【日時】2025.6.29.(日)14:00〜
【会場】横浜みなとみらいホール大ホール
【管弦楽】ベルリン交響楽団
〈Profile〉
ベルリン交響楽団は、1966年に当時の西ベルリンで創立。当初の名称はSymphonisches Orchester Berlin(SOB)で、1992年にBerliner Symphonikerに名称を変更した。
ドイツ語の表記は違うものの、日本では旧東ベルリンの「ベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)」と混同されやすく、注意が必要であった。
1996年からは積極的に海外公演を行い、日本では2002年の初来日以来、度々来日し数多くの公演を重ねている。
ウインナ・ワルツとオペレッタのスペシャリスト、ローベルト・シュトルツはオイロディスクやBASF、エレクトローラに同団を指揮して膨大な録音を残しており、多くが国内発売もされている。
【指揮】ハンスイェルク・シェレンベルガー
〈Profile〉
1948年、ミュンヘンに生まれ、6歳からブロックフレーテ(リコーダー)、13歳からオーボエを始める。1967年にミュンヘン国立音楽大学に入学し、マンフレート・クレメントに師事した。その後、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会でハインツ・ホリガーのクラスに参加し、現代音楽の演奏技法についても研鑽を積む。なお、ミュンヘン工科大学で数学の学位も取得している。
1971年、ケルン放送交響楽団のオーディションに合格し、副首席奏者になる。1972年、ミュンヘン国際音楽コンクールで2位に入賞。1975年、ケルン放送交響楽団の首席奏者に内部昇格。このころ、ケルン放送響を指揮したヘルベルト・フォン・カラヤンの目に留まり、1977年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の代理奏者として演奏に加わる。1980年、正式にベルリン・フィルの首席オーボエ奏者に就任、2000/2001年のシーズン終了までこのポストを務める。
ベルリン・フィル退団後は、自らレコード会社「カンパネラ・ムジカ」を興し、多くのレコーディングを行なっている。
後進の指導にも熱心で、1980年から1991年までベルリン芸術大学とカラヤン・アカデミーの講師を務め、現在ベルリン・フィルで第2奏者を務めているアンドレアス・ヴィットマンを育てる。
2021年から2023年までベルリン交響楽団の首席指揮者を務める。
【独奏】石井琢磨(Pf.)
〈Profile〉
徳島県鳴門市生まれ。3歳からピアノをはじめる。両親が音楽好きであり、日常に音楽があふれる環境で育った。2人の姉がピアノを習っており、一緒に自分もピアノを習いたいと伝えたことがレッスンを受けるきっかけとなった。
中学3年生の時に名古屋から東京都練馬区に転居し、練馬区立石神井南中学校に編入した。2008年、東京都立芸術高等学校卒業、同時に東京藝術大学音楽学部器楽科に入学し、ピアノを専攻、四年後無事卒業した。卒業後は、ウィーン国立音楽大学コンサートピアノ科修士課程に留学し、そこを審査員満場一致の最優秀で修了。同大学ポストグラデュアーレコース進学・卒業。2016年、ジョルジュ・エネスク国際コンクール(ルーマニア・ブカレスト)ピアノ部門第2位を受賞。日本人ピアニスト初入賞の快挙であった。これを機にヨーロッパでの本格的な音楽活動を始める。
2024年2月、幼い時からの夢だったサントリーホールでのソロリサイタルを開催。これまでに、和田津美智代、飯田桂子、松本明、西川秀人、ペーター・エフラー、ローランド・ケラー、ジャスミンカ・スタンチュール、アンナ・マリコヴァに師事。
2025年6月、来日したベルリン交響楽団日本ツアーのソリストに抜擢された。
【曲目】
①ベートーヴェン:序曲「コリオラン」Op.62
(曲について)
この序曲は1807年の初め頃に作曲された演奏会用序曲で、恐らくごく短期間で完成したとされる。ベートーヴェンの友人で、ウィーンの宮廷秘書官を務め、また法律家で詩人でもあったハインリヒ・ヨーゼフ・フォン・コリン(英語版)による、古代ローマの英雄コリオラヌスを主人公にした戯曲『コリオラン』を見たときの感動が、作曲の動機となったという。物語は、古代ローマで大きな勢力を持っていたが政治上の意見の相違で追放されたコリオランが、隣国の将軍となり大軍とともにローマへの進攻に参加するものの、妻と母の献身的な忠告で再び祖国側についたので殺されてしまうというものである。献身的な妻が出てくるという点で、ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』との類似が見られる。
②シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
(曲について)
シューマンはこの曲の前にいくつかピアノ協奏曲の作曲に取り掛かっていた。1828年に変ホ長調の協奏曲の作曲を始め、1829年から1831年にかけてはヘ長調の協奏曲に取り組み、1839年にはニ短調の協奏曲を1楽章のみ完成させた。しかし、これらの曲はいずれも完成しなかった。 1841年、シューマンは後にピアノ協奏曲の第1楽章となる『ピアノと管弦楽のための幻想曲』を作曲した(初稿)。1845年にそれを改作し、間奏曲とフィナーレの2楽章を加えて協奏曲として完成させた。この曲はシューマンの作曲した唯一のピアノ協奏曲となった。
③ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」
(曲について)
フランス革命後の世界情勢の中、ベートーヴェンのナポレオン・ボナパルトへの共感から、ナポレオンを讃える曲として作曲された。しかし、完成後まもなくナポレオンが皇帝に即位し、その知らせに激怒したベートーヴェンは「奴も俗物に過ぎなかったか」とナポレオンへの献辞の書かれた表紙を破り捨てた、という逸話がよく知られている
しかしこのベートーヴェンが皇帝に即位したナポレオンに激怒したといい逸話は、近年、事実であるかどうか疑いが持たれている。ベートーヴェンは終始ナポレオンを尊敬しており、第2楽章が英雄の死と葬送をテーマにしているため、これではナポレオンに対して失礼であるとして、あえて曲名を変更し献呈を取り止めたという説もある。
【演奏の模様】
①ベートーヴェン:序曲「コリオラン」Op.62
序曲と言えば、歌劇等の序曲が多い中で、この曲は、(演奏について)に記した様に、もともと演奏会用に作られた曲だといわれます。
〇楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2 、ホルン2、トランペット2、 その他ティンパニ、二管編成弦五部10 型(10-8-6-5-4)
今回の楽器の配置は、通常のVa.とVc.を入れ替えた配置でした。楽器編成は、小型編成と言って良いでしょう。
冒頭ずっしりとしたオケ音がジャーンジャン、ジャーンジャン、ジャーンジャンと三回繰り返され、さらにジャン ジャンと二回繰り返されて、ゆっくり目な弦楽の調べが少しクレッシンドして続きました。流石本場の演奏でベートーヴェンは何回となく演奏したことを物語るかの様な指揮者と管弦楽の非常に手練れた音立ちです。小型の軽量感を感じさせない重さも備えていた調べでした。連綿と続く弦楽主導の美しいテーマソング、Vn.が主導でけん引し、時々重みを加えるVc.アンサンブル、それに合の手を入れる木管たちも健闘していました。もう一点申し添えれば、Timp.の出しゃばらず引っ込み過ぎず、的確なリズムを刻んでいた好演の支えも有りました。非常に安定感を感じる演奏でした。
②シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
〇楽器編成:管弦楽の編成は①と同様。独奏用ピアノが加わりました。
〇全三楽章構成
第1楽章: Allegro affettuoso
第2楽章: Intermezzo; Andante grazioso
第3楽章: Finale; Allegro vivace
結論を先に記すれば、石井さんの演奏は、予期していた何倍も素晴らしい出来の演奏でした。先ずその表現力が豊かで、主として力を抜いた箇所が特に光っていましたが、かなりの強打で力演する箇所も、概ねオケの力奏に負けず劣らぬ健闘ぶりを見せました。冒頭の突然の急奏のパッセッジも綺麗に入り、続く木管(Ob.)の切切たる合の手はピアノの音をいや増しに光らせました。それにしてもOb.の音は、単に綺麗にとどまらず、深味の有るふくよかな響きでした。その音色はどこかで聴いた事のある懐かしさを感じるものでしたが、よく考えるとそうそうあれはホリガーの調べに近かった。これは当然のことかも知れません。何故ならば、指揮のハンスイエルク・シェレンベルガーは、ホリガーの薫陶も受けたオーボエ奏者出身で、かってベルリンフィルでも首席を務めたこともある人ですから。その教育熱心さは、今回のベルリン響のOb.奏者にネ色まで伝授されていたのかも知れません。
このPf.ソリストに寄り添う木管奏者はその他にもCl.のさらに哀切を帯びた合の手や、またFl.奏者の切れの良い合の手を見せる等、やはり木管部門が秀越さを披露、勿論それ等を受けて立つ石井さんの演奏は、先に記した様に弱奏箇所では、心に滲みるリサイタルでの様な雰囲気十分の演奏、不思議なことにそんな処でも、決してオケの音に消されることは一度も無く(これはシェレンベルガー・ベルリン響がPf.演奏に合わせて呉れていたからだと思います)、時々高じる急速強打箇所でも、比較的穏やかだけれど、決して弱い打鍵ではなく(勿論アルゲリッチなどの様なバラバラベラベラと鍵盤を叩く指から生ずる強打音の迫力は有りませんが)十分シューマンのこの曲のffパッセッジを演じるのに成功していたと思いました。特に1楽章の終盤のカデンツァを丹念に上行してテーマを織り交ぜながら強奏した箇所などはとても良かった。
石井さんの演奏で特に光っていたのが短い第2楽章の緩徐演奏でした。非常に落ち着いていて、やや緩る過ぎとも思える位ゆっくりと心を込めて弾いていました。この様な演奏を若者から聴けるのはそう滅多にあるものでは有りません。矢張りこの楽章でも木管の合いの手が適格に決まっていて特にFg.までいい音を立てていたし、Vc.アンサンブルの合いの手も良かったのです。
続く3楽章はCl.の調べを引き継ぐように、切れ目なくアタッカ的に進行しました。この楽章石井さんは、かなりの力奏なのですが、速い調べも決して力まず、軽やかに弾いていて、彼はこの曲を自分独自の深い理解で読み取り表現している様子で、しかもオケ演奏との齟齬は生じず、将に良きせぬ若手ピアニストの演奏でした。
演奏が終わって、大入りの会場からは大きな拍手歓声が沸き起り、一回袖に戻った石井さんはすぐにアンコール演奏を始めました。
《ソリストアンコール曲》シューマン『トロイメライ』
この曲の演奏は、ホロビッツのロシア帰郷演奏会のアンコール演奏のインパクトが、映像を通しても強く印象付けられているので、どうしても比較してしまいます。石井さんの演奏は、先ず先ずと言ったところでしょうか。
《20分の休憩》
③ベートーヴェン『交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」』
〇楽器編成
二管編成ですが、Hrn.が増強、楽器配置は前半と同様、弦楽五部10型(10-8-6-6-4)
〇全四楽章構成
第1楽章 Allegro con brio
第2楽章 Marcia funebre: Adagio assai
第3楽章 Scherzo: Allegro vivace
第4楽章 Finale: Allegro molto
このベートーヴェンの3番『英雄』と言う曲は、余りにも有名過ぎて、と言っても、その割には多過ぎる程は鑑賞していない曲です。従っていつ聴いても、余程の素人楽団でもない限り、上手に表現して呉れるので、将に名曲と言った印象はその都度新鮮に感じるのでした。今回のシェレンベルガー・ベルリン響の演奏も、非常に満足いく演奏を聴いたという充実感と満足感を味わうことが出来ました。
本演奏の後、大きな歓声と拍手喝采に応えて、シェレンベルガーはオーケストラアンコール演奏をすぐに始めました。
《アンコール曲》
モーツァルト『フィガロの結婚』序曲
この曲は将にオペラの序曲その物で、しかもモーツァルトですから、すぐにモーツァルトと分かる特徴を有した調べが迸り出ていました。
この曲をオペラで聴くと又違った響きを感じるかも知れません。10月には『ウィーン国立歌劇場』の来日公演でこの演目が上演されるので非常に楽しみにしてます。