昨日は随分風邪が強いなと思っていたらやはり「春一番」が吹いたのですね。花屋さんの店頭も春一色です。
昨日は家人に引き留められたのですが、何んとか説得してサントリーホールに行って来ました。ムターさんの演奏会です。
■出演
ヴァイオリン(Vn):アンネ=ゾフィー・ムター、イェウン・チェ
ヴィオラ(Va):ウラディーミル・バベシコ
チェロ(Vc):ダニエル・ミュラー=ショット
■曲目
①ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 変ホ長調 作品3
②イェルク・ヴィトマン:『スタディー・オン・ベートーヴェン』(弦楽四重奏曲第6番)[日本初演]
③ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 作品74「ハープ」
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ムターは、昔カラヤンに、才能を見込まれてからめきめきと腕を磨きあげ成長してきました。今や世界的に有名なヴァイオリニストの一人と言ってもいいでしょう。昨年12月、斉藤記念オーケストラを小澤征爾が振った時、ベートーヴェンの『ヴァイオリンと管弦楽のためのソナタ「ロマンス」第1番』と『序奏とロンド・カプリッチオーソイ短調』を弾きました。(参考まで、その時聴いた記録を文末に引用しておきます。)
①の弦楽三重曲はVn.(ムター)Va.(ウラディーミル・バベシコ)Vc(ダニエル・ミュラー=ショット)の三人で演奏され、ベートーヴェンはこの形態で7曲程作曲しています。他の形態の曲と比べると非常に少ないと言えます。この原因は詳しくは分かりませんが、一つ考えられることは、三重奏曲はVn Va Vcの三つの楽器で演奏することが多く、一般的に主旋律を弾くVnに対して、VaとVcは伴奏的に弾く場合が多く(勿論例外は沢山ありますが)和声の原則、四声から外れることが関係しているかも知れません。バロック音楽では、トリオソナタが非常に多く作られましたが、これは、三重奏とは違って、高い音程の二つの楽器(例えばVn 2つ、VnとVc、VnとFtなど)と低い音程の通奏低音の楽器(例えば、オルガン、チェンバロ、ハープ、ビオラダガンバなど)からなり、通奏低音で旋律と同時に和音も弾いて、四声の原則を守っていたのです。
さて①についてですが、演奏の冒頭の調べを聞いて、あれっ、違う!前に聴いた曲と。プログラムを再度開いて見たら、何と別の曲が書いてありました。『弦楽三重曲ハ短調ハ短調作品9-3』 曲目変更になったのですね。この曲は7曲ある三重奏曲の内、第1番~第4番まで通し番号が付けられた曲のうち、第4番の曲で約25分の曲です。四つの楽章からなり、第一楽章は、やや憂鬱さを秘めた調べで、ムターの音色はやや暗い思い響きで開始、結構激しい感情のこもった演奏です。第二楽章でゆったりとしているが厚みのある太めのアンサンブルをVc とVaとで形作って行き、Vn の高い音域に音が跳躍する軽やかさも見せて、最終のVn の響きが途絶えると、第三楽章の再び激しく速い舞曲風のメロディをアンサンブルし、Va奏者は上体を前後に揺すりながら、たびたび腰を浮かせて力を込め弾いていました。ムターも一生懸命といった感じで演奏に没頭している様子が窺えた。Vcは時折髪を振り乱して弾くものの、アンサンブル全体の重しとしては、やや弱いかな?やはりVn主導の演奏の感がしました。
次の②の曲は弦楽四重奏で、もう一人の女性Vn奏者が加わりました。作曲したイェルク・ヴィトマンは、元々クラリネット奏者だった人の様です。調べるとお嬢さんがヴァイオリニストなのですね。同じドイツ人同士でムターと親交が深いのでしょう。このベートーヴェンの弦楽四重奏曲第6番を土台に作曲した、ヴィットマンの弦楽四重奏曲をムターに捧げています。それを今回本邦だけでなく世界で初めて演奏した訳です。聴き始めると確かにベートーヴェンの雰囲気が漂う調べでしたが、次第に自分の個性を発揮し出して、現代音楽の風情に変わり最後に又ベートーヴェンの楽譜をかなり参酌したと思われる流れが出て来て、冒頭と最終〆の箇処が、ベートーヴェンを研究した結果の強く表れるところなのでしょう。でもやや冗長かな?両脇の座席は女性でしたが、うたた寝していた様です。正直言って我ながらコックリと眠気を感じた瞬間もありました。演奏後、静かな拍手が湧きました。拍手と言えば、①の第一楽章終了後に数人がパラパラと拍手しましたが、ムターはそちらの方向をキットした顔で一瞥しました。三重奏曲は余りなじみが有りませんし、挙句は曲目変更になったのですから、あの曲を聴いて知っていた人は非常に少ないと思いますよ。
休憩後の演奏曲は③の弦楽四重奏曲第10番、30分もの大曲です。ベートーヴェンが作曲した三重奏曲は少ないですが、四重奏曲は第1番から第16番まで通し番号を振られた曲も含め27曲も作曲しています。この曲に 「ハープ」と名付けられているのはピツィカートを多用しているからです。申し遅れましたが、②の曲でもピツィカートを多用していました。
この③の曲が、冒頭からして一番ベートーヴェンらしくて、第Ⅰ楽章の第1Vnのメロディも綺麗、この日の三曲の中では一番気に入りました。冒頭近くで早やピツィカートが出現、その後、他部のメロディの伴奏的にピツィカートを多用していた。第2楽章は1Vnの独走著しく、ムター本領発揮の感のする楽章でした。スタートのしっとりした1Vnの調べ、他はムターを伴奏的で支える演奏の感じがした。でもVcの1Vnとの掛け合いで思わずうっとりする様な個所も有りました。ピツィカートは目立ちましたが、ハープを僅かにイメージできる程度でした。第2Vnもうまく1Vnに合わせていました。第3楽章は1Vnが激しい勢いで弾き、またところにより、フーガという程ではないですが、Vn⇒Va⇒1Vnとカノンで推移するメロディの面白さも感じられました。終了するとすぐにアタッカで第4楽章が開始、一音一音しっかりと弾き、続いて滑らかにまた次いで激しく主題が繰り出され、ムターさんは合間に右手で譜面をめくったり、また時々右手を脇でブラブラ振る仕草をしていました。手が痛いのかな?最後は全楽器総力挙げての合奏の後チャンチャンチャンと軽くそっけなく終了しました。
全体的にやはり、ムターの力量は超一流と言って良いと思います。テクニカル的にも
音楽性的にも。ただ一つ言えることは、リサイタルでないのだから、三重奏、四重奏なのだから、互いに他と溶け合い、時としては他と対立して自己主張する入り組んだ変化に富んだアンサンブルの妙をもっと発揮して欲しかった。Va、Vc,2Vn が遠慮し過ぎかな?それには、各パートの個人的練習も不可欠でしょうが、3者で、4者で集まって合わせるリハーサル、演奏曲目を合わせこなすことがなされたとは思いますが、いやこの位の名人達になるとぶっつけ本番でも合わせることが出来るのかも知れませんけれど。それにしては譜面は必要なのでしょうか?演奏が終わって鳴りやまぬ拍手に、アンコールはどうしようかと迷うが如く、何回も何回もステージに4人で現われ、結局、ムターが、‘演奏最終曲の第4楽章をもう一度弾きます“との旨を甲高い声で言った後「ハープ」の終楽章をアンコールとして弾いたのでした。これを見て、アンコール曲は最初から用意されていなかった、合奏して演奏できる曲の準備はされていなかったと勘ぐった見方をする人もいないとは限りません。そうではない、先月2月に鎌倉で聴いた徳永さん主役の『ヴィヴァルディの四季』のアンコールの時(2020.02.05付hukkats記事『鎌倉芸術ゾリステン演奏会』参照)の様に、多分本演奏でやや不本意だったので、もう一度やり直してみる、ということと同じ考えからのアンコール選曲、だったのではなかろうかと思いました。
観客席は6~7割の入りでした。1階のS席も1/3くらいは空いて居ました。通常これくらいの大物出場ですとびっしりになる時がほとんどなのですが。五、六日前のポゴレリッチの時は結構満杯に近かったのに。それだけ感染症の影響が出ているのでしょうか?
参考
[2018.12.05ドイツグラモフオン創立120周年Special Gala Concert 小澤征爾/アンネ・ゾフィー・ムター]
小澤征爾指揮、ムターのヴァイオリン演奏他を聴いてきました。そうなのです。あのチケットの取れない「ドイツ・グラモフォン創立120周年Special Gala concert(12.5.19:00~atサントリーホール)」です。なんとかチケットが手に入ったので聴いてきました。開場開始の直後の会場前広場(あの広い広場はムターさんを見出したカラヤンにちなんで、「アーク・カラヤン広場」と言うらしい。そのサントリーホール玄関近く)は一種異様な光景に感じられた。多くの黒ずくめのビジネスマンと覚しき人達で埋め尽くされ、係員に「開場時間から30分ですが、まだ入れないのですか?」と聞くと「もう入れます」とのこと。入場前の観客ではなく、どうも協賛企業が招待した得意先の来場者を待つ接待社員達のようなのです。どおりでチケットが買えなかった訳です。多分チケットの多くが企業にまわり、一般向けの枚数は通常より少なかったのでしょう。中に入るとホワイエでは多くの人達が塊となって談笑していました。やはり普通のコンサートの雰囲気ではない。「祝祭」「お祝い」のムードが一杯。120周年の祝い?小澤さんの快気祝い?大ホールに入ると舞台の回りは、綺麗な植物の鉢で縁取りされ、やはりお祝いムード。二階の左サイド席でしたが、舞台の真横ではなく、斜め前から見下ろす位置で、舞台からの直線距離は割りと近く、よく見えるので思ったより良い席でした。入場したサイトウ・キネン・オケは、弦が総勢五・六十人、管が二十人弱、打楽器はティンパニー一人が主力の構成で、圧倒的に弦が優勢。指揮はディゴ・マテウス、小澤さんは最後のムター演奏曲で指揮しました。第二曲目、チャイコフスキーの交響曲5番は、全体的に大変活気のある(もともと曲自体が活気がある)演奏で、時にはうるさい位の大音響で奏でていた。ティンパニーが力一杯思い切りの良い演奏で大活躍、指揮者は時に飛び跳ねてタクトを振っていた。弦の響きはさすがに良く「弦楽セレナード」の響きを想起させる個所も有り。演奏後指揮者が先ず(圧倒的優勢な弦奏者ではなく)管奏者の近くに歩み寄って一人一人紹介するが如く挨拶させていたのが印象的、思いやりを感じました。
ムターさんはバッハのコンチェルト、ベートーヴェンのロマンス(一番有名な2番でなくて)1番、及びサンサーンスの序奏とロンド・カプリッチオーソの三曲。バッハはややくぐもった音が感じられた。1番のロマンスも綺麗な素敵な曲ですね。十分すぎる表現力でした。サンサーンスで初めて小澤さんが登場、病状に伏して一時回復後腰痛等で演奏をキャンセルと聞いていましたが、それ以来の再登板。ムターさんと手を取り合って登場し、かなり痩せられて気のせいか顔色が若干悪く感じられたのですが、ムターの、小澤さんの方を見ながら曲を奉げるが如き演奏の要所、要所は、力をふり絞ってタクトを振っていた。この日最高の演奏と思われました。演奏後は顔色も良くなり器楽奏者におどけた仕草をしたり、音楽に力を貰うお手本を見る思いでした。観客は総立ち、客席からは割れんばかりの大拍手と大きな歓声が上がり、小澤さんは何回も何回も退席してはまた舞台に戻り、観客の声援に答えて挨拶を繰り返しておられました。これまでの大業績を考えると本当に涙が出る程の感激でした。お疲れ様、有難う御座いました。さらに元気を回復され素晴らしい演奏をされることを祈ります。
なお、演奏会の休憩後の後半、天皇・皇后両陛下がお見えになられ、最後の観客のスタンディングオベーションの時は両陛下もずっとお立ちになって拍手されておられました。終演後、腕を取り合われながら退席される時に再び大きな拍手が鳴り響きました。平成の戦争のない平和な御代を象徴されるお二人への感謝の拍手とも思われました。とにかく素晴らしいコンサートでした。