HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

『小林愛実ピアノリサイタル』at サントリーホール

※アンコール、オールショパン三曲!!

※後半からの愛実ショパンの熱演に酔う!!

 三日前にもピアノリサイタルを聴き、今日は小林愛実さんと、ピアノリサイタル続きですが、これは好き好みで聴きに行ったというよりも、行くことを余儀なくされたと言った方が、正直な気持ちです。たまたま続いただけです。

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【日時】2022.3.17.(木)19:00~

【会場】サントリーホール

【曲目】

①シューマン:アラベスク Op. 18

②シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D. 958

③ショパン:24の前奏曲 Op. 28

 

【曲目解説】

①シューマン:アラベスク Op. 18

 この曲は彼が29歳の時に作曲された。クララと結婚する1年前、若手作曲家・評論家として、頭角を現しつつあった頃の作品。彼が活躍したロマン派の時代は、それまでの古典派時代から存在した、ソナタやロンドなどの伝統的な曲の形式から自由になり、「ラプソディ」「即興曲」「夜想曲(ノクターン)」等、特にピアノソロの曲で、新しい、形式が創造された時代でした

 タイトルの‘アラベスク’とは‘アラビア風’という意味で、アラビアの建築や工芸などにみられる唐草模様の装飾のことを指す。音楽では、この唐草模様を連想させる装飾的な性格の楽曲のタイトルにも用いられるが、最初の使用はシューマンだった。

曲は、コーダを伴うロンド形式で書かれ、6つの部分に分けられる。

第1の部分はハ長調、4分の2拍子で‘軽快に、そしてやわらかく’の指示がある。符点のリズムのメロディーは繊細でロマンティックに進み、内声と絡み合って歌われていく。第2の部分は「短調特」と記され、ホ短調の少しゆっくりなテンポのエピソード風の部分となる。ソプラノのテノールがユニゾンでメロディーを奏でる4声体で書かれ、やや憂鬱な面持ちを見せる。第3の部分は、第1の部分が再現される。第4の部分は「短調監」と記され、第1の部分のメロディーを変形させたイ短調の音形がドラマティックに展開していく。第5の部分も、第1の部分の再現。第6の部分はコーダ。ゆったりとしたメロディーが優雅に夢みるように遠くに響き、静かに曲を閉じる。

 この様にして、シューマンは、「アラベスク」を創り出したのです。ある小さなモチーフを連続して繰り返し、それをだんだん展開してゆくという作曲手法は、すでにベートーヴェンなどが得意とするところで、例えば「第5番交響曲『運命』」や、ピアノ・ソナタ第17番『テンペスト』」なども、近似の手法で描かれているのですが、シューマンは、モチーフの繰り返しをある程度長く連続させ、あたかも「アラベスク模様」を目の前に見ているような曲を作り上げ、「アラベスク」と命名したのです。

②シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D. 958

 作曲者最晩年のピアノソナタ3部作のひとつであり、第19番、第20番、第21番は1828年9月に制作された。いずれもベートーヴェンを意識しながら、和声進行に作曲者固有の豊かさを持っているが、この先がないと言う危機感をも感じさせる大作群。

シューベルトは3部作のソナタをヨハン・ネポムク・フンメルに献呈するつもりだったが、1837年にフンメルが亡くなったために1839年にこれらを出版したアントン・ディアベリは献呈先をロベルト・シューマンに変更した。4楽章構成。

 

③ショパン:24の前奏曲 Op. 28

「24の前奏曲」というとバッハの作品が有名です。バッハはハ長調から始めて同主調の長短2曲を半音づつ上げた調号で次々と作曲し、都合12(音)×2(長、短)=24曲作ったのです。それに対しショパンはバッハを参考にしながらも、独自の順番で前奏曲を作曲しました。即ちハ長調からのスタートは同じですが、次に同じ調号を持つ短調(平行調、この場合イ短調)の曲を作り、三番目はハ長調の音階と5度の音程を形成する属調(ト長調)の曲をという様に、平行調、属調を繰り返して24曲作曲したのです。従ってショパンの前奏曲では5度ずつ上がる様に配置されていて,調号の♯が1つずつ増えていき,やがて調号が♭に変わって,調号の♭が1つずつ減っていく,というよう構成になっています。

もっともバッハの曲はそれぞれにフーガを付けて、「クラヴィール曲集」として、しかも1巻、2巻と二回も作曲しているのです。ここだけ見ても人間業を超えています。その後の作曲家で「24の前奏曲」を作った有名作曲家は、スクリャービン、ドュビッシー、ラフマニノフなど、ショパン方式を取っています。

 

【演奏の模様】

①シューマン:アラベスク Op. 18

 プログラムノートによれば、この曲は、A-B-A-C-A-コーダという六つのパーツからなる構成をしており、小林さんは最初のパーツを、ほとんど体を動かさず不動の姿勢で、ピアノに向き合ってやわらかい演奏をしていました。

 

②シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D. 958

第1楽章 アレグロハ短調、4分の3拍子、ソナタ形式。

 シューベルトは、尊敬するベートーヴェンの曲の影響を大きく受けており、この曲でも半音階的に上昇する力強い第1主題は創作主題による32の変奏曲に、厳粛な平行調の第2主題は悲愴ソナタに類似していると言われます。しかし展開部の幻想的な音形、4分の3拍子という舞踊性は先人の影響を脱しようという意図も明らかなのです。

 小林さんは冒頭、決然としたffで雄叫びを挙げ、強打の高音域がとても綺麗な音を立てていて、特に小指は弱音を素晴らしくかすかに鳴らしています。時として腰を浮かして打鍵します。強打のパッセージの次の第一音は、神経を研ぎ澄まして弱く出し、弱い下降旋律を何回か繰り返した後、強奏に入りました。そして冒頭の主題に戻って、小林さんはかなりの力を込めて強打していました。ffからppに急変する箇所は更なる明確性を、極低音部での旋律の凄いデモニッシュ性を期待したくなりました。

 

第2楽章 アダージョ変イ長調、4分の2拍子、ロンド形式。
 ここでもベートーヴェンの影は現われ、悲愴ソナタの中間楽章に似た穏やかな旋律の流れる楽章です。しかしかなり自由に転調して遠隔調ホ長調に至るなど、ロマン派の和声をも備えています。

 小林さんは、シューベルトをシューベルトたらしめている本領の表現を理解した上で、ゆったりと弾いていると見え、次第にシューベルトの頭にもたげる不安が、頂点に達した如く強打鍵に至り、後半は強奏の連続でした。右手の旋律は、終始ゆっくりとした一定のテンポで弾き、あたかも自分の遠くない死を予感してなのか?、或いはベートーヴェンの死へのオマージュなのか?、激しく心から迸り出る叫びを小林さんの演奏から聞こえる様な気がしました。

 

第3楽章 メヌエット (アレグロ) - トリオハ短調 - 変イ長調、4分の3拍子。
 右手オクターブ奏法を左手が支える簡単な楽章でした。

ここの楽章では。途中、高音域でのパッセッジで、二回息を継ぐ様な、休む様な短時間の休止があって、不思議な感覚を覚えました。小林さんは首を左右に僅かに振って気持ち良さそうに弾いていました。

第4楽章 アレグロハ短調、8分の6拍子、ロンドソナタ形式。
 提示部を繰り返さない(シューベルト最後期のフィナーレに固有の)ロンドソナタ形式のタランテラがあります。終楽章にタランテラを配置するのは弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』の前例があるのですが、その中にリート形式の嘆きの歌が現れます。

 小林さんは冒頭、右手高音のリズム等速いリズムで弾き始め、中間部の上向音が入った箇所の合いの手を経由して再度テーマ変奏の速いリズムに戻りました。終盤はやや曲想が変化して柔らかいメロディが流れましたが、再三冒頭のテーマが繰り返されます。この辺りはシューベルトの冗長とも思える手法で、かなりしつこく繰り返しが出てきます。でも小林さんは、何回も何回も繰出す旋律を表情豊かに弾いていて、高音の音色の何と奇麗なこと、また高音への跳躍音もまた然り、切れの良い演奏を見せて呉れました。

 

③ショパン:24の前奏曲 Op. 28

    実は今回聴きに来たのは、先月28日に都響の定演を聴きに行って、その時ベートーヴェンの4番のコンチェルトをソロ演奏をした小林さんが、アンコールにショパンの前奏曲の一つを弾いたのがきっかけです。と言いますのも、その時は『24の前奏曲』の4番目の曲一つだけでした。それを聴いて、❝ 淡々と静かに弾いていましたが、コンチェルトの4番と番号を揃えたところに茶目っ気を感じました。でも演奏は地味でその良さはこれだけでは伝わらないでしょう。前奏曲はセット演奏が良い。ショパンの理解をするにはアンコール向きとは言えないと思います。❞と記録したものでした。(2022.3.5.付hukkats録『都響944回定期演奏会(大野+小林(愛))』を聴く 参照)

 その後この今回のリサイタルで前奏曲を全部弾く予定であることを知り、急遽チケットを取った次第です。(すぐに売り切れとなった様です。またライヴ配信、ディレイ配信もある模様。)ですから今回は小林さんのこの曲の演奏がお目当てで聴きに来たといっても過言でなく、最初の二曲は気楽に聴きました。 

 さて小林さんは前奏曲24曲を1番から順序よく24番まで弾きますした。6番までは、ゆっくりした曲は短調で、速い激しい曲は長調の傾向があります。しかし7番の曲は、6番に引き続きゆっくりとした曲で、しかも美しい癒し系の曲でしかも30秒程度の短かさということもあって、日本の薬のコマーシャルソングに、採用されている程です。

従って若干の例外を除き、7番からは奇数番号=儚くも美しい長調の曲、偶数番号=激しく悲劇的な短調の曲、といった流れになりました。1~24の小林さんの演奏を概括して記しますと、

1.思っていたより小林さんは、強く速く演奏しました。

2.左手の低音域で最初スタート、加わる右手も低音域。主題はかなりゆっくりと演奏され、不協和音的不安を抱かせるメロディもありました。

3.左手の伴奏は早いテンポで、右手の旋律はかなり強く最後は軽やかな演奏でした。

4.この間小林さんがアンコールで弾いた曲です。その時はつまらなく感じたのですが、今回は自分としてはなかなか気に入った演奏をしてくれました。同じ曲を同じピアニストが弾いて、違った感じを受けるのは、演奏者が異なった弾き方をしたのではなく聴く方がその時の気分で異なって聞こえたのでしょうか?分からない?でも最後の力の入れ様は、先だってと明らかに違う演奏でした。

5.相当な速さで、うねる様に力を入れて途中、かなりの強さで演奏。

6.短調でもそれ程暗くなく綺麗なメロディ。かなりゆっくりと落ち着いて演奏。

 ここの「落ち着き」という事が今回の小林さんのキーワードの一つでしょう。せっかちなところは皆無でした。

7.首を横に振りながら気分良さそうに良く知れ渡ったメロディを弾いていました。

8.相当速いテンポで力強いうねる様な調べで、終盤はffで両手を強打、最後は穏やかな終わりを迎えました。

9.低音部ではじっくりとした旋律、左手はトリル伴奏。最後、バンバンと二回、再度盛り上がりがあり強打で終了しました。

10.コロコロと高音域からの下降音が面白い。

11.非常に短い曲でしたが、速くて小ざっぱりした曲でした。かなり弱い音で演奏。

12.急速に上昇する音階をうねりをもって表現、今度は上昇から下降する速い同様の感触の調べを繰り出しました。

後半、13.からはかなり気に入った曲が多いので、詳述すべきなのですが、時間の関係で好きな曲だけに絞ります。13.の最初の右手の旋律はとても洗練されていると思う。小林さんは僅かに変化をも表現する強弱表情のある演奏をしていました。表現力二重丸ですね。

15.『雨だれ』です。マジョルカ島で嵐の後の雨だれに、ショパンが弾いていた旋律をなぞらえて愛人ジョルジュ・サンドが付けた愛称名だと謂われます。でも最初と最後の穏やかな表現の部分であればその通りでしょうが、中間部の激しい強い曲調の箇所をサンドが聞いて付けたのであれば、まだ嵐は止んでいなかったか、再びかなりの雨が降って来た可能性があるのでは?と思われます。いずれにせよ前奏曲の中では、全体構成も曲のバランスも構成要素も出色の出来の曲だと思います。小林さんはその魅力を十二分に表現していました。

16.相当な強打でスタート、猛烈な速さのせり上がりや、鍵盤上を左右の指が超特急で行き交う様は、如何に訓練された運指と完璧な指使いを小林さんは身に着けているかを見せつける曲でした。ものすごいテクニシャンです。

17.右手の落ち着いた洗練されたメロディも、左手の単純だけれども旋律にマッチした伴奏もショパンならではの旋律で、小林さんはそれを見事に繊細に表現。

19.右手のかなり高音域の明るい旋律は、春の訪ずれの様な暖かさを感じます。何回かの繰り返しも気持ちよく小林さんは表現、最後、高音でチャーンそして低音でバーンで終わるのも、しつこさがなく悪ろくなし。

 ショパンの前奏曲全曲は練習曲的色彩を有していても、全体としては素晴らしい音楽性を持った様々なショパンの素晴らしさを感じ取ることの出来る全集だと思います。さらに全体としての曲内容の整合性、統一性、まとまりがあったら言うことなしだったのでしょうけれど、ジョルジュサンドやその子供たちとの関係も冷えつつあり、病気も重くなりつつある死期に近づいている時期ですから、そこまで求めるのは酷でしょう。翻ってバッハの前奏曲はどうか?バッハは宇宙を作りました。素粒子の「ひも理論」を持ち出すまでもなく、多重次元の宇宙の集まりの幾つかはバッハ(工房という人もいますけれど)が創造したのかも知れない。将に神の様な存在。バッハの「前奏曲とフーガ」はかなり以前に聴いて忘れかけているので、今度機会が有ったら聴いて思い出さなければと思っています。

 なお小林さんの予定曲の演奏終了後、大きな拍手と会場の一部ではスタンディング拍手も起き、大きな(声無き歓声)に答えて、アンコールの演奏が有りました。

 

Ⅰ.ショパン:ワルツ第5番 Op. 42 「大円舞曲」


Ⅱ.ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ Op. 22


Ⅲ.ショパン:ノクターン第20番 嬰ハ短調 「遺作」

 

Ⅰ.は最初からロケット弾の様に飛ぶ勢いで、超音速で進む演奏には ❝魂消げました❞。それがまた新鮮味があって良し。小林さんは、この曲を自分の曲、自分のショパンにしています。この様な演奏は多分後にも先にもきっと無いでしょう。ものすごく会場は興奮気味。

 袖に戻ってはまた登場、挨拶してやおらピアノに向かうと、再度弾き始めました。Ⅱの曲。これは簡単な曲ではないですね。一つの演奏用の大曲です。それを事も無げに小林さんは、アンコールで弾き始めたのです。勢いが有ります。迫力があります。男顔負けの力持ちに見えます。と同時に女性らしい優しい旋律の妙も見せて呉れました。「素晴らしい」といった言葉は、こんな時に使う言葉なのでしょうね、きっと。

 相当の時間をかけてⅡを弾き終わりました。ところが、また弾き始めたのです。Ⅲです。ノックターンは先日牛田さんも弾いたのですが、番号は違う曲でした。その時も素晴らしい演奏でしたが、今日の小林さんの20番は、他の追随を許さないような自身と迫力に満ちていました。

 小林さんの演奏会は、コンクール入賞後の帰国演奏で、昨年12月に藝劇での反田&小林リサイタル、同じく12月に読売613回定演、今年月初めに都響944回定演に聴きに行きましたが、回を追う毎に小林さんは落ち着きを見せ、堂々としてきたと思います。ある種風格まで漂っている。将に旬のピアニストです。

 今日は、《愛実ワールドにようこそ》と大歓迎を受け、ショパンの世界を堪能して皆帰ることが出来たと思います。

 コロナ禍が収束したら日本のみならず、世界に出て活躍の場を広げて下さい。(↞いやもう幼少の砌から世界で活躍されていたのでしたっけね。撤回しま~す。)