HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

大野・都響&イブラギモヴァ(Vn.)ショスタコーヴィッチ演奏会at東京文化会館

都響1025回定期演奏会Aシリーズ

f:id:hukkats:20250904115001j:image

【日時】2025.9.3.(水) 19:00〜

【会場】東京文化会館

【管弦楽】東京都交響楽団

【指揮】大野和士

【独奏】アリーナ・イブラギモヴァ(Vn.)

f:id:hukkats:20250904120427j:image

〈Profile〉

    ロシア旧ソ連のポレフスコイでタタール人の家庭に生まれた。彼女の家族は音楽好きで、彼女は4歳でバイオリンを始めた。5歳でモスクワのグネーシン音楽学校に入学し、ワレンチナ・コロルコワに師事し、6歳までにボリショイ劇場管弦楽団を含む様々なオーケストラで演奏してキャリアをスタートさせた。1996年、彼女が10歳の時、父のリナト・イブラギモフがロンドン交響楽団の首席コントラバス奏者に就任し、一家はイギリスに移住した。翌年、イブラギモワは、母がバイオリンの教授を務めていたユーディ・メニューイン音楽学校でナターシャ・ボヤルスカヤに師事し、音楽の勉強を始めた。

   1998年12月、イブラギモワはパリのユネスコ本部で開催された世界人権宣言50周年記念式典で、ニコラ・ベネデッティと共演しました。二人はユーディ・メニューインの指揮の下、バッハの二重ヴァイオリン協奏曲を演奏しました。メニューインは3ヶ月後に亡くなり、イブラギモワはウェストミンスター寺院で行われた葬儀で、同協奏曲の緩徐楽章を演奏した。

ユーディ・メニューイン音楽院を卒業後、イブラギモワはギルドホール音楽演劇学校に1年間通い、その後英国王立音楽大学に進学し、ゴードン・ニコリッチに師事、バロックヴァイオリンをエイドリアン・バターフィールドに師事しました。また、クロンベルク音楽院の修士課程でクリスチャン・テツラフに師事した。

 

【曲目】

①ショスタコーヴィチ『ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 Op.129』

(曲について)

1967年の春にダヴィッド・オイストラフの還暦記念作品として作曲された。同年9月13日に、モスクワ近郊ボリシェヴォにて非公開初演が行われた後、9月26日にモスクワで公開初演が行われた。初演者は、オイストラフの独奏と、キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団によるものだった。

 

 

②ショスタコーヴィチ『交響曲第15番 イ長調 O p.141』

(曲について)

交響曲としてはショスタコーヴィッチ最後の作品。作曲時期は1971年交響曲第13番交響曲第14番のような声楽入りの交響曲や、ロシア革命を描いた標題的な作品である交響曲第11番交響曲第12番などとは異なり、交響曲第10番以来の伝統的な4楽章の交響曲である。しかし、合奏よりもソロなどが目立つ室内楽的なオーケストレーションや、各楽章にちりばめられたさまざまな作曲家の作品からの引用、更にショスタコーヴィチ流の十二音技法など、ベテランならではの技巧も光る作品である。 初演は1972年1月8日マクシム・ショスタコーヴィチ指揮、モスクワ放送交響楽団による。

 

【演奏の模様】


①ショスタコーヴィチ『ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 Op.129』

    アリーナ・イブラギモヴァは2013年以降は毎年の様に来日し演奏しています。大野都響監督との共演は、2022年来日時の都響との演奏会を聴きに行ったので、その時の記録を参考まで、文末に(抜粋再掲)して置きます。

 今回はブラームスでなくショスタコーヴィッチのコンチェルトでした。

 赤い演奏会ドレスに身を包んで登場した、イブラギモヴァは以前よりふくよかな体つきになった様に見えました。迫力が有りそう。

 

楽器編成:独奏ヴァイオリン、ピッコロ1、フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、ティンパニトムトム、二管編成弦五部14型(14-12-10-8-6)

〇全三楽章構成

第1楽章 Moderato

第2楽章 Adagio

第3楽章 Adagio-Allegro

 

第1楽章

 オーケストラの低音弦が数音立てると、ソリスト、イブラギモヴァはすぐにやはり低音旋律で弾き始めました。嬰ハ短調ですが、短調色は感じても、何か旋律としては一つの調性内にとどまらない響きを持つ調べです。ソリストは音を確かめながら弾いているかの様に丁寧にゆっくりと弾いています、しかしやや緊張感も感じます。Cb.のうねりがかすかに聞こえる。次第に高音域に音を繰り上げるソリスト、管も弦もすべて音を出していますが、しばしば聞く他のコンチェルトの様なオケの音主導ではなく、弱音奏でソリストに寄り添うが如き大野・都響でした。次第に力が入って来るソリスト、弦楽のPizzicatoに囃し立てられるように、チャカチャカチャカチャカ、チャカチャカチャカチャカとキザミ奏で合いの手を取りました。Picc.が合の手を入れソロVn.と暫し掛け合うのもレアーかな?。その後Hrn.が引き取り、次いでソリストは同旋律をPizzicato奏に切り替え、またFg.との掛け合い等々ソロ主導で管弦との協同作業は連綿と続いたのでした。その後ソロのカデンツァ的独奏部もあり、この楽章が一番長い全長の半分弱の演奏時間でした。

 

第2楽章、イブラギモヴァは1楽章よりさらにゆっくりと低音域での弱奏で開始、僅かにVc.アンサンブルカが寄り添い、他弦は休止中。Cl.の合いの手を受け、掛け合うソリストでした。それにしてもショスタコの旋律は、モツやベトやブラの様な如何にも旋律美で口ずさめそうな調べとは異なっていて、こういう美しい旋律もあるのかと思われる調べを、イブラギモヴァは次第にクレッシンドしながら高音域まで美しく奏でました。中盤を過ぎてからFg.との掛け合いがあり、Timp.が微音で弱く拍子を取ると、それが合図の様にソリストはジャン、ジャン、ジャンジャンジャンと同音で強奏して、速いパッセッジも強奏、カデンツア的イブラギモヴァ圧巻の力演でした。

 

第3楽章

 カデンツァはアタッカで入った最終楽章でも、長々とイブラギモヴァはその超絶技巧をPizzicato奏を交えて披露、如何に力を入れていたかは、両足で跳び上がりながら弓を振り下ろす様子からも窺い知れました。Timp.やOb.Hrn.etc.と対峙し、それらをすり抜け、猛烈にテンボを上げて弾きまくる、獅子奮迅の様相のソリスト、その勢いを保持したまま一気にゴールに駆け抜けたのでした。

   演奏が終了するやいなや、随分と観客が入った大ホールからは、爆叩する観客の感動的とも言える歓声が沸き起こりました。

    イブラギモヴァの今回の演奏は、文末に再掲した3年前と較べて、(勿論演奏曲が違いますが)さらに力強い迫力のあるものとなっていました。

   この曲は、(曲について)にある様に、オイストラフの還暦祝いとして献呈されたもので、ネットには、オイストラフがキリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団と初演した時の映像記録が残こされていて、それを聴いた印象とイブラギモヴァの演奏を比較すると、彼女はかなり気負い過ぎ、力み過ぎの感がありました。演奏は本来、ヴァイオリニスト一人一人が独自の演奏、自分らしさの表現で良い訳ですが、曲に籠められた作曲家の意図あると思うのです。曲を献呈された本人でありそしてショスタコヴィッチの親しい友人であるオイストラフが、そのあたりを一番良く理解していると推察されます。オイストラフは、むしろ淡々と力みが無く、速いパッセッジやらカデンツァやらを自然体で弾き熟しています。勿論超絶技巧的は事も無げにこなし、気構えることなく、当たり前の様子で弾いている。これは、名人だからこそ出来る技なのかも知れませんが。

    イブラギモヴァの〈Profile〉を見ると、クリスチャン・テツラフにも師事している様でして、テツラフのこの曲の演奏録画を観てみると、やはりかなり手を替え品を替えこのヴァイオリ協奏曲の真髄を何とか手にしようと苦心惨憺している様に見えました。イブラギモヴァは、テツラフの演奏の影響が強いと思いました。

 実はこれまで、テツラフの実演を聴くことが出来なくて、一度は聴きたい演奏家のリストに入っているのですが、今月下旬に来日公演があることが分かり、今度は聴きに行けそうなのです。楽しみにしています、勿論曲目は、今回のショスタコの曲とは、違いますが。

f:id:hukkats:20250904232051j:image

 

ここで《20分の休憩》です。

 

後半もショスタコヴィッチの曲です。

 

②ショスタコーヴィチ『交響曲第15番 イ長調    O p.141』

〇楽器編成:ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2
ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シロフォン、タムタム、グロッケンシュピール、チェレスタ、トムトム(ソプラノ)、カスタネット、ウッド・ブロック、鞭、ヴァイブラフォン 二管編成弦楽五部

〇全四楽章構成

第1楽章Allegretto

第2楽章Adagio - Largo

第3楽章Allegretto

第4楽章Adagio - Allegretto

    この交響曲は、配布プログラムノートにもある様に、ショスタコの他の作品や他の作曲家の作品の一節を引用して、交響曲を組み立てている、謂わば「パロディ」を含んでいる曲なのです。

第1楽章の初盤。何時かどこかで聞いた事のある旋律、ここではロッシーニの『ウィリアム・テル』序曲の有名なパッセッジが引用されていました。

冒頭、Fl.のタララッタター、タララタッターという速い独奏音にチーン、チーンと相槌を打つのはグロッケンシュピール(鉄琴)の音です。このタララッタター、タララタッターの箇所は、ベト5運命の冒頭ジャジャジャジャーンジャジャジャジャーンの次のパッセッジのパロディではないかと言う見方も有ります。速いテンポの高音Vn.アンサンブルに低音のFg.が掛け合うのも面白い。すぐに弦楽アンサンブルが強奏で軽快に走り出しました。金管と鉄筋の金属音⇒Vn.アンサンブル⇒木管の調べと推移するうちに、上記の聞いた事のある旋律が流れ出しまし、Trmb.の斉奏で。他楽器の同テンポで進行する中に再度Trmb.が繰り返す調べ、そうこれはロッシーニの「ウィリアムテル序曲」からのパロディです。Vn.アンサンがこのパロディを変奏して続き、演奏のリズムは一貫して変わらず、軽快に弦、管、打が強奏すると再度上記序曲のパロディが短く挟まれました。大野・都響は何百回となく様々な曲を共演しているのですから、謂わば亭主と長年連れ添った上さんの関係か?ちょっとした指揮者の棒捌き、身動きでもアウンの一致で、何を意味するかは瞬時に分かるのでしょう。両者の呼吸は合っていました。ただ大野さんはいつもの様に譜面を広げていて(殆ど見てはいないと思うのですが)完全を記するためなのか?何か面白みのない以外性のない優等生の指揮にいつも思えるのです。

 さて第2楽章ですが、ここでの圧巻は複数の楽器のソロ演奏でしょう。冒頭Trmb.のゆっくりした斉奏音(Trmp.なども入っていますが何せTrmb.の音量が大きいので圧倒的)が止んだ後、Vc.(1)による低い低い音域のソロ演奏、(1)は勿論首席奏者、今回は古川さんの様です。この渋いいい音に寄り添うのが、コンマスのソロ音、コンマスは山本さんか?このソロ演奏を受けて金管(主としてTrmb.)が大きい暗い旋律を張り上げました。再度Vc.のソロ音に戻り⇒金管群の調べ、チェレスターの音も聞こえました。(プログラムノートに依れば葬送の調べだという)⇒Vc.ソロと何回も繰り返されるこの楽章は交響曲と言うよりも限られた楽器による室内楽の様相を帯びていました。中盤以降、コンマスのハーモニックス音に近い域までせり上がるソロ演奏後、急に盛り上がったオケ、全楽強奏でシンバルまで打ち鳴らされ、Timp.はダン、ダン、ダンと拍子を取ると更なる全弦楽アンサンブルが滔々と音を立てて、金管群まで参画、この楽章の終焉かな?と思ったのですがさにあらず、大咆哮は静まったのですが、その後Trmp.弱音奏に木魚の様な音(楽器が良く見えなかったのですが多分ウッドブロック)が掛け合い、Timp.とCb.の掛け合いやFl(2)の斉奏音にCb.が変奏で下支えし、またVa.アンサンブルに依るPizzicato奏にCb.アンサンブルのPizzicato奏が掛け合う等、かなり独特の楽器群の組合せがユニークで面白いと思いました。次いで滔々とした低音域の弦楽奏にTrmb.他の金管がゆったりと弱奏で鳴らし最後はTimp.とTrmb.で以て〆となるのでした。そういうこともあり、この楽章は結構長い楽章だったのです。

 次の第3楽章へはアタッカで進みました。アッタカの切れ目は知らない曲だと仲々分かりづらいのですが、大抵強奏が止んで弱奏で開始とか、弱奏終了で通常音開始とか、曲想が異なる旋律やテンポが変わった調べが繰り出されるとかだと、何となく楽章が変わった印象で分かる時が有ります(勿論暫く進行してから後追い的に気が付く時も往々として有りますが)。この3楽章は⇒Fg.+Cl.の鳴き声的鋭い強音⇒コンマスの強いキザミのソロ強奏、⇒Cb.のPizzicato奏とテンポはほぼ一定の演奏に変わりました。この楽章は短いスケルツォ章で、木管やウッドブロックやコンマスのソロなどがダジャレとも思える程、脈絡なく続いたのでした。矢張り目立ったのはコンマスのソロ音かな?小さな打楽器の軽妙な音がすると思ったら突然と終了してしまいました。

 

 最終第四楽章は最長で少し飽きが来なかったと言えば嘘になります。

この楽章は、パロディで満ち溢れていました。プロラムノートを抜粋引用しますと、

  ❝ ・・・Shostakovich left no public statement about the "meaning of this symphony.

He was already a sick man, and must have known while writing it that he had not long to live, but no overt, specifically programmatic ideas were attached to it, at least not by the composer. However, it is almost inevitable that the listener impute an interpretation in light of the musical quotations Shostakovich incorporated. We find five instances in the first movement of the "Lone Ranger" theme from Rossini's William Tell Overture, and six statements of the "Fate" (or "Annunciation of Death) motif from Wagner's Ring cycle in the last movement. In addition, there are references to the thythm of Siegfried's Funeral March (from Götterdämmerung), to a Glinka song ("Do not tempt me needlessly" ), and to the opening notes of Tristan und Isolde. Just what are these doing here, and how are they related?

A great deal of effort has been expended on trying to explain these strange allusions, some of which are simultaneously comic and sinister. Many see the symphony as a birth-to-death piece, the "Lone Ranger" motif being a reminiscence of childhood (The Lone Ranger was a hugely popular western series for young audiences that ran on television from 1949 to 1957), the Wagner quotations looking forward to death. Maxim Shostakovich's view, expressed in the annotations for his recording of the symphony made shortly after the premiere, is that "the Fifteenth moves through many changes of mind. Personally, I feel it reflects the great philosophical problems of a man's life cycle, from the appearance of certain childish emotions to the acquisition of energy, vitality and wisdom." The composer indicated only that the first movement represents a toy store, but even this is ambiguous,・・・・

 ロッシーニばかりでなく、ワーグナー、グリンカ、その他幼き自己経験の観念など、此らの引用が何故パロディを多く挿入したかの理由と、死を覚悟していたショスタコの哲学との関係で、さらに解明されることが期待されます。

 第4楽章は最長の楽章で、しかもパロディばかりかその前の楽章のテーマもモザイク的に回想されるので、実感としてはそれまでのショスタコの個性が強い場面もあった楽章よりかは、美しさもあり迫力もある、最終楽章に相応しいものかもしれませんが、中盤からは強奏アンサンブルの迫力ある演奏に混じって、美しいVn.アンサンブルの流れを聴いているうちに、連日の酷暑日の疲れが出たのか(決して演奏の美しさに飽きたのではなく聴き惚れて)少しうとうとしてしまいました。気が付いたら演奏は終了、会場からは大きな拍手と歓声も上がっていました。何回も舞台⇔袖を往復する大野さん、パート毎に健闘を讃え、その都度会場の拍手も大きくなりましたが、アンコール演奏もソロカーテンコールも有りませんでした。ソリストアンコールも、オケアンコールも無かった演奏会でしたが、二曲それぞれが大曲だったので終演は19時頃になっていました。


f:id:hukkats:20250905122722j:image

 

////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////2022.9.3.HUUKATS Roc.(抜粋再掲)

【日時】2022.9.3.(土)14:00~

【会場】東京芸術劇場

【管弦楽】東京都交響楽団

【指揮】大野和士

【独奏】アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン) 

    

   <Profile>

 1985年9月28日生まれ、露(旧ソ連)・ポレフスコイ出身のヴァイオリニスト。4歳でヴァイオリンを始め、97年よりモスクワのメニューイン音楽学校で学ぶ。95年に家族共に英へ移住し、ユーディ・メニューイン・スクールと王立音楽院で研鑽を積む。国際コンクールで入賞を重ね、2002年にソロ活動を開始。バロック音楽から委嘱新作までピリオド楽器とモダン楽器の両方で演奏し、その演奏の多才さ、そして「臨場感と誠実さ」(ガーディアン紙)で高い評価を確立した。

 2005年のザルツブルク・モーツァルト週間で注目され、2007年にCDデビュー。以来、ロンドン響ほかロイヤル・コンセルトヘボウ管、フィルハーモニー管との再演の他、マーラー・チェンバー・オーケストラとサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団にデビュー。最近のシーズンでは、バイエルン放送響、ロンドン・フィル、ヨーロッパ室内管、スウェーデン放送響、エイジ・オブ・エンライトメント管、チューリッヒ・トーンハレ管等と共演ソリストとしての弾き振りではクレメラータ・バルティカ、エンシェント室内管とツアーを開催。セドリック・ティベルギアンとはウィグモアやシャンゼリゼ劇場などでのリサイタルや主要音楽祭に出演。日本ツアーも行なう。

 

【曲目】

①ブラームス『ヴァイオリン協奏曲ニ長調』

<曲目解説(主催者H.P.)>

 1877年夏、ヴェルター湖畔の避暑地ペルチャッハの美しい自然の中で交響曲第2番を作曲したヨハネス・ブラームス(1833~97)は、翌1878年にもここを訪れて、ヴァイオリン協奏曲に取り掛かる。 2曲の大作交響曲を書き上げ、交響曲作家としての自信を得ていたブラームスは、協奏曲においてもシンフォニックな特質を求めていた。そのことは当初このヴァイオリン協奏曲がスケルツォを含む4楽章構成で構想されたことからも窺い知れるだろう。結局は伝統的な3楽章様式の作品となったのだったが、全体のがっしりした造型の中で独奏と管弦楽が密に絡みつつ重厚な響きを作り出すこの曲の作風には、ブラームスのめざす協奏曲のあり方がはっきりと示されている。彼の2曲のピアノ協奏曲はしばしば“ピアノ独奏付きの交響曲”と呼ばれているが、このヴァイオリン協奏曲もまた“ヴァイオリン独奏付きの交響曲”といってよい特質を持った作品である。
 もちろんだからといって独奏が軽んじられているわけではない。それどころかこのヴァイオリン協奏曲は、ピアノ協奏曲と同様に、独奏者にとってはきわめて高難度の技量が要求される協奏曲となっている。シンフォニックな管弦楽に相対する独奏者には並外れた体力が必要とされるし、10度重音や三重音奏法をはじめとして随所に技巧的な難所が置かれていて、まさに演奏者に真のヴィルトゥオジティを求めた協奏曲なのだ。しかしながら、そうした要素が19世紀流行のヴィルトゥオーゾ様式の協奏曲のように技巧の華麗な誇示に向かうのではなく、音楽のシンフォニックな展開に結び付いた必然的な表現となっている点がブラームスらしいところである。
 かかる技巧表現を織り込むにあたって、ブラームスは親友の名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831~1907)に助言を求めた。独奏パートのスケッチの下の五線譜一段を空白にしたものをヨアヒムに送り、そこに訂正案を書いてもらう形でアドバイスを受けたという。
 こうしてひととおり完成をみたヴァイオリン協奏曲は、1879年元日にライプツィヒでヨアヒムの独奏、ブラームスの指揮によって初演されたが、ヨアヒムはこの初演や続く各地での再演での演奏経験を踏まえた上でさらに細部の変更を提案、ブラームスもそれに沿って改訂の手を入れ、決定稿が仕上げられていくことになる。ヨアヒムの提案にブラームスが難色を示すというような場合ももちろんあって、全部の助言を受け入れたというわけではないが、いずれにしてもこの協奏曲の成立にあたってはヨアヒムがきわめて大きな役割を果たしたといえるだろう。
 

②ブラームス『交響曲第2番ニ長調Op.73』

 

<曲目解説>

 《割愛》

 

 

【演奏の模様】
 今日の演奏会場は、横浜から一番遠い池袋。このところ東京文化会館に、続けて2回も遅刻してしまっているので、今日は、絶対遅刻出来ないと決心する必要がありました。若し遅刻したら、最初の演奏者、アリーナ・イブラギモヴァを聞き逃してしまうからです。これは、絶対あってはならないこと。めったにない来日演奏だからです。会場には1時間も前に着きました。
 待ち時間の合間に、事前に予約しておいた別のチケットをボックスオフィスで発券したり、ラックにおいてあるこれからの演奏会チラシを選んだりしているうちに開場時刻になりました。
会場に入ってまず、観客が多いことが目に付きます。まだ開演まで、30分以上あるのに、座席の大方に観客が入り、トイレに行くのによこぎったホワイエにも多くの人がたむろしています。それが、開演直前になると、座席は満杯、超満員となりました。イブラギモヴァの前人気が如何に大きいかを物語っています。
時間になり登場したイブラギモヴァは、僅かに薄青色の反射光を帯びた黒いノースリーブのワンピース様ドレスを身につけています。思っていたより、上背はありそう。

①ブラームス『ヴァイオリン協奏曲』

①―1 第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ニ長調 
 冒頭、大野都響の導入部では、弦楽の伸びやかなアンサンブルが如何にもブラームスらしい響きを持って広がって行きます。特に低音弦の響きが良い。Fl→Timp→弦と次々に音を繰り出し、弦楽アンサンブルが激しい曲相に変わるとそこに突然闖入、と言えるくらいの突然性で以てイブラギモヴァの力強いボウイングが入り、続く高音域の美しいテーマをなめらかに弾きました。彼女の演奏音は、思っていたより小さ目の感じがします。この2000人近く入る大ホールでは、これまで色々なヴァイオリニストの演奏を聴きました(最近では、レナ・ノイダウアー、竹澤恭子etc.)が、それらと比して決して大きい音とはいえません。
イブラギモヴァは、猫の様に背を丸めてしなやかに、体を前屈みにし、或いは身をよじり、感情を込めて弾いている様子。奏者は重厚なこの長い楽章(全体の半分近く)をカデンツア部も含め、かなりの力演で弾き切りました。カデンツァ部の最高音の調べと、オケが入る直前のピアニッシモで弾く、ささやく様な調べは、この様な演奏(勿論このコンチェルトの演奏では)は、聴いたことのない位微妙な弾き方をしていました。カデンツァに入り前のVn休止中のオケの演奏は、全体的にやや精彩を欠いていた。大野さんは、かなりオケを抑えぎみに指揮していたのでは?楽章最後のHr.もオケも抑制的に感じられました。
第一楽章のイブラギモヴァの演奏では、素直な音の響きが印象的でした。

①―2 第2楽章 アダージョ ヘ長調 

 管楽器が繊細な調べを立てる背景音を前に、オーボエ独奏が素晴らしく綺麗な主題を結構長く演奏、オーボエ協奏曲みたいと言われる所以です。次いで主題をイブラギモヴァが引き継ぎます。彼女のスタート時、テーマをまるで今にも切れそうな絹糸、と言うより切れそうな蜘蛛の糸で刺繍作品を紡ぎ出しているかの如き繊細な出音には、会場の大聴衆も固唾を飲んで聴いている様子でした。その後ヴァイオリン独奏は、曲を発展的に展開していきました。  

次の中間部ではそれ以前とは対照的にやや不安を感じるアンサンブルに独奏ヴァイオリンと管弦アンサンブルは移り行き、でもかなり抒情的な曲相をイブラギモヴァは良く表現していたと思います。最後は第一主題を変奏で再現し、大野オケはほとんど静まるが如くで、イブラギモヴァの為すままに任せて寄り添っているといった感じでした。

①―3 第3楽章 アレグロ・ジョコーソ、マ・ノン・トロッポ・ヴィヴァーチェ ニ長調 

 冒頭からイブラギモヴァは弓の根元を使った強く弦をはじく奏法で、重音をかなり粗々しく響かせ、さらにブラームスがあちこちの曲で多用した、リズムに特徴ある民族音楽的要素に満ちた旋律をやや上品に表現しました。大野都響の合いの手は迫力ある全楽全奏で答えています。独奏ヴァイオリンは益々テンポを上げて低音から高音まで急速に変化する旋律を弓を大いに楽器上でうねらせ、それらを何回か繰り返してこの難演奏箇所を鮮やかなテクニックで乗り切って、最後はカデンツア的にこの曲のあらゆる要素をコンパクトに詰め込んだ曲最後の山場を見事乗り越えて終演、ソリスト=イブラギモヴァには、会場の大きな拍手が待ち構えていてました。(予想していたよりは、拍手喝采の爆発は小さいものだったかも知れない。)

何回かソロカーテンコールで、舞台↔袖を生き肝したイブラギモヴァでしたが、ソロアンコールはありませんでした。
二十分の休憩の後は、ブラームスのシンフォニーです。

 

②ブラームス『交響曲第2番ニ長調Op.73』

  《割愛》