表記の『ピリオド楽器オーケストラ第九演奏会』とは、ちょっと変わった題名のコンサートです。「ピリオド楽器」は勿論分かりますが、それで第九演奏とは?その意図するところは、H.P.の次の解説文がよく説明しているので、引用しておきます。
”この秋、横浜みなとみらいホールが贈る「第九演奏会革新の第九」は、ベートーヴェンが活躍していた当時の楽器であるピリオド楽器(=古楽器)による第九コンサートです。昨今、ピリオド楽器による演奏会は活発に行われていますが、第九となるとなかなか聴く機会がありません。古楽器界で活躍する若きピリオド楽器奏者や主要オーケストラに所属しながらもこのジャンルに取組む演奏家達が、今回横浜に集結し、作曲当時の音での第九を再現します。さらに贅沢にも、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位受賞で反響を巻き起こしたフォルテピアノ奏者、川口成彦をソリストに迎えてのピアノ協奏曲を加えたプログラム。巨匠(ベートーヴェン)の常に時代を先駆けた「革新的」部分が、ピリオド楽器の演奏だからこそ鮮明に感じられる筈です(横浜みなとみらいホールチーフプロデューサー 佐々木真二)
会場に行ってみると年配客から中年客、若い人達と幅広い観客が集まっていて、大ホール(約2000席)の4割方は埋っていました。ステージに立ったオケの演奏者たちはほとんどが若者に見えました。
ピリオド楽器は古楽器のことで、ヴァイオリンやビオラなどの弦楽器は座席から見ると何ら変わりなく見えましたが、実際は古い時代用に調整されているのです。管楽器は見た目もかなり違っていて、フルートは現代物より音階調節機構が単純で木製に見えました。オーボエも膨らみ具合や木製の感じが今のものとは異なっています。ホルンも余りぐるぐると巻いていない、単純。トロンボーンは現代の様に前後に移動して音を調節する機構は無いみたい。ファゴットも違って見えました。ファゴットの隣には大きな長い木製の管が一本存在し、あれは何だろうと思っていたら、休憩後のショートトークで「コントラファゴット」と言っていました。ティンパニーはかなり小さいものでした。
【日 時】2020年11月10日(火)19h~
【会 場】横浜みなとみらい 大ホール
【出演者】
渡辺祐介(指揮)
川口成彦(フォルテピアノ)
藤谷佳奈枝(ソプラノ)
山下牧子(アルト)
中嶋克彦(テノール)
黒田祐貴(バリトン)
オルケストル・アヴァン=ギャルド(オーケストラ)
クール・ド・オルケストル・アヴァン=ギャルド(合唱)
【指揮者紹介】
東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院修了。黒田博、多田羅迪夫の両氏に師事。その後 2008年より2011年まで、オランダのデン・ハーグ王立音楽院古楽科に留学。ペーター・コーイ、マイケル・チャンス、ジル・フェルドマン、リタ・ダムスの諸氏のもとで研鑽を積む。
帰国後は、2013年1月に世界初演された三枝成彰氏の新作オペラ《KAMIKAZE-神風-》に特攻隊員役で出演。金昌国氏指揮アンサンブル of トウキョウによるベートーヴェン《交響曲第9番》にソリストとして招聘され、また栗山文昭氏指揮の栗友会合唱団公演、ヘンデル《メサイア》、フォーレ《レクイエム》にソリストとして招かれる。2018 年秋には、バロック・ヴァイオリン奏者/寺神戸亮氏指揮によるモンテヴェルディ歌劇《オルフェーオ》カロンテ役、同《ウリッセの帰還》ネットゥーノ役に続けて出演した。
2002年4月より、鈴木雅明氏の主宰するバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバー。「カントゥス・エーブリウス」を2017年10月に創設し、バッハ・教会カンタータ全曲演奏プロジェクトを開始。またバロック・チェロ奏者/山本徹氏、バロック・オーボエ奏者/三宮正満氏らと共に、国内外の若手オリジナル楽器奏者を結集して「オルケストル・アヴァン = ギャルド L’ orchestre d’ avant-garde」を創設。音楽監督に 就任し、2019年2月よりベートーヴェンの全交響曲、全協奏曲の演奏を目標に活動を開始。現在、マヨラ・カナームス東京音楽監督、東京ムジーククライス常任指揮者
【ピアニスト紹介】
1989年に岩手県盛岡市で出生し、横浜で育つ。聖光学院中学校・高等学校(横浜)を卒業後、東京藝術大学音楽学部楽理科を卒業。大学在学中に古楽器に出会い、先輩の勧めでフォルテピアノを中心とした古楽器による演奏活動を開始した[1]。その後、同大学院修士課程古楽科に進学し、大学院アカンサス賞を得て首席修了。アムステルダム音楽院古楽科修士課程を特別栄誉賞を得て首席修了。現在オランダアムステルダム在住。在学中から東京芸大楽理科の先輩にあたる小林道夫との連弾での共演[2]や声楽[3]やポップスの伴奏[4]などモダンピアノでも幅広い分野で活動している。フォルテピアノでは若手古楽器奏者の登竜門であるブルージュ国際古楽コンクール最高位などの受賞歴があり、第3回ローマ・フォルテピアノ国際コンクールでは審査員を務める[5]などフォルテピアノ奏者としても第一線で活動している。スペイン音楽に造詣が深く、フォルテピアノによるスペイン音楽の研究、日本初演に取り組んでいる。2018年に第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位受賞により大きな注目を集めた。
【曲目】<allベートーヴェン・プログラム>
①バレエ音楽『プロメテウスの創造物」序曲』
《参考》
ベートーヴェンは生涯で2作のバレエ音楽を残している(もう1作は「騎士のバレエ」)。1800年から1801年にかけて作曲され、同年の3月28日に、ウィーンのホーフブルク劇場で初演さた。しかし現在は序曲以外ほとんど演奏されることはない。ベートーヴェンはこのバレエでドラマと舞踊と音楽の緊密な結びを実現しようとした。そして当時詩人ゲーテとシラーのあいだでこの音楽が論議されていて、一種の「総合芸術作品」としての趣をもつ例となった。
ベートーヴェンは作品の中にあるプロメテウスの素材をその後も活用した。『交響曲第3番』、『エロイカ変奏曲』作品35などに、このバレエ音楽で用いた音楽的な素材を流用している。
②『ピアノ協奏曲第4番』フォルテピアノ演奏、川口成彦
③『交響曲第9番「合唱付き」』
【演奏の模様】
一般的にピリオド楽器は、音量が小さいと謂われますが、昔は現代と比べれば遙かに小さい室内で演奏されていたので、十分鑑賞に堪えたと思われます。ただ、今回の演奏は、みなとみらいホールの大ホール(約2000席)なので、随分音が小さく聞こえ、迫力に欠ける時が多かったのです。
①バレー音楽は、昨日はストラビンスキー『火の鳥』、一昨日はプロコフィエフ『ロミオとジュリエット』をウィーンフィルの演奏で聴きましたが、今日は、ベートーヴェンの『プロメテウスの創造物』の序曲が、ベートーヴェンの時代に使われたとされるピリオド楽器で演奏されました。
管弦編成は、二管編成で弦楽五部は8型。
かなり短い(5~6 分)曲です。でもベートーヴェンの響きは十分に聴こえる。
管がやはり音量が小さいですね。フルートが通常のオケとは全く違って余りピリとした音が聞こえません。でも柔らかく聞こえる。クラリネットもファゴットも、ホルンもブラスの音ではなくやはりウッドの響き、ややくぐもって音量が小さい。それに対し弦アンサンブルはそれ程遜色ない響きです。ティンパニーは図体が小さいながら結構大きい音を立てていました。でもオケ全体としては大ホールに遜色ない位の適度な大きい音でいい感じのアンサンブルが響いていました。
②『ピアノ協奏曲第4番』フォルテピアノ演奏、川口成彦
個人的にはベートーヴェンのピアノコンチェルトの中では、この4番がここ数年来一番好きな曲になりました。メロディーが素敵でかっこいい。4番が聴けるということが聴きに来る動機の一つでした。
でも演奏はまったくもって失望でした。全然音が聞こえない、オケのアンサンブルの陰に隠れてしまっていました。かろうじてカデンッアの箇所でそれらしい演奏の素晴らしさが伝わってきました。川口さんの演奏は聴いていて演奏技術も音色も素晴らしいのですが、ピアノフォルテはオケと一緒は無理かな?音が目立たな過ぎる。室内楽用かソロ用ですね。ピアノの演奏がある時はいつも鍵盤が見える座席を取ることにしています(時々取れない場合有り)。
John Broadwood&Son(1800年頃)製
ピアノフォルテ
67鍵の楽器でペダルが左右に一個づつある英王室御用達のピアノメーカーの古いピアノフォルテの様でした。
川口さんの演奏は、今年の1月に『Trio Ace古楽器演奏会』で室内楽合奏を聴いているので、参考までその時の記録を文末に掲載して置きます。
尚アンコール演奏があり『ト調のメヌエット』からの抜粋演奏でした。
《休 憩》
③『交響曲第9番「合唱付き」』
休憩直後、池辺信一郎さんの短いトークがありました。コロナの影響で外出できず腰を痛めてしまったとのことで、椅子に座っての話でした。やはり若い演奏者に期待していること、現代の大ホールで時空を超えて古楽器の演奏を聴く、特に第九を聴くのは滅多に無いこと、コントラファゴットの演奏も多くは無い(ヘンデル、ハイドン、モーツアルトに用例有り、ベートーヴェンのシンフォニー五番4楽章にも)なので聴くのが楽しみとのことでした。
いよいよ第九の演奏です。先ず合唱団のコロナ対策について。先日は合唱員が一人一人背丈以上の半筒形のアクリル板にすっぽり保護され、飛沫の拡散防止をはかった合唱コンサートを東京の大聖堂で聴いて来ましたが、今回は、総勢30人ほどの合唱員が二列に並び、後列の団員の左右前の三方にアクリル板を立てていましたが、起立して歌う時の飛沫拡散防止には板の高さが足りないのではないでしょうか?まして前列の団員達の前には言い訳程度の数10センチ四方のアクリル板が立ててあるだけで、飛散防止どころか、その前に座っているオーケストラメンバーにもろに唾が飛んだのではないかと危惧されました。合唱団員に無症状の保菌者がいないことをただ祈るだけです。
演奏は、古楽器と言えども管弦楽の響きはそれなりに迫力がありましたが、前日にウィーンフィルのすごい演奏を聴いたばかりの耳には、どうしても生ぬるく聞こえ、緩慢なオーケストレーションに思えました。でも指揮者は若いので最初から最後まで、きびきびと体を動かし立派に指揮統率していました。
合唱に入る以前までは、弦が主導のアンサンブルで管がどうしても劣勢にたたされていました。でもその中で、首席のオーボエは一人、気をはいていて普通のオーケストラに近い、いい音と音量での調べを奏でていました。かなりの名手なのでしょうね、きっと。 又ティンパニーも相当善戦、ポイントポイントで結構大きな音で、パンチの聞いた演奏をしていました。コントラファゴットはどんなものか注目していましたが、ソロ的演奏の箇所はほとんど無く、他のファゴットや管楽器と同時の発音の場合が多くて、良く分かりませんでした。恐らく地味な音なのでしょう、目立ちませんでした。
四人のソリストたちによる歌が始まり、オーケストラも一段と力が入ってきました。四人の中ではソプラノが一番よく聴こえました。コーラスもどういう訳か女声部が声が揃っていて清明さがありよく伝わってきました。最後はピリオッドも何も関係なくいつもの第九らしい盛り上がった状態で演奏終了でした。一足早い年の瀬を感じました。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
《参考》
『Trio Ace』古楽器演奏会(続き)
昨日聴きに行った豊洲シビックセンターホールでの古楽器演奏会の(続き)です。このホールのある豊洲地区について、若干捕捉説明しますと、最近では「豊洲」=「中央卸売市場」、即ち築地市場の豊洲移転で注目を浴びた地区の近傍ですね。その昔はIHIの根拠地で、船舶建造など行われていた運河が近くにあります。今でこそ地下鉄有楽町線やゆりかもめなどの鉄道が出来てアクセスが便利になり、「東京ビッグサイト」に展示会を見に行くことも、た易くなりましたが、展示場が豊洲ふ頭のお隣の晴海ふ頭にあった時代(所謂「晴海の展示場」時代)は、交通手段はバスなどの陸路しかなく、埋立地(豊洲は関東大震災のがれき等を埋め立てて出来たそうです)は不便だと一般に思われていました。それが今では、高層ビルやタワマンなどが林立するウオーターフロント開発の先駆とも言える地域になったのです。平成14年(2002年)に東京都港湾局の『豊洲・晴海開発計画』が再改定されたことが大きい。今回のホールのある「江東区豊洲文化(シビック)センター」は江東区が2015年に建てたもので、江東区はこうした文化センターを九つも所有しています(ちょっとした驚き)。それぞれにホールが有るのでしょうか?ホールはシビックセンタービルの5階にあり300席ほどの小ホールでした。
さてこの日の演奏曲目は①ムツィオ・クレメンティ作曲『ピアノ三重奏曲ニ長調Op.21-1』、②モーツァルト作曲『ピアノ三重奏曲 第6番ト長調 K.564』③ベートーヴェン作曲『ピアノ三重奏曲 第1番 変ホ長調 作品1-1』の3曲です。 演奏者は、オリジナル楽器奏者である、ピアノの川口成彦、ヴァイオリンの丸山韶、チェロの島根朋史の各氏。演奏前の舞台説明でも、ベートーヴェン生誕250年のことが強調されていました。Pfの使用楽器は、若きベートーヴェンが愛用したものと同じ、ウィーン製ヴァルターモデル、弦楽器は古楽器にガット弦(ナイロン製でなくて動物起源の素材)を張ったもので演奏されました。ガット弦はナイロン弦より丈夫で、柔らかな音が出るという人もいますね。先ず①の演奏を聴いて、何年もピアノフォルテの音を生では聴いていないので、音が随分か細くて小さいことに驚く。またヴァイオリンの音は太くて大きく、少しビオラ的な暖かい太さを感じるものでしたが、現代Vnを聴き慣れている耳には少々粗野(素朴)に聞こえました。メロディ的には、VcもVnも三重奏というより、小さい音のPfの伴奏的な場面が多いと思いました。この曲の原題は『ヴァイオリンとチェロの伴奏付きのピアノソナタ』ということが分かって、腑に落ちました。 ②の曲は、速いテンポで始まるいかにもモーツアルトらしい調べですが、比較的シンプル。本来(楽譜的というか現代楽器であればの意)ならVnとPfとが対等に掛け合うのでしょうが、Pfの音が小さい、Vnの特徴ある大きな音が際立っている。PfとVcに先導される第2楽章に来て、ゆったりとした可愛げのあるメロディがカノン的に連綿と続く場面では、奇麗なメロディを奏でるPfの音もはっきりし出し、川口さんはとても気持ち良さそうに、演奏に没頭して弾いている。Vn の丸山さんもVcの島根さんも同じ主題を力強く弾き合う。2楽章後半でのVnとVcの非常に和音が綺麗に重なり、Pfが伴奏的に弾く箇所の辺からVnの音色が当初より先鋭化し(幅広い周波数の音が、かなり絞られた周波数の音群に研ぎ澄まされた感じ)、とても現代楽器のヴァイオリンでは味わえない独特の奇麗な澄んだ音になってきた様に思いました。 最後のベートーヴェンの曲③は、説明によると1793年ベート-ヴェンがウィーンに来て間もない時期に作曲した曲で、その後のピアノソナタ5番辺りから3楽章編成になるのですが、この曲は当時としては少ない例の4楽章編成で30分以上もかかる相当な大曲です。第2楽章はPfのイントロから始まり、その後Vnに引き継がれるメロディもVcの低音もまじえて、歌うような表現が良く出来ていたと思います。最後にPfがゆっくりとした弱い音で、ポン、ポン、ポ、と消え入る様に終わるのも良し。 第3楽章は、速い弦の動きにすぐPfが追いつく、この楽章まで来て気が付いたというか勝手に思ったことは、ベートーヴェンは曲を多くの旋律的な構成で作っているというよりも、小さな流れのパーツを幾つも組み合わせて曲の全体像を形成していく、謂わばジグソーパズルを完成する様な手法も有していたのではないかということでした。第4楽章はピアノの次第に早くなる軽快なテンポで始まり、弦がややカノン的に進行して、Vnは思い切り弦を力一杯激しく楽器にあてて弾き、益々済んだ強くてしかもソフトないい音をたてていた。最後も軽快さを保ったまま終了しました。 結構増えた聴衆(平日の遅い時間の音楽会のためか、遅れて後半に入場した人もいた様です)の大きな拍手が起き、演奏者は何回か出ては退き最後にアンコールを一曲弾きました。ベートーヴェン作曲『ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調Op.11「街の歌」』より第4楽章。Vcの大変心にしんみり響く低い音に魅了されました。 ところで演奏の途中で気が付いたのですが、この日のピアノフォルテには、足を使うペダルが見当たりません。そういう楽器なのかなと思っていたら後で説明があり、ペダルはあるのだけれど、膝で押すように鍵盤の下部に付いているそうなのです。演奏終了後舞台の前に行きPfの鍵盤側の写真を撮りましたが良く分かりませんでした。
またこれも今までの演奏会とやや違うなと思ったことは、ピアノフォルテの調律を念入りに何回もやっていたことと、トリオ楽器の音の調整も曲の楽章全部と言っていい程何回も何回も合わせていたことです。古楽器はそんなにも繊細なのですか。すぐ音がズレてしまうのであれば、曲の演奏は、将に1回限りの生演奏ですね。同じ演奏は二度と聴けないレアーものの音の饗宴。まー、普通のコンサートでも似たような事は言えるのかも知れませんが。録音ではいつも同じ演奏が聴けるけれど、生演奏とはかなりかけ離れていますし。美味しい御馳走は一期一会でしょうか?