《ポール・ルイス -シューベルト ピアノ・ソナタ・シリーズ Ⅱ》
【主催者言】
英国の至宝、ポール・ルイスがヤマハホールに登場!
音楽界での数々輝かしい受賞歴はもちろんのこと、2016年には大英帝国三等勲爵士(CBE)を受賞したポール・ルイス。2024年のいま、彼が取り組むのは、ロンドン、NY、メルボルン、香港をはじめ、全世界約25都市での「シューベルト ピアノ・ソナタシリーズ」。その中から、シューベルト、ピアノソナタ多作の時代の第4番、第9番、そして晩年の第18番から最後のソナタまでを2日間にわたりお届けします。
ポール・ルイスがピアノ・ソナタで辿るシューベルトの軌跡、響き豊かなヤマハホールでぜひご堪能ください。
【日時】2024年09月08日(日)14:00〜
【会場】銀座ヤマハホール
【出演者】ポール・ルイス(ピアノ)
【主催】ヤマハ株式会社ヤマハホール
【曲目】F.シューベルト/
①ピアノ・ソナタ第9番 ロ長調 D.575
(曲について)
シューベルトは、1817年に少なくとも6曲のソナタを手がけていて、第9番はそれらのなかでもっとも充実した作品となっている。同年8 月の作曲で、古典的な形から脱して、独自の道を歩き始めているのが特徴だ。特に緩徐楽章は、20歳の作品とは思えないほど、しみじみとした深い味わいが横溢している。
②ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D.959
(曲について)
1828年9月という日付をもつシューベルトの最後のピアノ・ソナタ第19番0.958、第20番D.959、第21番D.960の3連作は、ペー トーヴェンの死後に書かれた作品で、シューベルトはこの3曲でピアノ・ソナタの創作に別れを告げている。いずれも内省的で深い情 に彩られ、詩情あふれる傑作となっている。
第20番は3曲のなかでもとりわけはなやかで技巧的なソナタ。最後の年の作品のなかでも、特に明るさが顔をのぞかせ、憧憬の表情すら顔を覗かせている。シューベルトを支援し、励まし続けたフンメルのために書かれ、名手の演奏効果をより挙げようと試みた様子が見てとれる。
③ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960
(曲について)
最後の第21番は、シューベルトの全ピアノ・ソナタのなかでも最高傑作といわれる。この自筆画には9月26日という日付が記され、 シューベルトがようやく前年に亡くなったベートーヴェンの影響から抜け出し、真にシューベルトらしさを全開させた作品として多くのビアニストに愛奏されている。
まず、オープニングのおだやかな美しさをただよわせる印象的な主題が聴き手の心をとらえ、瞬時にシューベルト特有の歌の世界へと運 ばれる。次いで高貴で優しさに満ちたトリルが胸に染み込み、第2楽章の神秘的な味わいをもつ歌謡的な世界へといざなわれる。第3 楽章の明朗でかろやかなスケルツォを経て、第4楽章のロンドまで、細細でしっとりとしたリリシズムに包まれ、至福のときをたっぷりと堪能させてくれる。
【演奏の模様】
今回のリサイタルは、ピアノを製造販売している(株)ヤマハのホール主催ですから、ヤマハビアノを使用します。いつも聴くスタンウェイとは違って聞こえる筈です。ポール・ルイスも滅多に使わないピアノでしょうから、どの様なものかとそうした興味も有りました。
三つのソナタを聴いた結論は、一番素晴らしく興味深く聴けたのは、②の19番、D959でした。他の二曲、特に最後の③20番D960は自分としてはこれまでも一番好きな曲で、ポールの演奏はいい演奏でしたが、どういう訳か余り感動しませんでした。①の9番D575は若い時の曲だけあって、生き生きと希望に満ち人生がようようと開ける明るい将来を感じさせるもので、ポールはそれを見事に表現出来ていたと思います。ピアノの音は全体を通して思っていた以上に柔らかく、むしろシューベルト表現には向いている楽器かなとも思いました(ただ初盤で低音域の音をペダルで伸ばした時に、ピアノ張弦の共鳴音に若干のぶれた振動を感じました。一度だけでしたがちょっと気になりました。)ポールのこの曲の演奏は瑞々しくて活力があり、力強い箇所、静かに奏でる箇所など、変化自在の演奏でした。
次の20番D959番の演奏は、圧巻でした。これまで多くの名ピアニストの演奏(例えば、近年だとアンドラーシェ・シフ、河村尚子、内田光子等の生演奏、録音ですとアラウ、ケンプ、ブレンデル、ピリスそして数年前キーシン公演時に購入したものなど)を聴いていますが、いずれも細部では個性が異なるものの、それぞれ大変立派な演奏です。同じ曲を沢山聴いた時、総じてこの曲はこういうものという、あたかも朧月の如く輪郭は明瞭ではないけれど、一つの曲のイメージが頭に形成されます。伝統的なウィーン学派的解釈のブレンデルを輪郭とした場合、キーシンの演奏を除いて輪郭からの摂動はそれ程大きくない。ところが、今回のポールはブレンデルの弟子ですから、将にウィ-ン楽派の輪郭内の演奏を予想していました。ところがいざ蓋を開けてみると、ポールの表現力は‘豊か’等の言葉以上の百面相の様相を呈していました。えーここをこんなにppで弾くの?常識以上の速いテンポ、BMの急発進?強弱のうねりが凄い!などなど驚くべき演奏。それでいていつの間にか上記ウィーン派の輪郭にはキチンと収まっていて、シューベルトらしさを十分堪能させる演奏でした。考えてみれば、これは彼の血に英国リバプールの音楽の空気、ビートルズを引き継ぐ聴衆を熱狂させる何物かが染み込んでいて、その上に墺独で体得したシューベルトの神髄が混血しているからではなかろうか?と思いました。その息使いの発散が、並々ならぬものだったのです。こんな959番は聴いたことないと思われる程の熱演でした。これには演奏後の聴衆の反応は物凄い歓呼と喝采の嵐で応えたのです。シューベルトのリサイタルで大声でブラボーの声が何回も飛び交いしたのを聴くのは初めてです。ポールも舞台上でこの反響の大きさには少し驚いた様子、暫くは興奮した雰囲気は続きました。
《20分の休憩》後は、
一番の大物(と自分では考えている)ソナタ21番D960でしたが、この演奏は総じて将に上記輪郭の内側に存在する演奏でした。勿論それはそれで大変立派なものでしたが、幾分退屈感、ありふれた感がしてきたのです。休憩前の20番の余韻がまだ気持ちに残っていたからかも知れません。20番を聴いて21番はさらにどんな凄いものに成るのだろうと思ったからかも知れません。演奏後は余り感動感しなかった。それでも会場からは大きな反響が起きました。
鳴りやまぬ拍手にポールは何回も袖と舞台を行き来して挨拶していましたが、アンコール演奏は有りませんでした。その後のスケジュールが詰まっていたからでしょう。ヤマハの狭いビルの別階でサイン会があった様なのです。自分も予定があったので、それには参加せず退出しました。それにしてもあんな狭いビル内にヤマハは随分と立派なホールを造ったものですね。
狭いと言っても普通の小ホール並み、二階席まで有る様です。音響も先ず先ずでしょう。あのホールはヤマハのピアノ音が生える様に造ったのかな?それくらいポールの弾くヤマハピアノはシューベルトの曲に馴染んで機能していました。
①ピアノ・ソナタ第9番 ロ長調 D.575
シューベルトのピアノソナタは殆どが四楽章構成。
第 1楽章 Allegro ma non troppo
第 2楽章Andante
第 3楽章 Scherzo allegretto
第 4楽章Allegro gisuto
(参考)
第 1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ロ長調、4/4拍子。リズムに特徴的な性格が見られ、複付点リズム、3連符も現れる。
第 2楽章アンダンテ、ホ長調、3/4拍子、3部形式。おだやかな歌謡主題が印象的。
第 3楽章 スケルツォ、アレグレット、ト長調。トリオはニ長調をとり、旋律的な流れになる。メヌエットと変わりなく舞曲的な楽章
第4楽章アレグロ・ジュスト、ロ長調、3/8拍子、ソナタ形式。シンプルな2つの主題で構成されている。
②ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D.959
第1楽章 Allegro
第2楽章 Andantino
第3楽章 Scherzo,Allegro vivace
第4楽章 Rondo Allegretto
(参考)
1楽章 アレグロ、イ長調、4/4拍子、ソナタ形式。力強い第1主題、弱音の美しい第2主題、幻想的なコーダが特徴である。
第2楽章 アンダンティーノ、嬰ハ短調、3/8拍子、3部形式。哀愁に満ちた旋律が幻想的で劇的な歌を奏でる。 第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ、イ長調、3/4拍子、躍動するリズムが楽しいスケルツォ楽章。
第4楽章 ロンド、アレグレット、イ長調、4/4拍子、歌謡風の主題によるロンド・フィナーレ。長大な終楽章で、第1主題が5回繰り返 され、コーダへと流れ込む。
③ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960
第1楽章 Molt Moderato
第2楽章Andante Sostenuto
第3楽章 Scherzo Allegro Vivache con delicateza
第4楽章 Allegro ma non tropo
(参考)
第1楽章 モルト・モデラート、変ロ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。冒頭からシューベルトならではの平穏な主題が朗々と歌われて いく。やがて低音域に印象的なトリルが登場。テノールやソプラノの声部が静かな歌を歌い、見事な構成の展開部に続き、多種多様な素材を組み合わせた提示部へと続く。
第2楽章アンダンテ・ソステヌート、嬰ハ短調、4分の3拍子、3部形式。シューベルトの書いたもっとも美しい緩徐楽章と称される楽 神秘的で情感にあふれ、ゆったりとした歌が静かに奏でられていく。
第3楽章 スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツァ、変ロ長調、4分の3拍子。ベートーヴェン的なものから完全に 離脱してシューベルト独自の高貴さをただよわせ、デリカテッツァ (デリカシー)あふれるスケルツォとなっている。ほぼ全編に渡り弱奏で奏でられ、繊細な情感が支配しているが、リズムは嬉々とした表情をもつ。
第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッボ、変ロ長調、4分の2拍子、展開部を欠くソナタ形式。540小節もの長大なフィナーレで、 シューベルトらしい長さを誇り、短調で始まる第1主題にも彼ならではの新しさを垣間見せている。主題を幾重にも変容させ ていき、舞曲的要素やロンド的性格をからみ合わせながら最後に一気にテンポを速め、クレシェンドしてクライマックスを築いて幕を閉じる。