HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)⑳

<ミラノ十一月十日>
 前回の<ミラノ十一月六日>の記事の次は<ミラノ十一月七日>、その次は<ミラノ十一月八日>と続くのですが、その内容が建造物見学と案内人について、借りた本の内容について、ミラノの城壁の散歩道や競技場での古代戦車競走についてなど、スタンダールの音楽好き趣向とは何ら関係のない話題なのでこれ等を割愛し、十一月十日の記事に進みます。

 この日の記述で初めて、スタンダールは季節感がはっきりと分かる記事を書いています。それはミラノの城壁上をセディオラ(二輪馬車)で走った時の事、次の様に述べている。“この平野はいたるところ森の様相を呈し、百歩先の処が見えない。今日十一月十日、樹木にはまだ葉がすっかり残っていた。見事な赤と濃褐色の色合いだった。”
 以前、この『イタリア旅日記(1827年版)』は『イタリア紀行(1817年版)』を基として増補した内容となっていることを説明しましたが、カタラーニ夫人のコンサートが前者では十月六日、後者では十一月二十三日の日付で書いているので、前者の日付は一ヶ月半近く前倒しに書き換えているのです。そして長居したミラノを去ったのは前者では十二月十四日、後者では十二月一日としているのですが、これらの日付がどこまで正確かは別として、ミラノを去る約一ヶ月前に上記の樹木の紅葉を見たのでしょう。最も前者ではその間に後者にはない23日分もの記事を書いて挿入・補遺しているのが大きな特徴ですけれど。

 見事な紅葉の他に、遠く望めるアルプスの山々のながめを次の様に書いています。

 “遠くにアルプスの眺めが見事だった。僕がミラノで味わった美しい光景の一つだった。レゼンゴン・ディ・レークとモンテ・ローザをおしえてもらった。こんな風に肥沃な平野のうえに見えるこれらの山は、心を打つ美しさがありギリシャ建築の様に心やすらかにする。”

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レック県のResegone山

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モンテローザ

 さらにセディオラを降りてからスカラ座の楽屋に、ヴィンター作曲『マホメット』の稽古を観に行ったと記しています。

 このヴィンターはサリエリとともにウィーンで音楽を学び、その後ミュンヘンの宮廷劇場の楽長となって、オペラやバレエ音楽などを作曲。『マホメット』は現代でも時々演奏される彼の代表作品であり、1817年にスカラ座で初演されたそうです。その初演の場にスタンダールはいたのですね。しかしここでは『マホメット』について彼は何も論評せず、唐突にロッシーニについていろいろ書き始めています。“みんなはロッシーニに期待している。彼は『泥棒かささぎ』の主題を検討する予定だが、これをゲラルディーニ氏がイタリア語で脚色する。このオペラは『ガッツァ・ラドーラ』という名前になるとの噂である。~(略)~ロッシーニはたいへん悪口を言われている。怠け者で、企画者から法外な金をとり、かれ自身は雲隠れしている、等など。~(略)~どんなに多くの連中が、社会のすべての卓越したものを嘲笑している才人(脚注によればロッシーニ)に対し、侮辱的なことを言いたがることか!”
『ガッツァ・ラドーラ(泥棒かささぎ)』は1817年3月31日にスカラ座で初演されました。この演奏会を観たスタンダールは『イタリア紀行(1817年版)』の<七月十六日>付で詳細を書いています。

 ロッシーニはこの年や前年には『アルミーダ』『セビリアの理髪師』『オテロ』『チェネレントラ』など現代でも良く演奏されるオペラを多く書いており、『泥棒かささぎ』は三か月で書き上げたと謂われるくらい脂ののった時期でした。でも“法外な金をとり”“雲隠れする”という噂は面白いですね。この最盛期は、デビューから約10年、その後約10年で引退してしまうロッシーニの性状が良く出ている様な気がします。この時既に、さっさと稼いで、せかせかした世界からおさらばしたいという気持ちがあったのでは?(尚、上記のヴィンター作曲『マホメット』はロッシーニ作曲の『マホメット2世』とは同じではありません。)

 尚今晩はブエノスアイレス、コロン劇場のライヴ配信である『Sinfonía Nº3 en Re menor 』de Gustav Mahler を聴きながら書いています。兎に角随分長いんですよね、この曲が。

 マーラーの曲は、今年10月にラトル指揮のロンドン交響楽団来日公演でNº2『復活』をやります。それを聴くのが楽しみです。その頃までにはコロナが完全に鎮静化していることを祈ります。

 そう言えばロンドン交響楽団と言えば、そのロイヤルアルバートホールでの演奏を、ヒッチコックが『知りすぎていた男』というサスペンスの重要場面に利用していましたっけ。アーサー・ベンジャミン作曲の『 カンタータ時化( Storm  Clouds)』の歌声のクライマックスにシンバルを打ち鳴らすのですが、暗殺者はその音に紛れて銃を発射して政治家トップを暗殺するたくらみだったのです。その計画を察知していたドリス・デイの叫びで、弾が外れ未遂に終わってしまうのでしたね。

 ついでに、最後の場面で、ドリス・デイの歌う『Que Sera, Sera』は有名ですね。この曲は昔から好きです。その歌詞も。