【日時】2024.11.26.19:00~
【会場】サントリーホール
【管弦楽】バイエルン放送交響楽団
【指揮】サー・サイモン・ラトル(バイエルン放送交響楽団 首席指揮者)Sir Simon Rattle, Chief conductor
〈Profile〉
納得のカリスマ性、実験することへの愛、現代音楽への献身的な取り組み、社 会的・教育的な事柄への多大なる関与、そして真摯な芸術性、これらすべてが、 リヴァプール出身のサイモン・ラトルを、現代で最も魅力的な指揮者の一人にし ている。
2023/2024シーズンよりバイエルン放送交響楽団及び合唱団の新しい首席指 揮者に就任したサイモン・ラトルはバーミンガム市交響楽団時代(1980-1998年) に同楽団を世界的な名声へと導き、自身も国際的に高い評価を獲得した。2002 年から2018年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、2017年か ら2023年までロンドン交響楽団の音楽監督を務めながら、ウィーン・フィルハーモ ニー管弦楽団をはじめとする世界の一流オーケストラにも定期的に客演するなど 長年の関係を保持している。
これまでにバイエルン放送交響楽団と録音した、リヒャルト・ワーグナー: ≪ラ インの黄金≫、≪ワルキューレ≫、≪ジークフリート≫、マーラー: 「大地の歌」そし て「交響曲第9番」は、ディアパソン・ドール賞、スーパーソニック・ピッツィカート賞、 そしてグラモフォン誌のエディターズ・チョイスに選出され、高い評価を得ている。
【独奏】
チョ・ソンジン(ピアノ)
(Profile)
1994年ソウル生まれ。6歳でピアノを始め、11歳で初めてリサイタルを行 う。2009年浜松国際ピアノコンクール最年少優勝。2011年チャイコフスキー 国際コンクール第3位入賞。2012-15年にパリ音楽院でミシェル・ベロフに学 ぶ。2015年第17回ショパン国際ピアノコンクール優勝。翌年にドイツ・グラモ フォンと専属契約締結。2023年サムスン湖巖賞受賞。これまでベルリン・ フィル、ウィーン・フィル等世界有数の楽団と多数共演。指揮者ではネルソン ス、ラトル等と定期的に共演を重ねている。今シーズンはモーツァルテウム管 とのザルツブルク音楽祭へのデビューや、BBCプロムス、カーネギーホー ルへの再出演など多くの公演を予定する。圧倒的な才能と生来の音楽性を 持ち、同世代の最も優れた才能を持つひとりとして名を成している。
【曲目】ブラームス:
①ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op. 83
(曲について)
ヨハネス・ブラームス (1833-97)の残した2曲のピアノ協奏曲は、どちらも 高度な技巧が要求されるピアノ独奏と雄弁な管弦楽とが緊密に結び付いた 大作だが、若い時の第1番が青年期特有の情熱を吐露した疾風怒濤的な曲 であるのに対し、1881年に完成された本日の第2番はいかにも円熟期の所 産らしく、堂々とした重厚な作風を示している。一方でそうした重厚さの中にし ばしば南国的な明るさが窺われるのは、作品の最初の構想がなされた1878 年のイタリア旅行が関係しているともいわれる。
特徴的なのは協奏曲でありながら交響曲風の4楽章構成をとっている点 で、そのためしばしば“ピアノ独奏付きの交響曲”とも呼ばれている。楽章構成 ばかりでなく、楽章間の動機的関連性や全体の綿密な論理性の点でも交響 曲を思わせるものがある。その一方、第3楽章におけるチェロ独奏を導入した 室内楽風の書法も注目される。もちろん協奏曲らしく独奏の名技性も追求さ れており、実際ピアノの技巧面でこの作品は古今のピアノ協奏曲における屈 指の難曲として知られている。
②ブラームス『交響曲第2番ニ長調 Op.73』
(曲について)
よく知られているようにブラームスは最初の交響曲を生み出すのに約20年 もの歳月をかけた。ベートーヴェンの交響曲ジャンルでの偉業を強く意識して いたことで、初めての交響曲の作曲には慎重になってしまったのだった。しか しひとたび交響曲第1番を1876年に完成させると、肩の荷がおりたかのように翌年6月に南オーストリアの避暑地ベルチャッハで次の交響曲第2番に着手、秋には早くもそれを完成させる。作風の点でもこの第2番は、厳しいまでの緊迫感に満ちた第1番とは対照的に、あたかもふっきれた心を表すかのような 明るさを示すとともに、ペルチャッハの自然を喚起させる穏やかな叙情に満ち ている。そのためもあってこの作品はしばしばブラームスの「田園交響曲」とも 呼ばれてきた。しかしその明るさの中には、時に孤独な寂しさを示すような暗 い陰りや悲劇的な感情も織り込まれ、それがこの作品にロマン的な奥行きを 与えている。こうした伸びやかな特質の一方、全体は緻密な論理的書法で構築されて おり、とりわけ第1楽章冒頭で低音に示されるD [二] - Cis [嬰ハ] -Dの動機 は作品を統一する基本動機となっている。主題の展開の仕方も徹底しており、 細部に至るまで隙のない造形がなされている点がブラームスらしい。
出版に際し、出版社に「堪えがたいほどに悲痛な作品である」と逆説的な表現で(一種のブラックユーモアで)伝え、さらには「楽譜は葬式の黒枠を入れて印刷して欲しい」とまで申し出たという。
【演奏の模様】
今回は早々とチケット売り切れ、当日の席の入りも超満員、空席を見付けるのが難しい程の大盛況でした。海外の欧米人と思しき人達も見かけましたが、それ以上に韓国からの聴衆が多く見受けられました。自分の席は一階後方でしたが、左隣の若い女性二人が韓国語で喋っていました。何と言っても韓国のホ-プとも言えるピアニストの出演ですから、多くの同朋人が駆けつけるのも、むべなるかなと思いました。
①ブラームス『ピアノ協奏曲第2番』
〇楽器編成:独奏ピアノ、フルート2(ピッコロ持ち替え1)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2(第2楽章まで)、ティンパニ1対(第2楽章まで)、弦五部
〇全四楽章構成
第1楽章Allegro non troppo
第2楽章Allegro appassionato
第3楽章Andante
第4楽章Allegretto grazioso-un poco piu presto
約50分(各凡そ18分、9分、14分、9分)
今回の演奏会の前々日にミューザで、ラトル・バイエルン響下、ソンジン弾くベトコン2番を聴きました。その時の(演奏の模様)に記しました。その一部を抜粋しますと
❝今回のベトコン2の演奏では、もっともっと強打健で迫力ある力を漲らせた演奏が必要な箇所も複数あるからでした。第1楽章のカデンツァ部など。例えば働き盛りのアルゲリッチの演奏他(Beethoven - Piano Concerto no.2 Bb op.19 - Argerich M.,Mahler CO,Abbado C. - June 2000 - Ferrara これが完全な演奏とは必ずしも思いませんが。)の様な荒々しさも残る強い演奏❞
更には❝自分として言いたいことは、速いパッセジをもう少し歯切れ良く耳に届いたらいいナーと妄想しただけなのです。❞ と。
今回のブラームスのピアノコンチェルトを聴いて、以上前回記した疑問点はすべて解決・クリアされていた事には少なからず、驚きましました。
このブラームスの2番という曲自体が、相当の力仕事を要し、しかも高度な技術力も必要とする曲だったのです。これまでピアニストの生演奏としては殆ど1番を演奏するケースが多く、今年は5月にルイージ指揮N響をバックにしてブッフビンダーが弾いたのを聴きました。この2番を演奏するピアニストはそう多くはなく、生で聴いたのは最近では一昨年の河村尚子さんが「サントリー音楽賞受賞コンサート」で弾いたのを聴きました。河村さんの男勝りの強い打鍵、腕力には驚きました。こうしたブラームスの超難曲とも言える2番を、今回、ソンジンはいとも(見た様子では)簡単に弾きこなしてしまったのでした。曲を演奏する半分以上のケースで腰を浮かして腕を振り下げる様子が見られ、彼が一昨日のベトコンの時よりも如何に力の限りキーを叩いていたかが分かります。殆ど大打撃・ハンマーを受けたクラビアは演奏後は(勿論ピアノ線の調弦ずれという)ダメージを相当受けたのではなかろうか?と思いました。それ程彼の力強い演奏を見て、聞いて、一昨日の疑念は完全に消え去りました。それは、手加減なくオーケストラの演奏曲としての曲作りに邁進したラトル指揮下のバイエルン放送響の激しいアンサンブルにも互角に対峙したこのピアニストの精神力の強さがあって、この様な手に汗握る素晴らしい演奏が可能になったのだろうなと、只々、敬服するのみでした。
又弱奏演奏でも、一昨日に負けない位甘美なブラームス特有の旋律を、十二分に美しく心に響く演奏をしていました。例えば第三楽章のAndante。首席Vc.奏者の調ベに続くPf.演奏はとても素晴らしいものでした。ソンジンは強弱交えて丹念に旋律を紡いで行きました。音も非常にクリアです。同楽章終盤での弦楽アンサンブルに合わせたゆっくりした箇所では、気持ちを込めて弾いていたし、それに続くVcソロに合の手を入れるPf.のコロコロという、珠を転がす様な音、こうした場面は天上の花園が相応しいのでしょう。速いパッセジでの音一つ一つも十分に粒ぞろいで、クリアに聞えました。
以上の様に、今回のピアノ演奏は、誰にもつけ入るスキのない「見事な演奏」と言うありふれた言葉では表現しきれない程の物でした。
演奏後何回も拍手歓声に舞台の呼び戻されたピアニストは、アンコール演奏を始めました。
《アンコール曲》
シューマン『幻想小曲集作品12-3〈なぜ〉』
②ブラームス『交響曲第2番ニ長調 Op.73』
〇楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ一対、弦五部16型(16-14-14-10-8)
〇全四楽章構成
第1楽章Allegro non toroppo
第2楽章Adagio non toroppo
第3楽章Allegro grazioso
第4楽章Allegro con spirito
(演奏時間50分弱)
全体的にみて、何と美しく流麗な曲なのでしょう。何回聴いてもその甘美さに酔ってしまいます。自分としてはこれまでブラームスの1番が聴く機会も多く、その圧倒的オーケストレーションのダイナミックさに酔いしれて来ました。しかしその酔いは、例えれば、1番はドライマティーニを飲した時の様な豪快な気分となり、それに対しこの2番では、仏ブルゴーニュプティ・シャブリを飲した時の様なフルーティな優しさに触れた爽やかな酔い、映画の中(2番でなく3番の曲が流れるのですが)のバーグマンの熟成した色香まで夢想しそう。しかもこの2番は単に美しいだけでなく、ブラームスらしい底力のある太いマッスルな調べに裏打ちされた美の構造を、ラトル・バイエルン響は、解析的につまびらかにしていったのでした。第1楽章の冒頭からして、Hrn.に続くVn.アンサンブルに合の手を入れる金管群、その後のVn.アンサンブルのしなやかさ、Vc.のシックな下支え、かなりの強奏に転じても高音弦と低音弦の力一杯の掛け合いの妙、Cl.首席奏者はホリガー張りの力強いいい音色でソロ色をリズミカルに立てていました。終盤、弦楽の弱奏の上に、Hrn.(1)→Hrn.(2)の落ち着いた調べが続いた後 Ob.とFl.→ Hrn. → Fl. ∔ Ob. →Pizzicato→Hrn. と推移し、静かにタクトを降ろすラトルでした。
第2楽章もこれまた、冒頭のVc.アンサンブルからして美しいしっとりとした始まりで、ラトル・バイエルン響は10台の Vc.アンサンブルにしてはずっしり感よりも流麗な感じを前面に出していたと思われます。続くHrn.とOb.の掛け合いも楽しといった様子。 この楽章でも、Ob.の活躍が目立っていました。冴え冴えと吹く、年配の首席奏者の繰り出す音は、音量も十分で木管楽器だという原点にたち帰る発音でした。
Va.のアンサンブルもこれまた美しく、管弦の穏やかに明快な雰囲気で推移するのでした。終盤の強奏部でもこれでもかこれでもかといった風な自己主張はしない指揮指導ではなかろうかと思われました。
第3楽章では冒頭からOb.のソロ音がゆっくりと、低音域で鳴り響き、続くCl.奏、Fg.奏など次々に木管のリレー的な掛け合いに推移、これ等が再度リピートされると、突如弦が速い動きのキザミ弱奏でスパートをかけました。仲々展開が速いテンポで推移するユーモラスな木管の響きもあって、スケルツォ的なのでしょうか?でも舞曲ではなさそう。若し踊るとしたら腰に両手をかけてゆっくりと舞い、次いで速いテンポに合わせて二つの脚を時間差で跳びあげクロスする様な踊りを想像してしまいます。こうしたテーマ旋律は何回か繰り返えされました。後半は曲相が変わり速いテンポの弦楽奏となるも、弦がOb.が冒頭で響かせたあのテーマ旋律を弾き、一連の流れをひとしきり弾き終ると又冒頭のテーマソングを謳う様にOb.が繰り返し、弦楽の弱奏が引き取って閉じるのでした。
次の4楽章には、ラトルは一呼吸置いてからアッタカ的に入って行ったと思います。Vn.アンサンブルと木管が弱奏の助走(奏)で足踏みしていたかと思うや、突如ラトル・バイエルン響は、一斉にスパートこれまでで一番力を込める大きな音を立てました。この部分は相当にエモウショナルでパッシヴな攻撃性を感じるブラームスの別な側面が発揮されたのだと思います。しかしそれもすぐにシュリンクし、今度は弦楽奏そして木管奏として、3楽章のあのOb.のテーマをゆるやかなテンポに変奏したのでは?と思われる調べを繰り出すのでした。結構長いこの楽章(最長の1楽章約20分の次に長い、12分)、かなりの強奏部分も有りましたが、その間に差し込まれているのは総じて美しいおだやかな弱奏でした。
ブラームスは、20年間も考えに考え抜き、やっとの思いで書き上げた9番の交響曲を世に出して「ホッ」としたのでしょう、きっと。相次いで世に出したこの2番のシンフォニーは、迸るブラースムスの喜びに満ち満ちています。どッと堰を切った様に次々と沢山の交響曲を書いて貰いたかった気もしますが、この後は二曲(3番、4番)のみだったのですね。4番を世に出したのが1885年、亡くなったのが1897年ですから、12年間あったのです。ブラームスにとっては他に優先して書きたかった分野があったのでしょう、きっと。
以上の全楽章を聴いて非常に印象的だったのが、冒頭に記した「甘美さ」であります。今回の演奏会は①のコンチェルトのチョ・ソンジン美に酔い、②のブラームス美を堪能させてくれたラトル・バイエルン響に酔いしれた夜でした。
演奏が終わって、ゆっくりタクトを降ろしたラトル、会場は興奮の渦に湧きたちました。しかも各パートの奏者を湛えた後、鳴りやまぬ拍手に再三登壇したラトルは、日本語で❝ブラームスの・・・(聞き取れず)曲を演奏します❞とマイク無しで言うとすぐにオーケストラの演奏を始めました。
《アンコール曲》ブラームス『ハンガリー舞曲第3番ヘ長調』
ソロカーテンコール