いつだったでしょうか、数年前かな?NHKのテレビで、欧州のターミナル駅に置いてある、通りがかりの人が誰でも自由に弾けるピアノにカメラを設置し、定点観測するという番組の放送をたまたま見た時、駅利用客がピアノを弾く様子をホーと感心しながら見ていたことを思い出します。どこの駅だったかも覚えていないですが。ナレーションは一切無し、(インタヴユーした音声は放送せず)ピアノを弾く(or弾いた)通行人の話のみを放送する、非常にユニークな短い番組でした。その後NHKは英国やオランダやフランスやイタリアなどの大きなターミナル駅に設置されているピアノを、同じトーンでたびたび放送しているのを目にしました。感心した点は四つ、①駅にピアノを置くという発想と誰でも弾きたい人は弾いて良いという発想 ②それを現実化している実行力。③こうした放送はこれまで見たことなかったのでそれを番組化したその斬新さ。④弾く人達の楽しそうな嬉しそうな生き生きした様子。です。
その後この番組は相当人気を博した様でして、日本の国内でも駅ピアノが増えて来ました。駅だけでなく、空港(まー駅みたいなものですが)、商店街、ビルの通路や広場、地下街の広場、美術館内、市役所など恐らく数十台どころか二桁にとどいていることでしょう。
中でも都庁の展望台のピアノは有名ですね。昨年4月に第1本庁舎45階南展望室をリニューアルした際設置されたもので「都庁思い出ピアノ」と称し、黄色というか金色の結構派手だがセンスの良い模様に染め上げられたグランドピアノが1台置いてあります。都民から寄贈されたヤマハ製ピアノを草間彌生さんがデザイン装飾したものです。弾きたい希望者が多いので5分以内に時間制限している様です。主に火曜日は休室の日があるので要注意。
ただストリートピアノは上記の様な良いことばかりではないのが問題です。一つはピアノの状態が余り良くないことが、放送される音をちょっと聞いただけでも分かる場合が結構ある事。欧州の駅構内の場合、湿度や温度環境が過酷でしょうし、多くの利用者に様々な弾き方をされれば、繊細な楽器、ピアノにとっては過酷とも言える情況下にある場合も珍しくないでしょう。駅の管理ではそうちょくちょく調律は出来ないでしょうし。都庁ピアノの様に室内でしかも管理、保管、手入れが行き届いているケースはレアケースではないでしょうか?(そうではない、どこでも良く管理されているとの反論の声を期待しますが)でも費用対効果は、圧倒的に効果の方が大きいとは思いますよ。
二つ目として、こうした音に満足する人々が増えれば増える程、逆説的にピアノの楽器としての発展が阻害されるのではなかろうかという危惧です。
今日のNHK Eテレで夜7時ちょっと前に放送された「沼ハマ(沼にはまってきいてみた)」と言う番組で、ストリートピアノを各地で弾き、その動画をネットにアップして、人気を博している若者達を取材放送していました。演歌、アニソン、J-Pop、フォークソング、クラシックさえ弾いている。もうこれはピアノの音ではないですね。ピアノを使った新たな楽器の音。確かに楽しく手軽に聴ける音楽、しかもそこに赴けば自分でも音楽に参加出来る楽しみ、楽しめればいいのですよ。人生ハッピーになれば最高。という声が聞こえそう。番組に出ていたUチューバーにアクセスする若者は、数十万件に及ぶというではないですか。でも一方ではピアノを何十年も訓練してきたピアニストの醸し出す、ピアノの微妙な芳醇な香り、力強くも変化に富んだギラギラ光る太陽の如き熱い熱気、などなどピアノの可能性を目一杯引き出す魔術の様なテクニック、こうしたことを知る人々がいます、少数派ではあっても。これらの人種は益々少なくなって遂には滅びてしまうのではなかろうか?とさえ思われて来ます。経済学のグレシャムの法則を思い出してしまう。「クラシックは敷居が高い」などと言われない様に、敷居を低くする努力をするしかないでしょうね、生き残るためには。