【日時】2025年3月4日(火)18:00
【会場】東京オペラシティコンサートホール
【出演:曲目】
①松本淳一(作曲部門):空間刺繍ソサエティ(受賞作再演)
②竹田舞音(声楽部門、ソプラノ):
別宮貞雄『さくら横ちょう』
グリーグ『6つの歌 作品48から』
1. あいさつ 5. ばらの時に 6. 夢
※共演:左近允茉莉子
③鈴木璃穂(トランペット部門):
フンメル『トランペット協奏曲 ホ長調』
④春田傑(クラリネット部門):
コープランド『クラリネット協奏曲』
⑤栗原壱成(バイオリン部門):
シベリウス『バイオリン協奏曲 ニ短調 作品47』から 第1楽章
⑥竹田理琴乃(ピアノ部門):
リスト『ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調』 S.124 R.455
【演奏の模様】
①松本淳一(作曲部門)
不思議な曲でした。冒頭木魚の様なポコポコというパーカッションのリズムに、舞台上手に並んだ6名のバンダVn.奏者がPizzicato奏と何やら前に置いてある打楽器風の物を時々持ち、音を出しています。あたかも何か遠く東南アジアのジャングルの仏閣からの敬虔な響きの様。弦楽アンサンブルは弱奏で寄り添っています。舞台下手よりの管弦楽団員は何やら赤い長が風船様なものを片手でくるくる回している、どんな楽器でどんな音かも判別出来ない。曲名は「空間刺繡(ししゅう)ソサエティ」、確かに、冒頭から、旋律の流れで曲を表現するのでなく、各種楽器で一針一針縫って刺繍絵を描く様な進展を見せました。
曲としては確かに斬新さはあるかも知れませんが、変化に乏しく、ダイナミックや流麗さとは程遠く、風変りだけでは、何か物足りなさを感じる曲でした。
②竹田舞音(声楽部門、ソプラノ)
最初の1.別宮「桜横丁」を歌う声は伸びやかな輝かしいソプラノで、透明感が有りました。non vivraの清透な発声で歌う歌曲は次のⅡ.グリーグでも、美しさが発揮されました。しかしⅠ.では低音域がやや不安定だったし、Ⅱ-1「挨拶」ではもっとメリハリをつけた表現が欲しかったし、Ⅱ-5「薔薇の時に」ではドラマティックな表現があればと思いました。Ⅱ-6「夢」での高音の跳躍音も高音で長く伸ばす箇所も良かったのですが、この歌以前も含めた全体として、もっと変化に富んだ歌声も聴きたいと思いました。
《25分の休憩》
③鈴木璃穂(トランペット部門)
休憩後は、管楽器の受賞者です。先ずトランペットの演奏です。優勝者は女性奏者、鈴木瑠穂さん。トタンペット部門は東京で開催されるコンクールで女性奏者が随分活躍していますね。東京音楽コンクール三村梨紗さん、同東川理恩さんなどなど。フンメルのコンチェルトはよく吹かれる曲です。今回の鈴木瑠穂さんの演奏は、落ち着いていて、安定した実直な演奏の感が強いですが、3楽章での非常に速いパッセッジでの演奏ではかなり高度なテクニックを駆使、跳躍音も低音域の細やかな修飾音も、短調変奏部も、上行下行の繰り返しも、何なく軽々とこなしたのには舌を巻きました。終盤疲れたのか若干弱含みでしたが。
④春田傑(クラリネット部門)
初めて聞いた春田さんの冒頭のクラリネットの音質は、ややくぐもった様に聞こえました。しかし演奏が進むにつれて艶が出て来ていい音になった様に思います。
冒頭Cb.のPizzicatoが1Vn.と掛け合い、春田さんの音はオケのアンサンブルに融解している感がありました。Vn.が高音の調べを立てると、春田さんが呼応して、同旋律で合いの手を入れ、ソリストの演奏は落ち着いたものでした。
初盤では滔々としたオケの流れにソリストは身を委ねて、アンサンブルに溶け込んで時々頭を擡げるかの様な感が強かった。最初のカデンツァ的ソロ演奏では、残照の如き渋い輝きを放っていましたが、テンポが次第に速まり、上下変化の激しい箇所も春田さんは、しっかりと演奏していました。この曲は、Pf.も使用していたのでしょうか、Pf.の強奏に速い調べのオケの背後では、ソリストのCl.の音が続いていました。伴奏のCb.が面白い奏法で、ドンドンと音を立て(一種のコルレーニョ奏法?)、Vn.アンサンブルは、速い調べを奏でて、オケもPf.も、相当な強奏で応じていました。
ざっくりと総括すれば、春田さんのソロ演奏は、尻上がりに調子が出て来たと思いますが、最後は、速いPassageを駆け抜けて、結構長い曲でしたが、疲れもみせずクリネットらしい、ほんのりした気分を味わせてもらいました。
⑤栗原壱成(バイオリン部門)
栗原さんは、確か2024年8 月の東京音楽コンクール本選でメンデルスゾーンのコンチェルトを弾いたのを聴いたことが有ります。また同年10月、日本音楽コンクールヴァイオリン部門本選で、チャイコフスキーのコンチェルトを弾いたのをききました。参考までその時の記録も文末に(抜粋再掲)しておきます。
今回は、受賞発表演奏会という事で、シベリウスのヴァイオリンコンチェルトを弾きました。随分渋い味のある曲ですね。これを弾き熟すことはこれまでの曲以上に難しい。それにどの様に向き合うのか興味津々でした。結論的には栗原さんはかなりいい線まで弾き熟していて、流石優勝ヴァイオリニストと思わす節回しも、細部の微妙な表現も、重音表現の完璧と思われる弓捌きも安心して聴いていられました。しかし彼方此方の曲の造詣という意味では、さらなる一歩、二歩の深い理解と表現力向上の余地があると思いました。第一楽章を弾き終った後でも、何か小締まりした印象は拭いえず、これは第二、第三楽章と進むに連れて、益々そうしたもの足りなさの感じが強くなっっていったのは、何故なのでしょう?栗原さんは当初かなり上がっていたのかも知れない。しかしそのことを差し引いても、やはり表現性まだまだ改善の余地があることは明らかでした。コンクールでいい成績を取り、レパートリーを広げることは勿論いいことであり必要なことですが、さらに聴衆の心を掴むにはどのような表現がいいのか?これは場数を多く踏んで、身に着ける他ないのかも知れませんが、練習に際しても、このことを常づね心して工夫をすることも、一助になるかも知れません。兎に角いい筋道でここまで上昇してきたのですから、今後のヴァイオリニストとしてのさらなる大成を期待するところです。
⑥竹田理琴乃(ピアノ部門)
最後はピアノ部門の優勝者竹田さんです。実はピアノ部門の本選会には都合が悪くて聴きに行けなかったのですが、その結果は知っていました。しかし、武田さんの演奏を聴く機会は一度もなく、今回が初めて聴く機会でした。登壇した武田さんは、かなり小柄な体躯を大きな華々しいドレスに身を包み、すぐにピアノに向かうと、角田・東フィルは、ジャーンジャジャジャジャジャジャーンとドラマティックな旋律を強奏で弾き始めました。武田さんは最初から相当な強打鍵でピアノに相対しています。美しい旋律奏も交えながら、カデンツア的表現もオケは見詰めているが如き、管の合いの手が入り、Pf.のソロ音はややもったりした感を受けました。オケは次第に熱が入り全強奏の速い合の手を入れると、竹田さんは強弱交えながらオケに対抗するも、ややダイナミックさが不足している様な気がしました。この曲は名ピアニストリストが、自分の持てる技術を相当注ぎ込んで作った虎の子の様な自慢の作品だからなのか、あちこちに難しい表現が散りばめられ、しかも強弱の間の取り方も難しそうな曲だという事が、竹田さんの演奏を聴いているだけでも分かる気がしました。珍しいトライアングルの合いの手との掛け合い、それに応じる軽やかな Pf の速いパッセッジ、この辺りは竹田さんの演奏は今一つしっくりオケに馴染まなかった気もしました。オケの囃しに乗ってパカパカパカ鍵盤を速強打するピアニスト、その後の旋律的なオケアンサンブルに対し美しい出音で応じる竹田さん。複雑この上無い曲の展開を、軽やかに表現しようとしているのか、時としてオケの音に隠れてしまうのもうべなるかな。最後の速い盛り上がりのオケとの協奏は、やはりオケに一歩引けを取る場面が多々見受けられ、全体として充実した演奏とはとても言えない出来だったと思いました。やや背伸びをし過ぎたのかも知れません。この曲を完璧に弾き熟せれば、世界中をまたに掛けて演奏ツアーが出来るかも知れない、それだけの難しさがある曲だと思います。高みに挑戦した意欲は買いますが、自分の発展段階に応じた適曲が多くあるのでは?と思われました。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////2024.8 .31.HUKKATS Roc.(抜粋再掲1)
第22回東京音楽コンクール本選(弦楽部門)
①栗原壱成(ヴァイオリン)メンデルスゾーン『ヴァイオリン協奏曲』
栗原さんの演奏、第1楽章のスタートパセッジのおんしょくは、少こーし金属臭が抜け切っていない印象がありました。もっともっと柔らかく弾いてもいいのでは?カデンツァ部では、低音から高音の変化や重音演奏もスムーズで、総じて立派な演奏だと思いましたが、pizzicatoがやや弱かったかな?
第ニ楽章冒頭では、角田・東フィルは、アタッカ的にFg..が音を立てて、→Fl.→弦楽アンサンブルへと繋ぎ、栗原さんのヴァイオリンが鳴り出しました。全体的に素晴らしい演奏効果をあげたと思いましたが、重音が澄んでいなかった気がしました。
第三楽章冒頭の序奏部の短調をもっとしめやかに奏した方が、続く速いパッセッジとの対比が明確になったと思う。この速いキザム様な箇所を、弓と弦の跳ねるような反発力をもっと感じたい気もしました。
この協奏曲は一番と言っていい位広く知られたコンチェルトですので、それだけに聴いた人を驚かす様な演奏部分がないと、全体的に平易に聞こえてしまうのではないでしょうか。
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////2024.10.28.(HUKKATS Roc.抜粋再掲2)
第93回日本音楽コンクール ヴァイオリン部門本選
①栗原壱成
今日の演奏を聴いた模様は以下の通りです。
第1楽章オケの序奏の後の栗原さんの第一声には、力強さがあり、細部の表現も良くこの調子なら先行きも期待出来ると思いました。しかし次の休止前のキラキラと上下する演奏部がやや弱いと感じましたし、オケの全奏が強い調子で鳴らされ、再始動したソロヴァイオリンのキザミ奏がやや不明確に聞こえて弱含みでした。
カデンツア部で、重音演奏→クネクネ奏→ハーモニックス奏の一連の流れは先ず先ずで、特にハーモニックス音は良かったと思いましたが、さらに重音奏→下行旋律の箇所はもう少し強さがあった方がいいのでは?その後のクネクネ奏のきらびやかさは100点満点とは言い難く70点位かな?と思って聴いていました。最後の速いパッセッジもやや力強さが陰りました。早くもお疲れかな?とも思いました。
第2楽章では、いい調べを鳴らすFl.の音に誘われて栗原さんのソロ演奏が再開され、続くパッセッジでは美しく謳われました。木管とソロVn.の掛け合いも先ず先ず、上行する旋律も良く奏でていました。
この楽章も含め後の楽章でもそう感じましたが、栗原さんは美しく謳う箇所が得意なのでしょうか?
最終の3楽章、Timp.のダーン、ダンダッタタの合図と共に、オケの弦楽アンサンブルが速いパッセッジを強奏で弾くと、栗原さんはジャーン・ジャンジャラジャチャチャーとこれまた負けないぐらいの強さで弾いて欲しかったソロ演奏、やや力強さが不足かな?でも速い旋律は正確な音程で、さらに猛烈に速いテンポのソロVn.箇所も完璧に近い演奏。この楽章、ロシア民謡的素朴な舞踊曲を如何に純僕に表現するか、速さとの両立が求められると思うのですが、栗原さんそこいらは十分承知していると思われる演奏で、チャカチャカチャカチャカと猛列に速いテンポの箇所も正確に、また弓の根元を使って強い音を出す箇所も、栗原さんは最後の見せ場とばかり懸命に弾いている模様、中程の緩やかで穏やかな旋律奏は特に美しく、楽器を歌わせていたし、再度速いパッセジに戻って、その勢いで一気に弾き終わりました。終了と共に会場からは大きな拍手と歓声が飛び出しました。
こうした栗原さんの演奏を改めて思い直してみると、栗原さんの今回の演奏は、全体的に部分部分に於いてやや問題点があったと思いますが、全楽章を通した統一性の確立には成功していたと思います。また前コンクールのとは異なった曲を短期間で演奏会用としてここまで表現出来る様になるには、恐らく以前からこの曲もかなりの期間、或いは何年も練習してきたのでは?と思われる程の完成度の高い演奏でした。でも過去の諏訪内さんや、神尾さんのチャイコフスキーコンクールの演奏や庄司さんの演奏と比べると、まだまだ細部に於いて克服すべき課題が残っているとも感じたところです。