【日時】2022.4.15.(金)18:30~
【出演】
・トゥーランドット(ソプラノ):リカルダ・メルベート
・カラフ(テノール):ステファノ・ラ・コッラ
・リュー(ソプラノ):セレーネ・ザネッティ
・ティムール(バス・バリトン):シム・インスン
皇帝アルトゥム(テノール):市川和彦
ピン(バリトン):荻原 潤
パン(テノール):児玉和弘
ポン(テノール):糸賀修平
役人(バリトン):井出壮志朗
【管弦楽】読売日本交響楽団
【指揮】ピエール・ジョルジョ・モランディ
【合唱】東京オペラシンガーズ
【児童合唱】東京少年少女合唱隊
【合唱指揮】宮松重紀(児童指揮、長谷川久恵)
【曲目】プチーニ『トゥーランドット』全三幕
【粗筋】
<第1幕> 伝説の時代の中国、北京の城門前
役人が群衆を前に布令を読み上げている。美貌を誇るトゥーランドット姫は、求婚する者に三つの謎を解くことを課し、解けない場合は斬首刑に処するとの旨。折しも今日は謎解きに失敗したペルシャの王子が処刑されるという。刑をひと目見ようと揉みあいになる群衆のなか、国を追われたダッタン国の元国王ティムールと、彼に付き添う女奴隷のリューは、生き別れとなっていた王子カラフに出会う。3人が再会を喜ぶのも束の間、群衆から同情の声が上がるなか、首斬り役人とともにペルシャの王子が処刑場に引き立てられていく。そして宮殿のバルコニーにトゥーランドット姫が現れると、カラフはその美しさに魅せられてしまう。父であるティムール、涙ながらのリュー、そして宮廷に仕えるピン、パン、ポンの3人の大臣たちは皆、カラフに求婚を思いとどまるよう説得するが、カラフの決心は翻らず、謎に挑戦する合図となる銅鑼を、トゥーランドット姫の名を叫びながら3回打ち鳴らす。
<第2幕>
第1場 3人の大臣たちの控えの間
ピン、パン、ポンの3人が噂話をしている。トゥーランドット姫の謎かけのせいで、今年はすでに13人もの若者が命を失った。3人は、この暗い時代を嘆いて、平穏だった遠いふるさとを懐かしむ。さて次なる若者は婚礼か葬式か……。
第2場 宮殿前の広場
トゥーランドット姫の父である皇帝アルトゥムを讃える群衆。姿を見せたアルトゥムは、カラフの決意が変わらないか確認する。やがてトゥーランドット姫が登場、カラフに冷たい一瞥を投げながら、何故このような謎かけを始めたのかを語る。それはトゥーランドット姫の崇敬するロウ・リン姫が、かつて攻めてきたダッタン軍の若者によって捕らえられ、非業の死を遂げたことに対する復讐だった。しかしそれでもなお、カラフの決意は変わらない。そこでいよいよトゥーランドット姫は三つの謎をかけるが、カラフはそれを「希望」、「血潮」、「トゥーランドット」と次々に解いていく。皇帝をはじめ群衆は歓喜に包まれるが、ひとりトゥーランドット姫だけは、絶望のうちに焦り、父帝に約束を反故にするよう願い出るが、誓いは神聖なものとして却下される。そんな様子を見たカラフは、今度は自分から一つの謎を出題する。「明朝までに私の名を言い当てたら命を捧げよう」と。トゥーランドット姫はこの申し出を受け、群衆が皇帝を讃えるうちに幕となる。
<第3幕>
第1場 宮殿の庭
夜も更けて北京の市中には、若者の名がわかるまで誰も寝てはならない、という布令が出される。カラフはひとり勝利を確信して「誰も寝てはならぬ」と歌う。そこへピン、パン、ポンが現れて、美しい娘たちや金銀財宝でカラフの機嫌をとり、この国を立ち去るよう懇願するが、カラフは拒絶する。その時突然、ティムールとリューが群衆の前に引き立てられ、若者の名を明かすよう責められるが、2人は口を固く噤んでいる。トゥーランドット姫はリューを鞭打たせながら、このような責め苦にリューが耐える理由を訝しむ。リューは自らの最期を悟り、これが恋の力というものであることをトゥーランドット姫に向かって説き、短刀を奪って己の胸に突き刺して果てる。人々はリューの一途な心に感動し、その死を嘆いて遺骸を運び去る。あとにはカラフとトゥーランドット姫の2人が残された。カラフは動揺するトゥーランドット姫のヴェールを剥ぎ、抱きしめて熱い口づけをする。初めての口づけに氷のようなトゥーランドット姫の心も溶け、愛の強い力を感じるのだった。そこでカラフは自分の名を明かし、トゥーランドット姫に己の生命を委ねる。
第2場 宮殿前の広場
皇帝アルトゥムの御前、群衆に囲まれたなかで、トゥーランドット姫は若者の名が判明したと高らかに宣言する。その名は……愛! と、トゥーランドット姫は喜ばしく叫ぶ。カラフはトゥーランドット姫に駆け寄り、群衆は歓呼して皇帝を讃え、大団円を迎えて終幕となる。
【上演の模様】
このオペラは演奏会形式とは言え、先だっての『ローエングリン』演奏会形式の迫力ある素晴らしい歌唱に酔ったばかりなので、「柳の下にドジョウ」を期待して聴きに行きました。各幕の聴き処を中心に記します。かってはマリア・カラスも演じたトゥーランドット姫、カラスのみならずティバルディ、カティア・レッチャレッリ、カバリエ、など歴代の歌姫たちも競って歌いました。
今日の出演は主役4ポストを外国人歌手が占め、皇帝と部下の三大臣他の比較的出演機会が多い役を日本人歌手が努めました。
第一幕
ステージ前面には読売日本交響楽団が陣取ってほぼ原典の器楽構成で配置し、ステージ奥の高台に男・女声各30人、計60人ほどの合唱団が座席に対向して布陣しています。開演となり指揮台にモランディが上がるとオケが鳴り出しました。
オペラの場面では、中国・北京の宮殿前の広場。多くの群衆があふれかえっていて、そこに官吏が登場,皇帝アルトゥムの娘トゥーランドット姫(以下姫と略記)が行っている北京の掟を知らせるのですが、今日は演奏会方式ですから想像をたくましくして歌とオケを聴くほか有りません。ブラスの響きに続き弦が単音を間隔を置いて布告調に鳴らし、続くパーカッションはシロフォンの音あり、官吏は宣告します。❝(高官)ペキンの民よ!これは法である。清らなるトゥーランドット姫は王家の血を引く者の花嫁となるだろう。姫が出される三つの謎を解いた者の。だが 挑戦者がもし敗れたときには、斧にその誇り高き首を差し出さねばならぬ❞と。官吏はペルシャ等多くの挑戦者が失敗し首をはねられたことを単調な調子と声で、歌いあげます。
すぐに合唱団が
❝死ね!そうだ 死ね!われらは死刑執行人を待っている!早く 早く!死だ!死だ!処刑だ!死ね!死ね!早く 早く!お前が現れないのなら われらがお前を起こしに行くぞ!プー・ティン・パオよ プー・ティン・パオよ!宮殿へ!宮殿へ!宮殿へ!❞
と、せわしなく歌って騒ぎ立てる群衆を表現。管弦楽も力一杯合唱ともども異様な雰囲気を演奏で表現している。その後舞台前面に王子カラフと従者リュウと老人ティムール(実はカラフの父親)が登場し、この三人のやり取りが歌われました。中でもリュウ役のセレーネ・ザネッティが歌う「おききください、王子さま」は、奇麗な声で、王子の挑戦を止めようとして下僕(しかも女奴隷として)の身分を顧みず、命を顧みない献身的な気持ち、を切々と歌う姿に会場は静まりかえり、シーンと聞き耳を立てている感じでした。勿論自分もそうでした。ザネッティの声は高音は細いのですが、ずーっと安定して長く息が続きいい感じでした。
❝<リュー>ご主人さま お聞きください。ああ、ご主人さま お聞きを!リューはもう耐えられません。心が砕けてしまいます!ああ どれほど長い道のりをあなた様の名を心に抱きあなた様の名を口にしながら歩いてきたことか。でももしあなた様の運命が明日にも決まってしまったなら さすらいの道の上で私たちは死んでしまいます。あの方は息子を失い...私はあの微笑みの面影を失うのです リューはもう耐えられません ああ!❞ 。
歌い終わったザネッティを見つめる観客、一瞬の沈黙のあとそれを被る会場からの大きな拍手の嵐、暫く鳴り止みませんでした。自分も思わず手が痛くなる程叩いていた。これは低い身分でありながら、心深くに抱いていた淡い恋心の表現でもあるのでしょう。プッチーニはこうしたお涙頂戴の滔々としたアリアを、タイトルロール役でないキャストに割り振って作曲したのです。しかも高い身分の者に愛、恋などは語ってはならない低い身分の者のアリアとして。でもよく考えれば、リューはご主人様である元韃靼人の王ティムールを、助けながら北京まで落ち延びてきた訳ですから、もともと王に仕えていた王の覚え目出度き、最も信頼のある世話役の侍女だったのでしょう。中華物の歴史書や歴史ドラマを見ると、昔は戦争で勝った国は、敗者(勿論軍隊のみならず民間人まで)の命から財産まで蹂躙してしまうのですが、男、子は皆殺しにされても、女性、特に高い地位にあった者、例えば王族や貴族の夫人、女子、また何らかの理由で勝者の王に見初められた女性は命を助けられ、女奴隷として勝者にかしずくか、奴隷市場で売られるのが珍しくなかった様です。中国ではないですが、確かアイーダもそうじゃなかったかな? 従ってリューも女奴隷という身分にせよ、その以前は高いたしなみと気高い気質を有していた、別な国の高い身分出身だった可能性があるのでは?などと同情してしまいます。 これに対して王子カラフが答えて歌うアリア「泣くなリュー」が続いて歌われました。この辺りが第一幕の大きな見どころ聴き処でしょう。
❝<カラフ、泣くな リューよ!もしもあの遠い日に私が微笑んだのならその微笑みに免じて可愛い娘よ聞いてくれ お前の主人は明日には多分この世に一人ぼっちだ...彼を見捨てないでくれ お前と一緒にここを去るのだ!❞
ここで「お前の主人」と言っているのは、カラフの父、ティムールのことです。ティムールとカラフ、リューたちはもともと北京まで逃げ延びて来た流民(今風だと難民)ですから、何も北京に留まる理由は無い筈でした。再会した三人が新天地で力を合わせてやっていけば、別な人生展開があったかも知れません。そこを父親とリューは主張したのですが、何せ、トゥーランドット姫をチラッと見た王子は一目惚れしてしまったというのですから、始末に負えません。そんなに絶世の美女だったのかな?いや王子のタイプだったのでしょう、きっと。でも普通だったら謎解きの成功率はフィフティーフィフティと考えて躊躇する筈ですが、カラフ王子は一貫して自信満々ですね。弱音を吐いていません。何等かのからくりがあるのでは?例えば謎の回答集の過去問を予習したとか、姫の漏洩情報を手にしたとか。いけない、いけない!下衆の勘繰りをしてはいけません。でも王子カラフの内心は非常に苦しかったのでしょうね。以下の歌のやり取りに葛藤する気持ちがよく表れています。
❝<カラフ>おお聖なる美しさよ奇跡よ!私は苦しいのです 父上 私は苦しい!
<ティムール>いかん いかん!わしを支えてくれ リューよ お前からも話してくれ!ここに救いはないのだ!お前の手で彼の手を取ってくれ!
<リュー>
ご主人さま ここを立ち去りましょう!
<ティムール>
人生は別のところにある!
<カラフ>
これが私の人生です 父上!
<ティムール>
人生は別のところにある!
<カラフ>
私は苦しいのです 父上 私は苦しい!
<ティムール>
ここには救いはないぞ!
<カラフ>
人生は 父上 ここにあります!
トゥーランドット!トゥーランドット!トゥーランドット!
<ペルシャの王子の声>
トゥーランドット!
<群衆>
ああ!
<ティムール>
(息子を抱いて)
お前もあのように死にたいのか?
<カラフ>
勝ち取って見せます 父上 彼女の美しさを!
<ティムール>
お前もあのように死にたいのか?
<カラフ>
見事勝ち取って見せましょう
彼女の美しさを!❞
ここで、カラフ役のステファノ・ラ・コッラのテノールは、大きな声も出るし声質も比較的柔らかで、相当な高音も出ていました。でも出音の出だしがややもやもやと聞こえる処があり又全体としての旋律の安定性不足の箇所が散見され、まだまだ未完の大器という感じを持ちました。
一方、父親ティムール役のシム・インスンは自分の型を有しているバリトンと見ました。この声質は過去にどこかで、確かジェルモン役の歌手で聴いた時の感じに似ていました。だれだったかは俄かに思い出せないのですが。
ここまででも独唱者の奮闘は聞いていて、十分な実感として伝わってきましたが、それ以上にモランディ指揮の読響の管弦楽アンサンブルの活躍と、管と打の大活躍で大いにに盛り上がった、トゥーランドット姫の残忍さ、民衆の場的興奮を、一層際立たせる役割を果たした合唱陣の活躍を、特記しておかなければなりません。「殺せ!殺せ!」と叫ぶ興奮した人々の集団心理の怖さは、フランス革命を持ち出すまでもなく、イタリアにおける各種戦争・紛争の歴史の中で、プッチーニは良くそれを認識していたと思うのです。
又これも特記しておかなければならない点は、プッチーニがこのオペラの歌唱にも、オケの演奏曲にも、東洋風調べをふんだんに取り入れたという点です。度々登場する「東天紅」の旋律は冒頭何か「夕焼け小焼け」に似た感じもあり近親感が湧きましたし、児童合唱も登場させて「向こうの山々でコウノトリが泣きました・・・云々」などと歌わせて効果を上げていました。
又以上に記した(準も含めた)四大タイトルロール歌手以外では、所謂三人組(ピン、パン、ポン)のテノール若しくはバリトンの日本人歌手陣もなかなかの健闘でした。
歌だけでなく、動作、雰囲気に道化的コミカル性を要する役ですが、萩原、児玉、糸賀の三氏は、かなりの確率で成功していたと思います。