昨日日曜日、チケットを1枚払い戻しして来ました。3月25日(水)、東京オペラシティでの『上原彩子ピアノリサイタル』のチケットです。この公演は中止の発表は無く、恐らくコロナ対策を施して、予定通り実施すると思われますが、キャンセルしたのです。理由は三つあって、(1)対策と言っても、エントランスに消毒液を置き、多分検温もやると思いますが、その他はこれまで通り、トイレでの手洗い・うがい励行、ドリンクバー閉鎖、換気などに努めるのでしょう。しかしこれは最後に私が行った2月末のコンサートホールの対策とほとんど変わっていません。(あの時検温は無かったかな?)でも熱が出ていない保菌者もいますし、‘休憩時間にホワイエやロビーに集まることは避けて’といくら言っても、ここ数日中に催行された音楽会では、守られなく多くの人が集まって談笑・会話していたと言いますから、一人でも感染者が紛れていれば、伝染の起こる可能性は高いと考えました。 それにあの時点から既に1か月弱が経っていて、毎日発表される感染者は各地で増える一方です。自己免疫が出来て直った人もいるとは思いますが、3月21日(土)段階で日本の感染者総数は1743人、退院した人766人を単純に差し引いても1000人近くが罹っています。
表面に出た数字の10倍は隠れ感染者がいるのでは?という人もいますから、そうすると一万人ぐらい、その人たちに遭遇して自分も罹患する確率は、このひと月の間に格段に大きくなったと判断したのです。
第二の理由として、これまでは家内に諫められても何かにと反論・説得して(したつもりで)映画館や美術館に行っていましたが、今回また ‘単なる趣味のために自分を、家族を、危険にさらすことないでしょう!’ とかなり強く言われ、黙ってしまいました。それに体調が今一つ調子が上がらないこともあって。
第三の理由は、上原さんの演奏は、来月4月に小林研一郎「チャイコフスキーシンフォニー連続演奏会」の第何日目だったかで、ピアノコンチェルトを聴く予定にしているので、今回はパスしても良いかなと判断したのでした。それまでにコロナが下火になることを祈っています。
そういった訳で、結構手持ちぶたさで家にいたので、アンドラーシュ・シフのピアノ演奏を、録音で聴こうと思い立ちました。シフさんは昨年11月に東京文化会館で、ベートーベンの皇帝などを弾いた時、聴きに行ったのですが、その時本割でもアンコールでも天衣無縫な老成した巨匠の貫禄さえ見せつけられ大変感激したのです(その時の記録を文末に再掲します)。シフさんはこのコロナで大騒ぎの先週と先々週、予定通り東京で演奏会を行ったそうですね。奥様が日本人とは言え、日本に対しての身を粉にしてのサービス振りには脱帽です。
昨日聴いた録音は、メンデルスゾーンのピアノ協奏曲1番と2番です。オーケストラはシャルルデュトワ指揮バイエルン放送交響楽団。バイエルン放送交響楽団は今年11月にエサ=ペッカ・サロネン指揮で来日公演しますが、同じく11月に来日するウィーンフィルと10月来日のラトル率いるロンドン交響楽団のセット券を既に購入しているので、少し古い楽団員の録音ですがバイエルンとシフの共演のものがあったので聴いてみようと思った訳です。
この録音を聴いて、先ず言えることは、1番のコンチェルトも2番のそれでも、第二楽章のアンダンテ若しくはアダージョのゆったりしたメロディが綺麗過ぎ!まさにPoésie の漂う麗しい楽章です。1番の第一楽章は、冒頭不安げなオケのアンサンブルから始まり、続いてシフのピアノが軽やかに速いテンポでテーマを弾き始めます。オケに負けず相当大きなピアノの音です。第3楽章もかなり早いペースで指を軽やかに動かしている感で、よどみなく弾き切りました。音が大変柔らかい。きっとピアノはスタンウェイではないのでしょうね。バイエルン放送交響楽団も強弱長短、シフの演奏に協調していて合わせ方が非常に見事なオケ演奏でした。デュトワの指揮が優れていたのでしょう。続く2番のコンチェルトは、メンデルスゾーン28歳の時の作曲、1番を作曲してから6年位経っています。この曲も、一楽章、三楽章ともかなり速いシフの指使いも軽やか且つ素早い大変変化に富んだ演奏ですが、第一楽章は1番と違うのは速いだけでなく、かなり情念をこめるというか、想像豊かにさせる調べで進行しました。一説によるとメンデルスゾーンは三つ目のコンチェルトを用意しつつあったそうで、その影響がこの2番に反映しているという見方をする人もいる様です。確かに1番よりこの2番の方が聴いていて進歩している感じがしました。
若しメンセルスゾーンが3番のコンチェルトを完成させていたら(作曲に手掛けて途中稿で中断した模様、残された部分的楽譜に後世の作曲家が補遺して3番とする試みも有る模様)どのような曲になっていたのでしょう。きっと、1番、2番を凌ぐ名曲が生まれていたかも知れません。(その未完成稿を利用して、あの名曲ヴァイオリン協奏曲1番を完成させたという説もありますから。そしたらヴァイオリンコンチェルト1番は現在とは異なった様子の曲になっていたか、或いは無かったかも知れません。)
それにしてもメンデレスゾーンも随分短命でしたね。享年38歳とは! ショパン(39歳)、シューマン(46歳)とも大体同じ時代の生まれで、皆さん短命でした。当時の作曲家、皆なが皆な短命とは限りません。リストは75歳、ベルリオーズは66歳、グノーが80歳、ワーグナー80歳と長生きです。科学技術が、医学が、治療技術が、医薬品が、現在のものをそっくり当時にワープ出来たら、人類にはさらに多くの音楽の果実がもたらせられただろうと、時々夢物語を頭に浮かべてしまいます。
≪再掲≫
2019-11-07
『アンドラーシュ・シフピアノ演奏会』
昨日11月5日(火)シフの演奏会を聴いてきました(2019.11/5 19:00~@東京文化会館)。シフの演奏は録音ではいろいろ聴いていたのですが、直かに聴くのは初めてです。今回は『カペラ・アンドレア・バルカ』という小編成のオーケストラの手勢を引き連れての来日公演でした。『アンドラーシュ』という名前を聞くと、いつも思い出すのが、ブダペストにある『アンドラーシュ大通り』です。高台のブダ地区を下って鎖橋を渡り国会議事堂のあるペシュト地区に入り真直ぐ進むと左手には、オペラハウスがあり、さらに真直ぐ歩き右手を少し入った処に『リスト・フェレンツ音楽大学(リスト音楽院)』があります。もうしばらく行くと幅員の相当広い通りが目に入ります。これがかっての名君に因んで名付けられたという『アンドラ-シュ大通り』です。ずっと先の突き当たりには左手に国立西洋美術館(クラナッハ フリュ-ゲル ベラスケス ドラクロワ等多数所蔵 )を臨む『英雄広場』が鎮座しています。懐かしい記憶を思い出してくれる名前なのです(通りに面したレストランで食べた料理の写真などもある筈なので、今度探して置きますね)。ハンガリー生まれのシフさん(顔付きから東洋系の遺伝子が入っているとも推定されますが?)もこの名誉ある名前に恥じず、世界的ピアニストとなった訳です(ところで奥様は日本人なのですね)。
さて演奏の方は①バッハ作曲『音楽の捧げ物』②モーツァルト作曲『ジュピター』③ベートーヴェン作曲ピアノ協奏曲『皇帝』の3曲でした。①はニコレのフルートの演奏や管楽器アンサンブルの録音をよく聴いていたものでしたが、今回は絃楽器が中心のフーガでした。かぶり付きの席しかとれなかったので、舞台が高くて、奥の器楽奏者が良く見えなかったのですが、管編成・弦楽5部は、2管編成の8型の変形ではなかろうかと思われる。第1Vnは8人いたけれど、その他の弦は通常より何人か欠けていたかも知れません。管楽器は更に少なく、各2名程度。でも演奏が始まると、弦のアンサンブルは綺麗な澄んだ音を出し、管がタイミング良くアクセントを付けて、結構な迫力。''6声のリチエルカーレ’’のみの演奏だったので、10分弱の短い演奏でした。指揮者兼ピアノ奏者のシフは、指揮台に立って特に身振り手振りはせず、目で奏者を追って指揮をしていました。あたかも練習で指導した成果を確かめるように。次の②はモーツァルトの良く知られた曲。楽団員の皆さんの経歴を見ると一流の経験を有する方ばかりなので、しかも、よく演奏される曲のせいか、とても気持ちの良い調べが流れ出し、夢うつつで聴いていました。今度はシフも曲に合わせて体を震わせながら腕を振り指揮をしていました。 この曲は四つの楽章からなる結構長い曲なのですね。モーツァルトを堪能出来ました。
休憩の後の後半は③の曲が演奏されました。私のお目当ての曲でした。60歳台も半ばを過ぎたシフさんが、どの様なベートーベンを聴かせて呉れるのか興味深々でした。演奏を聴いて先ず気が付くことは、音が柔らかいこと。しかしそれが決して軟弱に流れず、ffの大きい音をたてても失われない。微妙なppの表現も鍵盤を太い指でかすめるが如き運指で音を出し、心で弾いている。音楽とはこういうものだというお手本を見る思いでした。既に名人の域に達していますね。オケの演奏も音量が大き過ぎず小さ過ぎず、ピアノを引き立てかつ自分達の存在感もしっかり主張するという、ピアニストにとってぴったりのものです。将にお誂えのオケでした。ベートーベンの皇帝を弾き終わると会場は万雷の拍手と歓声に包まれ、それに応えて、アンコール曲を3曲も演奏されました。何れもベートーベンです。(1)ピアノ協奏曲第2番第2楽章(2)ピアノ協奏曲第1番第3楽章(3)ピアノソナタ第12番『葬送』より第1楽章。もう言う言葉は残っていません。「天のピアノは言うことなし。」