今回の上演は時間の関係だと思いますが、前半が第一幕と第二幕を通して上演、休憩を挟んで後半は第三幕が上演されました。
【日時】2023.2.23.(木・祝) 18:00~
【会場】東京文化会館
【演目】プッチーニ『トゥーランドット』
【管弦楽】新日本フィルハーモニー交響楽団
【指揮】ディウス・マテウス
【演出】ダニエル・クレーマー
【合唱】二期会合唱団
【合唱指揮】佐藤 宏
【セノグラフィー、デジタル&ライトアート】チームラボ
【ステージデザイン】チームラボアーキテクツ
【衣裳】中野希美江
【照明】シモン・トロッテ
【振付】ティム・クレイドン
【演出補】デレク・ウォーカー
【演出助手】島田彌六
【舞台監督】幸泉浩司
【公演監督】大島幾雄
【公演監督補】佐々木典子
【出演】
配役 |
2月23日(木・祝) |
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トゥーランドット姫 |
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皇帝アルトゥム |
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ティムール |
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王子カラフ |
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リュー |
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大臣ピン |
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大臣パン |
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大臣ポン |
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役人 |
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【上演の模様】
《第三幕》
第1場 夜の王宮の庭
前幕(二幕)でカラフが三つの謎に見事正答して、逆問をトゥーランドット姫に投げかけたその夜、北京には不穏な空気が流れています。逆問とは、「カラフの名前を夜明け前まで姫様言い当てて下さい」というもの。答えが正解ならば、カラフは自分が三つの謎解きで勝った権利を反故にして命を姫に捧げます」というのです。ですから北京中はてんやわんや、不眠のお触れが出て、皆カラフの名前を探り当てよと一大捜索が始まりました。
舞台ではオーケストラが静かにやや不安そうな調べを響かせています。能管の様な非常に高い不協的音がピーと立てているのはピッコロでしょうか。その音に寄り添ってトライアングルがチーンと鳴らされ、男声合唱が声を張り上げました。対して女声は静かにおしとやかに。
❝<役人たち>トゥーランドット姫が命じられたのだ 今夜は誰もペキンでは眠ってはならぬ!
<群衆>誰も眠ってはならぬ! 誰も眠ってはならぬ!
<役人たち>死刑に処せられると思え あの見知らぬ者の名が朝の前に明らかにされねば!
<群衆>死刑だって死刑だって!<役人達>今夜は誰もペキンでは眠ってはならぬ!
<群衆>誰も眠ってはならぬ! 誰も眠ってはならぬ❞
ここでこのオペラ随一の有名なアリアをカラフは歌うのでした。いやこのオペラ随一どころか、あらゆるオペラの中でも名アリアとして親しまれてきているこの歌は、往年の名男声歌手たちによって歌われ、多くの録音が残っています。どれもが素晴らしいテノールを披露しています。フランコ・コレッリ、デイ・ステファノ、デル・モナコ、ルチアーノ・パヴァロッティ等々。中でもパヴァロッティの歌は別格ですね。こんな歌は後にも先にも聞けないでしょう。
❝誰も眠ってはならぬ!あなたもです。 おおプリンセス あなたの冷たい部屋で 震える星を見ている 愛と希望に震える星を!だが 私の秘密は 私の中に隠されている 私の名前は誰も知らないのだ!いや だが 私はあなたの口にそれを告げよう 光が輝き出す時に!そして、私のくちづけは溶かすのだ あなたを私のものとするこの沈黙を!❞
カラフ役の樋口さんは満を持していたとばかりこのアリアを歌い始めました、前幕までの歌い振りとは見違える程の響くテノールをホール一杯に轟かせました。高音もしっかり出ていたし、全体として、素晴らしい『誰も寝てはならない』でした。<女たち>(舞台裏から女声で歌う声が、)
❝彼の名前は誰も知らないでしょう...だから私たちは ああ!死ぬのね!死ぬのね! ❞ と合唱するのは、名前が分からなくて夜が明けたら、人々の命はないという事を言っているのです。「苛政は虎よりも猛し」ですね。現代に於いてでさえ、苛政を行っている国があるのですから、その昔は如何に多くの国で国民を餌にしていたことか!
続いて3人組「ピン、パン、ポン」がやって来て、三重唱でその焦りを表現、次にはカラフを色仕掛けで攻略し名前を聞き出そうとしたり、この辺りは三人の歌と合唱が早口言葉の様に次々と東洋風旋律に乗って歌が流れました。さらに財宝を使ったり、残忍な姫の拷問の恐ろしさを歌って脅したり、それでもカラフは名前を白状しません。
この辺りでは、合唱がカラフ、ピン、パン、ポンなどのソリストの詠唱と対話的に進みます。
❝<カラフ> 祈っても無駄だ!脅しても無駄だ!世界が壊れようとも 私はトゥーランドットが欲しい!❞ と絶対自分では名前を明かさない意向を歌います。ここもちょっと常識では考えにくいですね。それ程までのことをして獲得する価値のある女性なのでしょうか? 謎かけ問答に敗れても冷酷な気持ちは変わらず約束を守らず、カラフの出した妥協策の問いも汚い手で、人民総出で命がけで名前を探させ、その挙句カラフの父ティムールとリューを引っ張って来て、二人を餌にして聞き出そうと魔でします。
ここでカラフの処に姿を現したトゥーランドット姫は歌いました。、
❝<トゥーランドット>すぐに分かる!言え じじい!こやつに喋らせよ!名前を!❞
と口汚くののしる姫、ここまでされて、「トゥーランドットが欲しい」と歌うカラフの気が知れません。何か魂胆があるのでは?と勘繰りたくなります。そういえば、この三つの謎解きに命がけで挑んだ動機もはっきりしない。一か八か王家への婿入りを狙ったにしては心が綺麗なようだし、一幕の最後姫を一目惚れしたのも謎です。いくら美しい女性でも、これだけ長年残酷なことをして来た王女は、冷酷さが顔に出てきますよ。それに一目惚れしたなど信じ難い。ここまでして、頑くなトゥーランドット姫が欲しいのは、余程魂胆があったか、こんな姫でもキス一つでナンパ出来る自信を持ったのか、或いはキリスト教の聖人の様に限りない自己犠牲を通して「愛」の力を高らかに謳い揚げたかったのかはっきりしません。
すんなりと腑に落ちない物語の箇所が多いオペラですが、それはさて置いて、リュウのこれこそ自己犠牲を通した人物、身分の違う王子への思いを貫き通したリュウの存在、これこそプッチーニが一番描きたかったのかも知れません。父ティムールとリューの二人を餌にして、名前を聞き出そうとします。カラフは、「二人は自分を知らない」とかばうのですが、リューが突然 ❝あなたがお探しの名前は私だけが知っています❞と衝撃の告白をしてしまうのです。だけれどもいくら痛めつけられてもリューはカラフの名前を白状することは有りませんでした。これは仕えているチムールと、心でうやまう王子様に、尋問、拷問の鉾先を向かわせない様にするためのリューが機転を利かせた告白だったのでしょうが、今回の舞台では、王子カラフは上半身を裸にされ、痛めつけられ名前の白状を豪要される演出でした。リューは最後のアリアを歌いました。
❝<リュー>この愛は秘めた 人知れずのもの 大きくて この拷問さえも 私にとっては甘く感じられるのです なぜなら 贈り物を差し上げられるのですから 私のご主人さまに...なぜなら 黙ってさえいれば 差し上げられるのですから あの方にあなたの愛を... 私はあなたに差し上げます プリンセス そして私はすべてを失う!すべてを失うのです!手の届かない希望でしたけれど!私を縛ってください! 私を引き裂いてください!私に与えられた苦痛と苦悩!ああ!それは至高の贈り物になるのです
私の愛の!❞
❝<リュー> はい、プリンセス お聞きください!氷のようなあなた様も熱い炎に打ち負かされて この方を愛するようになられましょう!夜が明ける前に 私は疲れた目を閉じましょう あの方は再び勝つのですから...再び勝つ!もう...これ以上見なくても済むように!夜が明ける前に 私は疲れた目を閉じましょう これ以上見なくても済むように!❞
と歌うリュー役の竹多さんの詠唱は、しみじみと心に響く品のいいソプラノでした。
そして彼女は自ら剣で自死するのでした。
これを見たカラフは、姫に駆け寄り次に歌われる様に実力行使するのでした。
❝<トゥーランドット>何をするの 異邦人!私はただの人ではないのです 私は天子の娘ですよ 自由で清らかな あなたは私の冷たいベールを引き裂くことはできます でも この魂は天にあるのです!
<カラフ>あなたの魂が天にあっても その体はすぐ近くにある!この燃える手で その金の縁に触れよう あなたの星のマントの 私の口は震えながら あなたの口に押しつけられる...
<トゥーランドット>不敬なことはしないで!
<カラフ>生命を感じるのだ!あなたの冷たさは偽りだ!
<トゥーランドット>いや! 誰も私を手に入れることはできない!
<カラフ>あなたは私のものになるのです!
<カラフ>いいえ、あなたのくちづけは 私に永遠を与える!
<トゥーランドット>冒涜です!私は一体どうなるの?負けたわ!
<カラフ>(彼女に情熱的にくちづけしながら)私の花よ!ああ!私の朝の花!私の花よ あなたに息を吹きかけよう!あなたのユリの胸は ああ!私の胸で震えている! .
泣いてるのですか?
<トゥーランドット>もう夜明けです!もう夜明けです! ......もう夜明けです!トゥーランドットは沈む!❞
信じられません。こんなことで、あの氷の女王の様な冷たい心のトゥーランドットが氷解するとは。きっとリュ―が天界から魔法のマイクロ波でも送って、氷を誘導加熱して溶かしたのでしょう。
こうして最後は、ハッピー・エンド。二人は万雷の歓呼に迎えられて人々の祝福を受けるのでした。最後、トゥーランドットの歌せりふがキザですね。
❝<トゥーランドット>神聖なる父上、私はこの異邦人の名を知りました! (カラフを見つめて)彼の名は・・・愛!❞
全幕聴き終わって、やはりこのオペラでは、主役級歌手、王子、リュー、姫の三者のアリアが力を発揮すれば、ピン、パン、ポン、皇帝、ティムール役の助力も得て、上演が成功に導かれることを痛感しました。加えるに今回は、映像、光技術を駆使した舞台演技が、目くるめく夢物物語の世界に聴衆を誘うという新機軸を打ち出した斬新さは評価に値すると思いました。
尚、今回の色彩溢れる光と映像の演出舞台はかなりカラフルな印象を受けました。その内の幾つかの画像をH.P.等から以下に引用して置きます。
ゴールドに輝く中央にトゥーランドット姫。眩いばかりの光が幻想的。
中央の人物が立体的に浮かび上がる
現代アートな衣装に注目。
没入感を感じる瞬間。
クライマックスの有名なシーン。カラフは自分の名を名乗り…。背景が刻々と変化、色彩が鮮やかかつ華やか。
ついでに、主役三歌手の Three Shot 写真(東京二期会のtwitter より)を一枚。
田崎さんは、以前何かの時に調べたら、会津出身、しかも歌の名門、会津女子高出身なのですね。将に会津鶴ケ城のお姫様、対する樋口さんは二本松の出身、高校は福島の様ですからこちらも歌・合唱で有名な地方都市です。また二本松と言えば、かって霞ケ城があり、戊辰の役で滅ぼされた二本松少年隊にダブってカラフ役が見えます。さらに竹多さんは金沢の出身、勿論百万石の城下町です。これ程このオペラにピッタリの歌手陣は珍しいのでは?