ヴァシリー・ペトレンコ (指揮)
Vasily Petrenko
1976年生まれ。 サンクトペテルブルク音楽院で学 び、2006年にロイヤル・リヴァプール・フィルハーモ ニー管弦楽団の首席指揮者、2013年からはオスロ・ フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務め、両 楽団とレコーディングしたショスタコーヴィチをは じめとする数多くのCDは世界中で高く評価され 数々の音楽賞を受賞している。 これまでにベルリン・ フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、フラ ンス国立管弦楽団をはじめとする世界の主要オーケ ストラへ数多く客演、2021年のシーズンからイギリ スのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監 督に就任している。 若手の育成にも力を注いでおり、 EUユースオーケストラの首席指揮者も務めている。
【日時】2023.5.24.19:00~
【会場】文京シヴィックホール
【管弦楽】ロイヤル・フイルハーモニー管弦楽団
【指揮】ヴァリシー・ペトレンコ
【独奏】辻井信行(Pf.)
【曲目】
①グリエール/スラヴの主題による序曲
(曲について)
グリエールは1875年キエフ生まれの作曲家で、1920年から1941年までモスクワ音楽院で教鞭を執った。この曲はその最後の年に作曲された。
②ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第3番』
(曲について)
セルゲイ・ラフマニノフが作曲した3番目のピアノ協奏曲である。1909年の夏に作曲され、同年11月にニューヨークで初演された。ピアノ協奏曲第2番と同様ラフマニノフの代表作のひとつであり、演奏者に課せられる技術的、音楽的要求の高さで有名な作品である。1909年秋に予定していた第1回アメリカ演奏旅行のために作曲された。全曲の完成は同年9月。時間の制約からラフマニノフはこの作品をロシア内で練習することができず、アメリカ合衆国に向かう船の中に音の出ない鍵盤を持ち込んで練習を仕上げたという。同年11月にアメリカで初演された後、1910年にグートヘイリ社により出版され、作品はヨゼフ・ホフマンに献呈された。
③チャイコフスキー『交響曲第6番<悲愴>』
【演奏の模様】
今日の会場は、「文京シヴィックホール」。余り足を運ぶ機会は少ないホールです。でも駅からのアクセスは、地下鉄だと通路で直結していて便利ですね。
一昨日、今日と全く同じ内容で、ロイヤルフィルはサントリーHで演奏会を行っていますが、聴きに行けませんでした。今日、このホールで聴くことにしたのです。座席数1800程のホールが、今回は全席完売という大人気の演奏会です。ざーと見た限りでは、女性客の方が3:2位で、多かったかな?
〈二人のペトレンコ〉
さて今回の指揮者ヴァシリー・ペトレンコ は、同じ姓のキリル・ペトレンコと紛らわしいですね。後者は今をときめくベルリンフィルの首席指揮者です。楽団員の選挙で選ばれた謂わば彗星の如く現れた50歳の新鋭です。一方のヴァシリー・ペトレンコは40歳台半ば、マリス・ヤンソンスやサロネンに師事し、各種コンクールでの実績も挙げ、2013年にはオスロ・フィルの音楽監督も務めた謂わば実績派。ロシアの楽団の芸術監督も務めていた。最近はそれも無くなって、現在はロンドンを拠点として活動している指揮者なのです。いずれにせよ両者は旧ソ連出身なのですね。芸術大国の今後は如何に?
さて演奏の方は、
①グリエール『スラヴの主題による序曲』
「序曲」なので、楽章分けはされていませんが、曲風は、3~4回変わったとおもいます。 最初は、金管の響きからすぐ、弦楽も交えた全奏に移り、するとリズミカルな木管の調べがTimp.の囃子に乗って軽快に響きました。それ等が5分くらい続いた後、民族楽的低音のしめやかな調べに変化、その次は、管は休止、低音旋律でフーガの如くVc.群⇒Va.群⇒弦楽奏と遷移、最後は、管も交えて全奏になるといった具合。旋律も古典かロマンかと紛う程耳にすんなり入ってくる、時として美しい調べが多かった。ペトレンコ・ロイヤルフィルは、久し振りに聞く大型管弦楽(三管・16型)の爆発的響きを、1800席満席のホール一杯に広げていました。管・打・弦のバランスが絶妙で迫力満点でした。
②ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第三番』
三楽章構成です。管弦楽は、コンチェルトシフトで、楽器減です。
第1楽章 Allegro ma non tan
第2楽章 Intermezzo. Adag
第3楽章 Finale. Alla breve
辻井さんの演奏は、いつ以来でしょう?ほんとに久し振りに聴きました。
この曲は、少なく見積もっても40分はかかりそうな大曲で、しかもラフマニノフが、可能な限界ぎりぎりのハイ-テクニックを必要とする箇所をあちこちにふんだんに鏤めた難曲の一つでしょう。上手く弾ければ最高の満足を聴衆は受け、あちこち瑕疵があるとすぐ目立ってしまうことになりかねません。細部はさて置いて、結論的には、辻井さんの今回の演奏は、上記の前者のケースでした。
・全体を通して、非常に落ち着いた安定度の高い演奏だつた。
・高・低、長・短あらゆる角度から、ほぼ完璧に弾きこなしていた。
・各楽章に出てくる大・小様々なカデンツァ、ソロ部は、合いの手を入れる管弦楽とタイミングがぴったりの息の合ったものだった。
特に長大・要超絶技巧のカデンツァは、神業の如き見事さで乗り切り、聴いていて、唖然としました。
・単に、表現力があるとか演奏感覚が良いというばかりでなく、音楽を心で奏でるのことが出来る演奏者になっていた。(この点は、以前何年か前にきいた時の物足りなさだったのですが、見事益々進歩していたのにも驚きました。)
ざっと挙げて見ても以上の様な素晴らしい、ほんとに完璧と言っても良いほどの演奏でした。ピアノ界いや日本の音楽界にとって宝の存在になりつつあるのでは。大谷選手、藤井棋士に加えてピアニスト辻井は、日本の三大至宝と言ってもいいかも知れない。
尚、演奏後鳴り止まない大歓声と喝采に応えて、ソロアンコールが演奏されました。
≪ソロアンコール曲≫ベートーヴェン『ピアノソナタ第8番〈悲愴〉』から第二楽章。
これまた、心から発する珠玉の歌が心に浸み入りました。
③チャイコフスキー『交響曲第6番<悲愴>』
4楽章構成。ただその配列は原則とは異なり「急 - 舞 - 舞 - 緩」という独創的な構成です。
第1楽章 Adagio - Allegro non tropp
第2楽章 Allegro con graz
第3楽章 Allegro molto viva
第4楽章 Finale. Adagio lamentoso - Andante - Andante non tan
曲は概ね[急-舞-舞-緩]という珍しいテンポの四楽章構成です(勿論、急に緩有り、緩に急有りで
1楽章が一番長く(約20分)、ファゴットの音と続く弦の出だしは、不気味な憂鬱感に満ちたものですが、1楽章前半終わり近くのゆったりした切ないメロディは綺麗ないい調べですね。最後のpppの調べをバスクラリネットがほんとに聞こえない位の消える音で、締めくくりました。ペトレンコは、そのかすかな音をたぐり寄せる様に、指揮の手を楽器群に向けて指揮していました。
中盤の突然、突き上げるかの様なパンチのある強列な音、全パートの強奏が続き、アンサンブルの響きの何と迫力と一体性があるのでしょう。それが終わると最後はゆったりとした主題に戻って静かに終了しました。
続く第2楽章と3楽章は短い楽章です。
③ー2では、民族音楽的調べの舞曲風な流麗なメロディを、ペトレンコは少し早いテンポで引っ張り、オケも力強さの中に優雅さを失わない流石の演奏でした。静かに終了しました。
③ー3は速いテンポのスケルツォから発展するマーチ風のメロディから構成されています。ペトレンコは、二楽章終了のあと一呼吸おいて、アタッカ的に最終楽章に入りました。
軽快なリズムで全力演奏する弦のアンサンブルは最後まで続き、次第に盛り上がって、普通だったら全曲の終わりかと思える程の完璧な終了でした(ダメ押しにティンパニがダダダダンと終了宣言)。何とせわしない楽章なのでしょう。チャイコフスキーの命を削って乗り移らせたみたいな手に汗握る楽章です。それにしてもペトレンコ・ロイヤルフィルの演奏は、何とアンサンブルの響きが重厚なのでしょう。こんなすごいアンサンブルを聴くのは久し振りです(ラトル・ロンドン響以来かな?)。 ピッコロやテューバやシンバルの音がアクセントでピリッ、バシッと聞こえました。
第3楽章の終わり方から見ると次の最終楽章はどうも付け足しの楽章と思えてなりません。もし3楽章と4楽章を入れ替えて演奏したらどんな印象になるのでしょうか
いやこの考えは間違っています。付け足しどころか第4章は冒頭から分厚い重量感のあるアンサンブルでいかにもチャイコフスキーらしいメロディの連続です。第5番の4楽章の脱兎の如き速いテンポの迫力あるシンフォニーの響きとは異なり、こうしたゆったりした響きを作り出せるとは、チャイコフスキーはやはりすごい人です。名楽章中の名楽章でしょう。ペトレンコは、二楽章終了のあと一呼吸おいて、アタッカ的に最終楽章に入りました。ペトレンコは次第に力が入って来た指揮を、ここでは全霊を込めた感じで身振り手振りを大きく振ってオケを引張っていきました。
打の音からブラスの響きで一旦静まった弦アンサンブルが再び異なるメロディで静かに鳴らしそっと全曲を終えました。その後ペトレンコがタクトを下ろすまで、数秒あったでしょうか。暫しの沈黙の後、盛大な拍手が沸き起こりました。
何回かカーテンコールで舞台に呼び戻されたあと、指揮者は素早く指揮台に上がり何とアンコール演奏を始めたのです。時刻は既に21時は回っていました。
≪アンコール曲≫
サティ作曲・ドビュッシー編曲『ジムノペディ』
オーボエ奏者が、素晴らしいソロ音を披露してくれました。この奏者は、本演奏でも、いい音色で安定した響きをかなでていて、かなりの名手と見ていましたが、矢張り思った通りでした。