昨日聴きに行った豊洲シビックセンターホールでの古楽器演奏会の(続き)です。このホールのある豊洲地区について、若干捕捉説明しますと、最近では「豊洲」=「中央卸売市場」、即ち築地市場の豊洲移転で注目を浴びた地区の近傍ですね。その昔はIHIの根拠地で、船舶建造など行われていた運河が近くにあります。今でこそ地下鉄有楽町線やゆりかもめなどの鉄道が出来てアクセスが便利になり、「東京ビッグサイト」に展示会を見に行くことも、た易くなりましたが、展示場が豊洲ふ頭のお隣の晴海ふ頭にあった時代(所謂「晴海の展示場」時代)は、交通手段はバスなどの陸路しかなく、埋立地(豊洲は関東大震災のがれき等を埋め立てて出来たそうです)は不便だと一般に思われていました。それが今では、高層ビルやタワマンなどが林立するウオーターフロント開発の先駆とも言える地域になったのです。平成14年(2002年)に東京都港湾局の『豊洲・晴海開発計画』が再改定されたことが大きい。今回のホールのある「江東区豊洲文化(シビック)センター」は江東区が2015年に建てたもので、江東区はこうした文化センターを九つも所有しています(ちょっとした驚き)。それぞれにホールが有るのでしょうか?ホールはシビックセンタービルの5階にあり300席ほどの小ホールでした。
さてこの日の演奏曲目は①ムツィオ・クレメンティ作曲『ピアノ三重奏曲ニ長調Op.21-1』、②モーツァルト作曲『ピアノ三重奏曲 第6番ト長調 K.564』③ベートーヴェン作曲『ピアノ三重奏曲 第1番 変ホ長調 作品1-1』の3曲です。 演奏者は、オリジナル楽器奏者である、ピアノの川口成彦、ヴァイオリンの丸山韶、チェロの島根朋史の各氏。演奏前の舞台説明でも、ベートーヴェン生誕250年のことが強調されていました。Pfの使用楽器は、若きベートーヴェンが愛用したものと同じ、ウィーン製ヴァルターモデル、弦楽器は古楽器にガット弦(ナイロン製でなくて動物起源の素材)を張ったもので演奏されました。ガット弦はナイロン弦より丈夫で、柔らかな音が出るという人もいますね。先ず①の演奏を聴いて、何年もピアノフォルテの音を生では聴いていないので、音が随分か細くて小さいことに驚く。またヴァイオリンの音は太くて大きく、少しビオラ的な暖かい太さを感じるものでしたが、現代Vnを聴き慣れている耳には少々粗野(素朴)に聞こえました。メロディ的には、VcもVnも三重奏というより、小さい音のPfの伴奏的な場面が多いと思いました。この曲の原題は『ヴァイオリンとチェロの伴奏付きのピアノソナタ』ということが分かって、腑に落ちました。 ②の曲は、速いテンポで始まるいかにもモーツアルトらしい調べですが、比較的シンプル。本来(楽譜的というか現代楽器であればの意)ならVnとPfとが対等に掛け合うのでしょうが、Pfの音が小さい、Vnの特徴ある大きな音が際立っている。PfとVcに先導される第2楽章に来て、ゆったりとした可愛げのあるメロディがカノン的に連綿と続く場面では、奇麗なメロディを奏でるPfの音もはっきりし出し、川口さんはとても気持ち良さそうに、演奏に没頭して弾いている。Vn の丸山さんもVcの島根さんも同じ主題を力強く弾き合う。2楽章後半でのVnとVcの非常に和音が綺麗に重なり、Pfが伴奏的に弾く箇所の辺からVnの音色が当初より先鋭化し(幅広い周波数の音が、かなり絞られた周波数の音群に研ぎ澄まされた感じ)、とても現代楽器のヴァイオリンでは味わえない独特の奇麗な澄んだ音になってきた様に思いました。 休憩後のベートーヴェンの曲③は、説明によると1793年ベート-ヴェンがウィーンに来て間もない時期に作曲した曲で、その後のピアノソナタ5番辺りから3楽章編成になるのですが、この曲は当時としては少ない例の4楽章編成で30分以上もかかる相当な大曲です。第2楽章はPfのイントロから始まり、その後Vnに引き継がれるメロディもVcの低音もまじえて、歌うような表現が良く出来ていたと思います。最後にPfがゆっくりとした弱い音で、ポン、ポン、ポ、と消え入る様に終わるのも良し。 第3楽章は、速い弦の動きにすぐPfが追いつく、この楽章まで来て気が付いたというか勝手に思ったことは、ベートーヴェンは曲を多くの旋律的な構成で作っているというよりも、小さな流れのパーツを幾つも組み合わせて曲の全体像を形成していく、謂わばジグソーパズルを完成する様な手法も有していたのではないかということでした。第4楽章はピアノの次第に早くなる軽快なテンポで始まり、弦がややカノン的に進行して、Vnは思い切り弦を力一杯激しく楽器にあてて弾き、益々済んだ強くてしかもソフトないい音をたてていた。最後も軽快さを保ったまま終了しました。 結構増えた聴衆(平日の遅い時間の音楽会のためか、遅れて後半に入場した人もいた様です)の大きな拍手が起き、演奏者は何回か出ては退き最後にアンコールを一曲弾きました。ベートーヴェン作曲『ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調Op.11「街の歌」』より第4楽章。Vcの大変心にしんみり響く低い音に魅了されました。 ところで演奏の途中で気が付いたのですが、この日のピアノフォルテには、足を使うペダルが見当たりません。そういう楽器なのかなと思っていたら後で説明があり、ペダルはあるのだけれど、膝で押すように鍵盤の下部に付いているそうなのです。演奏終了後舞台の前に行きPfの鍵盤側の写真を撮りましたが良く分かりませんでした。
またこれも今までの演奏会とやや違うなと思ったことは、ピアノフォルテの調律を念入りに何回もやっていたことと、トリオ楽器の音の調整も曲の楽章全部と言っていい程何回も何回も合わせていたことです。古楽器はそんなにも繊細なのですか。すぐ音がズレてしまうのであれば、曲の演奏は、将に1回限りの生演奏ですね。同じ演奏は二度と聴けないレアーものの音の饗宴。まー、普通のコンサートでも似たような事は言えるのかも知れませんが。録音ではいつも同じ演奏が聴けるけれど、生演奏とはかなりかけ離れていますし。美味しい御馳走は一期一会でしょうか?