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綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

オペラ速報/ローマ歌劇場来日公演『トスカ』初日


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【主催者言】

 ゼッフィレッリ生誕100年を記念し、15年ぶりに復活!
神は細部に宿る! 巨匠が美にこだわった『トスカ』
 ローマを舞台とし、ローマで初演された『トスカ』は、ローマ歌劇場にとっては特別な作品です。演出家ゼッフィレッリは2008年、ローマ歌劇場のためにこの『トスカ』をつくりましたが、今年はゼッフィレッリ生誕100年に当たりま す。荘厳な教会、重厚な内装の警視総監室、そして聖アンジェロ城での緊迫のフィナーレ。その根底にあるのは「演出家には作曲家から託された物語を伝える義務がある」というゼッフィレッリの信念。サラ・ベルナール演じる芝居 を見て、このオペラを書きたいと熱望したプッチーニの想いや描きたかった歌姫トスカのドラマが、ゼッフィレッリの演出と舞台美術によって、迫真の舞台となって繰り広げられます。まさに「神は細部に宿る」と言えます。
 ローマ歌劇場はコロナ禍で1年延期を余儀なくされた日本公演のために現在望み得る最高のキャストを揃えました。 トスカ役を十八番とするソニア・ヨンチェヴァ、トスカが命をかけて愛するカヴァラドッシ役には力強い美声を誇るヴィットリオ・グロゴーロ、迫力の悪役スカルピアには傑出したバリトンと定評をもつロマン・ブルデンコです。今年、日本は時ならぬ「トスカ」の当たり年のようですが、1本選ぶなら迷うことなく本公演です。

【日時】2023.9.17.(日)15:00~

【会場】横浜・県民ホール

【演目】プッチーニ『トスカ』全三幕

【演出】

フランコ・ゼッフィレッリ

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〈Profile〉

 1923年フィレンツェ生まれ。生地の美術院およびフィレンツェ大学建築学部で学んだ後、ローマに移り、映画と演劇の俳優としてデビューする。ルキノ・ヴィスコンティと出会い、彼の演出助手を務め、舞台美術家として活動するとともに、ヴィスコンティから演劇、舞台の世界への情熱を受け継ぐ。
オペラ演出家としての開眼も早く、1953年にロッシーニの『チェネレントラ』をミラノ・スカラ座で手がけ、58年にはマリア・カラスとの『椿姫』をつくった。スカラ座、メトロポリタン・オペラ、英国ロイヤル・オペラ、ウィーン国立歌劇場など、世界の著名な歌劇場に作品を残しているが、そのいずれもが最大級の評価を得る名舞台と認められている。実際の舞台だけでなく、オペラ映画にも優れた手腕を発揮。『カヴァレリア・ルスティカーナ』『道化師』『椿姫』、プラシド・ドミンゴとカティア・リッチャレッリを擁した『オテロ』などがある。
「私のどの作品も、私にとってそれを現実化する必要があったからこそ発表したのだ。だからこそ、私は、この仕事を選んだ時から私の感動の全てをもって、この仕事を愛している」と、言葉を残している。2019年6月没。

【管弦楽】ローマ歌劇場管弦楽団

【指揮】ミケーレ・マリオッティ

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〈Profile〉

 ペーザロ生まれ。ロッシーニ音楽院で作曲と指揮、ペスカレーゼ音楽院でドナート・レンツェッティに管弦楽指揮を学んだ。オペラ指揮者としてのデビューは2005年サレルノでの『セビリャの理髪師』。2007年の『シモン・ボッカネグラ』の成功を機に2008年に就任したボローニャ歌劇場首席指揮者は2018年まで務めた。この間には、ボローニャをはじめ、ミラノ・スカラ座、ペーザロのロッシーニ・フェスティバルほかでの活躍におけるエレガントな音楽づくり、安定したテクニック、鋭い解釈による表現が認められ、第36回アッビアーティ賞の最優秀指揮者に選ばれた。パリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、バイエルン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ザルツブルク音楽祭、メトロポリタン・オペラ、ナポリのサンカルロ劇場ほか、イタリア国内および海外の主要な劇場に招かれ、その実力は広く認められている。
 2022/23シーズンよりローマ歌劇場音楽監督に就任。就任1年目のシーズンには4つの新制作作品を指揮。また、同シーズンのラインナップ発表時には2023/24に『メフィストフェレ』、2024/25に『シモン・ボッカネグラ』、2025/26に『ローエングリン』と、3シーズン先までの予定が発表された。ローマ歌劇場の果敢な挑戦は、マリオッティ音楽監督のもと繰り広げられる。


【合唱】ローマ歌劇場合唱団、NHK東京児童合唱団

【合唱監督】チーロ・ヴィスコ

【衣裳】アンナ・ビアジョッテイ

【照明】マルコ・フィリベック


【出演】

〇トスカ役

ソニア・ヨンチェヴァ

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〈Profile〉

 生誕地のブルガリアのプロヴディフでピアノと声楽を学び、ジュネーブ音楽院で声楽の修士号を取得。2010年にプラシド・ドミンゴ主宰のオペラリアで第一位と文化賞を受賞したのをはじめ、数々の著名な国際コンクールで優勝を果たす。独特の美しい声とドラマティックな表現力、華のある舞台姿でメトロポリタン・オペラ、英国ロイヤル・オペラ、ミラノ・スカラ座、バイエルン国立歌劇場、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座など、世界の主要な歌劇場に欠かせない存在となっている。バロックからプッチーニ、ロシア・オペラに至るまで幅広いレパートリーを誇り、特にスカラ座においては1958年のマリア・カラスの伝説的な舞台以降上演の途絶えていたベッリーニ『海賊』の復活上演を果たしたことは特筆に値する。2021/22年シーズンはスカラ座『フェドーラ』、ハンブルク国立歌劇場『マノン・レスコー』、シャンゼリゼ劇場『アンナ・ボレーナ』でそれぞれロールデビュー。2021年にはドイツで最も権威ある賞のひとつ、オーパス・クラシック賞において年間最優秀歌手賞を受賞した。2022年7月のリサイタルは待望の初来日実現となった。

 

〇カヴァラドッシ役

ヴィットリオ・グリゴーロ

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〈Profile〉

 イタリア・アレッツォ生まれ。少年時代にローマのシスティーナ礼拝堂合唱団でソリストを務め、早くからその才能を注目される。23歳でミラノ・スカラ座にデビュー。以降メトロポリタン・オペラ、ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、パリ・オペラ座をはじめとする世界最高峰の歌劇場で『椿姫』、『トスカ』、『ボエーム』、『ファウスト』、『ウェルテル』をはじめとするイタリア、フランスの両オペラにおいて主要な役を演じている現代最高峰テノールの一人。メトロポリタン・オペラでのソロ・コンサートは「魅力的で熱烈でしなやかか楽器のような彼の声は、情熱的な効果をもたらした」(ニューヨーク・タイムズ紙)と各紙に絶賛された。ブライアン・メイやスティングなど他ジャンルのアーティストとの共演にも積極的に取り組み、オペラ界への功績に対してオペラ・ニュース・アワード(2018年)をはじめとする数々の賞を受賞している。2022年、ローマ歌劇場『トス カ』(演出:アレッサンドロ・ダルヴィ)でカヴァラドッシを演じたグリゴーロには、アリア「星は光ぬ」のアンコールを要求する歓声が止まなかった。


〇スカルピア役

ロマン・ブルデンコ

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〈Profile〉

 1984年ロシアのバルナウル生まれ。ノボシビルスクとサンクトペテルブルクの音楽院で学んだ。2006年から2011年まで サンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場ソリストとして活躍。この間の2009年にはサンタ・チェチーリア国立アカデミーのヤング・オペラ・シンガーズで研鑽を積む。2011年にモスクワで開催された国際声楽コンクール、同年パリで開催されたロン・ティボー国際コンクール、2012年北京で開催されたプラシド・ドミンゴ主宰オペラリアをはじめとする数々の国際的なコンクールで才能を認められたことが、世界で活躍する契機となった。2013年にマリンスキー劇場に『愛の妙薬』のベルコーレ役でデビュー、以来、ジュネーブ大劇場、ベルリン・コーミッシェ・オパー、チリのサンティアゴ市立劇場、グラインドボーン・フェスティバルに定期的に出演するほか、チューリッヒ歌劇場、バイエルン国立歌劇場、アレーナ・ディ・ヴェローナ、ベルリン・ドイツ・オペラ、ザルツブルク音楽祭ほかで成功を重ねている。ロシア・オペラはもとより、ヴェルディやプッチーニなどのイタリア・オペラ、さらにはワーグナーをもレパートリーとするスーパー・バリトン。

 

【粗筋】

第一幕 

 1800年6月のある日、サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会聖堂内、は人けのない聖堂に脱獄犯アンジェロッティが入ってきて姿を隠す。やがて画家のカヴァラドッシが壁にマリア像を描く仕事に戻ってくる。肖像のモデルはアッタヴァンティ侯爵夫人だが、カヴァラドッシの恋人は歌姫トスカ。アンジェロッティが再び姿を見せると、旧知の二人は再会を喜ぶ。その時、トスカの声が聞こえ、アンジェロッティは再び隠れる。現れたトスカは、誰かがいた空気に、嫉妬の鎌首をもたげ、壁のマリア像を見て、アッタヴァンティ侯爵夫人に違いないと疑う。トスカは信心深く、聴罪師に話してしまうので、アンジェロッティがいることは打ち明けられない。優しく慰められてトスカは出ていく。郊外の隠れ家を教えていると、脱獄を知らせる砲声が鳴って二人は慌てて退場。入れ違いに聖堂の番人が皆を集めてナポレオン軍の敗退を知らせる。そこに悪名高い警視総監スカルピアが登場。脱獄犯の痕跡を見つけたスカルピアは、マリア像を描いているのがトスカの恋人と知って奸計をめぐらす。折悪しくトスカが戻ってくる。以前からトスカを我がものにと企んでいたスカルピアは、現場に残された侯爵夫人の扇を見せて嫉妬心を煽り、逆上して出て行くトスカを尾けるよう部下に命じる。聖堂内で枢機卿の行列が始まり、荘厳な「テ・デウム」の合唱を背景に、スカルピアは邪悪な心のうちを吐露する。

 

第二幕 

 ファルネーゼ宮殿、警視総監スカルピアの部屋

 スカルピアが己の欲望を満たすべく策をめぐらしているところへ、カヴァラドッシが連行されてくる。折しも王妃の広間で戦勝祝賀カンタータがはじまり、トスカの歌声も聴こえてくる。カヴァラドッシは脱獄犯の行方について口を閉ざしたまま。そこでスカルピアは演奏を終えて現われたトスカを揺さぶるため、隣室でカヴァラドッシを拷問する。恋人の悲痛な叫びに、トスカはついに隠れ家の場所を吐いてしまう。カヴァラドッシは、トスカの裏切りに怒りをにじませるが、その時、先ほどの戦報は誤りで、実はナポレオン軍が勝ったとの知らせ。勝利だ! と叫ぶカヴァラドッシ。スカルピアは直ちに投獄を命じる。連行されるカヴァラドッシを追うトスカを止めて、スカルピアはトスカを口説く。恋人の助命と引き換えに身体を要求するスカルピアに、トスカは侮蔑を投げつけるが、あと1時間で処刑と脅されては、承諾するしかない。スカルピアは見せかけの銃殺刑を部下に命じる。さらにトスカは逃げるための旅券も所望する。スカルピアがそれを書く間に、トスカは食卓のナイフを後ろ手に隠し、自分を抱こうとするスカルピアを刺殺する。

 

第三幕 サンタンジェロ城の露台

 暁の鐘、牧童の歌声。獄に繋がれたカヴァラドッシが、トスカとの幸せな愛の日々を思い出していると、自由の身になったことをトスカが告げに来る。そして、スカルピアを殺した、と。二人は国を出られることの喜びを分かち合う。その前に見せかけの銃殺刑をやらねばならない。夜明けを告げる鐘が鳴り、処刑の時刻が迫る。芝居がうまくいくか、トスカは気が気でない。銃声がして、カヴァラドッシが倒れ込み、兵士たちが去ったのを見届けて、トスカはカヴァラドッシに駆け寄るが、彼は死んでいた! スカルピアに騙されたのだ。慟哭するトスカ。やがてスカルピアの殺害に気づいた部下たちが、犯人を捕えようとやってくるが、トスカは城壁から身を投げて、幕となる。

 

 

【上演の模様】

 昨日までは、ローマ歌劇場公演は、『椿姫』でしたが、今日初めて横浜で『トスカ』を上演するとあって、山下公園近くの会場には多くの観客がかけつけました。会場は、ほぼ満席に近い人びとでうまって見えました。


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 以下には、このオペラの中の次の有名なアリアのヨンチェバとグリゴーロの歌い振りを中心にふり返ってみます。

 

①第一幕〈妙なる調和〉カヴァラドッシ独唱

Vincenzo La Scola -Recondita armonia di bellezze diverse!
È bruna Floria, l'ardente amante mia.
E te, beltade ignota, cinta di chiome bionde,
Tu azzurro hai l'occhio,
Tosca ha l'occhio nero!

L'arte nel suo mistero,
le diverse bellezze insiem confonde...
Ma nel ritrar costei,
Il mio solo pensiero,
Il mio sol pensier sei tu,
Tosca, sei tu!

様々な美しさの中に秘められた調和よ!
私の情熱的な恋人フローリアの髪は栗色だ
そして名も知らぬ美しいあなたは
豊かな金色の髪、
そして青い瞳、
トスカは黒い瞳を持っている!

様々な美しさは
芸術の神秘の中に溶け合っている。
だが、私がこの婦人の肖像を描いている間も、私のただ一筋の思いは、
トスカよ、ただ一人、君だけに!

 

 カヴァラドッシ役のグリゴーロの最初のアリアです。暫く振りで聞く彼のアリアは、更なる高みに達していました。声量、歌の微妙な変化具合、潤いが深まった声質、フレーズとフレーズの間の取り方・呼吸法、どれ一つとってみても、申し分ないものでした。会場からの拍手と歓呼は、轟音の様に鳴り響き、いつまでも鳴りやまなく、グリゴーロは、膝を折って頭を下げたままなので、ひょっとして同じアリアをもう一度アンコールするのでは?と思われる程でした。それは無かったですが。これはさい先いい。今日の公演は、間違いなく最高な物になるとその時確信しました。

 

 

②第二幕〈歌に生き 愛に生き〉トスカ独唱

Vissi d'arte, vissi d'amore,
non feci mai male ad anima viva!
Con man furtiva
quante miserie conobbi aiutai.

私は歌に生き 愛に生き
他人を害することなく
困った人がいれば
そっと手を差し伸べてきました

Sempre con fè sincera
la mia preghiera
ai santi tabernacoli salì.
Sempre con fè sincera
diedi fiori agli altar.

常に誠の信仰をもって
私の祈りは聖なる祭壇へ昇り
常に誠の信仰をもって
祭壇へ花を捧げてきました

Nell'ora del dolore
perché, perché, Signore,
perché me ne rimuneri così?

なのにこの苦難の中
なぜ 何故に 主よ
何故このような報いをお与えになるのですか?

Diedi gioielli della Madonna al manto,
e diedi il canto agli astri, al ciel,
che ne ridean più belli.

聖母様の衣に宝石を捧げ
星々と空に歌を捧げ
いっそう美しく輝いた星々

Nell'ora del dolore,
perché, perché, Signore,
ah, perché me ne rimuneri così?

なのにこの苦難の中
なぜ 何故に 主よ
何故このような報いをお与えになるのですか?

 

 このアリアは余りにも有名な箇所で、古今東西の名ソプラノが、得意歌として競って歌ってきました。

【過去のトスカ姫の〈歌に生き-愛に生き〉】

・ティバルディ------せいせいした伸びやかな歌唱。雲間が急に開けのぞく青空から光がストレートに差し込んで来る感じ。やや固めの声質がしっかり心に突き刺さる。

・カラス-------潤いの有る独特の声質。かなりヴィブラートをかけている。変幻自在の節回しはさすが。

・フリットリ----柔らかで強さがある完璧な歌唱。最高音はやや絶叫調。でもしっかりと心に響く。

・日本人歌手(佐藤しのぶ、森麻季、砂川涼子他)----かなり個性的声質と歌唱法の歌手が多い。上記外人歌手と比し声の発散が物足りない感じもあるが、比較しないで、個々の生演奏を聞いたらきっと素晴らしく感じるのでしょう。

 

 今日のヨンチェバは、昨年聴いたリサイタルの時よりも声に伸びはあるし、麗しい声質だし声量はあるし、感情が籠もった発声だし演技と歌唱がピッタリ合致しているし、こんなソプラノはこれまでみたことがありません。今年3月にMETライブビューイングで彼女主演の『フェドーラ』を見た時も凄いと思いましたが、生演奏ではないですからね。今日の歌い振りは、まるで、ティバルディとカラスとを合わせたみたい。いや贔屓目にはそれ以上に聞こえました。もう涙が出そう。

 その他、第一幕でも同様だったのですが、トスカとカヴァラドッシの二重唱がとても普通では、聴けそうもない迫力満点のものでした。拷問が中断され、総監の部屋に戻されたカヴァラドッシとトスカはつかの間の逢瀬の重唱を二人で歌うのでした。これがまた[素晴らしい×素晴らしい]=重晴れの歌になるのでした。歌の最後の方の空白時に会場から大きな拍手と歓声が沸き、二人の愛人は、会場が静まるまで抱き合ったまま暫し待ち、そのあと急ぎ残りの部分を歌い済ませ会場から消えた二人、オペラだと観客の息遣いを感じ取った演技、演奏が出来るのですね。

 

第三幕

 スカルビアの汚い手により捕縛され、拷問され、銃殺刑となるカヴァラドッシは、城の露台にある刑場に連行され、刑執行までのつかの間の逢瀬をトスカと重唱するのです。トスカが来る直前には絶望的気持ちをこの歌で吐き出すのでした。

〈星は光ぬ〉冒頭のカヴァラドッシ独唱。

 E lucevan le stelle
ed olezzava la terra,
stridea l'uscio dell'orto,
e un passo sfiorava la rena,
entrava ella, fragrante,
mi cadea fra le braccia. 

輝く星々 香る大地
きしむ庭の戸
砂を踏む足音
現れた彼女は
花のごとく香り
私の腕の中へ

Oh! dolci baci, o languide carezze,
mentr'io fremente le belle
forme disciogliea dai veli!
Svanì per sempre
il sogno mio d'amore.
L'ora é fuggita, e muoio disperato,
e non ho amato mai tanto la vita !

ああ 甘い口づけ
とめどない愛撫
僕は震えながら
まぶしい女体を露わにしていく

永遠に消え去った僕の愛の夢
時は過ぎ 絶望の中で僕は死んでいく
これほど命を惜しんだことはない 

 

 これがまたグリゴーロ一流の演技的歌唱で、これ程までこの場面表現をしたテノールはかっていなかったのでは、と思われる位の素晴らしい歌い振りをしたのです。グリゴーロは、三大テナーの後継と言われてから久しいです。これまで、オペラ、リサイタルを合わせ、彼の歌は、何回も聴きに行きました。当初順調にホップ、ステップ、ジャンプするのかなと思っていたら、ジャンプの前辺りで、壁を越えられないのでは?と一時危惧することもありました。しかしここ数年、グリゴーロの歌い振りは、進展著しいものがあると感じています。パバロッティだって、ドミンゴだって、今日の彼の様な感情表現をベースとした演技と表裏一体の歌唱は、出来ないかも知れません。グリゴーロは、三大テナーを既に越えたのかも知れない。

 この後、看守に頼み込みトスカへの遺書をしたためていたのですが、思いがけなくトスカがやって来て、銃殺は見せかけだけだから、と言い含めるトスカ、通行証を手にしたトスカを一旦疑うカラヴァドッシ、しかし総監をナイフで刺殺したという話しを聞いて、疑念は解けたのですが、トスカの説明にまた生きられると喜ぶカラヴァドッシ役のグリゴーロは、それでも何となく元気ない演技をしていました。彼は、やはり銃殺は免れないと本能的に感づいていたのかも知れません。

 そしてトスカの最後、二人が生きてまんまと城を出られたところで、追っ手によってまた捕まってしまったことでしょう。

 それにしても、最後まで後味が悪いのは警視総監スカルピアの犯罪的やり方です。やり口が汚い。これでは、トスカが歌う様に、ローマ市民から、恐れられ嫌われるのは当然です。パラハラ、セクハラの最たるもの。自分の権力をカサにきて、他を服従させる、そして性暴力まで犯して平然と生き、それを繰り返す。あれ!これって何処かで聞いた話しだな。そうそうマスコミで騒がれている、「ジャニーズ問題」と同じではないですか。権力を持っ者が、聖君でなくて犯罪人ではね、どうしようもありません。でも、天網恢々、神は見逃さず天罰を下すのでしょうか?

 何れにせよ、今日のローマ歌劇場トスカ公演は、先日の『椿姫』に負けず劣らずどころか、それを越える大満足のオペラ上演でした。舞台装置も衣裳も豪華、何幕だったか、合唱団総出の幕引きも豪壮なものでした。第三幕の幕が下りると、会場は大興奮状態、観客総立ちのカーテンコールがいつまでも続いたのでした。