HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

都響989回定演『レーガー&ラフマニノフ150年記念演奏会』を聴く

【レーガー&ラフマニノフ生誕150年記念】主催者
 レーガーとラフマニノフの生誕150年を記念して、大野和士ならではの趣向を凝らしたプログラムをお届けします。
レーガーの代表作の一つで、スイスの象徴主義画家アルノルト・ベックリンの絵画の情景や印象を表現した《ベックリンによる4つの音詩》は、カールスルーエ・バーデン州立劇場の音楽総監督時代、同地のマックス・レーガー研究所にも通うなど、長年レーガーの音楽に深い関心を寄せてきた大野とっておきの1曲。ラフマニノフのスペシャリスト、ルガンスキーを迎えては、青年ラフマニノフの瑞々しい作品番号1を、大作曲家となった後に改訂した版で。演奏会後半には、これも後年の改訂によってより完成度を高めたシューマンの第4交響曲。変化に富んだ選曲で、作曲家たちの心情に迫ります。

 

【日時】2023.12.7.(木)19:00~

【会場】東京文化会館

【管弦楽】東京都交響楽団

【指揮】大野和士

【独奏】ニコライ・ルガンスキー(Pf.)

<Profile>

ニコライ・ルガンスキーは、息をのむ技巧と優雅で繊細な表現を兼ね備え、特にラフマニノフ、プロコフィエフをはじめとするロシア作品、後期ロマン派のレパートリーでは絶対の信頼、常に絶賛を博している。ベルリン・フィル、パリ管、フィルハーモニア管、サンフランシスコ響、スイス・ロマンド管、ローマ・サンタチェチーリア管、サンクトペテルブルグ・フィル等、世界中のオーケストラと共演を重ね、リサイタル、室内楽でもパリ、ウィーン、アムステルダム、ブリュッセル、モスクワ、東京等の音楽の殿堂で開催、レーピン、カヴァコス、マイスキー、クニャーゼフ等と共演。BBCプロムス、ヴェルビエ、ラ・ロック・ダンテロンなどの音楽祭にも定期的に登場。ロシア作品はもちろんベートーヴェン、ドビュッシー作品までレコーディングも数多く、ディアパソン・ドール賞、エコー・クラシック賞等数々の賞を受賞。13年ロシア人民芸術家、19年にはロシア連邦国家賞を授与されている。

【曲目】

①レーガー:ベックリンによる4つの音詩 op.128

(曲について)

 マックス・レーガー(1873~1916)は、1873年3月19日にバイエルン王国のブラントに生まれた。幼少期をヴァイデンで過ごし、同地でオルガニストのアーダルベルト・リンドナー(1860~1946)に学んだ後、フーゴー・リーマン(1849~1919)に音楽理論を師事。20世紀はじめのミュンヘンでピアニストとしても名を馳せ、1907年にはライプツィヒ大学の音楽監督と作曲科教授に就任。1911年から14年にかけてはマイニンゲン宮廷楽団の指揮者も務めた。
 作曲家としてのみならず、オルガニストやピアニスト、指揮者などとしても活躍したレーガーは、オルガンやピアノのための器楽曲から室内楽曲、管弦楽曲、声楽曲まで幅広い分野に作曲している。J. S. バッハ、ベートーヴェン、ブラームスらの音楽を「熱烈に賛美」しながら、偉大な先達が築き上げた様式を発展させるべく、和声や管弦楽法の点で、ドビュッシーやリヒャルト・シュトラウスらの音楽を思わせる新しい響きを取り入れた作品も遺している点が特徴的だ。
 作曲家がマイニンゲン宮廷に勤めていた頃、1912年から翌年夏にかけて作曲した《ベックリンによる4つの音詩》op.128も、そうしたレーガーならではの響きを味わうことのできる作品のひとつ。スイスの象徴主義画家アルノルト・ベックリン(1827~1901)の手による4つの絵画から受けた印象をもとに作曲された(レーガー作品としては珍しい)標題音楽であり、《モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ》op.132(1914)とともに作曲家晩年の代表作として知られている。初演は1913年10月12日エッセンにて。作品はレーガーの室内楽曲をたびたび取り上げていたドイツのピアニスト、ユリウス・ブーツ(1851~1920)に捧げられた。
(本田裕暉)

 

 尚、作曲者レーガーについては、先月のキリル・ペトレンコ指揮ベルリンフィルの東京初日演奏でレーガーの『モーツァルトの主題による変奏曲』を聴いた時の記録に記しているので、その時の記録を参考まで文末に抜粋再掲しておきます。


  

②ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 op.1

(曲について)

  セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)のピアノ協奏曲第1番は、彼がまだ音楽院の学生だった1890年に着手され、翌年に完成した。少年時代に名ピアニスト、アレクサンドル・ジロティ(1863~1945)の弾くチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を聴いて感激したラフマニノフは、いつの日か自分もピアノ協奏曲を作曲したいという夢を持つようになった。そして、19歳のラフマニノフは、念願の協奏曲を、作曲家として最初の公的な作品として書き上げ、作品1という番号を冠したのだった。

 初演(第1楽章のみ)は、1892年3月29日(ロシア旧暦3月17日)、作曲者のピアノ、音楽院院長ヴァシリー・サフォーノフ(1852~1918)の指揮、音楽院の学生オーケストラの演奏で行われ、好評を博した。作品は、当時彼のピアノの師となっていたジロティに献呈された。
 だが、作曲者は次第にこの曲の出来栄えに不満を持つようになる。手を入れたいという気持ちは早くからあったようだが、改訂版がようやく完成したのはロシア革命直後の1917年11月22日(ロシア旧暦11月10日)、つまりピアノ協奏曲第3番の完成よりも後だった。この改訂は抜本的なもので、主要な旋律や大枠の構成は残されたものの、和声やオーケストレーション、ピアノ独奏パートなど、あらゆる部分が大きく書き換えられて、完全に壮年期のラフマニノフの作風となっている。また、初稿には色濃かったグリーグなどの先輩たちの影響も薄められている。
 改訂版の初演は1919年1月29日、やはり作曲者の独奏によってニューヨークで行われた。改訂前にはこの曲の演奏依頼が来ても断ったこともあったラフマニノフだが、改訂版には自信を持っていた。にもかかわらず、なかなか演奏されないことは残念に思っていたようで、「私がアメリカで第1番を弾きたいというと、彼らは反対はしないが、第2番や第3番を望んでいたということが表情からわかる」と不満を漏らしている。

(増田良介)

 

③シューマン:交響曲第4番 ニ短調 op.120(1851年改訂版)

(曲について)

 ローベルト・シューマン(1810~56)は若い時期の1830年代にはほとんど専らピアノ独奏曲のジャンルに作曲を集中していた。特に1830年代半ば以降は師のフリードリヒ・ヴィークの娘クララ(1819~96)への熱い愛が創作の霊感の源泉となり、ピアノ曲の傑作を次々と生み出している。そして父ヴィークの猛反対を押し切ってクララとの結婚にこぎつける1840年、一転してリートを集中的に作曲したシューマンは、翌1841年に今度は管弦楽に挑戦することとなる。
 シューマンの“管弦楽の年”といわれるこの1841年に彼がまず完成させたのは初めての交響曲である第1番《春》だった。続いて《序曲、スケルツォ、フィナーレ》、そしてピアノ独奏と管弦楽の《幻想曲》(のちに楽章が追加され有名なピアノ協奏曲となる)を生み出した彼は、5月29日に2番目の交響曲を書こうと思い立つ。それが今日第4番として知られる作品の第1稿である。
 こうして生まれたニ短調交響曲は1841年12月6日ライプツィヒでフェルディナント・ダーフィト(1810~73)の指揮で初演されたが、思ったほどの成功は収められなかった。作品の独特の構成―実質4楽章構成だが、全体が1つの連続した流れで形成される―に聴衆がとまどったことも一因だった。そして結局この時は出版もされずじまいになってしまう。
 そして1845~46年の第2交響曲、1850年の第3交響曲《ライン》を挟んで、1851年12月シューマンは10年前のニ短調交響曲の改訂に着手、響きや細部の楽節などに大幅な変更を施した。この第2稿の自筆譜に彼は「交響的幻想曲、1841年にスケッチ、1851年に新たにオーケストレーション」と記している(つまり1841年の第1稿は今となってはスケッチに過ぎなかったということだろう)。
 生まれ変わったニ短調交響曲は、1853年3月3日、当時の彼の本拠地デュッセルドルフで自身の指揮で初演されて大きな成功を収め、同年、交響曲第4番として出版された。この際副題が“大管弦楽のための単一楽章による序奏、アレグロ、ロマンツェ、スケルツォとフィナーレ”とされ、またスコアも楽章の番号が付されてないことから、彼自身はあくまで全体を1つの楽章と見なしていたことが窺える。
 こうしてこの交響曲は第2稿で広く知られるようになった。第1稿と第2稿の大きな違いは、シューマン自身の記述のとおりまずオーケストレーションで、テクスチュアが明瞭に浮かび上がる第1稿のすっきりした響きに対し、第2稿では楽器を並行して重ね、さらに新たに対旋律を加えるなど、より濃厚かつ重厚な響きが意図されている。第1楽章のアレグロ主題が第1稿では8分音符、第2稿では16分音符であることや、第4楽章主部が第1稿では4分の2拍子、第2稿では4分の4拍子であることなど、テンポ感も両稿は違う。他にも数多の変更点があり、また速度発想表記も第1稿がイタリア語なのに対して第2稿はドイツ語である。総体的に、古典的な明快さを持つ第1稿に対し、第2稿はロマン的な濃密さを志向しているといえよう。
 第1稿もブラームスの尽力によりフランツ・ヴュルナー(1832~1902)の指揮で1889年に蘇演され、ヴュルナーの校訂で1891年に出版されたが、これは第2稿のオーケストレーションを部分的に採用するなど、本来の第1稿に必ずしも忠実ではなかった。近年は厳密な原典重視の流れの中で自筆譜に沿ったクリティカルな第1稿校訂版(ジョン・フィンソン校訂)が出されたこともあって、第1稿を取り上げる指揮者が増えてきて、どちらの稿も広く演奏されている。本日は従来から親しまれてきた第2稿による演奏であり、以後の解説もそれに沿っている。 
(寺西基之)


【演奏の模様】

①レーガー:ベックリンによる4つの音詩 op.128

楽器編成フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、シンバル、弦楽5部14型((14-14-12-8-6)、独奏ピアノ

全四曲構成の標題音楽

第1曲「ヴァイオリンを弾く隠者

第2曲「波間の戯れ」

第3曲「死の島(Die Toteninsel)」 

第4曲「バッカナール(Bacchanal)」 

 冒頭からゆっくりと流れる時を味わう様に美しい弦楽アンサンブルの旋律が流れて来て、コンマスが弾く独奏Vn.が響き出しました。都響のソロコンマスの調べは美しいのですが、いつもリサイタルやコンチェルトで聴く他のヴァイオリニスト達の音色に比して、軽量で僅かに金属味が残る音色だと思いました。天使の世界に近い天空で弾く隠遁者の響きですから、人間臭くない濾過されたような清い音が合っているのかも知れない。主として木管と弦楽の掛け合いも柔らかい音調が多く、絵画から影響を受けたレーガー独特の神話の世界の表現だったのでしょう。全体的に美しい嫁の様な古典的色彩の強い曲の演奏でした。大野都響は実力を十分に発揮していたと思います。

 

(参考)

 第1曲「ヴァイオリンを弾く隠者(Der geigende Eremit)」 モルト・ソステヌート イ短調 4分の3拍子 ベックリンの『隠者(Der Einsiedler)』(1884)に着想を得て書かれた作品であり、世捨て人が3人の天使に見守られながら楽器を奏でる光景が、聖歌を思わせるオーケストラの敬虔な響きと、精妙なヴァイオリン独奏の対比によって美しく描き出される。弦楽合奏は弱音器なしのグループと弱音器付きのグループの2群に分けて書かれており、この書法は翌年の《モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ》にも引き継がれていく。
 第2曲「波間の戯れ(Im Spiel der Wellen)」 ヴィヴァーチェ 嬰ヘ短調 4分の3拍子 題材となったのはミュンヘンのノイエ・ピナコテーク所蔵の同名の絵画(1883)。海神トリトンがニンフたちと戯れる様子が描かれている。漂うように揺れ動く木管楽器の響きに、波のうねりを思わせるモティーフが挟まれるスケルツォ風の音楽であり、中間部ではオーボエに始まる牧歌的な旋律も聞こえてくる。
 第3曲「死の島(Die Toteninsel)」 モルト・ソステヌート 嬰ハ短調 4分の4拍子 ベックリンが1880年から86年にかけて5作遺した代表作『死の島』が題材。手漕ぎの舟に乗った死者の魂が、岩の間に糸杉が立つ小島へと向かう風景を描いた絵画であり、ラフマニノフも同作品に基づく交響詩を遺している(op.29/1909)。曲は、中低弦楽器の半音下行動機とティンパニのリズム動機で始まり、間もなくフルートとイングリッシュホルンに暗くさまようような息の長い主題が現れる。静謐な弱奏の中に、時折、感情が溢れ出るかのような強奏を挟みながら音楽は進み、最後は救いを感じさせる変ニ長調の響きで結ばれる。
 第4曲「バッカナール(Bacchanal)」 ヴィヴァーチェ イ短調 4分の2拍子 モティーフとなった絵画は1856年ころに描かれた『バッカス信者たちの祝祭(Bacchantenfest)』とされている。躍動感に満ちた舞曲であり、レーガー得意の対位法的な部分などを経て、最後は次第にテンポを速める熱狂的なコーダに到達、全曲を華やかに締めくくる。

 

②ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 op.1

楽器構成フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、シンバル、二管編成弦楽五部14型(14-12-12-8-6)、独奏ピアノ

全三楽章構成

第1楽章Vivache  ~Moderato

第2楽章Andante

第3楽章Allegro vivache 

金管楽器の一声⇒オケの一撃にすぐに追随するルガンスキー、ジャジャジャン、ジャジャジャジャジャジャと五指を揃えて立て、左右の斉奏強打をしてスタートしました。オケも次第に熱が入って金管がソロピアノに合の手を入れ、ルガンスキーは上行、下行を速くて強い打鍵で繰り返し、最初の短いカデンツァです。弦楽アンサンブルがひとしきり寒々した調べを滔々と弾くと、再びそのラフマ的美しいテーマを気持ち良さそうに弾くソリスト。その後もルガンスキーと大野・都響は様々な変奏および掛け合い、ソリストカデンツァ等様々な変化に富んだラフマニノフの旋律美に溢れる調ベを、或る時は競い合い、或る時は協調し合って作り上げて行きました。第1楽章の終盤のPf.のソロがゆっくりと下行し、それにVa.Vc.が合の手を入れると、分散和音で応じるピアニスト、或いは、その辺りのカデンツァでルガンスキーは顔を上向きにして自分の弾くラフマ節を噛みしめる様にするところでは流れ出るピアノの素晴らしさに魅了されるものが有りました。ルガンスキーの力強い打鍵はマツ―エフに優るとも劣らぬしかも力任せではないエレガントさがあります。 自分の記憶では、第二楽章の初盤、三楽章の中盤にも美しくもせつなく力強さも有する箇所が有りました。又オケに絶対負けない強力な迫力ある演奏は、全オケ強奏の箇所でも発揮され聴いていて小気味が良いものでした。

演奏終了後何回も舞台と袖を往復したルガンスキーは止まぬ拍手にアンコール演奏をしました。

 

《ソリスト・アンコール曲》

ラフマニノフ:前奏曲第1番 嬰ヘ短調 op.23-1 

3分程の静かな短い曲ですが、その後に続く筈の九つの奏曲の先導役として、十分ラフマニノフの特性を示唆するに十分な曲でした。

 

(参考)

1ヴィヴァーチェ~モデラート 嬰へ短調 ファンファーレのあと、ピアノが両手のオクターヴで下降する序奏に続き、嬰へ短調のメランコリックな第1主題を、まず第1&第2ヴァイオリンが、次にピアノが歌う。イ長調の第2主題は第1ヴァイオリンが提示し、ピアノは急速な和音の連続を重ねる。展開部は序奏モティーフによる賑やかなトゥッティで始まる。ここは改訂の際に大きく書き換えられた部分のひとつで、40代のラフマニノフによる熟達した手腕が存分に発揮されている。序奏が短く回想された後、再現部はピアノの弾く第1主題で始まる。第2主題は嬰ヘ長調で、クラリネットとヴィオラに始まり、オーボエ、独奏ヴァイオリンと受け継がれていく。長大なカデンツァを経てコーダとなる。
2アンダンテ(初稿はアンダンテ・カンタービレ) ニ長調 ホルンで始まる序奏に続き、ピアノが夜想曲風の美しい主題を歌い始める。オーケストラが参入して中間部に入り、技巧的なクライマックスが築かれる。やがてクラリネットとファゴットが序奏冒頭の音型を吹き、主部の再現となる。ここでは弦楽器が主題を歌い、ピアノはそれを飾る。
3アレグロ・ヴィヴァーチェ(初稿はアレグロ・スケルツァンド) 嬰へ短調 短い序奏に続き、拍子の捉えにくい(記譜上は8分の9拍子と8分の12拍子が頻繁に交代する)嬰ヘ短調の第1主題がピアノに現れる。イ長調の軽快な第2主題(4分の4拍子)もピアノが提示する。中間部はアンダンテ・マ・ノン・トロッポ、変ホ長調となり雰囲気が一転、ヴァイオリンが温かみのある新しい主題を歌う。第1主題が嬰ヘ短調、第2主題がニ長調で現れる再現部のあと、華やかなコーダとなる。

 

③シューマン:交響曲第4番 ニ短調 op.120(1851年改訂版)

楽器編成フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、二管編成弦楽五部16型(16-14-12-10-8)

全四楽章構成

第1楽章

第2楽章

第3楽章

第4楽章

 

 とても気に入りました。この重厚なオーケストレーションの良さと大野・都響の前向き解釈による積極的演奏を。特にシューマンらしい旋律が明確に歌われる箇所が結構多くあり、特に第2楽章でのVc.とOb.の哀愁を帯びた旋律、また同じ楽章でコンマスが弾くソロの甘い響きにCb.+Fl.が掛け合う箇所など、この辺りもクララに対する愛情を念頭に一杯貯めて作曲したのでしょうか?

 

(参考)

1かなりゆっくりと~生き生きと ニ短調 重々しい序奏の発展の中で次第に主部の主題が形成される。暗い劇的な主部はかなり変形されたソナタ形式。展開部では、主要主題と結び付いた勇壮な新主題とやはり新たに出る幅の広い主題が現れて盛り上がりを築き、再現部を省いてコーダに突進する。
2ロマンツェ/かなりゆっくりと イ短調 オーボエとチェロ独奏のデュエットが悲しげな歌を紡ぐ緩徐楽章(途中第1楽章の序奏も回想される)。独奏ヴァイオリンが活躍する甘美な中間部(これも序奏主題と関連)を挟む。
3スケルツォ/生き生きと ニ短調 ダイナミックなスケルツォ。前楽章の中間部と同じ主題によるトリオが対照される。
  4ゆっくりと~生き生きと ニ短調~ニ長調 第1楽章の主要主題による緊張に満ちた序奏が次第に盛り上がったその頂点で、ソナタ形式の主部に突入する。その第1主題は第1楽章の展開部主題に基づくもの。明るく輝かしいフィナーレ。

 

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2023-11-20 HUKKATS Roc. (抜粋再掲)


キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィル2023来日公演 東京初日を聴く
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【日時】2023.11.20.(月)19:00~

【会場】サントリーホール

【管弦楽】ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

【指揮】キリル・ペトレンコ

【曲目】

Ⅰレーガー:モーツァルトの主題による変奏曲  

(曲について)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトピアノソナタ第11番(トルコ行進曲付き)の第1楽章から主題を取った変奏曲で、1914年4月から7月にかけて書かれた。初演は同年10月に行われる予定であったが第一次世界大戦の勃発のために遅くなり[1]1915年1月8日ヴィースバーデンでレーガーの指揮によって行われた。1914年中にジムロック社から出版され、レーガーが職を辞したばかりのマイニンゲン宮廷楽団に献呈された。レーガーは作品の性格を「気品に満ちて、俗世の苦しみから解き放たれている」と述べており、作曲にあたっては当時の音楽界の「混乱」、同時代人たちの作品の「不自然さ、奇妙さ、奇抜さ」への対抗の宣言という意図があった。おびただしいレーガーの作品のなかでも明快さと高い完成度を持つ代表作とされ、初演直後からヘルマン・アーベントロートアルトゥル・ニキシュフリッツ・ブッシュなどが取り上げ、現在でも演奏機会は多い。

日本でも早くから紹介され、1929年(昭和4年)に近衞秀麿の指揮する新交響楽団で初演されている。

(作曲者について)

 ヨハン・バプティスト・ヨーゼフ・マクシミリアン・レーガー(Johann Baptist Joseph Maximilian Reger, 1873年3月1916年5月)は、ドイツ作曲家オルガン奏者ピアニスト指揮者・音楽教師。とりわけオルガン曲、歌曲、合唱曲、ピアノ曲、室内楽曲の分野で多くの作品を残しており、後期ロマン派の作曲家として位置づけられている。

 1902年、レーガー自身はカトリック信徒であったにもかかわらず、離婚歴のあるプロテスタント信徒の女性エルザ・フォン・ベルケン(Elsa von Bercken)と結婚し、結果的にカトリック教会から無式破門に処せられた。ミュンヘン時代のレーガーは、作曲家としても、また演奏会ピアニストとしてもきわめて積極的に活動している。1905年にはミュンヘン王立音楽院の打診を受けて、ヨーゼフ・ラインベルガーの後任作曲科教授に就任するが、わずか1年後には保守的な同校と意見の食い違いを起こすようになっていた。

 1907年に演奏活動でカールスルーエに滞在中に、ライプツィヒ音楽院の教授に選任されるが、その後も演奏活動と創作活動を続け、1908年には教授職を退き、1911年から1914年の始めまでマイニンゲン宮廷楽団宮廷楽長に就任した。1914年にマイニンゲン宮廷楽団が解散されると、イェーナに転居。その後も精力的な作曲活動と演奏活動を続けている。心筋梗塞のために43歳で急死したが、極度の肥満や暴飲暴食、ニコチン中毒過労も死因に関わったとされている。

Ⅱ.R.シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』 Op.40 

  

     《割愛》

【演奏の模様】

 今日のプログラムの二曲は、今年8月のベルリンフィル 23/24年シーズンの幕開けで演奏された曲です。現地での評判は以下の様だったとのことです。

首席指揮者キリル・ペトレンコが、2023/24年シーズンの開幕演奏会を指揮しました。R・シュト ラウスの交響詩《英雄の生涯》では、英雄、宿敵、忠実な伴侶といったさまざまな人物が音楽で描かれます。シュトラウスが自らの人生と重ね合わせて描き、耽美的な音響の壮麗さで聴き手を魅了するこの作品。ペトレンコによる解釈は、「荒々しく揺れ動き、作曲家による皮肉も適度に散りに められ、素晴らしい独奏の尊さに満ち溢れている」 と評されました(「フランクフルター・アルケ マイネ・ツァイトゥング」 紙)。コンサート前半には、レーガーの「モーツァルトの主題による変 奏曲とフーガ」が演奏されました。

ですから、ペトレンコ/ベルリン・フィルにとっては手慣れた演奏曲だと言って良いでしょう。

 

Ⅰ.レーガー『モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ』 Op.132

<楽器編成>Fl.(3) Ob(2). Cl.(2) Fg.(2) Trmp.(2) Hrn.(4) Timp.(1)Hrp.(1) 弦楽五部12型 

 本来トロンボーンを欠く小規模な編成の曲。弦楽は二部ずつにさらに細かく分割され、弱音器を付けた音色と通常の音色とを対比する手法が試みられているのです。

 

<楽曲構成>

⓪主題 Andante grazioso

モーツァルトの主題が木管楽器と弱音器を付けた弦楽器による清澄な音色で提示される。

①第1変奏 L'istesso tempo。主題が原型のまま奏され、繊細なパッセージが添えられる。 

②第2変奏 Poco agitato

へ長調に転じ、主題が反行形で奏される。

③第3変奏 Con moto

イ短調 2/4拍子。主題は簡略化され、足早に通り過ぎる。

④第4変奏 Vivace

ホ短調。ヨハネス・ブラームスの『ハイドンの主題による変奏曲』の第6変奏を思わせる。力強い変奏。

⑤第5変奏 Quasi presto

イ短調、6/8拍子。複雑な響きを持つ皮肉っぽいスケルツォ。 

⑥第6変奏 Sostenuto

ニ長調4/8拍子。木管楽器の三連符によるパッセージが印象的。後半では動きがより細かくなる。

⑦第7変奏 Andante grazioso

 ヘ長調6/8拍子。原型の主題に、対位旋律が複雑に絡み付く。

⑧第8変奏 Molto sostenuto

 嬰ハ短調-ホ長調、6/4拍子。最も規模の大きい変奏で、入念なテクスチュアによって表情豊かな歌が歌われる。

⑨フーガ Allegretto sostenuto

 イ長調、6/8拍子。軽快に始まる大規模な二重フーガで、終結部では二つの主題に加えモーツァルトの主題の原型が対位法的に結合され、壮大なクライマックスを築く。

 

⓪冒頭、主題を先ずOb.ソロで歌い上げ続いてVn.アンサンブルが優雅な調べで引き取りました。木管楽器達と弦楽アンサンブルが掛け合い優雅にテーマ奏を終了。

①前半は木管のテーマ奏に対して小刻みな弦楽の変奏が寄り添い、後半全弦によりテーマの変奏がデフォルメされて奏され、次いで木管で、引き続き弦楽の合いの手でテーマ奏で最後を〆ました。FL.のパユの演奏が最初から光っていました。

②長調の弦楽アンサンブル反行形のテーマ奏は分厚さは感じますが、不協音とも違う雑多な響きを感じました。管も鳴っていましたがあまり聞こえず、後半は随分と分厚いオケアンサンブルですがOb.ソロ音も須臾に弦楽に飲み込まれてしまっての終了でした。

③短調旋律でした。管と弦が交互に恐らくテーマの変奏を掛け合いましたが、既に余りにデフォルメされていて、原型をとどめず、モーツァルトの変奏曲と言えるのでしょうか?Hrn.のドールの音が他のHrn.奏者を圧倒していた。輝いていた。

④ズンズカズンズン、ズンズンズンズンと速いテンポで弦楽奏が力奏され、木管も鳴っていますが、あまり聞こえない。後半はTrmp.が聞こえますがすぐに弦楽奏と共に止みました。短い演奏。

⑤この辺短調が続きました。モーツァルトの原型はほとんど留めません。木管の緩い響きに対する弦楽の合いの手は速いテンポの強奏、後半はFl.類の速い変化に緩徐奏で応じた弦楽奏、次第に強い弓裁きでクレシエンドして、Fl.音を伴う急速な下降旋律へ変化、終焉部は穏やかなOb.の音で〆括るのでした。

⑥長調に転じました。速い木管のタラッラッタッタッタと刻むリズムに合わせてゆっくりと弦楽が奏され、Hrn.の弱音にモーツアルトのテーマがかすかに認められました。次いで弦楽奏もモーツァルトテーマ変奏を流し始め、Hrp.も聞こえました。モーツァルト変奏の最後の旋律の変奏もまた。金管がその線に沿って同様に鳴らし、最後のテーマの分散和音による短い変奏のFl.独奏は、恐らくレーガーらしさの現れなのでしょう

⑦明快なモーツァルト主題に回帰した金管+木管がゆったりと奏で、それを受け継ぐ弦楽アンサンブル。変奏というよりもモーツァルトそのものです。終焉部まで演奏、繰り返し部も同様。最後のFl.の共鳴管は良く鳴っていました。流石、ベルリンフィルの世界のパユですね。

 

⑧冒頭からモツを離れた流麗な切ない様な弦楽奏の旋律が流れだし、低音域のアンサンブルには管も参加して来ていました。Hrp.(2)+Fl.の合いの手が入るも、弦楽の低相の響きは管達の合同の力を得て分厚いアンサンブルとなり、この辺はレーガーの本領発揮と言った感じを受けました。中盤は低音弦の非常に渋い響きが流れ、次いでFl.∔Ob.等の木管に引き取られましたが、通奏低音の様に弦楽は底を弾き締め、続くOb.の調べにはモツ的変奏を感じつつすぐに弦楽の通奏低音奏に移行、高音部でのややモツ的弦楽アンサンブル等、この辺りはペトレンコ/ベルリンフィルの真骨頂発揮といった処で素晴らしいアンサンブルとその躍動する変化を見せつけて呉れました。何か交響曲の一節を聞かせて貰っている感じでした。それにしても終盤のFl.やHrn.の短い合の手はいい響きでした。パユとドールですから、ゴールデンコンビでしょう。めったに聴けない重奏です。一番長い変奏曲でした。

⑨最後の変奏曲のフーガは大いなる聴き処でした。冒頭のコンマスとセカンドのVn.ソロは歯切れの良い高音変奏で、バッハ的感触が広がりました。コンマスは樫本大進、ここでは、流麗なVn.の音を披露、次の「英雄の生涯」での長いソロ演奏の期待が高まりました。そして、その後ろのVn.奏者もカノン的に加わってさらには全Vn.アンサンブルに広がり、軽快な歯切れの良い調べは、何声部あるか分かりませんでしたが複雑に絡み合い、それに低音の木管も参加、次いでFL.Ob.も含め、Ob.はバッハ的調べの下行音をソロで吹き、その後もフーガ的進行は続きました。この辺りはレーガーが、もともとオルガン奏者だったキャリアとライプツィヒでの音楽院教授の経験により、バッハを十分知り尽くした作曲家であったが故のなせる技なのでしょう。

 全体的には、ベルリンフィルの演奏は、手練れのつわもの達が肩肘を張らずに心安らぎながら演奏している風で、ペトレンコも力は入れていますが、非常に楽しく指揮している様に見受けました。

この曲で、注目に値するのは、複数奏者によるアンサンブルの素晴らしさの他に、個人奏者の名人芸です。Hrn.のシュテファン・ドール氏、Fl.のエマニュエル・パユ氏。コンマスの樫本大進氏etc. その他Ob.Cl.も凄く良かった。

 

Ⅱ.R.シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』

   《割愛》

 

 それはそれとして、今日のベルリンフィルの演奏は、やはり夢にまで見た最高領域の音楽を聴衆に届けてくれたと思いました。この次はプログラムAも聞かなくちゃ!!