6月5日(日)から、アトリウム弦楽四重奏団の『ベートーヴェン・サイクル』演奏会が始まりました。その第一陣のプログラムは以下に示した通りです。
【公演】アトリウム弦楽四重奏団『ベートーヴェン・サイクルⅠ』
【日時】2022.6.5.(日)14:00~
【会場】サントリーH・ブルーローズ
【出演】アトリウム弦楽四重奏団
<メンバー>
〇ニキータ・ボリソグレブスキー(Nikita Boriso-Glebsky)
1.ヴァイオリン
〇アントン・イリューニン (Anton Ilyunin)
2.ヴァイオリン
〇ドミトリー・ピツルコ ( Dmitry Pitulko)
ヴィオラ
〇アンナ・ゴレロヴァ
( Anna Gorelova )
チェロ
【Profile】
結成から20年経過したロシアの弦楽四重奏団です(メンバーの一部は入代わりあり)。一昨年CMGでの演奏予定が、コロナで中止となり、今回もコロナと戦争のダブルパンチで、またまた中止かなと思っていましたが、無事来日出来たことは、慶賀の至りです。
【演奏曲目】
①ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第3番ニ長調作品18-3』
②ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135』
③ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第7番ヘ長調作品59-1「ラズモスキー第1番」』
【演奏の模様】
①ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第3番ニ長調作品18-3』
1番から16番まであるベートーヴェンの弦楽四重奏曲のうちで1798年に作曲されたものです。ベートーヴェンが28歳の若い時、一番先に作曲したものと考えられています。
登壇したのは、男性三人、女性一人のメンバーでした。皆さん若く見えると言っても、中年にさしかかっているのでしょう。女性は、真っ赤なドレスを着ていて、男性の内二人は真っ赤なソックスを靴のとズボンの間から覗かせています。ロシアから来たということを暗に示しているのでしょうか?
第1楽章 allegro
第2楽章 Andante con moto
第3楽章 Allegro
第4楽章 Presto
演奏が始まっての第一声は、四人ともこなれた出音です。第1楽章の冒頭の主題はベートーヴェンらしいメロディでとてもいいですね。アンサンブルは最初からかなり力を入れて演奏している感じ。ただVc.がやや弱くてズッシリした重しにはなっていない。1Vn.が高音を綺麗に出してアンサンブルを牽引しています。 二楽章の冒頭からの主題旋律もつい口ずさみたくなる様ないい調べですね。主題は何回か楽器間を渡り歩いて変奏を重ねこの曲の楽章では一番ゆったりしたAndanteでの歩を進めます。四人の演奏者は若さと張り切りもあるのか、かなり速い足取りで進み終えました。三楽章はあっという間に終わり、ここはスケルツォです。
終楽章ではベートーヴェンの上り坂の作品らしさがよく表現出来ているエネルギッシュな演奏でした。Vcもこの辺りでは溶け込んで存在感が出ていました。
②ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135』
ベートーヴェン後期の最後の作品群の一つです。第12番~第16番までの五つの弦楽四重奏曲を指す場合が多く、これ等はベートーヴェンの作曲人生の集大成の作品と言うことが出来ます。作曲順だと12番、15番、13番が三点セットで1825年に作曲、14番と16番は彼の死の直前の年、1826年に書かれました。
ここで演奏されたのは最後の最後の曲、16番です。
第1楽章 Allegretto
VcとVaが低音で速い一音を出すと、1Vn. 2Vnがそれを受け類似音で答え、1Vnが続いて速いテンポの低音旋律で牽引し始めました。一貫して1Vnが主導する楽章でした。
第2楽章 Vivace
ベートーヴェンはここにスケルツォを配し、ジャチャ ジャチャ ジャチャ ジャチャと独特なリズムと旋律で何回か繰り返し、相当の力を込めた繰返しの後と最後の繰返しのあと静かにこの楽章は閉じられました。
第3楽章 Lento assai, cantante e tranquillo
最初ゆっくりした低音で1Vnがしっとりとロマンティックな主題を弾き続け、その後変奏を同じテンポで繰り返しましたが、このカルテット、もう少ししんみりと弾けないものかと思ったほど、力が入った若々しい出音とアンサンブルでした。とても死に瀕している雰囲気は感じられません。
第4楽章 ❝Der schwer gefaßte Entschluß"❞ Grave — Allegro — Grave ma non troppo tratto — Allegro
最終楽章の楽譜には、イタリア語の速度記号の前に、独語で❝つらい覚悟している決心❞と言った趣旨の語句があり、またこの章の緩やかな導入部の和音の下に、❝Muss es sein?(かくあらねばならぬか?)❞との記入、またより速い第1主題には、❝Es muss sein!(かくあるべし)❞ 等の書きこみもあり、死の5か月前の死を予感しながら曲を作っていた状況が目に浮かびます。
アトリウム奏団はこの楽章の冒頭は短い非常に悲しげなアンサンブルの前奏を奏でますが、すぐに急展開して華やかな速いテンポの調べとなりました。どこまでも明るく幸福そうな調べと、時として現れる打ち沈む箇所が錯綜し、残り少ない人生を惜しみながらも、孤独感を打ち消すかのように、ピチカートで諧謔的な調子で終曲しました。この辺りの表現は良かった。
③ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第7番ヘ長調作品59-1<ラズモスキー第1番>』
結論的に記すれば、今日の三つの曲の演奏でこのラズモスキー1番が最高の出来だったと思いました。
この曲は ロシアのラズモスキー伯爵(ウィーン大使)の依頼で作曲た作品で、合計三曲あるうちの一曲目です。四楽章構成になっています。
第1楽章 Allegro
第2楽章 Allegretto vivace e sempre scherzando
第3楽章 Adagio molto e mesto – attaca
第4楽章 Theme Russe, Allegro
印象深いのは一楽章からVcが相当活躍していたこと、随分長い楽章だと思いました。第二楽章でもVcがあたかも打楽器かの様な奏法等印象的で、また間の取り方が絶妙な個所があったこと、第三楽章の1Vnの速いテンポのカデンツァからそのまま第四楽章に突入する曲構成の妙が感じられたなど印象に残りました。
ラズモフスキー1番が一番印象的だった要因を考えると、一つにはこの曲自体の持つ構成およびハーモニーの秀超性にあること。又アトリウムの皆さん二曲の演奏を終え、休憩も取って十分アンサンブルの感覚が研ぎ澄まされてきた段階での演奏だったことがあると思います。
尚、アンコール演奏が一曲ありました。
ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第1番』より第4楽章
また今日の演奏全体を俯瞰すると、テクニカルな面では完成度の高い演奏でした。比較的若いメンバーが故なのか?気負いが大きかったのか?力づくでねじ伏せようとする演奏傾向が感じられました。スーッと力を抜くアンサンブルの妙をもう少し見たい気がします。
ところで話題は変わりますが、
気象庁の発表によれば、6月6日(=芒種の日)月曜日は、関東地方で梅雨入りした模様とのことした。予想されていた6月12日より一週間近く早い梅雨入りです。田に水を一杯張り、田植えが進むことが期待されます。少し気温が低めなのは気になりますけれど。