HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

東京春祭2026オープニング・ガラコンサート<第1夜>

f:id:hukkats:20260313182349j:image

f:id:hukkats:20260313182429j:image

 春恒例の、上野界隈のホール等で行なわれる表記の音楽祭が、今年もいよいよ本日から始まりました。昨年以前も同時期(昨年3/14、一昨年3/15 、 2023年3/18)に開始され、オープニング曲は何れも室内楽の演奏でした。今年も室内楽に変わりませんが、「ガラコンサート」と称して、2回に分けて実施されることに。一番最初の今日のプログラムは、弦楽奏中心で、最後のメンデルスゾーン以外は、ピアノも参加する室内楽曲でした。

 

【日時】2026.3.13.(金)19:00〜

【会場】東京文化会館小ホール

【出演】フェデリコ・アゴスティーニ(Vn.) 

〈Profile〉

 イタリア・トリエステ生まれ。音楽家の家庭に育ち、6歳の頃から、祖父よりヴァイオリンの手ほどきを受ける。トリエステとベネチアの音楽院、さらにシエナのキジアナ音楽院で学び、サルバトーレ・アッカルドや叔父のフランコ・グッリらに師事する。
16歳でカルロ・ゼッキ指揮のもと、モーツァルトの協奏曲を弾いてデビュー。数々のコンクールで優勝・入賞があり、ソリストとしてBBCスコティッシュ交響楽団などと、共演を重ねている。
1986年から伝説的なイタリアの合奏団「イ・ムジチ合奏団」のコンサートマスターを務め、1987年からはローマ・フォーレピアノ五重奏団、2004年よりアミーチ弦楽四重奏団の第一奏者として活躍。
ヨーロッパ、アメリカ、アジア諸国など、世界各地の国際音楽祭に招聘され続けている。
ドイツ・トロッシンゲン音楽大学、アメリカ・インディアナ大学ジェイコブス音楽学部、ロチェスター大学イーストマン音楽学部にて教鞭をとった後、現在、愛知県立芸術大学、及び洗足学園音楽大学の客員教授を務める。
 

日本人演奏者は次の通りです(〈Profile〉は略)。

               加藤洋之(Vn.)

               店村眞積(Va.) 

               野平一郎(Pf.) 

               堀   正文(Vn.)

               辻本  玲 (Vc.)

               津田裕也(Pf.)

               郷古   廉(Vn.)

               水谷   晃(Vn.)

               横溝耕一(Vn.)

               篠﨑友美(Va.)

               佐々木亮(Va.)

               横坂   源(Vc.)

 

【曲目】

①モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第17番 ハ長調 K.296 

ヴァイオリン:フェデリコ・アゴスティーニ、ピアノ:加藤洋之

(曲について)

 1778年3月にマンハイムで完成され、その当時は母親と一緒にマンハイム・パリ旅行に赴いており、途中マンハイムでゼラリウス家(宮廷顧問官)に滞在することとなった。これはモーツァルトたちに宿舎を提供してくれたために、その感謝の気持ちとして当家の15歳の娘テレーゼ・ピエロンに献呈した。そのためか自筆譜には「テレーゼ嬢のために」と記されている。のびやかな表情や生き生きとした曲想を特色とした作品であり、ピアノが中心になっている反面、第2楽章と第3楽章ではヴァイオリンの活躍の場が与えられている。また第2楽章と第3楽章では、J.C.バッハの旋律が流用されている。

 

②ブリテン:ラクリメ ──ダウランドの歌曲の投影 op.48 

ヴィオラ:店村眞積、ピアノ:加藤洋之

 当初予定していた「ブラームス・ピアノ四重奏曲」の演奏は、予定奏者の体調不良により、上記の曲目と新たな奏者に変更になりました。ブラームスの曲の演奏も期待していただけにがっかりしました。

 

(曲について)

ブリテンの『ラクリメ ──ダウランドの歌曲の投影』作品48は、1950年に作曲されたヴィオラとピアノのための作品です。エリザベス朝の作曲家ジョン・ダウランドの歌曲「もしわが涙が嘆きであったなら」を主題とし、10の変奏でその旋律を現代的に投影する構成。ブリテンの洗練された和声と悲劇的な美しさが魅力の作品です。

 

③シューベルト:ピアノ三重奏曲 変ホ長調 D897《ノットゥルノ》

ヴァイオリン:堀 正文、チェロ:辻本 玲、ピアノ:野平一郎

(曲について)

10 分ほどの単一楽章の小品で、死の前年に書かれた。自筆譜には「アダージョ」と記されていることから、独立した作品ではなく、「ピアノ三重奏曲 第 1 番 D898」の緩徐楽章として構想されたが、採用されなかったのではないかと推測されている。イタリア語で「夜の」あるいは「夜想曲」を意味する《ノットゥルノ》という表題は、シューベルトの死後、出版の際につけられたものだが、ロマンティックで甘美な作品内容をよく表わしている。

 

             《休憩》

 

④シューマン:6つの即興曲《東洋の絵》op.66 より

ピアノ:加藤洋之・津田裕也

 

(曲について)

シューマンの「6 つの即興曲《東洋の絵》」は、1848 年に作曲されたピアノ連弾(1 台 4 手)のための組曲。
妻クララへのクリスマスプレゼントとして書き上げたもので、アラブの文学にインスピレーションを得た、異
国情緒と情熱に満ちた名品として知られている。本公演では、躍動感と流麗さを合わせ持つ「第 1 曲:変ロ短
調」、歌に満ちた穏やかな曲調の「第 2 曲:変ニ長調」、情熱的で力強いリズムが特徴的な「第 5 曲:ヘ短調」、物語の結末を暗示するかのような、悔恨と祈りに満ちた「第 6 曲:変ロ短調、変ロ長調」の 都合四曲の演奏です。
 

Ⅰ.Lebhaft

Ⅱ.Nicht schnell und sehr gesangvoll zu spielen

Ⅲ.Lebhaft

VI. Reuig andächtig

 

 

⑤メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 op.20

ヴァイオリン:郷古 廉・周防亮介・水谷 晃・横溝耕一、

ヴィオラ:佐々木 亮・ 篠﨑友美、

チェロ:横坂 源・辻本玲

(曲について)

メンデルスゾーンが1825年の秋(作曲者がまだ16歳のとき)に作曲した室内楽曲であるが、もはや習作の域を越えた完成度の高い古典的な作品とも言える。現在では弦合奏用として演奏されることも行われ、今回の八重奏曲は、基本、復弦楽四重奏曲という編成が採られている。すなわち、4つのヴァイオリンと2つのヴィオラ、2つのチェロの構成である。現在では、弦楽合奏用の作品として演奏されることも行われ、そのような場合には演奏者が規定数以上に膨れることも珍しくない。

 なお三楽章スケルツォのみメンデルスゾーン自身による管弦楽編曲版が存在する。これは交響曲第1番ハ短調(1824年)の第3楽章「メヌエット」の代替用として編曲されたもの。

 

   

【演奏の模様】

①モーツァルト『ヴァイオリン・ソナタ 第17番 ハ長調 K.296』

 〇全三楽章構成

  I. Allegro vivace

 II. Andante sostenuto

   Ⅲ.Rondo: Allegro

    当時のヴァイオリンソナタの通例とは異なる三楽章構成になっています。このK296は第2楽章がクリスティアン・バッハのアリア「甘いそよ風」による変奏曲になっていて、親しみやすい響きを有しています。

演奏を聴いた感想としては、ピアノもヴァイオリンも、申し分ない満足のいく演奏でした。

   1楽章は総じてVn.がVa.の様な低音域の調べを奏で、Pf.が高音域の音で対処していました。この曲を聴くと、Vn.ソナタとは言っても、Vn.に対してPf.演奏は遜色のない対等性が感じられ、「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」と言えなくもないと思う程。

 

②ブリテン:ラクリメ ──ダウランドの歌曲の投影 op.48

    ブラームスのソナタの演奏を楽しみにしていた耳にとっては、このブリテンの曲は、全くと言っていい程、耳に親和性の無い調べに聞こえました。真面目に演奏された奏者には申し訳ないですが、正直言って演奏自体はしっかりとしていたのですが、印象としてはつまらなく感じました。

 

③シューベルト:ピアノ三重奏曲 変ホ長調 D897《ノットゥルノ》

    音大教授も務めた堀さん、野平さんと、N響の現役首席Vc.奏者で、リサイタルやコンサートでの活躍も著しい、中堅実力者の辻本さんとの共演です。堀さんや野平さんの演奏はこれまで様々な機会に聴くことがありましたし、辻本さんは、漆原姉妹他の奏者とカルテット「ひばり弦楽四重奏団」を組んでおり、何回もその演奏を聴きました(「ひばり四重奏団」の最終回の演奏会が中止になってしまい、未だその演奏がなされないことは、合点がいきません。「画竜点睛を欠く」の感じがして誠に残念です。)そうした意味からも今回のシューベルトの演奏は、短曲ではありますが、十分シューベルトらしさを感じる素晴らしいアンサンブルでした。多分時間の関係だと思いますが、出来ればもっと本格的な構成のシューベルトの曲を弾いて貰いたかった気もします(が、贅沢な慾張りは言えません)。

 

④シューマン:6つの即興曲《東洋の絵》op.66 より四曲の演奏

 ピアノに向かって左手低音部に加藤さん、右手高音部に津田さんが座りました。大人の連弾(四手)は座り場所がやや狭苦しいきらいはあります。

第1曲:変ロ短調

 速いパッセジの旋律を津田さんが、その伴奏を主として加藤さんが弾き始めました。斉奏箇所も美しく和声的調和を保ち、ターンタ タラッタッタッタ、ターンタ タラッタッタッタのリズムの繰り返しの旋律です。中間部はゆったりとした静かな曲で心に滲みる演奏、後半は前半のパッセジを繰返しました。

 

第2曲:変ニ長調

 静かなアンダンテ位の速さで、確かに歌心に満ちた穏やかな曲調を二人で気持ち良さそうに弾いていました。詩情あふれる演奏でした。短い曲。

 

第5曲:ヘ短調

 情熱的で力強いリズムが、最初から間欠的な打鍵を交えて流れ出し、変拍子的な速度変化も有り、滑らかな曲想への転換もあり、変化に富んだピアノ名手の曲を日本の名手達がクリアに表現する連弾をした感がありました。

 

第6曲:変ロ短調、変ロ長調

 ラルゴでしょうか?静かに心を落ち着かせて、何かに祈りを捧げる姿が浮かび上がる静謐な雰囲気のスタートです。終盤の激しさは気持ちが高揚したのか?それも一時的なもので、もとの静かな気持ちに戻るさまが思い浮かべられます。高ぶる高揚は二回あった様な気がします。静かに閉じるのでした。

 

 流石名手が二人揃った連弾は息がぴったり合い、寸部の隙も感じられなかった。矢張り四手の響きには厚みが有りました。出来れば全曲弾いて欲しいとも思いました(演奏時間はそう長くならなかったでしょうから)。

 シューマンのこの曲は、リュッケルトの詩集からヒントを得て作曲、妻クララに贈られたということです。贈られたクララも作曲もするピアニストですから、すぐに弾いてみてシューマンの愛情を一身に感じたことでしょう。これ以上無い贈り物。

 同じリュッケルトの詩と言えばマーラーを想起します。シューマンも、シューマンの死後数年後に生誕したマーラーも、約50才前後の生涯であり、一方はライン川、他方はドナウ川に関係がある点では異なっていても、違いよりも両者とも大河の流れに影響を受けたこと、及び作曲した曲をマーラーは妻アルマに献呈していることは共通していて興味深い類似点です(勿論詳細な細部では全く異なる環境が有りますが)。

 

⑤メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 op.20

〇全三楽構成(34分)

Ⅰ.Allegro moderato con fuoco(15m)

Ⅱ.Andante(8m)

III .Scherzo、Allegro Leggierissimo(4.5m)

Ⅳ.Presto(6.5m)

 

 第1楽章、八人の奏者が冒頭から、かなりの勢いでザワザワ感のある合奏音で一斉スタート、Vn.でしょうか一部金属的音も混じっていました。第2パッセッジからはアンサンブルも溶け合って来ました。Vn.とVc.の掛け合いもスピード感が有ります。

1Vn.(1)の旋律奏に他弦は伴奏的対応。他弦は、2Vn.とVa.の掛け合い、2Vn.とVc.の掛け合い、1Vn.(1)と1Vn.(2)の掛け合い等で存在感を示しました。1Vn.(1)はソロ演奏になるとややせっかちなテンポで弾いていたが、全体的には力強さもありました。

 

 第2楽章はVa.∔Vc.⇒Vn.∔Va.のゆったりした調べの後は、1Vn.(1)のソロ、そして美しくハーモナイズした全弦アンサンブルへと変遷。アンダンテにしてはやや速目のテンポで推移、同弦2台づつのフガート的輪奏へと展開されました。Vc.(2)がやや弱いかな?という気もしました。でも終盤でのソロ音は綺麗に出ていました。これ以降も含めこの曲で一番アンサンブルの妙を感じた楽章でした。

 第3楽章の初め、1Vn.→Vc.→2Vn.,Va.→各弦へとチャカチャカチャカチャカ速い弓使いでカノン的変遷でスタート、リズミカルな多弦の掛け合いの面白さを感じる短い楽章でした。どうしても1Vn.(1)の郷古さんが目立ってしまう。最後は静かに了。

 最終、4楽章では、1Vc.→2Vc.の猛烈テンポの荒々しいゴリゴリゴリゴリ音でスタート。その調べは右回りに1Va.→2Va、2Vn.(2)→2Vn.(1)へと感染し、最後は郷古さんが引き取って、力一杯に弾いていましたが、全体的に速過ぎはしまいか?いくらPrest楽章とは言え、聴いた方としては、1から3楽章までの曲のバランスを考えると、余りにせっかち過ぎる演奏に思えました。終盤の全弦斉奏は、力強さもバランス良くいいと思いましたが、最後まで郷古さんの主導する1Vn.(1)の音が管弦楽でのコンマスソロ演奏の様なやや過ぎた演奏に思えたのです。どうでしょう?

 以上に記しましたが、全体的に郷古さんの演奏音が余りにも弦楽四重奏×2組の室内楽としてのアンサンブルの妙を期待していた聞き手としては過分に過ぎる突出した、目立ち過ぎの印象があり、オーケストラを背景としたソロであれば、当然と思ったでしょうけれど、室内楽を聴く間はやや違和感がありました。ところが聴き終わってから他の演奏団の録音等を聴いてみて考えが変わりました。要するにメンデルスゾーンはこの曲を作曲したのは上記(演奏の模様)に記した様に、1825年16歳の時で、いかに早熟な天才ぶりを発揮していたかが分かりますが、彼は前年に作曲した「交響曲第1番(1824年)」やそれ以前に複数作曲されたと謂われる「弦楽のための交響曲(原稿喪失)」を意識して、本曲を書いていたのではなかろうかと推察するのです(根拠は無いですが)。管弦楽がコンマスの力強い牽引力で様々なアンサンブルを奏でる中、コンマスソロ演奏も冴え冴えと響かせたのでは無かろうか?ひいては1844年に作られた不朽の名作『ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲』を生み出す下地造りに何らかの寄与をしたのではなかろうか?と妄想は広がります。いずれにせよ今回のガラコンサートでは、最終曲の演奏として、トリとしての役目を十二分に果たした(比較的な)若手の力強さを感じました。

 

f:id:hukkats:20260314152346j:image

終曲の八重奏曲を終えた八重奏団)