今夜の月は満月です(正確な満月は5月23日23時頃)横浜では薄雲に見え隠れして、将に❝花は盛りに 月は隈なきをのみ 見るものかは❞です。非常に趣きのある満月です。五月に入って咲いた多くの花は、跡形も無く散って葉桜様になったもの、サツキ類では、半分散って地面が花絨毯様になったものなど、盛りが過ぎても趣きが有るものです。5月の満月は「フラワームーン」と言うらしい。その他の月にも以下の様な愛称が付けられています。これに対し「スーパームーン」と呼ばれる満月は、天文学的な意味から付けられた満月の名称です。
ドビュシーの「月の光」も ❝隈がある月❞の表現ではなかろうか?と思っています。古今東西、月、就中満月に関する物語は多くありますが、今回は、やや奇怪な物語を、ご紹介。中国清代前期短編小説集『聊斎志異』の中から一話、数回に分けて紹介します。
月仙をめとった男①
太原の宗子美は父に従って遊学し、広陵に仮 寓していた。父は紅橋のたもとの林という老婆と古いつきあいで、ある日、父子が紅橋をと おりかかって、ひょっこり出通った。ぜひ立ち寄っていってくれとさそわれ、お茶を飲みなが ら話しこんだが、娘がかたわらにいて、なかな かの器量よしである。子美の父がしきりにほめ ると老婆が子美をかえりみて、
「坊ちゃまはまるで嬢ちゃまのようにおやさしい。これは福相でございます。もしお嫌やでな ければ、娘をもらっていただけますまいか?」 父は子美に席をたつようにうながし、老婆 にむかって拝礼させて、言った。「その一言、千金ですよ」
これより前のこと、この婆さんは独りで暮ら していたが、ある日、この娘がやって来て、よ るべない身の苦しさ訴える。幼な名をたずねる と嫦娥(じょうが)ということであった。老婆は娘をいと しく思い、家にとどめたが、これはまさに「奇貨おくべし」であった。
時に子美は十四歳で、娘を見て、心ひそかに 喜んでいた。そして父が仲人をおくって取りまと めてくれるものとばかり思っていたが、さて帰って来ると、父はまるきり忘れてしまったようで、心はやけつく思い、こっそり母親に 訴えた。父がこのことをきくと、笑って、
「この間、あの欲ばり婆さんと冗談を言っただ けさ。ありゃ、どのくらいのお金で売りつけよ うとしてるか、わかったもんじゃない! めったに口をきけることではないんだよ!」 越えてあくる年、父と母が亡くなった。嫦娥を忘れることができない子美は、そろそろ喪も あけるので、人にたのんで意中を林老婆に伝えた(注、子美の年齢=14才+翌年+三年喪あけ=18歳)。最初、老婆は承知してくれない。子美が怒って、 「僕は平素から軽々しく腰を折れないのだ。あなたはその僕の拝礼を一銭にも値しないというのだね。 約束をやぶるのなら、あの時の礼をかえしてほしい」 すると老婆が、
「そういえば前に坊ちゃんのお父さんとふざけて約束したこともありましたようですね。でも ちゃんとしたお約束はなかったので、忘れてし まいましたよ。そのようなお気持なら、天の神様にやろうと思って育てているわけじゃご ざいません。毎日の衣裳にかけたのは、実は千 金にかえたいと望んでのことですじゃ。唯今、 その半分をでもいただきたいもんじゃが、いか がですかの?」 子美はできぬ相談だと考えて、この話をやめにした。
そのころ、あるやもめの婆さんが西隣に借家していた。娘がいて、ちょうど成人になった式をあげたばかり、幼な名を顧当(てんとう)といった。子美がたまたまのぞき見ると、優雅な美しさは嬢哦に 劣らぬ。心をひかれた子美は贈物にかこつけ て近づいた。そのうちに次第に仲良くなり、 よく目で気持を伝えたが、しかし、話をしようにも糸口がなかった。 ある夜、女が垣根をこえて、火をもとめに来 た。子美は喜んで、これを中に入れ、とうとう わりない仲になった。妻に迎えることを約束すると、女は今は兄が他国へ出かせぎにいってい るからといってことわる。しかしそれ以後、す きをみては往来し、ぬかりなく人目をくらまし ていた。
ある日たまたま紅橋を通ると、門の内に嫦娥がいた。急いで通りすぎようとすると、見 つけられて、手で招くので、足をとめ、さらに 招かれるままに中まではいってしまった。嫦娥は約束に背いたといって責めるので、子美が わけを話すと、部屋の中にはいり、黄金一包を取って来て子美に渡す。子美は受けとらず、断わって、 「僕は君とは永遠にお別れしたんです。そして 他に約束した人がいます。お金を受けて、君の ためにつくせば、その人をだましたことになり、 またお金を受けながら君のためにつくさなけれ ば、君をだましたことになる。僕は人をだます ことはできません」と返答した。 嫦娥はしばらく黙っていたが、「あなたの(別の女との)お約束のことは、私よく知ってるわ。 でもこれは必ずこわれます。といって、も し添いとげになれても、あなたが私を裏切っ たなどと怨みはしません。急いでこれを持って いらっしゃい、お婆さんが来ます」 子美はそそくさと、自分で事をきめる余裕もなく、金を受け取って帰っては来たが、気持が乱れて、自分の進退にとまどった。 一夜あけて、顚当に話をした。顚当はそれは もっともな話だといって、専心、嫦娥のことを考えてあげてよと勧める。子美が黙っていると、 では嫦娥が本妻で自分はその下の側女(そばめ)になろうと いう。子美は喜んで、さっそく仲人をたて、林 婆さんに結納金を送った。林婆さんも承知し て、嫦娥を子美にとつがせた。
いよいよ自分の家に来た嫦娥に、子美が顚当の申し出を話すと、嫦娥は微笑して、うわべは それを勧めるのであった。子美は喜んで、即刻 顚当に伝えたいと思ったが、顚当はここしばら く音沙汰が絶えていた。嫦娥はそれが自分のた めであることを知っていたので、しばらく里へ 帰ることにし、わざと機会を与え、その時、顚 当の身体につけている嚢を盗んでほしいと子美 に頼んでおいた。
やがて思惑どおりに顚当がやって来た。子美が前に決めたことを持ちかけると、顚当は「急 いではなりません」と言うだけである。 二人は衣服をといて、なれ親しんだ。女のわ きの下に紫色の蓮花の形をした嚢があるので、
子美がつまみ取ろうとすると、女は気がつき、 顔色を変えて立ちあがった。 「あなたはあの方とは一つ心で、私とは他人なのね。あなたは裏切者、もうこれでお別れしてよ!」
子美があやまったり、なだめたりしたが、言 うことをきかず、帰ってしまった。一日おい て、子美が家までいって、様子をさぐると、す でに呉の人が家を借りていて、顚当親子は、早 くもすでに移転したあとらしく、しかも、その行先が皆目わからず、たずねるすべさえなくて、 ただ怨み嘆くだけであった。
〜続く〜