HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

《速報1》『ウィーンフィルハーモニー管弦楽団来日公演(2020.11.8.atミューザ川崎』を聴きました

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ウィーンフィルミューザ公演

 待ちに待ったウィーンフィルの公演が、サントリーホールに先駆けて、ミューザ川崎で行なわれました。指揮のゲルギエフは、今や世界的な伝説的大指揮者とも言えるでしょう。15年振りの来日です。この指揮者とウィーンフィルの組み合わせで生演奏を聴けることは、、コロナ禍の世界状況にあって夢の様な大事件です。音楽を愛する人々だけでなく、コロナに苦しめられているすべての人々に夢と希望を与えることでしょう。世界的な大ニュースです。

演奏会の概要は以下の通りです。

 

【日 時 】

2020年11月8日(日) 17:00開演

 【会 場 】

ミューザ川崎シンフォニーホール

 【演 奏】

ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

 【指 揮】

   ワレリー・ゲルギエフ

 *ゲルギエフは生まれ(1953年)はモスクワですが、長くレニングラード(サンクトペテルブルグ)との関わり合いが深いものがあります。20歳台前半でマリエンスキー劇場の指揮者となり、現在まで同劇場の総裁を務めロシアのオペラ等の発展に大きな貢献をしてきました。ロンドン交響楽団をはじめウィーンフィル他多数の世界的交響楽団を指揮し、今や世界的指揮者とされています。プロコフィエフの曲を得意とする。

 【独 奏】

 デニス・マツーエフ

 *マツーエフは1975年イルクーツク生まれ、イルクーツク音楽院、モスクワ音楽院で学んだピアニスト。1998年、第11回チャイコフスキーコンクールで優勝以降、リサイタルや著名指揮者やオーケストラとの競演を重ねています。ゲルギエフとの共演は2017年12月来日公演の際、ラフマニノフのコンチェルトを一番から4番までをマリインスキー歌劇場管弦楽団をバックに演奏し話題となりました。その他音楽祭や芸術祭への参加も多い。

【楽器構成(曲で入れ替え有)】 

基本、拡張された2管編成。

木管楽器:フルート3(1人はピッコロ持ち替)、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2(第2奏者は小クラリネットを兼ねる)、バス・クラリネット、テナー・サクソフォーン、ファゴット2、コントラファゴット 
金管楽器:コルネット、トランペット3、ホルン4、トロンボーン3、チューバ 
打楽器:ティンパニ、トライアングル、ウッド・ブロック、マラカス、タンブリン、小太鼓、シンバル、大太鼓、鐘、
(1名のティンパニ奏者と5名の打楽器奏者)

鍵盤楽器:オルガン、ピアノ、チェレスタ 
撥弦楽器:ハープ2、
擦弦楽器:独奏ヴィオラ・ダモーレ(もしくはヴィオラ)、弦楽5部 基本10型
弦楽器の人数は特に指定されていないが、コントラバス(8)が5声に分割される部分がある。

【演奏曲目】

①プロコフィエフ:バレエ音楽『ロメオとジュリ エット:作品64 』

 (第2組曲より)

 1.モンタギュー家とキャ ピュレット家、

 2.少女ジュリエット、

(5.仮面、第1組曲)

 7.ジュリエットの墓の前のロメオ 

 

②プロコフィエフ『ピアノ協奏曲第2番ト短調 作品16』  

 

③チャイコフスキー『交響曲第6番口短調作品74「悲愴」』

 

【演奏速報】

    今回はプロコフィエフの曲が中心でしたが、これはゲルギエフが最も得意とするところです。

①『ロミオとジュリエット』

バレーはほとんど観ないのですが、これらの曲は組曲として結構演奏されるので聴いたことがありました。

①ー1は、冒頭クラリネットのジャジャッチャジャッチャジャッチャジャジャッチャジャという上下にうねる音にテューバの伴奏音が重なり、弦のアンサンブルも寄り添ってスタートしました。何と厚みのある、迫力ある金管群の音でしょう。 

 ゲルギエフは非常に細い耳掻きの様な指揮棒を持ち他の指を広げ、時々指をひらひらとあたかもピアノの鍵盤をなぞっている様な仕草で、譜面台に楽譜を置いて静かに指揮していました。これは、おそらく、ウイーンフィルとのリハーサルの時間が少なくて、また今回の演奏曲は組曲からの選抜なので、やはり楽譜を置いておいた方が間違いないでしょう。各曲の特徴、演奏の一般的特徴は、以下の曲目解説を参考とするとして、一番印象的なのは、弦と金管の迫力ある響きでした。

①ー2

 Ft や Kr のソロなどの活躍と弦(Vc+Vn)とのつながり、pizzicatoとの掛け合いが印象的

①ー5

 曲の軽快さが弾ける様

①ー7

ゆったりとしたしめやかな曲を楽団は 悲劇性を将にはらんでいるようにドラマティックに表現したのが印象的

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【参考曲目解説《千葉フィル指揮者金子建志氏の曲目解説より抜粋》】

 

⚪モンタギュー家とキャピュレット家(第2組曲の1)

 クレッシェンドして威嚇するようなトゥッティの不協和音に達する2回の大波は、ヴェローナの大公エスカラスの主題。街頭での両家の小競り合いが決闘も交えた騒乱になりかかったとき警鐘と共に現れ、「今後、平和を乱す者は死刑に処す」と宣言する。

 プロコフィエフは不協和音を絶壁的に断ち切った後、ロ短調の和音がpppで身をすくませたように残る絶妙なオーケストレーションを施している。この領主の描き方は、原作よりも遥かに威圧的で、帰国した祖国ソヴィエトでプロコフィエフを待っていたスターリンの恐怖政治を投影しているという見方は的を射ているだろう。

 弦による「騎士たちの踊り」とホルンが居丈高に咆哮する「決闘」の間に、フルートによる楚々とした「ジュリエットの踊り」が象徴的な対比をみせる。

 

⚪少女ジュリエット(第2組曲-2)
  十代前半の娘らしく活発に飛び跳ねる様子「少女ジュリエット」で始まり、女性的な優雅さ。フルートによる「恋への憧れと不安」から、曲はより内面へと入り、チェロとサクソフォーンのソロが、その予感を繊細に歌い上げる。

 ジュリエットは12歳。当時は早婚で、原作では母キャピュレット夫人がジュリエットに「私がお前の年頃には、お前という子を生んでおりました」という台詞があり、年頃だから、といって夜会に招待してあるパリスとの婚姻を勧める。

 

⚪仮面(第1組曲-5)
  ロメオ、マーキュシオ、ベンヴォーリオの親友3人組は、仮面を付けて敵方の屋敷の舞踏会に客として紛れ込む。陽気で冗談好きなマーキュシオの性格は、〈真夏の夜の夢〉の悪戯好きの妖精パックと瓜二つの、マブの女王を絡めた台詞をシェイクスピアが語らせていることからも明らかで、プロコフィエフはそれを描く。

 他にも仮面の者は大勢いるので敵方とは気付かれないが、独り、タイボルトは声からロメオだと特定。決闘を始めようとするがキャピュレットにたしなめられ、騒ぎには至らない。

 一方、ジュリエットに一目惚れしたロメオは、巡礼と名乗って近づき、接吻を交わす。その直後、ロメオは、乳母の言葉からキャピュレットの娘だと知るが、恋の炎を消すことはできない。一方のジュリエットも恋に落ち、乳母から、敵方モンタギューの息子と聞かされて愕然とするが、もはや手遅れだ。

 

⚪ジュリエットの墓の前のロメオ(第2組曲-7)
  ローレンスは、「親にパリスとの結婚を迫られているジュリエットに、42時間、仮死状態に陥る薬を飲ませる」→「葬儀が行われ、遺体は納骨堂に安置される」→「目覚めた頃、ロメオが納骨堂に入り、二人してヴェローナを去る」という策をジュリエットに言い聞かせ、薬を飲んでもらう。ところが、この策を伝える手紙が手違いでロメオに届かなかったために、「ジュリエット死す」の伝聞だけを聞いて納骨堂に忍び込んだロメオは、遺骸として横たわるジュリエットの姿に愕然とする。

 曲は「死」を変奏的に繰り返す悲痛なエレジー。打楽器の強奏を伴う最後の頂点は、絶望のあまり服毒自殺するロメオを表す。静かなコーダで「ロメオへの呼びかけ」の背景で第2ヴァイオリンがリズミックな「ジュリエットの幻影」が奏されるが、これは次第に意識のもどるジュリエットの脳裏に浮かぶ、生への憧れともとれるし、死の刹那にロメオの脳裏を過る、生き生きとしたジュリエットの姿とも考えられる。

 この曲は、第2組曲の最後に置かれているため、ジュリエットの死を暗示する5小節のコーダが加えられているが、内容は、次曲と重複するため、カットしてアタッカで続けられる。

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 ②『ピアノ協奏曲第2番』

 この曲は、かなり難しく高度のテクニックを要しますが、直木賞受賞作品『蜜蜂と遠雷』の中で、主人公の永伝亜夜が、コンクール本選で弾いた曲と言った方が、すぐ分かると思います。

 マツーエフは初めて聴きますが、がっしりした体躯の中年(失礼)のピアニストでした。その演奏するコンチェルトは一言で言えば「素晴らしい」かった。テクニックも音楽性も特に弱音演奏が綺麗に響いていました。

②ー1

立ち上がりは思ったより静かにおとなしい演奏。オケのパワフルなアンサンブルに対抗するには、控え目すぎではなかろうかと思われる程でした。後で気が付くのですがそれがマツーエフの持ち味なのですね。最初の主題とその後の第2主題が出て来て、その後のカデンツァはやはり心持ち抑えて演奏していると思いきや、次第に力が入り指を比較的平らにして(鍵盤が見える座席でした)鍵盤上を左から右へ、右から左へ縦横無尽に力演、最後は腰を浮かせて演奏、オケに渡していました。

②ー2

  速いテンポでの演奏。管弦楽のアンサンブルとピアノの音とが混然と一つの音のコズミックを形成し、マツーエフの力量をほうふつとさせた演奏でした。マツーエフは体を揺らすわけでもなく極端に腕を上げ下げするわけでもなく、姿勢はあまり変えず見た目淡々と弾いていました。これは余程腕と指の力が強いからなのでしょうか?ゲルギエフはピアニストと管弦の融合を少し匙加減を変えて調整役に徹している感じの指揮でした。

②ー3

 間奏曲の後重厚な調べの後ピアノは奏で始め次第に速度も速くなり、左右の手は時としてクロスし離れた位置に飛び跳ね、また激しく勢いよくピアノをたたく。見ていても確かに大変なテクニックを要する曲ですね。マツーエフはそれらを難なく弾きこなし貫禄を見せたのです。ドラマティックな終了の調べ。

 

②ー4

 

  最終楽章でウィーンフィルの演奏に触発されたのか予定していた通りなのか分かりませんが、マツーエフはこの時とばかり強い打鍵でピアノをたたき、素朴な感じの調べが迸り出た後、マツーエフは最終局面では猛スピードでけたたましいオケのアンサンブルに対抗して駆け抜け強烈な派手な演奏をして急終しました。

 こうした曲は、聴衆を興奮させますが、聴いている者より演奏しているピアニストのほうが、面白くて夢中になるのでしょうね、きっと。

 尚、マツーエフによるソロのアンコールがあり、チャイコフスキー『四季』から「10月秋の歌」が演奏されました。ピアノのゆったりとした穏やかな調べに、ハープのポロンポロンという音が気持ち良く、うっとりとしたいい感じの曲でした。

 

③『悲愴』

 この曲をゲルギエフの指揮、ウィーンフィルの演奏で、生で聴けるなんて夢みたいです。もう死んでもいいとまでは言いませんが、溢れる満足感、あとは何も要らないという気持ちになりました(聴き終わった後空腹感から何か食べたいとも思いましたけれど)。

 ウィーンフィルの『悲愴』は、録音ですとカラヤンなどの指揮のものを聴いているのですが、今回の生演奏は、それらと比較にならないほど遙かに凄かった。やはり名指揮者による名管弦の生演奏は違いますね。

 まず、指揮者のゲルギエフが凄い。”炎の指揮者”とも呼ばれる(日本にも同様に呼ばれている人がいましたっけね)ゲルギエフ、いつだったかNHKテレビで放送していたのですが、第二次大戦中にショスタコーヴィチが作曲した交響曲第7番『レニングラード』を指揮していました。その熱情的な指揮に触発されたオーケストラのアンサンブルは、また聴いてみたい、生で聴いてみたい、と思わすものでした。

 曲は概ね[急-舞-舞-緩]という珍しいテンポの四楽章構成です(勿論、急に緩有り、緩に急有りですが)。

1楽章が一番長く(約20分)、ファゴットの音と続く弦の出だしは、不気味な憂鬱感に満ちたものですが、1楽章前半終わり近くのゆったりした切ないメロディは綺麗ないい調べですね。最後のppppppをバスクラリネットがほんとに聞こえない位の消える音で、締めくくりました。ゲルギエフは、そのかすかな音をたぐり寄せる様に、指揮の手を楽器に向けて指揮していました。

①の曲からここまでは、ゲルギエフは、録画でみるのとは打って変わってかなり冷静沈着に全体的に力まずウイーンフィルの奏者の出音を確認する様にタクトを振っていました。

 中盤の突然、突き上げるかの様なパンチのある強列な音、全パートの強奏が続き、アンサンブルの響きの何と迫力と一体性があるのでしょう。それが終わると最後はゆったりとした主題に戻って静かに終了しました。 

 

続く第2楽章と3楽章は短い楽章です。

③ー2の民族音楽的調べの舞曲風な流麗なメロディを、ゲルギエフは少し早いテンポで引っ張り、オケも力強さの中に優雅さを失わない流石の演奏でした。静かに終了しました。

③ー3は速いテンポのスケルツォから発展するマーチ風のメロディから構成。軽快なリズムで全力演奏する弦のアンサンブルは最後まで続き、次第に盛り上がって、普通だったら全曲の終わりかと思える程の完璧な終了でした(ダメ押しにティンパニがダダダダンと終了宣言)。何とせわしない楽章なのでしょう。チャイコフスキーの命を削って乗り移らせたみたいな手に汗握る楽章です。それにしてもウィーンフィルの演奏は何とアンサンブルの音の響きが重厚なのでしょう。こんなすごいアンサンブルを聴くのは久し振りです。 ピッコロやテューバやシンバルの音がアクセントでピリッと聞こえました。

 第3楽章の終わり方から見ると次の最終楽章はどうも付け足しの楽章と思えてなりません。もし3楽章と4楽章を入れ替えて演奏したらどんな印象になるのでしょうか? 

 いや前言を取り消します。この考えは間違っています。付け足しどころか第4章は冒頭から分厚い重量感のあるアンサンブルでいかにもチャイコフスキーらしいメロディの連続です。第5番の4楽章の脱兎の如き速いテンポの迫力あるシンフォニーの響きとは異なり、こうしたゆったりした響きを作り出せるとは、チャイコフスキーはやはりすごい人です。名楽章中の名楽章でしょう。ゲルギエフはここまで次第に力が入って来た指揮をここでは全霊を込めた感じで身振り手振りを大きく振ってオケを引張っています。

 タムタムの音からブラスの響きで一旦静まった弦アンサンブルが再び異なるメロディで静かに鳴らしそっと全曲を終えました。指揮者は相当疲れている筈ですが、ゲルギエフは微塵も外に出しません。聴いている方も疲れました。万雷の拍手に迎えられる指揮者とオケの団員、会場に響く拍手は鳴りやみません。いつも『悲愴』を聴いて思うことは、暗い雰囲気の箇所も多いですが、素敵でロマンティックとさえ言えるメロディがふんだんにあるこのシンフォニーを映画音楽、特に悲恋などの恋愛映画にもっと使われないものかと思うのです。調べると、SF映画「ソイレント グリーン」ぐらいしか見当たりません(あとは彼の生涯のエピソードを綴った映画位か?)

 こんな妄想はさて置き、兎に角今日の演奏は、素晴らしいの一言に尽きました。

鳴りやまない拍手に、やおら指揮台にたったゲルギエフはアンコール曲を振り始めました。チャイコフスキー・バレー組曲『眠りの森の美女作品66a』から第4曲「パノラマ」でした。

 通常よりも随分遅いテンポですが、pかppの極細音でオケはゆったりとしっとりと演奏しました。ゲルギエフはときどき左手を裏返し、感情をこめて指揮している。そのオケの統率は見事と言う他無いです。

以上、コロナとの闘いという一種の戦時下で今日の演奏は、乾き切った心に干天の慈雨の如き潤いをもたらして呉れました。有難う、ゲルギエフ、ウィーンフィル、関係者の皆さん!!