【完売】神奈川フィルハーモニー管弦楽団
サマーミューザ×ピアノVol.7辻井のショスタコと熱狂の『英雄の生涯』
【日時】2023.8.10(木) 19:00~
(18:00開場/18:20-18:40プレトーク)
【会場】ミューザ川崎シンフォニーホール
【管弦楽】神奈川フィルハーモニー管弦楽団
【指揮】沼尻竜典(神奈川フィル 音楽監督)
【独奏】辻井伸行 (ビアノ)
【曲目】
①オネゲル『交響詩《夏の牧歌》』
②ショスタコーヴィチ『ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 Op.102』
③R.シュトラウス『交響詩・英雄の生涯Op.40』(ヴァイオリン独奏 石田泰尚)
【演奏の模様】
18:30頃ホールに入って、もうプレトークは終わったかな?と思ったら、館内放送がこれから行うとのこと、すぐに黒ずくめの男が舞台に登場、よく見たら指揮者の沼尻さんでした。いろんな話をしていましたが、頭に残っているのは、次の事です。
・人気者の辻井さんのスケジュールはびっしり埋まっていて、昨年たまたま地方公演の時、サマーミューザの話しになって、いろいろ話す中で、ショスタコーヴィチの話になり、今日(2023.8/10)ならショスタコのコンチェルトを弾いてもいいと辻井さんとの合意に至り実現したとのこと、
・辻井さんは、目が見えないのに、新しい曲でも、完璧に覚えて弾ける様になり、しかもいつも超一流の演奏を披露してしまうので、一体どうやってそこまで出来る様になるのか?不思議。といったことや、
・演奏プログラムのオネゲルや英雄の生涯の曲の特徴について、また楽団員に関して
さだまさしの歌に絡めて、面白ろ、おかしくトークするので、館内は大爆笑、自分をお笑い芸人(確か綾小路きみまろの名もあげて)まがいの話で、聴衆を楽しませていました。マエストロ酔っているのでは?と思った程でした。
さて演奏の方は、
①オネゲル『交響詩《夏の牧歌》』
プログラムノートにもある様に、確かに曲を聴くと、アルプスの朝の涼し気な風景を想起できます。タイトルの ”牧歌 ”は、羊や牛が草を啄む平原ではなく、山間部に点在する牧場なのでしょう。有名なフランスの詩人ランボーの詩の一節(※hukkats注)に触発されてこの曲を作ったといいます。
(※hukkats注)ランボーの詩の一節とはフランスの若い詩人アルチュール・ランボ ー
(1854-1891)が、詩『Aube(夜明け)』として書いた以下の詩の冒頭「J’ai embrsse l’aube d’ete.」のことを指しています。
ランボーとしては決して登山とかアルプスとか関係なく、恐らくパリ市内の何処か宮殿の夏(d’éte)の情景を詠んだものでしょう。オネゲルはきっと好きなランボーの詩集をアルプスの寒村(ヴェンゲン)で朝食前に読んでいて、作曲の契機を掴んだのでしょう。オネゲルも仲々の歌ごころある作曲家だった様です。こうした作曲家は当時としてはかなり持て囃やされ、かなりの人気を博した事でしょう。今でこそ下火人気の風流作曲家かも知れませんが、当時は仲々羽振りが良かったと推定できます。曲の全体イメージも良し。第3曲では、コンマスのソロが牽引するのですが、石田さんの演奏音は、やや女性的かな?ヴェンゲンから名峰ユングフラウヨッホの登山口までは、登山電車で、1時間位で近いですから、理解出来る調べです。曲全体の神奈フィルの演奏も仲々良かった。途中三人のTrmp.奏者が舞台から去り外からバンダ演奏をしていたのも特徴の一つでしょう。最後のファンファーレはR.シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』のHrn.ファンファーレに似たところがあるという。ややその重きが異なると思いましたが。今度ウィーンフィルが演奏するので、耳をそばだてて聴きましょう。
②ショスタコーヴィチ『ピアノ協奏曲第2番 』
全三楽章構成
第1楽章Allegro
第2楽章Andante
第3楽章(Allegro)
辻井さんの演奏を聴いて、トークで話していた沼尻さんの感触と同じ様な感じを抱きました。ホントに天才はいるのだというか、僕はキリスト教徒ではないですが、神の与えたもう奇蹟は有るのだなとつくづく思います。若い頃ヘレンケラーの文を読んだ時以来かな?そうした感慨は。しかもオーケストラとのマッチングに寸毫の違いも有りませんでした。辻井さんにはタクトが見えない筈ですから、恐らく耳に入って来る直前のオーケストラの楽器の音から、瞬時に自分のピアノ音の発音を判断で来て、それら楽器と一緒になってパッセッジを弾くに違いありません。その時間差は測定したとしてもコンマ何千分の一秒の遅れかも知れません。普通の人間の耳にはオーケストラと一緒に、楽譜通り音を出しているとしか聞こえないのでしょう。特に第二楽章のゆったりとした低音部旋律は美しい、ショスタコ固有の旋律美でしょう。(実際には過去のパロディもある様ですが)バッハだってパロディをうまく使って素晴らしい独自の曲体系を組み立てていますから、自分の物に同化してしまえば何ら問題ないのです。
この曲をショスタコは自分の息子のため用に作曲した様でして、第3楽章は息子用にとハノンのメロディも入れていて将に親ばかすぎる位の子供思いが伝わって来る速い生き生きとした若さ溢れる疾走で弾き抜けた曲の感がしました。思ったよりも短い曲でした。同じロシア物でも先日聴いた辻井さんのラフマニノフの3番等の演奏と比べると随分短い。
③R.シュトラウス『交響詩・英雄の生涯』
これは、R.シュトラウスが今は亡きワーグナーの寡婦となっていたコジマから贈呈されたハインリッヒ・フォン・シュタイン著「英雄たちと世界」に感銘を受けて、いつかこの❝英雄❞というテーマで作曲しようと頭に残っていた構想を、1890年代の世紀末に作曲したもので、その後のシュトラウスの数々の名曲、大作の先駆けとなった曲と謂われています。確かに各処に弦楽の分厚いアンサンブルに対峙、交錯するように管楽器群の叫びを用意し。激しく躍動するリズムとテンポを誘導し激しく煽る打楽器の慟哭、又急激に静かな清流の如き素晴らしい流れに身を委ねる奏者の恍惚たる風景、何れをとっても後のシュトラウスの名曲(サロメ、エレクトラ、ばらの騎士)を形成する基盤はこの曲にその萌芽が見られると思いました。所謂(自称「シュトラウス節」の原初とも思える旋律のかけらがあちこちに散在しています。惜しむらくは、それらが未だ洗練された整理済みの状態にはなっていなくて、雑然感を感じる箇所も多くある曲であることです。時間もやや冗長な感じを受ける処もあるかな?
今回の沼尻・神奈フィルはそうした箇所も含め、かなり真面目に誠実に指揮者の求めを表現していたと強く感じました。今後の発展が期待されます。
《追記》ピアノを演奏した辻井さんはソロアンコール演奏をして呉れました。
<アンコール曲>ショパン『ノックターン20番嬰ハ短調』(遺作)
辻井さんのショパンはこれまでアンコールで何回か聴いた事有りますが、これまた上手なのですね。その内ショパンリサイタルを是非開いて頂きたい。聴きにいきたいです。