノ十一月二十日>

 

 前回、半月ほど前に書いた<ミラノ十一月十九日>の記事では、ミラノ・スカラ座での仮面舞踏会後の恋の破綻による決闘の話、即ち恋に破れたある夫人が男装して、恋人を呼び出して決闘するも未遂に終わった、しかしその事件の噂はアッと言う間に広がったが夫人の対面は汚されなかったことをスタンダールは記していました。

今回はスカラ座の玄関での男女が桟敷席まで到達するまでの礼儀作法、習慣や到達してから桟敷席に友人達を迎えるやり方等について記述しています。

先ず玄関では“スカラ座の玄関広間(アトリエ)は気取り屋たちの拠点である。ここでこそ、女性についての世評が作られる。女性たちのそれぞれに、男友達として、桟敷にあがるために、腕を貸す男性がつく。この手続きがきちんとするのは、とりわけ初演の日である。八時半に桟敷にあがるときに、男友達がいるのに腕を貸してもらえないと思われると、女性は対面を失う。”と説明、スタンダールは前日、ある夫人が男友達に腕を貸してと頼んでも、その男が嫌だと言っているのを見たそうなのです。別なもっと親密な男友達に腕を貸してもらったらいいでしょうと嫉妬から拒んでいたそうなのでした。“女性にまったく男友達がいないと、彼女に同伴する役を務めるのは夫である。僕は、とても若くてとても美男の夫が、こうした面倒をあからさまに嘆いているのを見た。アトリオを通るのに腕を貸すよう男友達に決心させることができないから夫が妻を伴っていると思われると、夫は体面を失う。僕が語ったことすべては、1796年以前には、さらにいっそう真実であった。今日では何人もの若妻たちが従僕を従えて桟敷に上がっていくことを敢行しているが、これは貴族の老婦人にとってきわまりなく低俗と見える。”

 こうした風習は中世の騎士が淑女を扱う儀礼の名残から来ているのでしょうか?200年経った現代の世界ではまったく考えられない風習ですね(尤も私は経験がないのですが、日本にも「同伴喫茶」とか「同伴出勤」とかあったそうですから、見栄とか欲望とかは時空を超えていつの時代でも、どこの世界でも変わらないのかも知れませんが)。それが既婚の男性がその妻に公然と認めている風習だったということには、ただただ驚くばかりです。

 桟敷席(本来舞台で演ぜられるものを鑑賞するのに適した席の筈ですが、実際はそればかりではないことを以前の記述でスタンダールは説明していましたね)での主役の婦人と男友達の迎え入れのしきたりについて、次の様に述べています。

 “女性は正午にただ一人の男友達を招く。二時から四時には彼女の親密な友人達。夕方、八時半から真夜中まで、桟敷に知り合いを迎える。十から十二の席がある桟敷が満員で、そこに誰かが突然やってくるようなことがあると、いちばん早くにきた者が出て行く。このいちばん早くきた人は、桟敷の手摺の側にいるその家(桟敷)の女主人と並んでいた。その人が出ていくと、みんなは桟敷の手摺の方に少しずつ動き、新参のものは、扉の近くに席を見つける。こうして各人は順繰りに桟敷の女主人の傍らにいくことになる。僕は臆病な色男が、順番によって、愛している夫人の近くに行くや、すぐに出て行くのを見た。彼女も愛していて、それは興味深い見ものだった。”

 今から見ると漫画ティックで滑稽ささえ感じる光景ですね。

 ところでここ一週間のコロナ感染者数はうなぎ上りで驚くばかりです。「経済を回す」「コロナとの共存」という掛け声が盛んに聴こえますが、これまでの日本人の(あるいは世界の人の)努力と犠牲が無駄骨折に終わる事態を招き、それらの声が虚しく響く様にならないことを祈るのみです。

 今ここで自分はどう行動すべきか、何をすべきか考え込んでしまいますね。