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ダウスゴー・新日フィル+テツラフを聴く

新日本フィルハーモニー交響楽団
第665回定期演奏会

【日時】2025年9月21日(日) 14:00開演 

【会場】サントリーホール

【管弦楽】新日本フィルハーモニー交響楽団

【指揮】トーマス・ダウスゴー

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   〈Profile〉

    コペンハーゲンに生まれ、同地の王立デンマーク音楽院、ロンドンの王立音楽大学で学ぶ。ボストン交響楽団で小澤征爾のアシスタントを務め、1993年にスウェーデン放送交響楽団を指揮して正式にデビューした。

    1997年から2019年までスウェーデン室内管弦楽団の首席指揮者[2]、2001年から2004年までDR放送交響楽団(デンマーク国立交響楽団)の首席客演指揮者、2004年から2011年まで同首席指揮者[2]。2019年から2021年までシアトル交響楽団の音楽監督を務める。

    ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団など世界主要オーケストラを指揮。日本では東京都交響楽団や新日本フィルハーモニー交響楽団と共演[3]。BBCプロムス、ザルツブルク音楽祭、タングルウッド音楽祭など、世界の一流音楽祭に定期的に出演している。

    ペア・ノアゴーの交響曲第6番、ルーズ・ランゴーの16の交響曲(以上はDR放送交響楽団)、ベートーヴェンの管弦楽曲集(スウェーデン室内管弦楽団)等の録音は高く評価されている。

 

【独奏】クリスティアン・テツラフ(Vn.)

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   〈Profile〉

    ハンブルグ生まれ、リューベック音楽院でウーヴェ・マルティン・ハイベルクに、シンシナティ音楽院でウォルター・レヴィンに学んだ。バッハ、ベートーヴェン、ブラームスといった古典/ロマン派のレパートリーと、ベルク、リゲティ、シェーンベルク、ショスタコーヴィチといった20世紀音楽の両方を得意とすることで知られる。

    ベルリン音楽祭にはクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮のクリーヴランド管弦楽団との共演でデビュー、ミュンヘンではセルジュ・チェリビダッケ指揮のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団との共演でデビューした。以降、ミヒャエル・ギーレン、ダニエル・ハーディング等の指揮者や、南西ドイツ放送交響楽団、北ドイツ放送交響楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ドイツ室内管弦楽団、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、パリ管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団、ボストン交響楽団などのオーケストラと共演してきた。ほぼ無名の時期に、ドホナーニ、チェリビダッケ、ギーレンといった厳格な指揮者がこぞってその才能を認め、ソリストに抜擢したことが、テツラフの経歴の特異な点の一つである。

 

【曲目】
①ベートーヴェン『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op. 61』

(曲について)

    ベートーヴェン中期を代表する傑作の1つである。彼はヴァイオリンと管弦楽のための作品を他に3曲残している。2曲の小作品「ロマンス(作品40および作品50)」と第1楽章の途中で未完に終わったハ長調の協奏曲(WoO 5、1790-92年)がそれにあたり、完成した「協奏曲」は本作品1作しかない。しかしその完成度はすばらしく、『ヴァイオリン協奏曲の王者』とも、あるいはメンデルスゾーンの作品64、ブラームスの作品77の作品とともに『三大ヴァイオリン協奏曲』とも称される。 この作品は同時期の交響曲第4番やピアノ協奏曲第4番にも通ずる叙情豊かな作品で伸びやかな表情が印象的であるが、これにはヨゼフィーネ・フォン・ダイム伯爵未亡人との恋愛が影響しているとも言われる。

 


②ブラームス(シェーンベルク編)『ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op. 25(管弦楽版)』

(曲について)

    この編曲はナチスを逃れてロサンジェルスに定住することになったシェーンベルクに、同様の境遇で同地にいた指揮者クレンペラーが提案することで実現した。チェロやヴィオラを弾いて原曲を知り尽くしていたシェーンベルクは、ブラームスの構造をいじることなく、オーケストレーションのみに徹して編曲を行なったが、ピッコロ&バス・クラリネット、コールアングレといったブラームスの使わなかった管楽器を含む3管編成で打楽器をマーラーの交響曲ばりに総動員したために、極めて色彩的なスコアとなっている。編曲は1937年、初演は翌38年5月7日にクレンペラーの指揮によってロスで行なわれた。その時のエピソードとして、この編曲を無調・12音技法の雄シェーンベルク自身の新作と勘違いしたロスのマネージャーが「なぜ人が『シェーンベルクにはメロディが無い』と言うのか私には分からんね。あの曲は、とてもメロディックなのに」と評したことが知られている。

 

 

【演奏の模様】

①ベートーヴェン『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op. 61』

〇楽器編成:独奏ヴァイオリン、フルート(第2楽章は休止)、オーボエ2(第2楽章は休止)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2(第2楽章は休止)、ティンパニ(第2楽章は休止)、二管編成弦楽五部12型(12-10-8-6-4)

〇全三楽章構成

第1楽章Alegro ma non troppo

第2楽章Largetto

第3楽章Rondo

 

    かすかなTimp.の音がリズムを刻み、Cl.(2)がテーマをゆっくり奏で始まり、Vn.アンサンブルが合わせて弱奏で微音を立て、オケが全奏でテーマを強く提示、テーマ奏を中心に、オケが数回繰り返しを伴って序奏すると、テツラフがクネクネクネと上行テーマ演奏を開始しました。その立上りに僅かな乱れを感じましたが、ほとんど気にならない些細なもの、すぐにテーマの変奏を含め力強くしかも美しい高音を立てながら演奏を進めるテツラフ、体を左右上下に揺らしながら気持ちを込めて弾いていました。  中間部の休止中はオケの演奏を横目でチラチラ見ながら再開を待つテツラフは、口ひげと顎髭と何より増してそのストイックな表情とで、恰も野趣溢れる日本流に言えば『虚無僧』の如き風貌を漂わせています。浮世を超越している雰囲気を感じます。再開したテツラフは繰り返し奏を、今度は第一音にかなりの力を込めて強弱に変化を付け、立体的な彫りの濃い演奏をしました。かなり速いテンポで力強く、オケとの協奏と言うより牽引奏の感がある程オケに挑んでいた様に思われました。カデンツァに入ると一層弓に力を込めて、Timp.との掛け合いを入れながら変奏を弾きまくっていました。これは恐らくピアノ協奏曲用のカデンツアをテツラフ自身がヴァイオリン演奏用に編曲して、Timpと丁々発止やり合ったのではないかと思いました。初めて聴いたし、力が漲り発散し大変面白く感じました。この楽章が終わるとフライング拍手をする人がいた程(すぐ止みましたが)素晴らしい演奏でした。

    第2楽章では穏やかな弦楽奏の序奏の後、Hrn.の調べと共にテツラフが気持ち良さそうに弾きはじめましたが、Hrn.の入りが少し不安定でした。Cl.とゆっくりと美しい旋律を高音で掛け合うテツラフ、管がFg.に引き継いでもソロVn.は心に滲みる内なる表現で迫って来ます。弦楽の弱奏やPizzicato奏を僅かに伴っていますが、ほぼ独奏状態。テツラフの高音はやがて絶え絶えと消え入るよう。テツラフはこれまで以上に気持ち良さそうに感情移入して弾いている様子、このれらの弱奏は見事でした。 

 最後は次楽章にアタッカで入るための序奏をするが如きパッセッジを二回鳴らしたテツラフはすぐに最終楽章のテーマ奏を力強く速いボウーイングで弾き始めました。受け皿の管弦楽は全楽全奏で向かい入れ、その後のテツラフの獅子奮迅とも言える高い技巧の演奏は、猛烈テンポ、重音演奏etc.を含め このヴァイオリニストの世界に冠たるドイツ音楽の伝道者としての面目躍如たるものがありました。

 演奏が終わると会場からは大きな拍手と歓声がなり響きました。             

 

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鳴り止まない拍手と歓声にテツラフは、アンコール演奏を行いました。

《ソロアンコール曲》

J.S.バッハ『無伴奏パルティータ第3番』より〈ガボット〉



②ブラームス(シェーンベルク編)『ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op. 25(管弦楽版)』

〇楽器編成:Fl.(3)  Ob.(3)  Cl.(3)  Fg.(3)  Hrn.(4)

 Trmp.(3)  Trmb.(3)  Tub.(1) Pccon(5)  Timp.(1)

1Vn.(14)、2Vn. (12) Va.(10)  Vc.(8)  Cb.(6)

三管編成弦楽五部14型(14-12-10-8-6)

 

〇全四楽章構成

第1楽章Allegro

第2楽章Intermezzo-Alegro ma non troppo

第3楽章Andante con mote 

第4楽章Rondo ala zingarese prest

この編曲番については、元のピアノ四重奏曲との関係を詳しく説明している解説があるので、次に引用します。

 

〇シェーンベルクの編曲と楽章の解説(千葉管弦楽団、2003年1月2日 金子建志)

    この編曲はナチスを逃れてロサンジェルスに定住することになったシェーンベルクに、同様の境遇で同地にいた指揮者クレンペラーが提案することで実現した。チェロやヴィオラを弾いて原曲を知り尽くしていたシェーンベルクは、ブラームスの構造をいじることなく、オーケストレーションのみに徹して編曲を行なったが、ピッコロ&バス・クラリネット、コールアングレといったブラームスの使わなかった管楽器を含む3管編成で打楽器をマーラーの交響曲ばりに総動員したために、極めて色彩的なスコアとなっている。編曲は1937年、初演は翌38年5月7日にクレンペラーの指揮によってロスで行なわれた。その時のエピソードとして、この編曲を無調・12音技法の雄シェーンベルク自身の新作と勘違いしたロスのマネージャーが「なぜ人が『シェーンベルクにはメロディが無い』と言うのか私には分からんね。あの曲は、とてもメロディックなのに」と評したことが知られている。

第1楽章 アレグロ、ト短調、4/4拍子、ソナタ形式。
第1主題は⑤と⑥からなる。ブラームスは〈4番〉の第3楽章で、こうした双頭主題を上下に重ねて同時に出すといった芸当を見せるが、ここでは⑤が終わったら⑥をという普通の形。しかし再現部では⑥→⑤と逆にして古典派的・図式的なシンメトリーを避けるように工夫し、全体がストーリー風に発展してゆくロマン派的な展開を選択。第2主題は⑦とその変容⑧で、苦悩を内に秘めた第1主題群に対して、若者らしく積極的に進む意志が感じられる。

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20代のブラームスはシューマンによってヨーロッパ楽壇に華々しく『天才出現』と紹介されたものの、翌年そのシューマンが入水自殺を図り、やがて精神病院で没するという悲劇を目の当たりにした。これが23歳の1856年のこと。子供達を育てながらピアニスト・作曲家として活躍する未亡人クララ・シューマンに対する想いは生涯に亙って続くが、当時は極めて熱いものがあった。この楽章には、そうした『シュトゥルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)』時代の青年作曲家の心の嵐と諦念が刻印されている。

 

第2楽章 "インテルメッツォ(間奏曲)" アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ハ短調、9/8、三部形式。
インテルメッツォと題されてはいるがシューマン風な短いエピソードではなく、実質的にはかなり規模の大きなスケルツォ楽章。但しベートーヴェン的な哄笑や諧謔とは無縁で、主部はむしろ歌謡的。ブラームスは〈交響曲第2番〉の第3楽章で、牧歌的な主部に軽快なトリオを挟む『逆スケルツォ』を実践しているが、この楽章はその原型か。第1楽章の嘆きを継承したような暗い主部⑨に、突然、光が差し込んだかのような軽快なトリオ(アニマート、変イ長調)⑩が挟まれている。

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この⑩は5小節の変則的なメートリクを採用しているだけでなく、その中にシューマン→ブラームス楽派のDNAとも言うべきヘミオラのリズム・パターン(タイを使った2小節単位の3拍子)を含んでいるのが重要。メンデルスゾーン風のスケルツォの飛翔感にペンタゴン的な5角形の車輪を与えたようなこのトリオは、一見、ごく普通の走馬灯のように見えるが、実は、全曲中で最も過激な実験精神を秘めた箇所なのだ。後の〈ハイドンの主題による変奏曲〉の最後で5小節周期のパッサカリアを採用しているが、このトリオはテンポが速いぶん、リズム的な要素がマジカルに浮き上がってくる。

主部に戻った後のコーダは、トリオの陽光を回想しハ長調で結ばれる。

 

第3楽章 アンダンテ・コン・モート、変ホ長調、3/4、三部形式。
前楽章のコーダで予感されたように、ここで楽章としては初めて長調に転ずる。この楽章はオーケストラ化によってシンフォニックなスケールを獲得し、本格的な緩徐楽章としての訴えかけが一段と強まった。この主部⑪全体は〈交響曲第2番〉を走行試験的に先取りしているのだが、コーダでその原主題が、正に〈2番〉そのままの姿で現示されるあたりは、ブラームス・ファンにとって聞き逃せないポイントの一つであろう。

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付点リズムを特徴とする経過的エピソードを経て飛び込む中問部(アニマート、ハ長調)⑫は、シェーンベルクがギャロップ風のリズムを打楽器群によって強調したために、騎馬軍団が走り抜けてゆくようなイメージが一段と鮮明になっている。

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第4楽章 "ロンド・アラ・ツインガレーゼ(ジプシー風のロンド)" プレスト、ト短調、2/4、ロンド形式。
シェーンベルクがこの楽章のジプシー風の性格を強調しているのは、冒頭の③の伴奏音型の弦に弓の木部で叩く奏法を要求して、ハンガリー・ジプシーの楽器チンバロン(棒状の撥で弦を叩くピアノの原型となる楽器)を模していることでも明らかだ。更に重要なのは、この楽章の舞曲的なエネルギーを謝肉祭的な熱狂へと開放するために、木琴、鉄琴、タンバリンといったブラームスが使わなかった打楽器群を総動員して、原色的なオーケストレーションを施していることだ。

シェーンベルクは第1楽章ではブラームスの渋い響きを尊重しているのだが、楽章を追うごとに色調を自らの時代の方に引き寄せ、このフィナーレで近代兵器としてのオーケストラのパレットを全開するのである。

3小節周期の乗りの良いメートリクを特徴とする③に対して、無窮動的な⑬は、祭のざわめきを感じさせるが、シェーンベルクがそこに原曲にはない不協和音によるハロウィン的なギャグを仕込んでいるあたりも聞き物だ。

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中間部でテンポが緩んで、④を交えた新たなクープレに入るあたりは〈ハンガリー舞曲・第1番〉や〈5番〉と似たパターン。コーダ直前のカデンツァは、ストコフスキーを思わせるオルガン風な響きと、ソロ群の対比が鮮烈な効果を上げる。コーダのストレッタ(追い込み)もオーケストラ化による筋肉強化、特に金管群の音色旋律的な格闘が興奮を一段と煽り、舞曲的な熱狂が臨界に達したところで締め括られる。

 

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    今回のシェーンベルク編曲の管弦楽版を聴いて少なからず驚きました。ブラームスの『ピアノ四重奏曲』の旋律性は全く失う事無く、分厚く違和感のない自然なオーケストレーションでもって、管弦楽曲として見事にリメイクされていたからです。各楽章とも、ブラームス節がふんだんに取込まれ、原曲では表せなかったアンサンブル、特に管・打の掛け合いや合いの手による弦楽アンサンブルとの分厚く均衡のとれた新古典的響きは、'えー!これがシェーンべルグの曲だつて?' 'ブラームスの曲にしか思えない'と考えたからでした。

    将にこの曲は、ブラームスの『交響曲第五番』

の貫禄を有する素質があるものでした。