
〜読響第148回横浜マチネーシリーズ〜
欧州で目覚ましい活躍を見せて注目を浴びるイギリスの俊英が読響に再登場。 みずみずしい感性で構築された〈巨人〉で、大胆かつ緻密なタクトを展開する。
【日時】2026 2.15(日) 14:00〜
【会場】横浜みなとみらいホール
【管弦楽】読売日本交響楽団
【指揮】ケレム・ハサン
〈Profile〉
1992年英国ロンドン生まれ。スコットランド王立音楽院でピアノと指揮を学び、 スイスのチューリヒ芸術大学などで研鑽を積む。ロンドンで開催されたドナテッラ・ フリック指揮コンクールのファイナリストとして注目を浴び、2017年ネスレ&ザル・ ツブルク音楽祭指揮者コンクールで優勝。巨匠ハイティンクに招かれ、シカゴ響やバイエルン放送響にアシスタントとして同行し、18年にはハイティンクの代役としてロイヤル・コンセルトヘボウ管を指揮して一躍脚光を浴びる。19年にはガッティの代役として同楽団のツアーにも同行した。
19年9月から23年6月までオーストリアのチロル響の首席指揮者を務めた。これまでにロンドン響、バイエルン放送響、ロイヤル・フィル、BBC響、ドレスデン・ フィルなど欧州の楽団に客演。22年夏にはアメリカ・デビューを飾り、ミネソタ管、 デトロイト響、ユタ響にも客演するなど、活躍の場を広げている。オペラ指揮者としてウェールズ・ナショナル・オペラでヴェルディ 〈運命の力〉を、イングリッシュ・ ナショナル・オペラでモーツァルト 〈コジ・ファン・トゥッテ〉を、チロル州立歌劇場でサン=サーンス 〈サムソンとデリラ〉などを指揮していずれも成功に導いたほか、 グラインドボーン音楽祭ではモーツァルト 〈魔笛〉を指揮して好評を博した。読響とは23年6月以来、2度目の共演。
【独奏】中川優芽花(Pf.)
〈Profile〉
フレッシュな感性と深い音楽性を兼ね備えた新星。 2025年10月に出場したショパン国際コンクールの模様がNHKのドキュメンタリー番組で放送され注目を浴びる。01年、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。ロンドンのパーセル音楽学校を経て、現在はヴァイマールのフランツ・リスト音楽大学で研鑽を積む。21年にはクララ・ハスキル国際コンクールで優勝し、聴衆賞なども併せて受賞した。 25年岩谷時子Foundation for Youth受賞。デュッセルドルフ響、ポルト・カーザ・ダ・ムジカ管、 ホーフ響、イエナ・フィルなどとも共演している。マリインスキー国際ピアノ・フェスティヴァル、ヴヴェイ・クラシック・フェスティヴァルなどに出演し、各地で絶賛されるなど、活躍の場を広げている。読響とは23年10月以来、2度目の共演。
【曲目】
①ウンスク・チン『スビト・コン・フォルツァ』
(曲について)
現代を代表する作曲家の一人であるウンスク・チン(陳銀淑)の、ベートーヴェンへの敬意と解釈が詰まった約5-6分の短くもインパクトのある管弦楽曲。
『スビト・コン・フォルツァ』(Subito con forza / 突然、強く)は、ベートーヴェン生誕250年を記念し2020年に作曲されたオーケストラ曲。『コリオラン』序曲の引用から始まり、ベートーヴェンの楽曲断片が散りばめられた、エネルギッシュで現代的な作品。
②ベートーヴェン『ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19』
(曲について)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1770~1827) のピアノ協奏曲第2番の立過程は複雑である。出版順で第2番となったが、第1番よりも前に着想された。
スケッチ帳の研究などから、ボン時代の1786年頃から90年にかけて作曲され(第1稿)、さらに手を加えたものがウィーンに来て2年目の93年に完成(第2稿)、 *94/95年に第3稿、98年に第4稿が作られた。度重なる改訂によって、作品はハイドン(第2稿) やアルブレヒツベルガー (第3稿)のもとでの学習の成果や、 ウィーンでの様々な経験が反映された。そこに青年ベートーヴェンがモーツァルトの影響から脱却し、ピアニストから作曲家へと成長していく姿を重ねることができるだろう。
初演は、1795年3月29日にウィーンのブルク劇場にピアニストとして公開デューした演奏会においてと伝えられてきたが、近年の研究で演奏されたのは第1 であることが確認され、正確な初演年代は不明である。明るくのびのびとした楽だが、動機労作には到達していないものの主題の要素の組み合わせや、巧み頻繁な転調等、すでにベートーヴェンの個性が表れている。
作曲:1786年頃~98年/初演:1795年3月以前/演奏時間:約28分
③マーラー『交響曲第1番 ニ長調〈巨人〉』
(曲について)
マーラーが作曲した最初の交響曲。マーラーの交響曲のなかでは、演奏時間が比較的短いこと、声楽を伴わないこと、曲想が若々しく親しみやすいことなどから、演奏機会や録音がもっとも多い。
1884年から1888年にかけて作曲され、マーラー自身は当初からその書簡などに記しているように交響曲として構想、作曲していたが、初演時には「交響詩」として発表され、交響曲として演奏されるようになったのは1896年の改訂による。「巨人」という副題が知られるが、これは1893年「交響詩」の上演に際して付けられたものの、後にマーラー自身により削除されている。この標題は、マーラーの愛読書であったジャン・パウルの小説『巨人』(Titan)に由来する。この曲の作曲中に歌曲集『さすらう若者の歌』(1885年完成)が生み出されており、同歌曲集の第2曲と第4曲の旋律が交響曲の主題に直接用いられているなど、両者は精神的にも音楽的にも密接な関係がある。マーラーは1889年の初稿(第1稿、ブダペスト稿)が不評だったこともあり1896年、ベルリンでの演奏にあたり、以下の第2稿(ハンブルク稿)から第2楽章<花の章>を削除し、二部構成や標題も取り払い、楽器編成も四管に増強(特にHrn.を4本から7本に増強)して現在の四楽章構成の「交響曲第1番」として演奏したのでした。
〚ハンブルク稿〛
[第1部] 青春の日々から、若さ、結実、苦悩のことなど
第1楽章 春、そして終わることなく
第2楽章 花の章
第3楽章 順風に帆を上げて
[第2部] 人間喜劇
第4楽章 座礁、カロ風の葬送行進曲
カロはフランスの銅版画家ジャック・カロのことで、猟師の死体を獣たちが担ぎ、踊りながら墓地に進むという画がもとになっている。E.T.A.ホフマンの作品『カロ風幻想曲集』にヒントを得たともいう。
第5楽章 地獄から天国へ
【演奏の模様】
このところみなとみらいホールに縁があるのか、二日前には同じ会場の小ホールで、あるピアノコンクールの演奏を聴きに行きました。本来であれば、自分の住まいがある横浜の地元ホールですから、もっと頻繁に足を運べばいいものを、コロナ禍で長期間閉鎖された後の再開後は、コロナ以前の時より格段に足を運ぶ機会が少なくなりました。これには理由があって、修復されたというこの会場構造の問題点(手摺問題等)のみならず、ソフト的にも、運営上のサービス、開催されるコンサートの質等においても自分としてはかなり不満を抱いた事が多々あり、ここ数年専ら東京のホールやミューザにばかり行く事が多くなったのでした。そうは言っても年に何回か聴きたい時にはみなとみらいに足を運びます。何分一番近いというメリットはありますから。今回はマーラーの第1番シンフォニー<巨人>を演奏するということと、ショパンコンクール後、モーツアルトのリサイタルを聴いたことのある中川優芽花さんのベートーヴェンを聴きたい気持ちが有りました。
①ウンスク・チン『スビト・コン・フォルツァ』
◯楽器編成/フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、 打楽器(小太鼓、シンバル、サスペンデッド・シンバル、トライアングル、タンブリン、シロフォン、ヴィブラフオン、マリンバ、鐘、鞭、ギロ、銅鑼、クロテイル、ゴング、ピアノ、二管編成弦五部16型。
この曲はベートーヴェンを記念した委嘱作品とのことですが、コンサートの冒頭にいきなり、ガッチャン、ガラガラ、ブンカブンカと迫力満点と言えばそうなのですが、頭をガツンとぶん殴られる位の大音のショック、衝撃波に迎え入れられ、配布解説には、ベートーヴェンの色んな曲の断片が組み込まれているとの記載はあるのですが、ちっともベートーヴェンに絡んだ曲を聴いた印象は無くて、唯やはりこれは現代音楽だったか!!といった溜息が出ただけでした。
②ベートーヴェン『ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19』
◯楽器編成/フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦楽五部14型、独奏ピアノ
◯全三楽章構成
1楽章 Allegro con brio
2楽章 Adagio
3楽章 Rond molt-Allegro
この曲は、3番4番5番のコンチェルトに比して演奏される機会が少ない曲です。たまたま先日、2月13日(金)の「Blue-T Piano Concerto Competition」で弾いた女性コンテスタント(Eiko Inenaga)がいて、その時は第1楽章のみの演奏だったので、何か物足りなく感じたせいか、帰宅してからアルゲリッチの演奏の録音を全楽章聴きました。
中川さんの演奏は、最初から最後まで運指もかろやか、軽快に曲相を表現しました。しなやかな指、手首であることは一目瞭然。しかしこうした心地良い、処によってはとても気持ち良くなる美しい調べを、煌びやかにと言っても決して派手ではなく品よく響かせていたのですがしかし、結論的に言えば、弱い、ベートーヴェンらしい強さを一貫して感じませんでした。中川さんの演奏は、コンクール終了後、昨年12月9日、東京文化会館小ホールで、モーツァルトの曲オンリーのリサイタルをモーツアルト協会例会のコンサートとして開催したのです。その時の軽やかで、切れ味の良い演奏の延長線上にあるのでは?と思われた今回のベトコン2番、勿論カデンツア他力を籠めて表現された箇所はあるのですが、❝全体的に弱い、軽い、・・❞ 傾向から抜け出ることなく、何か違うなといった違和感を感じました。だってこの曲は上記(曲について)にもある様に、❝青年ベートーヴェンがモーツァルトの影響から脱却した❞記念すべき曲の一つとも謂われ、ベートーヴェンのその後の独自カラーを強める契機になった曲と考えれば、もっともっとベートーヴェン臭さを、打鍵、表現、進行に表せないものかと思いました。それだけの力があるピアニストであることは、そのモーツアルト協会例会の時のアンコールで弾いたラフマニノフ「前奏曲ト短調」の力強い演奏で証明済みです。自分としては❝ユジャ・ワンかマツーエフかと紛う程❞と書いた経緯があります。従ってその下地、力量は十分あるのですから、後はベートーヴェンの表現をさらに探究すれば、中川さんには難なくクリア出来ることではないかと信じます。(ついでに、二人の剛腕ピアニストの名が出ましたが、どちらも6月に来日公演する様です。)
それからもう一点気になったことはオケの指揮進行に関してです。第二楽章の冒頭から、相当ゆっくりと、管弦楽の序奏が鳴り出し、中川さんが、弦楽奏に乗って弾き初めて暫くの間、両者はゆっくり、ゆっくりとした演奏が続きました。勿論二楽章は Adagioの緩徐楽章ですからもともとスローなテンポ進行なのですが、それにしても、ゆっくり過ぎはしない?一楽章の演奏の熱気が冷めてしまわないかと気になる程でした。恐らく指揮者が、抑え押さえ、抑制的に指揮していたのでしょう。
後半、ピアノのしばし休止後の再入箇所からも同様でしたし。さらには、休憩後のマーラー巨人の第1楽章のスタート以降まで、随分とゆっくりした指揮進行でした。
中川さんの演奏が終わると、満員売り切れの会場は、湧きに湧き、中川さんは観衆の歓呼に応えてアンコール演奏を行いました。椅子に座る前に何か話したのですが、良く聞こえなかった。曲名だったと思います。
《アンコール演奏曲》メンデルスゾーン無言歌より作品67-2
(参考)
1.オーケストラが力強く主和音を分散和音で奏し、穏やかな流れの動機が続く。付点のリズムと弱音のレガートの要素を結び付けた1主題が示される。独奏ピアノはモーツァルト風の優美な旋律で登場したあと、 改めて第1主題を提示し、大らかで明るい第2主題とともに展開する 。
2.オーケストラによって示された主題を独奏ピアノが自由に奏していく。音符の細分化や様々な装飾が付加され、表情豊かにする。
3. リズムが弾むロンド主主題の間に二つの新しい主題がはさまれる。いずれも6/8拍子のリズムを攪乱するリズム上の工夫を含む。
《20分の休憩》
③マーラー『交響曲第1番 ニ長調〈巨人〉』
作曲:1884年頃~88年/初演:1889年11月20日、ブダペスト (5楽章版)/演奏時間:約53分
今回は、上記ブタペスト番を改訂した、ハンブルグ版からさらに、四楽章『花の章』を削除して四楽章とした、ベルリン版で演奏されました。
◯楽器編成/フルート4 (ピッコロ持替)、オーボエ4 (イングリッシュ・ホルン持替)、クラリネット3 (バスクラリネット、エスクラリネット持替)、エスクラリネット、ファゴット3 (コントラファゴット持替)、ホルン7、トランペット5、トロンボーン4、チューバ、ティンパニ2、打楽器(大太鼓、シンバル、サスペンデッド・シンバル、トライアングル、銅鑼)、ハープ、四管編成弦五部16型(16-14-10-8-6)
◯全四楽章構成
第1楽章 ゆるやかに、重々しく、自然の響きのように~常にきわめてくつろいで、二長調
第2楽章 力強く運動して、しかし速すぎずに、イ長調
第3楽章 荘重に威厳をもって、ひきずらないように、二短調 4度音程
第4楽章 嵐のように 激動して
今回のコンサートは、最初に短い委嘱作品、次いでピアノ独奏とオケの協奏、そして休憩後に初めて、管弦楽の力量が本格的に発揮出来る可能性大の交響曲、しかもマーラーですから、休憩戻りの舞台の団員の様子には、演奏前から何となく活気が漲っている様に見えました。それにしても、舞台上の楽器群は、壮観ですね。演奏終了後のカーテンコール中の写真を掲載します。

人数を数えると、管・打楽器が40人位に弦楽器が54人、計94人という大所帯です。それにマーラーの交響曲の時には、普通余り使われない楽器、特に変わった打楽器が使われることが往々としてあり、オケを聴く楽しみに見る楽しみが加わります。今回は、エスクラリネット、サスペンデッド・シンバルなど。
前者は、1オクターブ上の高い音が出て、後者は、両手で持ってジャーンと合わせ叩くシンバルでなく、ジャズなどでよく見かけるドラムセットの頂上の金属板のみのものです。両者共マーラーの曲にしては、それ程変わった楽器ではないのは、マーラーが最初に書いた交響曲だからでしょうか?
さて演奏の方ですが、ハサン・読響は、第1楽章冒頭の序奏から、上記した様にゆっくりゆっくりと進行します。この間Ob.(2)とFl.(2)は緩やかに掛け合い、さらにOb.はVn.と微音で寄り添い、下手バンダでTrmp.の音が鳴ると、Ob.とVn.のアンサンブルが、繰り返えされるのでした。すぐに、舞台下手からTrmp.奏者が1名舞台に戻りましたが、首席奏者なのでしょうか?すぐにCl.が、オケの調べを突き破るような強い叫び音(キツツキの鳴き声?)を立てて、一方Hrn.(4)が揃って、ゆったりと音を立てていました。第1楽章から受ける印象は、戸外、それもかなり山奥に入った森の中にいる感じでした。
スタートからのこの楽章、ハサン・読響の演奏は、何かしっくりしない、何処か物足りない印象を抱きました。よく考えてみると、その原因は、管と弦のアンサンブルの融合度が最適なものから程遠かったからではないか?挙句に演奏がゆっくりであればある程それが、目立ってしまったからではなかろうかと思いました。それに楽章終盤で、弦楽の囃し立てるアンサン、Timp.の囃し打と弦楽奏が掛け合い、急速に終了。将にこの囃し立ての急速感が並みでは無く、まるでそれまでの遅奏のつけを返そうとするが如き、猛スピードでした。これでは、楽章内の整合性を毀損します。
第2楽章は、反復を含むジャ-ンジャ、ジャ-ンジャ、ジャジャジャジャーンの規則的リズムで躍動感ある調べが繰り出され、ここの前半では急加速、歯切れの良さを見せました。短い小休止の後、緩やかな第3テーマがしばし奏され、するとHrn.の音と共に再びリズミカルな前半の調べに戻りました。この一定のリズミカルな響きで、マーラーは、一体何を表したかったのでしょう?
第三楽章、見方によっては、スケルツォ楽章と見なす向きもあります。何処かユーモラスな民謡風の調べには、おどけた感じもあります。
どこか懐かしいメロディ、これはマーラーに云わせると、この民謡のパロディ曲により「カロ風」 の風刺とグロテスクな雰囲気が作られるとのこと、これがカノン的に他の楽器に輪転されるのです。先ずFg.で静かにゆっくりと奏され、先の楽章のCl.の鳴き声に似た合の手が、ここではOb.によって、さらにはFl.に輪転し鳴らされ、次はCl.に至りました。でも鳥の鳴き声だとしたら、やはりCl.のややつんざく様な音が最適でしょう。
ハサン・読響の演奏は、立ち上がりから、第2楽章の中頃までは、少なからず、しっくりしないアンサンブルの響きを有していましたが、その後違和感がだんだん少なくなり、この第 3楽章後半では、むしろ聴いていてスムーズに頭に入って来る自然さを有するアンサンブルになっていました。木管の後に続くVn.アンサンブルが美しく奏でられ、変奏が木管と共にVa.でソロ演奏、その後のコンマスのソロ音もいい音。またまた鳴るCl.の鳴き声、何回聴いてもやはりCl.の音が他の木管の鳴き声を凌駕していました?
アタッカで突入した第4楽章、シンバルとTimp.の一撃から開始された全オケの激烈な盛り上がりが、ハサンの全身を大きく動かす指揮の切っ先目掛けて必死に喰らいつく読響の全力を挙げての強奏から迸り出て、その後この長大な楽章では、雰囲気が静音美風の天国の様な冒頭の嵐的暴虐の渦とは対照的な風景が現出され、最終的には、第1楽章の素材が再び用いられてクライマックスを作り上げ、まさに「地獄から天国へ」変転して大きい感動へと流れて終了したのでした。

(参考)
1.長大な序奏は、持続するイ音の響きの間を縫うように、クラリネットとホルンの断片的な音型が登場する。狩りの角笛を思わせるファンファーレが響き、クラリネットによるカッコウの鳴き声のモティーフが現れ、主部の第1主題が導き出される。第1主題は、〈さすらう若人の歌〉の第2曲「朝の野べを歩けば」からの引用。第2主題も同じ旋律の後半から作られた。展開部ではシューベルトを思わせる動機や4本のホルンによる行進曲風の動機が展開し、これらは他の楽章でも変形して現れる。、
2.イ長調 冒頭から低弦が4度下行音程を打ち、軽快なレントラー風の主部が始まる。中間部のワルツ風のトリオは、 華美で甘い旋律に満ちている。
3.二短調 4度音程のティンバニに導かれ、コントラバスが民謡 〈フレール・ジャック〉を短調にした旋律を奏する。マーラーの言うところの「カロ風」 (カロとは17世紀の風刺銅版画家で、 E.T.A. ホフマンの「カロ風幻想曲集」から着想を得た)の風刺とグロテスクな雰囲気が作られ、カノン風に他の楽器に受け渡され、高まっていく。中間部にはくさすらう若人の歌)の第4曲 「いとしき人の青いふたつの瞳」の後半部分が引用される。そこで描かれるのは、愛も苦悩も世間も夢もすべて受け入れる、とした若者の姿である。
4. 長い序奏と大規模なコーダを持つ巨大な終楽章で、第3楽章から切れ目なく爆発的に始まる。序奏と第1主題前半の素材は、第1楽章の展開部の動機に由来する。また展開部は、第1楽章の序奏で始まり、カッコウの4度音程など、第1楽章の素材が再び用いられてクライマックスを作り上げ、まさに「地獄から天国へ」となだれ込む。