HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

『ポゴレリッチ、ピアノリサイタル』鑑賞(続き)

 演奏曲目は①バッハ作曲『イギリス組曲第3番BWV808』②ベートーベン作曲『ピアノソナタ第11番Op.22』20分の休憩を挟んで、③ショパン作曲『舟歌Op.60』④ショパン作曲『前奏曲嬰ハ短調Op.45』⑤ラヴェル作曲『夜のガスパール』でした。
 先ず①を聴いて感じたことは、これはバッハではないということでした。いやそう言うと正確ではない、誤解を生じます。正確に言うとこれまで私が様々な演奏家を聴いて頭に形成されたバッハ像とは全然かけ離れたものだったということです。これは次曲以下にも言えることですが、スローなピアノッシモのパッセージは淑女の如く、強く速い箇処は脱兎の如くfffいやffffかと思う程の強さで、弾き捲くります。衝撃でした。でも取り立ての野菜サラダの様に新鮮。グレン・グールドのノン・レガート奏法のバッハを聴いた時も他の奏者には見られない新鮮さを感じたものでしたが、感じる度合いが桁外れ。若い時のPogo(ポゴレリッチ)の演奏よりもさらに自己流を深めた演奏でした。ところどころバッハの曲だなと分かる特徴的な残影は感じられたのですが。
 「イギリス組曲」は全部で六つあり、それぞれ7つの短い舞曲の集合です。Pogoがこの日弾いた第3番は、プレリュード (Preludes)2. アルマンド (Allemande)3. クーラント (Courante)4. サラバンド、同じサラバンドの装飾 (Sarabande, Les agrements de la meme Sarabande)5. ガヴォットアルテルナティヴマン (Gavotte IA lternativement)6. ガヴォットIIまたはミュゼット (Gavotte II ou la usette)7. ジーグ (Gigue)から成ります。
Pogoはサラバンドのスタートから相当力を込めて強く弾き始め、スローなテンポの部分も相当強くしかも軽妙さを失わない音とリズムで弾き進めた。ここでガボットⅡの前半は、学校音楽教科書にもたびたび引用され掲載される人口に膾炙したメロディの曲です。曲の表情の豊かさを高め、表現力豊かなバッハ演奏であった。若しPogoの弾いたあと、引き続き他のピアニストの同じバッハ演奏を聴いたらきっとつまらなく感じたに違いありません。
 続く②のベートーヴェンも、かなりべートーヴェンらしからぬ演奏で、この様なべートーヴェンは聴いたことが無いものでした。ベートーヴェンの面影が少し残る程度。
 第1楽章Allegro con brio 第2楽章Adagio con molta espressione 第3楽章Menuetto 第4楽章Rondo, Allegretto
気が付いたことの一つは、最初の第1楽章で左右の手のバランスが、偏って右手にかけている様に感じたこと。別の特徴として第1音を強めに弾く傾向にあったがこれは楽譜の指示かも知れないもののかなり強烈。第2楽章はか相当Slowだが、大きな音だった。PogoはSlowに指を(今回の座席は鍵盤が見えない右翼でしたが音からして)運び、終わりの最終部を随分長―く引き延ばして、消える様に終音を演奏したのが目立ちました。
 第3楽章のメヌエットは短い曲で主題の軽快なメロディも指裁き見事に演奏。ここが一番ベートーヴェンらしさを感じた箇処かな。最終4楽章も今度はどんな演奏をするのか、とびっくり箱から何が出て来るかと待ち構えるが如く聴きましたが、百戦錬磨のそれこそ何千、何万の曲を弾きこなした指使いに裏打ちされた確かな技術からほとばしり出るPogo手作りの造形を見る思いで聴いていました。こうしたベートーヴェンも有りかと感心しきり。
 次はいよいよショパンです。③舟歌は余りにも有名で短い曲ですが、ショパンを聴く者は知らない人はいない位の曲です。こうしたものは通常は弾きづらいでしょうね。隅々まで比較されちゃう。この曲もPogoは趣きが異なる演奏をしました。冒頭からかなりSlowでffの力強いタッチで、波間に揺られるヴェネチアのゴンドラやセーヌに浮かぶ恋人達の船のイメージからは程遠い、例えればトルコとの戦いに出立するヴェネチアの大型ガレー船(軍船)が、力強く波に翻弄されるどころか波を翻弄して前へ前へと進むが如きイメージを膨らませる演奏でした。ジョルジュサンドとの関係が波高くなっているのを想起させる様な演奏。ショパンの優雅さはほとんど感じられませんでした。
 次の曲ショパンの④前奏曲嬰ハ短調Op.45は、ショパン31歳の時の作品で、「24の前奏曲(ショパン29歳の時作曲)」の中の「前奏曲第10番嬰ハ短調Op.28-10」とは別のものです。嬰ハ短調は、ショパンが好んで用いたと言われ、ノックターンに多くみられる。④は5分弱の短い曲ですが、Pogoはゆっくりとゆったりと演奏し、この演奏に一番ショパンらしさを感じました。③も④の演奏も違いはあっても、何れも心の通った演奏でした。
⑤のラヴェルの曲はフランス語で『Gaspard de la nuit』。Gaspardは男性名、nuitは夜(仏語の最後の子音文字は黙字…サイレントが多い。Parisも同様)。フランスの詩人の詩集をもとに、ラヴェルが20世紀初頭に作曲した3つのピアノ曲[Ⅰ.Ondine(水の精の名) Ⅱ. Le gibet(死刑囚が最後に登るあれです)  Ⅲ. Scarbo(いたずら好きの妖精)]から成るこの組曲は初めて聞いたので比較対照が有りませんでした。
 兎に角、キラキラした感じやゆっくりとだが確実に冷え込む夜のとばりに、冷徹に死刑囚を待つ死刑台が月明かりに照らされているかの様な静かなピアノの音、終曲では思いがけない程大きいfffかとも思われる大音量や速いパッセージからの力演に、Pogoが次はどんな音を出すのか固唾を飲んで待つ自分がありました。時には腕を交差させ、腰を浮かせ、鍵盤を叩いている演奏が終わった時は、ラヴェルにこの様な大作ともいえる曲があったのかという驚きと、Pogoの驚嘆的な力強い演奏によるダブルパンチを食らった感じがして一瞬クラクラしました。演奏会をやり終えたPogoも疲労困憊の感は否めず、会場の四方に順次深々とあたまを下げて丁寧に挨拶した後、若干足を引きずり気味にゆっくりと舞台を去る様子は、既に巨匠の風格を有していた。
 この演奏会を聴いて総括しますと、Pogoはバッハもベートーヴェン、ショパンを何十年と弾いている中から、Pogoのバッハ、Pogoのベートーヴェン、Pogoのショパンを創作することに成功したものと思われます(勿論普通に弾くことだって出来る筈ですよ)。その土台には、磨き上げた技術の礎(いしずえ)がきちっと備わっており、その上に建てられた見事な建築物が燦然と輝いているのです。ピアノの表現力はかくも大きなものか、表現の可能性を2倍も3倍も広げたポゴレッチの功績は大きいと思います。 
 アルゲリッチがショパンコンクールで抗議した時放ったと謂われる言葉“だって彼は天才よ”はまさにその通りでした。
 

話は変わりますが、それにしても暖かい日が続きますね。近所の桜はもう満開を過ぎて散りそうです。

f:id:hukkats:20200218235714j:plain

家の庭(といっても細い路地に近いですが)ではフキノトウが沢山取れたと上さんが喜んで天麩羅にして呉れました。苦みが美味しいですね。春の味でした。

f:id:hukkats:20200218235744j:plain