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綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

2023ウィーンフィル東京演奏会第2日目『プロコ5番+サンサーンス・コンチェルト2番=ラン・ラン』

【日時】2023.11.14.19:00~
【会場】サントリーホール
【管弦楽】ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
【指揮】トゥガン・ソヒエフ

  

〈Profile〉

1977年、北オセチアのウラジカフカスにて、技師と教師を両親として生まれる。7歳でピアノを始める。1996年にゲルギエフ記念ウラジカフカス芸術学校を卒業し、サンクトペテルブルク音楽院1999年までイリヤ・ムーシン、その後2001年に卒業するまでユーリ・テミルカーノフに師事する。

2001年12月にマリインスキー劇場アカデミーの若手歌手との共同作業による『ランスへの旅』を指揮して、マリインスキー劇場にデビューし、以降も同劇場とは密接な関係を保つ。

2001年2月にアイスランド・オペラで『ラ・ボエーム』の新演出を指揮したのに続いて、9月にウェールズ・ナショナル・オペラでも同作品を演奏し、12月には2003年から同劇場の音楽監督に就任することが発表された。ただし、このポストは2004年に任期途中で突然辞任している。

2005年のシーズンからトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の首席客演指揮者並びに音楽アドヴァイザーに就任し、2008年からは同楽団の音楽監督に就任した。

客演実績としては、フィルハーモニア管弦楽団スウェーデン放送交響楽団フランクフルト放送交響楽団フランス国立管弦楽団ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団など。2009年ズービン・メータの代役としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期にデビューし、2010年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期に登場した。

日本では、2008年10月11日(土)に、サントリーホールでNHK交響楽団を指揮し、ヴァイオリン独奏に神尾真由子を迎えて、リャードフの交響詩「魔法をかけられた湖」、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番、ショスタコーヴィチ交響曲第5番を演奏した。また、2016年10月に、サントリーホールで行われたNHK交響楽団第1846回定期公演に登場し、同公演のプログラム中ではベートーヴェンピアノ協奏曲第3番ハ短調 作品37エリザーベト・レオンスカヤと共演した。

2022年のロシアのウクライナ侵攻を受け、「ヨーロッパでロシア音楽・芸術家が "キャンセル文化" の犠牲になっていること」「愛するロシアの音楽家たちと愛するフランスの音楽家たちのどちらかを選ぶという不可能な選択を迫られたこと」を理由として、ボリショイ劇場とトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の音楽監督を辞任した。

【独奏】ラン・ラン(Pf.)

<Profile>

得意とするレパートリーは、ピョートル・チャイコフスキーフレデリック・ショパンのほかに、セルゲイ・ラフマニノフがあり、生演奏ではアンコールに中国民謡を好んで弾いている。

欧米のオーケストラとの共演が多く、これまでに、ボストン交響楽団ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団クリーヴランド管弦楽団デトロイト交響楽団ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団サンフランシスコ交響楽団ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団パリ管弦楽団、香港フィルハーモニー管弦楽団、シドニー交響楽団イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団など、世界の主要なオーケストラと共演を続けている。

これまで共演してきた指揮者は、ダニエル・バレンボイムシャルル・デュトワ、クリストフ・エッシェンバッハ、ヴァレリー・ゲルギエフマリス・ヤンソンスジェームズ・レヴァインロリン・マゼールズービン・メータサイモン・ラトルヴォルフガング・サヴァリッシュユーリ・テミルカーノフマイケル・ティルソン・トーマスフランツ・ウェルザー=メスト小澤征爾など。

映画『のだめカンタービレ最終楽章』に主演した、野田恵役の上野樹里のピアノ演奏は、すべて彼による吹き替えである。

世界的かつ、母国を代表するピアニストで、自叙伝は中国全土でベストセラーを記録している。また、ユニセフ親善大使にも任命されている。

近年は、ダニエル・バレンボイムに本格的に師事していて、アルトゥール・ルービンシュタインがバレンボイムに伝授したルバート奏法などを教わっている。


【曲目】

①サンサーンス『ピアノ協奏曲第2番ト短調Op.22』

(曲について)

1868年に作曲され、5月13日にサン=サーンス自身のピアノ、友人のアントン・ルビンシテインの指揮によってパリで初演された。ルビンシテインはこの演奏会が指揮者としてのデビュー公演だった。しかし、この初演は不首尾に終っている。後年サン=サーンスは、初演の不首尾は練習時間の不足が原因であると告白しており、事実、作曲に着手してわずか3週間で初演に漕ぎつけている。

初演当時、このピアノ協奏曲の各楽章は音楽的コントラストが非常に顕著であるとの指摘があり、作曲家でピアニストであるジグムント・ストヨフスキは「J.S.バッハに始まり、オッフェンバックに終わる」という有名な言葉を残している[1]。一方、フランツ・リストはこの作品を高く評価し、そのためか、やがてこの作品はサン=サーンスの代表作の一つとして数えられ、今日では第2番は第4番と並んで、サン=サーンスが作曲したピアノ協奏曲の中では最も人気が高い作品となっている。

楽譜は1868年中に出版された。1875年第1番第3番と共にデュラン社から再版されている。

なお、ジョルジュ・ビゼーはこの曲のピアノソロ用編曲を残しており、難曲として知られる

 

②プロコフィエフ『交響曲第5番変ロ長調Op.100』

(曲について)

プロコフィエフは元来政治には無関心であったが、1941年ヒトラー率いるドイツ第三帝国独ソ不可侵条約を一方的に破棄してソ連に攻め入る現実を見て、かつてない祖国愛に目覚めたという。そして作曲家として何らかの形で祖国に貢献する道や方法を考え始め、こうした状況下で生まれたのがこの交響曲第5番であった。

作曲は1944年に、モスクワ郊外のイヴァノヴォにある作曲家たちの山荘で一気呵成に行われ、わずか1ヶ月あまりでピアノ・スコアが書かれ、さらに続く1ヶ月でオーケストラスコアが完成されたという。

初演は1945年1月13日、モスクワのモスクワ音楽院大ホールにて、プロコフィエフ自身の指揮とモスクワ国立交響楽団の演奏で行われ、ソヴィエト全域にわたってラジオで中継された。またこの日のプログラムは、『古典交響曲』交響的物語『ピーターと狼』と交響曲第5番という、オール・プロコフィエフ・プログラムであった。初演は大成功を収め、同年11月にはセルゲイ・クーセヴィツキーの指揮とボストン交響楽団の演奏によるアメリカ初演も行なわれた。

後にプロコフィエフはこの交響曲について、以下のように述べている。

「戦争が始まって、誰も彼もが祖国のために全力を尽くして戦っているとき、自分も何か偉大な仕事に取り組まなければならないと感じた。」

「わたしの第5交響曲は自由で幸せな人間、その強大な力、その純粋で高貴な魂への讃美歌の意味を持っている。」(1951年)

 

 

【演奏の模様】

サン=サーンス『ピアノ協奏曲第2番ト短調Op.22』

 この曲は、国際コンクール本選の課題曲にも入っている相当の難曲です。『蜜蜂と遠雷』の主人公の一人、栄伝亜夜が本選で弾いた曲です(映画では吹き替え)。事前にテレビで演奏映像を調べたら、アレクサンダー・マロフェーエフという12歳の男の子が弾く映像が出て来ました。それが、子供の演奏とは思えない程の見事な指さばきの演奏だったのです。天才の出現か?8年前のライヴ映像ですから、現在は20歳を越している筈。調べるとモスクワ音楽院で学んでいる様です。昨年彼がカナダの演奏会を予定していた時、ロシアのウクライナ侵攻により直前にキャンセルになった模様。既にカナダに入国していたこの青年は母国の家族の安否を心配しながらも、 メディアから声明を求められているが、これが私の家族へ及ぼす影響が心配である。 ロシアの文化が現在進行中の悲劇によって傷つけられるべきではないと信じている。私にできることは、祈り、涙を流すことだけだ。
戦争による問題解決は出来ず、また、国籍で人を判断することはできない。 しかしながら、私自身の問題はウクライナの人々に比して重要ではなく、今重要なのは流血を止めることだ。❞と発言したそうなのです。こうした有能な若手の演奏を聴いてみたい。どこかの音楽事務所で招聘出来ないものでしょうかね。1月にはオランダやドイツで演奏会を開く樣です。

 さてウィーンフィルの演奏ですが、最初のピアノ協奏曲を弾くピアニストは、中国のラン・ランです。指揮者ソヒエフといっしに登場したラン・ランは、エネルギを感じる好青年に成長していました。貫禄も出て来ています。きっと演奏もかなりの成長が期待されます。

 ウィーンフィルの楽器編成は、二管編成弦楽五部12型(12-12-10-10-7)。弦以外は、

独奏Pf.、Fl.2、Ob.2、Cl.2、Fg.2、Hr.2、Tr.2、Timp、Simb.(第3楽章のみ、任意)、等。

全三楽章構成の曲です。

Ⅰ.Andante sostenuto

Ⅱ.Allegro scherzando

Ⅲ.Prest

 第一楽章の冒頭は先ずラン・ランが入り、低音領域をゆっくりと右手で弾き始め、左手は綺麗な音を立てています。両腕は、上行下行を繰り返し、右手はパッセージの最後の音を出すとその反動で、腕を上に高々と上げました。最初からのカデンツアのパッセージですが、この出だし部分のディナミークとアゴーギクを聴いただけで、このピアニストの素晴らしさを予感出来ます。次いでソヒエフ・ウィ-ンフィルの番です。全管弦全奏で後追いですが、ラン・ランのペースに揃えたか様にかなりのスローテンポで進行しました。Fl.⇒Ob.⇒Fl.と合の手が入り、ラン・ランは弱音奏を心を込めて弾いている。Cl.(+Fl.)次いでVn.アンサンブルが合の手を入れ、ランランは表情豊かに下行旋律を奏でると速いパッセジの強奏に入りました。

 後半も基本的にはラン・ランにソヒエフ・ウィーンフィルはペースを合わせ、どう見てもゆっくりなペースですが、その分ラン・ランは相変わらず表情豊かな音で、特に高音の弱音トリルや高音弱音旋律はとても綺麗。終盤になるとVc.アンサン.とVa.アンサン.+Va.アンサン.の辺りからラン・ランの演奏はテンポを速め、その後何回かテーマのアゴーギグを付けた緩急を繰り返し、最後は決然と左手、右手と腕を反動で挙げ、両手での強打鍵を打ち終わるやラン・ランは身をのけぞり終了、次いで全オケが入って最後の終焉アンサンブルを鳴らしました。

 このサンサーンス2番の第一楽章を聴いただけでも、冒頭に引用した子供の演奏とは全く別物の響きで、如何にピアニストとして熟成・熟達が重要なことかを痛感させられました。

 一楽章が終わった処で、上階席から拍手が聞こえましたが、これはフライングかなと思ったら次楽章終了後も聞こえたので、これは演奏の素晴らしさに余りにも感動して手を叩いてしまったのかなと思いました。映像で海外オーケストラの演奏を見ているとたまにそうした場面を見ますし、歴史的には余りの演奏の曲の(多分斬新さや奇抜さや度肝を抜く様な物で)不評のブーイングが途中でなされたものが、時が経つにつれてその曲や演奏が理解され、名曲と理解された例には事欠きません。一方オペラ、バレエ、などでは途中の拍手は当たり前、観客の感動具合を、演じる方としても分かる目安ともなっているのです。オケ演奏は静かに聴いて、最後だけ観客の感動を表すのは通常の事になっていますが、たまにはそうした例外的行為もあっても非難する程の事ではないと思います。自分一人で家のリスニングルームに籠って、感じるのは自分の呼吸だけという私的な鑑賞の場とは違い、何百人、何千人の集まった公的な会場で観賞する音楽には、様々な聴衆(今回は外国人も多かった)が集まっているのだし、こうであるべきだこうしなければいけないといったルールは一概に当て嵌められない。演奏の妨害になる様な行為以外は。今回もフライング拍手を口ぎたなくののしる向きもありますが、演奏会がぶち壊しになった訳でもあるまいし、排斥しようとする論理の方が余りにも自己勝手な独善な態度で、逆に指弾にあたると思う。もう少し寛容の気持ちがあってもいいのではないのかな?
 さて第二楽章は軽快なリズムの如何にもScherzoらしいピアノソロの演奏で開始、弦楽のトレモロはラン・ランの演奏を引き立て、この短い楽章をソロPf.とウィーンフィルの同テーマの掛け合いは、木管を中心とした合の手も加わって、またVa.アンサンやVc. Pizzicatoも適宜アクセントを付け、ラン・ランは楽しそうに体を揺すりながら下行、上行旋律を綺麗な音を立てて弾いていました。Pf.のコロコロとした高音は、聴く方も楽しい気持ちになります。一貫してテーマの変奏を各楽器で繰り返し様々に組合わせて作曲されたものです。最後はランランは軽い音を立てて終了。同じ座席の方から先程ではない弱い短い拍手、余程自分の気持ちが高揚していたのでしょうね。
 終楽章は左手の速い激しい強打、ソロとしては相当ラン・ランは力を込めて弾いている様子、前楽章までのslowテンポを補填するが如くの速度UP、サンサーンスもピアニストですから如何にソロピアノの音がオーケストラの演奏の中で生き生きと引き立つかを心得て作曲していて、オケとソロが併行する時は、オケは音量を下げ、カデンツア的ソロになると俄然Pf.ソロが引き立つ様に、しかも管に依る合の手もソロを支える様に寄り添うオーケストレーションは見事なものです。終盤のピアノソロの旋律など民族調を感じる大変面白い繰り返しのパッセジもあり、何度も何度も繰り返すパターンをラン・ランはホントに余裕ある演奏を楽しんでると言う風で弾いています。最後の音を立てると、反動で大きく腕を上に上げ、身も少しのけぞって余韻を味わっている感じでした。

 当然ながら会場からは大きな拍手と歓声、自分としても手が痛くなるくらい強く拍手をしました。そしてその後、ソヒエフと何回か一緒に舞台⇒袖を往復、そして一人でまた現れるとアンコール演奏を弾き始めました。

 聴いた事のない曲ですが「しっとりとした弱音演奏の謂わば心で(心を込めて)弾いていると感じる演奏でした。

《ソロアンコール曲》映画『ザ・マペット・ムービー』より「レインボウ・コネクション」

 

《20分の休憩》この間にピアノは左翼後方に移動、楽器も幾つか増減の準備がなされました。

 

②プロコフィエフ『交響曲第5番変ロ長調Op.100』

三管編成弦楽五部16型(16-16-12-10-8)

Fl. 2、Picc. 1、Ob. 2、En-Hrn.1、Cl. 2、E♭管Cl. 1、Bas.Cl.1、Fg. 2、Cnt.-Fg.1、Hrn. 4、Trmp. 3、Trmb. 3、Tub. 1、ウッドブロック、タンブリン、Tri.、スネア、shimb.、大太鼓.、タムタム.Timp.、Hrp. 、Pf.

全四楽章構成

ⅠAndante

Ⅱ.Allegro marcato

Ⅲ.Adagio

Ⅳ.Allegro giocoso

詳細は時間の関係で割愛しますが、プログラムノートにもあります様に作曲者の言葉を借りますとこの曲は❝自由で幸福な人々、その強さ、寛大さ、そして魂の純粋さ❞を示した。オーケストラ作品のモットー、つまり人間がその精神によって偉大であるというメッセージーこの点で、この交響曲は、「ツアラストラはかく語りき」と対を成す。「人間の精神の勝利」は、第4楽章で私たちの前に現れる。そこに至るまでの道のりは暗く(第1楽章)、狂気の様で(第2楽章)、冥想的だが、生涯によって中断される(第3楽章)。

 だそうです。どうも第二次世界大戦の勝利を賛美した曲と一般的に受け止められたことに対する、プロコフィエフの心情を吐露したものと思われます。

 でも「ツアラストラ・・・」と対を成すと言われても????余りにも哲学的思考にはホントニ馴染むのかな?という気もします。今回のソヒエフ・ウィーンフィルの演奏を聴いて、むしろこの曲は交響曲では有りますが、少し編曲すれば他の彼の作品と同様、立派なバレエ音楽の系譜に連なる作品になれるのではないかと、その耳に響く音楽からその様にも感じられました。

 演奏終了後は、すぐに指揮の手を降ろした途端大きな会場からの賞賛の轟音が鳴り響きました。そして今日も初日同様二曲のアンコール演奏が有りました。

《アンコール曲》

①J. シュトラウスII世:オペレッタ『インディゴと40人の盗賊』序曲


②J. シュトラウスII世:ポルカ・シュネル『雷鳴と稲妻』作品324 

 

①は、シュトラウスII世最初のオペレッタの序曲(インディゴ≈アリババ)です。

②は、ニューイヤーコンサートでも、選曲されたことのある曲、何年だったかは、忘れましたが。

 聞いた感じでは、何れもとてもリズム感にあふれた軽快な曲たちで、ソヒエフ・ウィーンフィルは元氣一杯、相当な速さで、弾き抜けました。空想すれば、ウィーンのトラムに王宮の白馬が競争を挑み、騎手がバチバチ鞭をあてて、トラムを電光石火一気に抜き去るシーンを想い抱ける様な気がしました。

 尚アンコールの時、初めて目にする打楽器があったので、後で主催者に尋ねたら「schillen brett」という楽器とのこと。英語の「sleigh bell」と同意語の様ですが、形が普通の物とは、異なっていました。

 超満員(チケット売切)の座席からは、大きな拍手が鳴り止まず、指揮者のソヒエフは、ソロカーテンコールにも応じて登場、挨拶を重ねていました。

 

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 演奏会が終わってホワイエにでたら、一階右翼側の通路に、長蛇の列がありました。

聞いてみたら、ラン・ランが、サイン会を行うという。最近は、コロナの時よりはサイン会が、増えたとはいえ、まだまだ少ないですね。いい機会なので、列に並ぶことに。自分の番が来たので、

❝Thank you for your most beautiful and most perfect  Saint-Saëns 's concert,I've ever heard.❞

と讃えたら、盛んにシーシ、シ-シを繰返していました。

 

(参考)

1.第1主題は4分の3拍子を基本としながらも、実際は変拍子に近い。同時に旋律も様々な楽器に受け継がれていく。第2主題は4分の4拍子で、構成面・音響面ともに第1主題と対比されている。

 

2.プロコフィエフの得意な弦楽器のスケルツォオスティナート的な弦楽器のスタッカートに載って、軽快な主題とリズムが展開される。トリオはニ長調となり、その主部は4分の3拍子でさらに軽快である。回帰したスケルツォでは、はじめに比べ調の変化が激しい。最後はその勢いを保ったまま強奏で終わる。

 

3.前楽章とは対照的に抒情的で落ち着いた歌謡的な主題を持つ。主部は広い音域をもった美しい旋律で、長いフレーズの中で様々な楽器に紡がれてゆく。中間部は第55小節から始まり、葬送行進曲風の楽節を内包している。

 

4.序奏の後、第1楽章の主題を4声のチェロで回想され、生き生きとした主部に入る。第1副主題はフルートにより奏される。第二副主題部では、ブラームス交響曲第1番終楽章のフーガにも似た展開が行われる。コーダでは、この楽章の3つの主題が展開され、終わり直前に突然各楽器を1人に絞って音量を絞ったのち、一気に盛り上げて変ロのトゥッティで終わる。