
【日 時】2025.7.24.(木)19:00〜
【管弦楽】東京都交響楽団
【指揮】アラン・ギルバート
【曲目】
①ブラームス『交響曲第3番ヘ長調 op.90』
(曲について)
ヨハネス・ブラームス(1833~97)は毎年夏のシーズンには避暑地に赴いて作曲に没頭することを常としていた。50歳を迎えてほどない1883年の夏に訪れたのはドイツ中部のライン川沿いの保養地ヴィースバーデンだった。後期の円熟期に入りつつあった彼は、この地で交響曲第3番の作曲に励む。ヴィースバーデンの美しい自然と親しい人々に囲まれるという絶好の環境のもとで彼は創作に打ち込み、ウィーンに戻った10月にそれを完成させた。この交響曲に窺える力強さと暖かい親密さはそうした避暑地での生活の反映ともいえよう。その一方でこの作品には、人生の黄昏を予感させるような寂しさや諦観も漂っている。そのような逞しさ、暖かさ、孤独感が交錯したどこか割り切れない複雑な感情の表現にこの交響曲の魅力がある。
ところで彼がこの年ヴィースバーデンを避暑地に選んだのには理由があった。同年の早春彼はヘルミーネ・シュピース(1857~93)というまだ20代の歌手志望の娘と知り合い惚れ込んでしまったのだが、そのシュピースの家がヴィースバーデンにあったのである。そして夏の避暑中ブラームスは、周囲から2人が結婚するのではという噂が立つほどに彼女と仲睦まじく付きあったのである。しかし歳の差24という現実を前にこの恋は実らずに終わる。第3交響曲に窺える諦観したような孤独感はそうした背景も関わっているのかもしれない。
この作品の基本楽想となるのは曲冒頭の「F-As-F(ヘ-変イ-へ)」という上行のモットー動機だが、作品の主調がヘ長調でありながら、ここでヘ長調本来のA音でなくヘ短調に属するAs音を使っている点にこの作品の根底にある錯綜した感情が象徴されているようだ。この動機は「Frei aber froh(自由にしかし楽しく)」という意味を音名で示したものといわれているが、そうだとしてもそれは開放的な自由や底抜けな楽しさではなく、諦観した境地での自由、達観した楽しさである。
もうひとつこの交響曲の本質的な性格を端的に表しているのが曲の終結のあり方である。ヘ短調の劇的な終楽章がコーダに至って明るいヘ長調を確立するのだが、そこではもはやそれまでの勢いは失せ、第1楽章を静かに回想して曲を閉じるのだ。暗と明の間を揺れ動きつつ最後は静かな諦観に至るという全曲の構図は、闘争を経て勝利に至る交響曲第1番や、終楽章ですべての不安を吹き払う交響曲第2番のあり方とは対照的で、内省志向を深めていく後期のブラームスの傾向を示したものということができよう。(寺西基之)
②ブラームス『交響曲第4番』
(曲について)
第3交響曲完成の翌年1884年から1885年にかけてヨハネス・ブラームスが作曲した最後の交響曲。第2楽章でフリギア旋法を用い、終楽章にはバロック時代の変奏曲形式であるシャコンヌを用いるなど、擬古的な手法を多用している。このことから、発表当初から晦渋さや技法が複雑すぎることなどが批判的に指摘されたが、現在では、古い様式に独創性とロマン性を盛り込んだ、円熟した作品としての評価がなされており、4曲の交響曲の中でも、ブラームスらしさという点では筆頭に挙げられる曲である。同主長調で明るく終わる第1番とは対照的に、短調で始まり短調で終わる構成となっているが、これは弦楽四重奏曲第1番、第2番やシェーンベルクが管弦楽に編曲しているピアノ四重奏曲第1番など、ブラームスの室内楽曲では以前から見られる構成である。ブラームス自身は「自作で一番好きな曲」「最高傑作」と述べている。演奏時間約40分。
【演奏の模様】
今回のギルバート・都響ブラームス交響曲サイクルの後半、3番4番は都合上聞きに行けないと思っていました。しかし他事は7/23までに片が付き、7/24は聴きに行ける可能性が出たのでした。でもチケットは買っておらず、売り切れかも知れないと思いつつ都響WEBを見たところ、当日券を売り出すとのことでした。運が良かった。結果、聴きに行けたのです。
①ブラームス『交響曲第3番』
〇楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット(1,4楽章)、ホルン4(3rdと4thは1,4楽章)、トランペット2(1,4楽章)、トロンボーン3(1,2,4楽章)、ティンパニ(1,4楽章)、二管編成弦五部14型(14-12-10-8-6)。
〇全四楽章構成
第1楽章 Allegro con brio
第2楽章 Andante
第3楽章 Poco allegretto
第4楽章 Allegro - Un poco sostenuto
第1楽章は、モットー動機(hukkats注1.)に始まる緊密な書法によるソナタ形式楽章です。その後ダイナミックに展開していくのですが、最後は静かな終結に至ります。
(hukkats注1.)
ブラームスの音楽における「モットー」とは、特定の音型や旋律を指し、作品全体を特徴づける重要な要素である。ブラームスは、交響曲第3番で、冒頭の管楽器により示されるF-A♭-F(へ-変イ-へ)の音型をモットーとして使用した。このモットーは、第1楽章全体を支配し、他の楽章にも現われ、作品全体の性格を決定づけている。
緩徐楽章の第2楽章でも、Cl.は心地良さそうにソロ音を度々出しており、暖かい穏やかな表情を持った美しい雰囲気は弦楽アンサンブル+管(主として木管)を通して醸しだされていました。ブラームスは、Cl.に愛着があったのでしょうか?Fg.も木管たちの演奏の時は同時に吹いている様子でしたが、その音は殆ど目立たたず、地味な存在に徹していました。深みのある中間部の演奏を経由して最後まであくまで穏やかに流すギルバート・都響の調べでした。
次の第3楽章ポーコ・アレグレットでは、Vc.アンサンブルに依る哀愁を帯びた主題からの有名な楽章が始まりました。最近の異常な暑さの日中を遠路わざわざ上野まで足を運んだのも、特にこの楽章を生で聞きたかったことが一因です。何で有名なのかは言うまでも無くご案内の様に、以下の(hukkats注2.)に示した映画、イングリッド・バーグマンが主演した映画の、バックグラウンドミュージックとして使われたテーマ音楽だったからでした。昔見たこの映画では、第3楽章の調べが、バーグマンの憂愁を帯びた困りはてた表情をさらに美しく陰らせ、忘れられない場面となりました。映画の基と本は、『悲しみよこんにちは』で超有名なフランスの女流作家フランソワーズ・サガンです。ストーリーとしては今考えてみてもそれ程大したものとは思われませんが、バーグマンのみならず、アンソニー・パーキンス、イヴ・モンタンの名演が絡み合いより一層バーグマンを輝かせていました。
(hukkats注2.)
『さよならをもう一度、ブラームスはお好き?』(原題:英: Goodbye Again、仏: Aimez-vous Brahms?)は、1961年のフランス・アメリカ合作映画。フランスの作家フランソワーズ・サガンの小説『ブラームスはお好き』(Aimez-vous Brahms? )を映画化した。初公開は1961年6月29日。日本での公開は10月25日。ブラームスの交響曲第3番第3楽章(ポコ・アレグレット)の甘美なメロディが様々にアレンジされ、各場面で効果的に使われている。
〈主な出演者〉
イングリッド・バーグマン
イヴ・モンタン
アンソニー・パーキンス
〈映画で流れる曲〉
オケ演奏会場面:ブラームスの1番4楽章、同3番3楽章の一部
ナイトクラブの場面:同3番3楽章のサックス奏、ダイアン・キャロㇽの歌
レストランの舞踏の場面:第3番3楽章のVn.奏 他ピアノ演奏等多数。
今回のギルバート・都響のVc.部門の3楽章冒頭の演奏は、やや速目の展開に思えましたが、そのズッシリした重みのあるアンサンブルには心が洗われる思いでした。続いて1Vn.アンサンに引き継ぎさらに木管群にフガート、さらには少し経ってHrn.によるテーマ奏、これは前半やや焦りが見えたというか吹き急ぎの不安定さが有りましたけれど後半はOK、⇒Ob.の美しいテーマ奏、最後は1Vn.アンサン主流に依るテーマ演奏でした。映画でも幾つか(楽器、歌で)フガート的に展開されるのですが、これはバーグマン扮するポーラ・テシエールの恋、愛の悩みを表現するのに将にうってつけの調べだったのでしょう。
最後は第4楽章のフィナーレ。この楽章は金管が急速な拡大音で囃し立てると、速い弦楽アンサンのキカキカ奏が続き、全体として強奏主流の流れでしたが、この3番の特徴、木管や金管の美しい合の手に弦楽奏が応じるパターンは変わらず、この楽章の中にはバッハのフーガの和声法を感じる様な箇所もありました。リズム・テンポの様々な変化が使われていて、面白みがあります。またこの曲が作曲された環境(静かな温泉保養地)が強く曲に反映されていると考えざるを得ませんでした。最後は劇的なフィナーレでなく、管・弦の調べの余韻を何回か引きずりながら静かに音が止むのでした。
《20分の休憩》
②ブラームス『交響曲第4番』
〇楽器編成:ピッコロ(2番フルート持ち替え)、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ(3個)、トライアングル、二管編成弦五部14 型。
〇全四楽章構成
第1楽章Allegro non troppo
第2楽章Andante moderato
第3楽章Allegro giocoso
第4楽章Allegro energico e passionato
この曲は、第3番作曲から1~2年後の1885年に完成し、同年10月にマイニンゲンで初演されました。ブラームス死の10年前の事です。
第1楽章、冒頭からこれまた何と美しい調べが流れ出るのでしょう。何時か誰かがまた映画音楽に利用するかも知れない。愛の物語かな? Fl.のパッセッジでは1番でも聞いた事のある様な調べが挿入されていました。速めの力強いアンサンブルも有りましたが、ギルバート・都響は前半の曲の時より全体として力が入っていて、それはギルバートの指揮の様子からも伺えました。
夏のバカンス保養地で作曲されたと言いますから、そうした環境が美しい曲創出の原動力になったのでしょう。1番等とは大違いですね。
続く第2楽章もこれまた美しい調べに囲まれたパッセッジが多く有りました。Hrn.(2)のゆったりした斉奏からFl.(2)+Ob.(2)の斉奏が入りさらにCl.とFg.のややくぐもった弱奏⇒木管たちの強い音と木管の演奏がひとしきり終えると弦楽アンサンブルによる美しい調べ、そして又繰り返される弦楽(Vn.+Vc.)の美しいアンサンブル、これ等が何回か繰り返されるのですから、暑さで寝不足の脳細胞には睡眠術をかけられるが如く睡魔が襲ってきますが、しきりに堪えました。この辺は将にブラームス節の連続でした。ここでもCl.は重要楽器でした。
第3楽章はリズムに特徴のある全オケの強奏で再開、所謂スケルツオ楽章なのでしょうか?ギルバートは相当体を左右に揺らし、対向配置の1Vn.部門と2Vn.部門に指示を出し力奏を促したり、またリズム変化が非常に面白い楽章だと思いました。この楽章辺りから前3番では見られなかったギルバート・都響の熱量アップと燃焼が指揮者、演奏者の様子からも伺えられ、勿論そこから発せられる調べの力強さは、次の最終楽章に引き継がれる予感がしました。この楽章ではトライアングルがチリチリとかん高い合の手で存在感を示していた。時々自分の感想で書いている❝将に小さな巨人だ❞の印象が有りました。
第4楽章では、
Fl.のSchickな調べの独奏音は楽器が良く鳴っていました。Trmb.やHrn.に依る独奏合の手、Ob.⇒Fl.の音等、管楽器の慎重な歩みが一順すると、弦楽奏で一斉に強奏に入りました。管も加わって弦楽強奏のキカキカ奏に進むとさらにオケはTimp.強打のリズムに合わせて、ウンジャ ウンジャ ウンジャ ウンジャと強奏化、そのまま強い調子の終演へと雪崩れ込むのでした。
この4番の演奏は、1番から2番、3番と聴き進んで来た今回のギルバート・都響の演奏の中で、調和がとれていて、一番熱量が発散された聴き応えのある演奏だったと思いました。
当然の如く広い会場(文化会館上部階は空席が見えましたが、一階は良く入っていた)からは大きな歓声と拍手が鳴り響いたのです。今回の3番と4番を聴きに来れてやはり良かったと思いました。


