シャネルピグマリオンコンサート

【日時】2025年9月5日(金)17:00〜
【会場】シャネル ネクサス ホール(銀座3丁目シャネル銀座本社ビル4階)
【出演】
〇福田俊一郎(Vn. )

〈Profile〉
.神奈川県出身。東京音楽大学、大学院を首席で卒業。小栗まち絵、大谷康子の各氏に師事。
東京音楽コンクール、日本音楽コンクール等国内の主要なコンクールに入賞。
これまでに、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、東京・春・音楽祭、いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭、霧島国際音楽祭など多数出演。ソリストとして東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団等と共演。
室内楽にも意欲的に取り組み、小澤国際室内楽アカデミー奥志賀、プロジェクトQ、ヴィオラスペースなどにおいて研鑽を積む。紀尾井ホール室内管弦楽団2017年度シーズン・メンバー。2016年度公益財団法人青山財団奨学生。2018年度「CHANEL Pygmalion Daysアーティスト」。2023年4月群馬交響楽団コンサートマスターに就任。
〇 三又瑛子 (Pf.)

〈Profile〉
仙台市出身。4才よりピアノを始める。桐朋学園大学ピアノ科を首席で卒業。同大学卒業演奏会、室内楽演奏会に出演。第16 回ABC 新人コンサート、第78 回読売新人演奏会に出演。2005~2007 年、田崎悦子氏主催ピアノワークショップ「Joy of Music in 八ヶ岳」受講。2012 年および2013 年、日本音楽コンクール コンクール委員会特別賞(ヴァイオリン部門ピアノ伴奏)受賞。これまでに国内外の演奏家との共演をはじめ、文京華氏とのピアノデュオ「リブラ」としても活動。ピアノを庄司美知子、加藤伸佳、田崎悦子、室内楽を加藤知子、加藤洋之の各氏に師事。桐朋学園大学弦楽部嘱託演奏員。いしかわミュージックアカデミー、ミュージックアカデミーin みやざき、霧島国際音楽祭などで公式伴奏者を務める。NPO 法人ハマのJACK メンバー。
【曲目】
①ブラームス『F.A.E.ソナタより 第3楽章 〈スケルツォ
(曲について)
F.A.E.ソナタ(Sonate F.A.E. [Frei aber einsam])は、1853年にドイツの作曲家であるロベルト・シューマンが友人アルベルト・ディートリヒとヨハネス・ブラームスとともに作曲したヴァイオリンソナタ。3人の共通の友人であるヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムに献呈された。1935年出版。
曲名のF.A.E.とはヨアヒムのモットーである「自由だが孤独に」(Frei aber einsam)の頭文字をとったものである。ドイツ音名のF・A・Eはそれぞれイタリア音名のファ・ラ・ミに対応し、この音列が曲の重要なモチーフとなっている。このような手法をシューマンは好んでいたらしく、『アベッグ変奏曲』(A-B-E-G-G)やピアノ協奏曲(C-H-A-A ⇒ Chiara = Clara)などで用いている。
ちなみにブラームスは、ヨアヒムのモットーに対応する「自由だが楽しく」(Frei aber froh)をモットーとしており、この略に対応するF-As-Fの音列を交響曲第3番で用いている。
初演は1853年10月28日にシューマン邸で、ヨアヒムとクララ・シューマンによって行われた。シューマンらは各楽章の作者を伏せていたが、ヨアヒムはすぐに当てたという。
ヨアヒムは楽譜を手元に残し、1906年になってブラームスの楽章の出版のみ許可した。全曲の出版は、ヨアヒムの死後の1935年になってからである。
現在では、ブラームス作曲のスケルツォがたまに演奏されるだけで、全曲演奏の機会はほとんどない。
②グリーグ『ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ト長調 作品13
(曲について)
前作のヴァイオリンソナタ第1番から2年を経た1867年に作曲され、第1番と同じく短期間で完成された。この当時のグリーグはデンマークからノルウェーに戻って歌手のニーナ・ハーゲルップと結婚したばかりであった。
作品は同じノルウェー出身の作曲家ヨハン・スヴェンセンに献呈された。
③ブラームス『ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品100
(曲について)
ヴァイオリンソナタ第1番の完成から7年を経た1886年の夏に、避暑地のトゥーン湖畔(スイス)で作曲・完成された。この時期のブラームスは多くの友人たちと親交を結び、同時にピアノ三重奏曲第3番やチェロソナタ第2番など多くの作品を生み出すなど、充実した生活を送っていた。そうした日々から生まれたのがヴァイオリンソナタ第2番である。この後に第3番が書かれているが、第2番とは対照的に暗い雰囲気が醸し出されている作品である。
初演は1886年の12月2日にウィーンでヨーゼフ・ヘルメスベルガーのヴァイオリン、ブラームス自身のピアノによって行われた。
【演奏の模様】

①ブラームス『F.A.E.ソナタより 第3楽章 〈スケルツォ〉』
猛暑ボケではないと思うのですが、地下鉄銀座駅で下車してしまいました。銀座1丁目駅の方がシャネル本社には、近いのですね。何とか開演時間には間に合ったのですが、最初の演奏曲目をこれまた勘違いして、自分の頭では、別な曲の意識で聴き始めたのです。そしたら、最初から激しく荒々しいVn.の調べがかなり速いテンポで繰り出され、Pf.の伴奏も、それに合わせて結構激く弾いていました。両者共登壇していきなり弾き始めたので、ややチグハグ感もあり、発音も最適化されているとは言え難い様子です。急いでプログラムを見たら、「F.A.E.ソナタより 第3楽章」でした。それはそうでしょう。上記(曲について)にある様に、この曲は、シューマン、アルベルト・ディートリヒ、ヨハネス・ブラームスの共作で、よく演奏される第3楽章は、ブラームスが担当したのですから。ブラームスが作曲した時の気持ちは知る由もないですが、何かにかなり激しい気持ちをぶつけたかったのかも知れません。そういうことで、聴く方が受け入れ態勢が整っていなかったことで、とてもいい演奏だったとは言い難いものでした。
②グリーグ『ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ト長調 作品13
〇全三楽章構成
第 I楽章. Lento doloroso - Poco allegro - Allegro vivace - Pr
第 II楽章. Allegretto tranquillo
第III楽章 Allegro animato
気持ちに余裕が出てきたのか、この曲は、やっと落ち着いて聴くことができました。
第Ⅰ楽章、Pf.の三又さんが静かに弾き始めると。次いでVn.の福田さんが、一音だけ劇的な重音を立てて、変化のある素晴らしい調べを力強く弾きはじめました。冒頭から聞く者を虜こにするグリーグのおしゃれな旋律。続く調べもVn.は、高音域の旋律美溢れる調べを繰り出し、Pf.は、タンタンタンタン、タンタンタンタンと単音を繰り返し伴奏をしています。次第に哀愁を帯びてくるVn.旋律、Pf.伴奏は、タララン、タララランと軽快に走り始め、次いで福田さんは、かなりの強い音で、Pf.に合わせる様な調べで掛け合います。この辺りになると福田さんは、①のブラームスの第三楽章の時とは違って力みの強奏でなくて、相当楽器を良く鳴らす演奏でした。第1楽章後半は、かなり憂愁を帯びた調べを速いテンポで、また最後は、Pf.の旋律奏にVn.が伴奏的に振る舞い、再度軽快なテーマ奏を繰り返し変奏しながら、キラキラと弾き終わるのでした。
第2楽章も旋律美を帯びた福田さんVn.奏に息がピッタ合ったPf.の三又さんの伴奏でした。
最後の重音奏は、普通の重音とは違って聞こえたのは、耳のせいでしょうか?二重音の一方が長い旋律と伴奏の様でした。かなり難しい奏法?
第3楽章でもブラームスとは大違いの、グリーグの調べの美しさと、掛け合いの面白さを福田さんと三又さんは、見せて呉れました。
曲もいいし、中々息のあったいい演奏でした。
《休憩(5分間)》
③ブラームス『ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品100』
この曲は、ブラームスが功成り名を遂げた53歳の時の作品で、スイスの避暑地という、いい環境で生まれた作品のせいか、曲全体に落ち着きとブラームス独特の旋律美に満ちた作品です。当然ながら人気も高く自分としても大好きな曲です。
〇全三楽章構成
第 Ⅰ楽章 Allegro amabile
第 II楽章 Andante tranquillo - Vivace
第III楽章.Allegretto grazioso, quasi Andante
結論的に申せば、今回の演奏会でこの曲の演奏が、一番良かったと思いました。福田さんのVn.は良く鳴っていたし、伴奏の三又さんのピアノの音も綺麗だし、自分の好きな曲だし、言う事なしでした。それにしてもブラームスの曲は、ヴァイオリソナタと言えどもPf.のパートは、存在感が大きいですね。この曲もまるで「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」みたい。初演は、ブラームスがピアノを弾いたくらいですから、自分の曲への思い入れが強かった
のでしょう。若しブラームスがヴァイオリンの名手だったら、初演で自分でヴァイオンを弾いたことでしょう。一流ピアニストで且つ一流ヴァイオリニストである二刀流の演奏家は滅多にいないでしょう。
調べると、ドイツの「ユリア・フィッシャー」さんの名が出て来ます。彼女は、若して、国際コンクールでピアノ部門およびヴァイオリン部門、両方で優勝、2008年1月1日にはフランクフルトのアルテオーパーにて、一晩の演奏会でサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番とグリーグのピアノ協奏曲のソリストを務めるという離れ業を披露したそうです。そうしたスーパースターが現存するのですね。世の中は広いものです。
今回の「シャネルピグマリオンコンサート」はシャネルの創始者、ココ・シャネルが、若手音楽家に援助の手を差し伸べ、若手音楽家の育成に尽力したことに起因する活動を現代になってからも、引き続き実施しているという、社会貢献の一環として開催されているものです。
ストラビンスキーがパリに亡命した折、ココ・シャネルは、彼の家族ともども受け入れて援助し、後のストラビンスキーの発展に結びついたことは、余りにも有名です。未完の若手に手を差し伸べ、将来の飛翔に貢献していることは、結果的にシャネルの社会的信頼性を高める効果を大きくすることでしょう。