HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

『自然と人のダイアローグ展』詳報at国立西洋美術館、Ⅰの①

Ⅰ.空を流れる時間

今回の展覧会のテーマは『自然の表象』。このテーマを具現化するため《ダイアローグ×ダイアローグ》と表現したサブテーマを掲げています。ダイアローグは文字通り『対話の意味』、それは第一として、『自然と人とのダイアローグ(対話)』、第二として、今回の展示会の欧州と日本の共同プロジェクトの両軸である『ドイツ・フォルクヴァング美術館』と『日本国立西洋美術館』のそれぞれのコレクション、即ち『<オストハウス・コレクション>と<松方・コレクション>との諸絵画のダイアローグ(対話)』を意味し、その二つの対話の相乗効果により自然を表象しようとするものなのです。

 今回の日本での展覧会に先立ち、ドイツ・エッセン市にある該「フォルクヴァング美術館」において本年2月から5月まで『ダイアローグ×ダイアローグ』展覧会が催され大きな反響がありました。

 当該美術館は、1922年創設で今年100周年を迎えました。創始者のカール・エルネスト・オストハウスは1898年頃から、モダンアート作品を中心に絵画等を急速に収集して、それが現代の当該美術館に引き継がれているのです。

国立西洋美術館

 本展覧会では、Ⅰ.「空を流れる時間、」Ⅱ.「<彼方>への旅 Ⅲ.光の建築」 Ⅳ.「天と地のあいだ、循環する時間」 の四つのセクションに分けられて展示されていました。以降、各セクション毎に分けて(展示絵画が多数に及ぶ時には1セクションを複数回に分けて)、記録していくつもりです。

Ⅰ.の①

 この「空を流れる時間」のセクションは、大気の条件や時間帯に因る光の効果を観察し、ノルマンディーの海岸で雲がたなびく空を観察し、戸外で作品を制作したブーダンから始まります。

 ブーダンは、絵画空間に現実の時間を流れ込ませることを目指し鉄道が運ぶ各地へ足を運び、直接的な自然体験から得られた瞬間的な印象を捉えようとしました。カンヴァス上では雲が流れ、海の騒めきが聞こえそう。

 展示最初の作品は以下のブーダン『トルーヴィルの浜』でした。

ウジェーヌ・ブーダン『トルーヴィルの浜辺』

 今でもフランスのとびっきりのリゾート地の一つトルーヴィルは、セピア色のフランス映画「男と女」(1966) の舞台として有名なドーヴィルのすぐ隣りの港町。ドーヴィルがブルジョワ的雰囲気を漂わせているのに比べて、庶民的な浜辺です。海の上を空がどこまでも広がり、雲の白さが青空を覆い尽くそうとするのですが、雲の動きは速くてすぐに青みが白に交じって来る。人々はリラックスした様子で談笑し、まるで海からの涼風を感じながらリゾート気分を満喫している様。人々よりも圧倒的なスペースを占める空と薄雲からはダイナミックな時間経過を感じることが出来ます。

 次作品もブータンです。

『引き潮のドーヴィルの浜』

 上記したトルーヴィルの隣接の港町ドーヴィル、ここでは海、人、建物は極端に小さく描かれ、かなり広い面積を占める下方の砂浜と水たまりが、上方の大部分の空間を占める空と雲、特に白い中に黒っぽい雲が湧き起きようとしている空と相まって、空に時間の動きを感じさせ、見えない引き潮の動きも顕著に見える様な気までします。

 次のブーダンの作品でも海岸の空が大きく描かれていますが、どこかは不明確です。恐らく上記の海岸と同じノルマンディー海岸の一つなのでしょう。この絵が上記三作品と違う点は、絵の中心近くに三角形状のものが有り、右手の人々、岸壁の灯籠にも見える物、三角形の下に点描されている恐らく多くの人達、挙句に空の雲まで、これらすべてが三角形の求心力に引き付けられている様に見えるのです。そう考えると、この三角形状の物は恐らく大きな客船ではなかろうかと推測できるのです。大型船の船尾を桟橋の入り口から見るとこの様な形状に見えるのでしょう。ここでも多くの動きがあります。

『海浜』

 以上はすべてブーダンの作品ですが、展覧会のこのセクションの中にはブーダンに交じって、マネの作品が展示されていました。マネは踊り子とかの人間描写のみならず、Ⅰセクションの「空を流れる時間」の概念にピッタリ当てはまる以下の様な作品も残しているのですね。 

エドゥアール・マネ『嵐の海』

 ブーダンの作品と比べると明らかにその手法が異なります。「空を流れる時間」より「海の時間」がやや強調されているかなという気もしないではないですが。