
【日時】2025.8.2(土)15:00~
14:20〜 プレコンサート
【会場】ミューザ川崎シンフォニーホール
【管弦楽】新日本フィルハーモニー交響楽団
【指揮】上岡敏之
【曲目】
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ハース版)
(曲について)
初めて大々的な成功を収めたブルックナーの代表作。生涯に交響曲と宗教曲以外をほとんど手がけなかったアントン・ブルックナー (1824~1896)にとって、オペラの世界で次々と革新的な音楽を生み出すリヒャルト・ワーグナーは、神の如き存在であったろう。1881年9月に「交響曲第6番」 の作曲が終了し、同月には早くも「第7番」の作曲が始まっている。1882年には第 1楽章、第3楽章の順に作曲が進められ、1883年1月に第2楽章のスケッチが完了した。
2月13日、ワーグナーがヴェネツィアで客死。この報せを受け取ったとき、ブルッ クナーは第2楽章の仕上げを施していた。圧倒的な盛り上がりを見せ、やがて静かに終わっていくその終結部 (練習番号X以降)について、ブルックナーは「巨匠のために心からの葬送音楽を書いた」と述懐している。同年9月5日には第4楽章の作曲を終わらせた。当時ライプツィヒ歌劇場で活躍していた指揮者アルトゥール・ニキシュに、この曲の初演を直談判し、1884年12月には同地での初演が実現。翌年にはミュンヘンでも演奏が続く。この上演によって、ウィーンにおいてもブルックナー作品への興味がかき立てられ、この作品は「初めてブルックナーが大々的な成功を収めた」作品としての地位を確立。このとき、ブルックナーはすでに還暦を迎えていた。
※「第7番」の大成功の要因は?
「第5番」では形式的要素を、『第6番』では歌謡的要素を前面に出したブルックナー。続く「第7番」では、両者をほどよく調和させようと試みたように思われる。「第 5番」において、ブルックナーは複雑かつ精緻極まるポリフォニーを駆使し、バッハ以来のドイツ音楽の伝統をみずからが完璧に身につけていることを印象づけた。逆に 「第6番」では、その複雑さを反省したのか、敢えてわかりやすく、旋律そのものを聴かせる方向へと舵を切る。『第7番』が大成功を収めた要因のひとつには、こうした両極端な音楽の性質をバランスよく持ち合わせ、それを効果的に聴衆へと伝える術をブルックナーが会得したため、とは言えないだろうか。
※円熟期を迎えた作曲家の自信あふれる傑作
かすかな弦楽器のトレモロとともにホルンとチェロによって第1主題が始まる第1楽章の冒頭こそ、「第4番」などと同様の、ブルックナー独自の曲冒頭部分である。3 つの主題を順番に登場させる独自のソナタ形式も自身のこれまでの様式を踏襲しているが、50小節を超える規模の大きな終結部には、それらを突抜けた作曲家の自信があふれている。
この作品にも他の作品と同様に版問題が存在するが、作曲家自身が改訂を施していないので、初版 (1885年)、ハース版 (1944年)、ノーヴァク版 (1954年)ともに、 その違いは大きくない。もっとも議論となるのは、第2楽章の練習番号Wにおける打楽器の扱い。ティンパニ、トライアングル、シンバルは後から総譜に紙が貼られて付け足されたものの、その右上に「無効」と書き入れられている。レオポルト・ノーヴァクは、この「無効」をブルックナーの筆跡ではないと判断して打楽器を採り入れたが、現在ではやはり作曲家の筆跡なのでは、という説も登場しており、その判断は指揮者に委ねられている。この楽章最後で活躍するワーグナー・チューバは、「ニーベルングの指環」 においてワーグナーが陰鬱な地底の雰囲気を描写するために生み出したもの。独特の荘重な、それでいてもの哀しい雰囲気を生み出している。
第3楽章のトランペットによる冒頭主題は、雄鶏の朝の鳴き声からヒントを得た、といわれる。7度で下降するモティーフを自然につなぎ合わせる巧みさに、ブルックナーの進境が感じられよう。
第4楽章でも3つの主題が用いられるのは定例通りだが、第1主題を変形して登場する第3主題は、全楽器によるユニゾンで荒々しく演奏される。再現部では、普通は1、2、3の順番に演奏される主題が、逆に3、2、1の順で登場し、その輝かしい雰囲気のままに終結部へと至る。この交響曲の成功に自信を得たブルックナーは、各楽章の規模をより膨らませた形で、次の交響曲に取り組むこととなる。
(以上配布プログラムノートより)
【演奏の模様】
今回の演奏会では、約1時間前にプレコンサートがありました。何を弾くのかなと思ってそのプログラムを見たら、ハイドンの『ひばり』でした。この曲は、ここ数年生で聴きたいと思っていた曲なのですが、仲々その機会に恵まれませんでした。これまで何年かに渡って『ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会』を実施していた『ひばり四重奏団(漆原姉妹、辻本玲他)』を、あれは第何回からだったか?昨年まで聴いてきましたが(総て聞いた訳ではありません)、ハイドンの曲が、プログラムに遡上されることは一度もなく又、アンコールでも演奏されたことも有りませんでした。ハイドンのカルテットは、演奏者にとっては、面白みの少ない曲なのでしょうか。そう言う訳で、自分としては、見逃せないプレ演奏会だったのです。
予告通り時間が来ると、新日フィルの奏者がステージに登場しました。概要は、以下の通りです。
【プレコンサート】
14:20~14:40
<出演>新日フィル楽団員
ヴァイオリン1:崔文洙(コンマス)
ヴァイオリン2:丹羽紗絵
ヴィオラ:森野開
チェロ:佐山裕樹
<曲目>
ハイドン:『弦楽四重奏曲第67番二長調 op. 64-5, Hob. III: 63 《ひばり》』
流石、同じ釜の飯を食む仲間同士、アンサンブルの阿吽の一致は見事でした。中でも曲の牽引役ともおぼしき第1ヴァイオリンの崔さんは、冴え冴えと揚げ雲雀の鳴き声よろしく、他の三人との掛け合いもいいタイミングをとっていました。特に後半の1Vn.から他弦に及ぶフガートの箇所は、バスケのボールパスの様なスピード感と面白みを十分発揮していました。
さて開演時間(15:00)になると左右の扉から次々と楽団員が登場、最後に指揮者の上岡さんが現れました。数年前のひと目で病気と分かる姿と比べれば、すっかり元気になった様子に見えました。
〇楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、ワーグナーテューバ4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル(※)、シンバル(※)(ハース版では、※の打楽器は参考程度又は非編成)弦楽五部16型(16-14-12-10-8)
〇全四楽章構成
第1楽章 Allegro/Moderato
第2楽章 Adagio
第3楽章 Scherzo
第4楽章 Finale: Bewegt, doch nicht schnell
上岡さんの今回の7番の指揮・牽引は、割りと緩やかなテンポで進み、全曲の演奏が終わったのは、16時30分を回っており、15時開始から、1時間半位かかるユッタリしたブルックナーの演奏でした。しかしそのテンポは、遅いだけでなく、必要な箇所は、盛んにタクトで担当奏者達を煽りスピードアップ、緩み放しの弛緩した演奏処かメリハリの効いた素晴らしい指揮・牽引だったと思いました。
またハース版での演奏とのことですが、第二楽章の打楽器(トライアングル、シンバル、ティンパニ)に関する箇所の楽譜の真偽は、未だ持って議論の残るところでして、打楽器の採用は、指揮者の裁量に委ねられる場合があり、上岡さんが、Tri.奏者とSymb.奏者を最初からステージに待機させて、第二楽章終盤で二人に演奏させたことと、ハース版を使ったことは何も矛盾することではなく、その他のオーケストレーションの細部や表情記号の細部などでノヴァーク版との違いがあるハース版の楽譜を採用したということでしょう。
それにしても、第一楽章の冒頭からのVc.アンサンブルの重厚な調べに対する管と高音弦の高い調べの対比が絶妙なコントラストで格好良く、いつ聴いても魅了されます。今回のVc.部門は、この楽章のみならず、他でも瑕疵は見当たらず、Vn.部門の安定した活躍ともども、上岡さんの指揮に良く反応していたと思いました。確かに第一楽章の前半のAllegro表示からみれば、遅い気もしますが、後半演奏との音楽の一体感が強まった効果が感じられ、この辺りのテンポ設定は、指揮者の裁量の範疇だと言えるでしょう。特に後半のPizzicato奏の上に流れるパッセッジが、やや早めに感じるPizzi奏の影響を受けることに鑑みれば、違和感の少ないものでした。特に第1楽章のその後で、初っぱなのテーマ奏に回帰する辺りからは、弦のみならず管の演奏にも力が籠もってきて、最終的に、如何にもブルックナーらしさを感じる強奏音へと展開されたのでした。
第二楽章は、プログラムノートにもある様に、ブルックナーがこの楽章を書いているさなかに病に伏していたワーグナーが、遂に亡くなり、ブルックナーは、第二楽章の終結部について、「巨匠のために心からの葬送音楽を書いた」と述懐したと謂われます。
確かに、第二楽章は、最初からしめやかな金管等の調べが響き、この辺りは上岡・新日フィルのゆったりした演奏は、眠くなるどころか、こうべを垂れて心で泣いているブルックナーの姿が彷彿とするものでした。その後に続く美しい弦楽奏は、綺麗な花ばなが咲き乱れる彼岸(いや天国かな)に導かれ様とする、ブルックナーにとっては、神の様な存在の先達(=ワーグナー)の進まんとする道を表現したかったのでしょう。そして遂に天国に召されてしまった恩人でもあり、敬愛する先達に、かのワグナーチューバの深いアンサンブルでもって弔慰を表わしたのでした。この楽章左翼上段に陣取ったHrn.(4)群とは、対抗位置の右翼上段に4名のW-Tub.奏者が二人づつ二段に並び、Hrn.と同時に或いは単独で、4名or2名で渋い音をたてていましたが、Hrn.奏者の安定振りには及ばず、発音の頭が不安定に感じることが、度々ありました。
第三楽章は、軽快(と言っても今日の上岡ペースの中でですが、)なスケルツォ楽章、Trmp.の先導で、独特の調べが、これ又独特な下行旋律を伴って進行しました。プログラムノートによれば、「雄鶏の朝の鳴き声からヒントを得た」と謂れますが、ホントかな?それは、あたかもブルックナーが鳴き声を楽器に立てさせたと言うのでしょうか?まさかウィーン在住のブルックナーが「鶏鳴狗盗」の故事を知っていたとは、到底思えない。知っていたとしたら、「鶏鳴」により謀って、まんまと「函谷関」の門を開けさせたと解釈するのであれば、きっと亡くなってしまったワグナーが、地獄の門内に閉じ込められることが無い様に開門を祈り、敬愛する先達を天国に無事誘いたい意図を表した楽章であるという、突拍子もない空想をしてしまいそうです。
それにしてもブルックナーが、金管を他のクラシック作曲家では、例が無いくらい多用し、ガンガン鳴らしたことも、彼の曲の魅力の一つでしょう。三楽章は、最後Trmp.とTrmb.がテーマを力強く鳴らして了となりました。
最終楽章でも、金管は大活躍。弦楽アンサンブルが、1Vn.が旋律を奏でる下では、他弦が、激しいPizzicato奏で鳴らしている最中に曲想が変わり、全金管群の斉奏の猛々しく華々しい調べが会場一杯に響き渡り、いよいよ最後の大団円へ進むのでした。この楽章の最終場面での、Hrn.、W-Tub.の活躍は、将にワーグナーへのオマージュだとの解釈だとも言えるでしょう。
全楽章が終わり演奏音楽が途絶えたあとも、暫くは(数十秒もあったかも知れない)シーンと静まり返えった会場、指揮者が完全に腕をおろすと、怒涛の様に拍手喝采、歓声が沸き起こりました。指揮者は何回か袖からもどると、新日フィルの奏者を演奏群毎に起立・讃えていました。満員の入りではないですが、物凄い観客の反応で、会場は興奮の渦に、飲み込まれました。





尚この曲は、昨年春にエッシェンバッハ指揮N響の演奏で聴いていますので、その時の記録を文末に参考まで再掲します。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////2024-04-21HUKKATS Roc. エッシェンバッハ・N響『ブルックナー/交響曲 第7番』を聴く
第2008回 定期公演 Cプログラム
【日時】2024.4.19.(金) 19:30〜(休憩なし)
【会場】NHKホール
【曲目】ブルックナー/交響曲 第7番 ホ長調
(曲について)
交響曲第7番ホ長調は、彼の交響曲中、初めて、初演が成功した交響曲として知られている。1884年のこの初演以来、好評を博しており、第4番と並んで彼の交響曲中、最も人気が高い曲の一つである。第4番のような異稿は存在しないが、第2楽章の打楽器のようにハース版とノヴァーク版では差異が生じている箇所がある。
本作は交響曲第6番の完成後すぐ、1881年9月末から第1楽章の作曲が開始された。スコアは第3楽章スケルツォの完成のほうが1882年10月と少し早く、第1楽章のスコアは同年の暮れに完成する。
第2楽章の執筆中は最も敬愛してきたリヒャルト・ワーグナーが危篤で、ブルックナーは「ワーグナーの死を予感しながら」書き進め、1883年2月13日にワーグナーが死去すると、その悲しみの中でコーダを付加し、第184小節以下をワーグナーのための「葬送音楽」と呼んだ。こうして第2楽章のスコアは同年4月21日に完成する。そして、1883年9月5日に全四楽章が完成した。
1884年12月30日、アルトゥル・ニキシュ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によりライプツィヒ歌劇場で初演された。この初演の段階でブルックナーとニキシュは入念な打ち合わせを行い、何度か手紙をやりとりしている。
この曲の初演が大成功したことにより、ブルックナーは生きている間に交響曲作曲家としての本格的な名声を得ることができた。その後、指揮者ヘルマン・レヴィの推薦より1885年12月、バイエルン国王ルートヴィヒ2世に献呈された。
楽譜は1885年に出版された。この初版は「グートマン版」、「改訂版」などとも呼ばれる。日本初演は1933年10月21日、クラウス・プリングスハイム指揮の東京音楽学校管弦楽団により、奏楽堂で行われた。
【管弦楽】NHK交響楽団
【指揮 】クリストフ・エッシェンバッハ
〈Profile〉
エッシェンバッハが指揮台に立つと、場の空気がぴりっと引き締まる。深く歌い作品を雄大かつ爽快に描き出すが、そこには常にぴんと張った糸のような緊張感が漂い、彼の音楽に独特なオーラを纏(まと)わせる。
1960年代前半にミュンヘンのADR国際音楽コンクールやクララ・ハスキル国際コンクールを制覇しピアニストとしてキャリアを華々しくスタートさせたが、1970年代からは徐々に指揮に重心を移した。これまでに北ドイツ放送交響楽団(現NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)、フィラデルフィア管弦楽団、パリ管弦楽団、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団といった世界の数多くの一流オケで要職を担い、2024年9月からはNFMヴロツワフ・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督に就任予定。
N響との初共演は1979年で、ピアニストとしてギュンター・ヴァントの指揮でベートーヴェンの協奏曲を弾いた。30年ぶりとなった2017年の共演では世界最高峰の指揮者のひとりとしてブラームスの交響曲などを聴かせ、その後、2020年、2022年にも密度の濃い演奏を繰り広げている。今回もシューマン、ブルックナーといった得意どころを、鮮やかに鳴らしてくれるはずだ。
1940年ドイツのブレスラウ(現ポーランド・ヴロツワフ)に生まれたが、戦争で父を亡くし母の従姉妹に育てられた。戦争を肌で感じ音楽で自己形成した巨匠も今年84歳。世界が再びきな臭くなってきた今、彼は音楽で何を語るのだろうか?(江藤光紀/音楽評論家)
【演奏の模樣】
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、ワグナーチューバ4(テノール2とバス2)、コントラバス・チューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、弦楽五部。ただし原則シンバル・トライアングルは使われず、アド・リブとして載っています。今回は、ノヴァーク版を使用したらしく、エッシェンバッハは、シンバルとトライアングル奏者を舞台に上げて 第二楽章で鳴らしました。弦楽五部16型(16-14-12-10-8)
全四楽章構成
第一楽章 Allegro/Moderato
第ニ楽章 Adagio
第三楽章 Scherzo
第四楽章 Finale: Bewegt, doch nicht schnell
第一楽章の冒頭、弦楽器群の弱音トレモロの上で、チェロとビオラが第1主題を奏し、続いてオーケストラの高音楽器に引き継がれて行きました。 このもやもやとした雰囲気を「原始霧」と呼ぶ人もいます。次いでFl.(2)+Ob.(2)に1Vn.アンサンブルが演奏され、引き続き1Vn.がテーマを奏して、弦と木管の掛け合いはかなりの盛り上がりを見せるのもいい響きです。金管が加わっても、最初からの緩やかで穏やかな流れは変わらず、クラリネットの合いの手がさらに和らかく奏され、ズート同様な流れが続くのは、気持ちが良いものです。時々入る金管群(Trmb.Trmp.Hrn.)がかなりの強奏をしても、テンポは緩やかで穏やか、激しさよりも力強い優しさを感じました。 この楽章20分越えは結構長いのですが、同じ様な流れなので何か眠気を催す気配も有りました。終盤のリズムの変化や弦楽奏に何回も繰り返えされる金管の上行旋律、最終局面で金管群が吠えてもこの楽章の穏やかさを破る程の物では有りません。彼の交響曲の中で第一楽章でTimp.とオケの強奏に頼る剛腕な力強さを取らない第一楽章は珍しいものです。
次楽章の冒頭で鳴らされるのが、ワーグナーテューバでした。Hrn.の類いですが、Hrn.程の華やかさは影を潜め、全く地味なそれでいて存在感を感じる重い響きなのです。続く弦楽アンサンブルの重厚な響きも素晴らしく、2Vn.とVc.に依る調べでした。ここもまたスローな展開です。Hrn.と弦楽アンサンブルが同一旋律を斉奏し、連綿と続くVn.アンサンブルの調べはやや気だるさを感じる程ですが魅力的。木管を経てこれまた美しい高音旋律を奏でるVn.アンサンブル、この長い楽章の最初の輝きだと思いました。第一楽章に優るとも劣らぬ優美な流れでした。エッシェンバッハは、高い技術を有するN響のVn.部門から印象的な濃密なアンサンブルを弾き出すことに成功していました。再度重厚な響きの繰り返し、何回でも聞きたい程の心の安らぎを覚える響きでした。この楽章の前半の最初の盛り上がりを、Trmb. Trmp. Hrn.を交えて強奏され、途中で急に曲相が替わり、元の重厚なテーマ奏が弦楽中心に演奏されるのでした。この重厚さは何なのだろうと考えると、恐らくブルックナーの頭にあった重厚なオルガンの響きが弦楽アンサンブルにより再現されたのかも知れません。何回も出て来るテーマを今度はTrmb.(3)で響かせ、⇒Vn.アンサン⇒Hrn.奏と転送して、駄目押し的に全金管に依る一斉ファンファーレの如く響かせ、暫く強奏すると萎んで儚いFl.に引き継ぎ、再度Hrn.⇒Trmp.+Trmb.の強音、そしてFl.へと、すると弦楽がこれまた天国かと思われるような素晴らしく美しいメロディを奏でました。エッシェンバッハも気持ち良さそうな様子で振っています。次第にこの楽章最大のクライマックスに向けて各楽器群の手慣らし的弱奏が続くとその空気をワーグナーテューバに引き渡しやがてHrn.が暫し鳴らされると弦楽⇒Fl.⇒弦楽高音アンサン⇒Fl.そしてワ-グナーテューバへ渡してすぐに楽章を終えるのでした。そのクライマックスでTimp.が力一杯乱打されると同時にシンバルがジャーンと打ち鳴らされ、トライアングルも連打されました。この楽章作曲の時期にはブルックナーはワーグナーの病状悪化そして死亡の報に接し、非常に悲しんでいたといわれます。哀悼と鎮魂の意を込めて、使用楽器や旋律をそれに相応しいものへと導き、この何とも言えず厳粛な音の連なりが出来上がったのでょうか。この楽章、自分の私的メモを見るとあちらこちらに💮が一杯付いてました。自分の好みに合っているという事かな?
第三楽章は一、二楽章から少し砕けたスケルツオ。剽軽で軽快なリズムが繰り出され、冒頭のTrmp演奏が有名なので、注意して聞いていましたが、プープープップップッププーと何か剽軽なリズミカルな旋律、そのリズムの主題が様々に変奏されまた様々な楽器に移行され、その後には下行音階を下り降りる旋律も続くことが特徴的楽章でした。この楽章で初めて曲全体の中で変化に富んだ調べに接した感がしました。最後は同テンポのテーマをTrmp.+Trmb.の力強い演奏で終えました。
最終楽章は、❛活発にしかし急がないで❜と指示されている通り、冒頭コンマスの調べが1Vn.アンサンブルの活発だが静かで軽快な調べを誘起し、全弦に広がりました。するとFl.の合いの手が入り、⇒2Vn.のトレモロ⇒Cl.のソロ、⇒1Vn.旋律奏と同時に他の弦はpizzicatoと変化が激しく何か纏まりが足りない楽章の様な気がしました。そうした状態が暫く続いたため、ちょっとつまらなさを感じ始めたところで、ブルックナーさん曲相を転換して来ました。即ち全金管による目の覚める様な大きな音の斉奏の響きでガツーンとされたのでした。さらに演奏は金管主流の強奏が続き、弦楽もおもい切り弓を擦っていました。ここで初めてと思われるG.P.です。次いでに申せば、この7番では最初からG.P.らしき長い全休止が見当たらず、従ってG.P.が多い時の様な途切れ感を殆ど感じることなく楽章が進んで行きました。最終楽章は荘重なブルックナーの分厚い響きに満ち満ちていなくて、取って付けた様な調べと楽器変化の不自然さが、何かスケルツォ楽章の様な諧謔性をも感じる軽さがあったため、この楽章には???でした。
しかしこうして全楽章を聴いて振り返ってみると、この曲をレパートリーに持つ(度々演奏する)エッシェンバッハをもってしても100%曲の持ち味を観客に若し伝えられないとしたら、もうそれは作曲者の責任ではないかと邪推されるのです。でもこの曲が初演された時には非常な人気となり、その後のブルックナーの立ち位置を良いものにした曲であるという事を聞くと、それは第一から第二楽章の流麗な素晴らしい響きを持つ調べが聴く者をそこだけでも大いに感動させる力があった曲だと立証している様なものでしょう。そう思うと完全に作曲家と指揮者と演奏したN響の奏者に敬意を払わなくてはならないと思ったのでした。
全演奏が終わり暫しの沈黙の後、エッシェンバッハがタクトの腕を降ろすと、待ち構えていた様に会場からは大きな拍手と歓声が沸き興りました。エッシェンバッハはゆっくりと袖に戻りまた現れて各パートの奏者達を起立・礼をさせると、会場からは奏者を労う拍手等がその度起こりました。カーテンコルまで何回もそれが繰り返されたのです。エッシェンバッハは今年で御年84歳、当初若手の気鋭のピアニストとして名を馳せ、70年台から指揮活動を中心とした方向に向かった様です。近年、来日する海外指揮者でも、80歳代中頃以上の演奏家は数える程しかおらず、それだけの経験者は貴重な存在だと言えるでしょう。
尚、今回は演奏会開始45分前にプレコンサートが同ステージであり、三名の若い奏者により以下の曲が演奏されました。
〇開演前の室内楽
曲目:ベートーヴェン/2本のオーボエとイングリッシュ・ホルンのための三重奏曲 ハ長調 作品87―第1楽章
出演者
オーボエけ:𠮷村結実 オーボエ:坪池泉美
イングリッシュ・ホルン:和久井 仁
ベートーヴェンにこの様な三重奏曲があったとは知りませんでした。なかなか表情豊かに演奏した三人、演奏後、マイクを片手にしたオーボエ奏者は、あと少し時間が残ったので、アンコールとして、第三楽章を演奏します。プレコンのアンコールは多分初めてだと思います、と剽軽に話して笑いを誘っていました。