表記のリサイタルは、あの上岡さん、そうです指揮者の上岡さんが弾くというのです。最初演奏会誌を見た時はどこかで聞いたことがある様な無い様なピアニストだなと思いました。次に考えたのは、ピアニストに指揮者の上岡さんと同じ名前の人がいるものだと思いました。ところがリサイタルの詳細を読んだら、指揮者そのものではないですか、またびっくり。海外にはピアニストでタクトを振る人は結構います。アシュケナージ、プレトニョフ、バレンボイム等々。でもあの上岡さんがリサイタルを開くとは?もちろん上岡さんの指揮するオケの演奏は聴いています。でも弾き振りも見たことないし、まさか彼のピアノの腕前がリサイタルをやる程とは、とんと知りませんでした。知る人ぞ知るで、ピアノが上手という事を知っていた人もいることでしょう、きっと。これはぜひ聞きに行かなくちゃと思いチケットを取りました。
【日時】2022.4.14.13:30~
【会場】神奈川県立音楽堂
【演奏】上岡敏之(前新日フィル音楽監督)
【曲目】
①ショパン:バラード 第1番 op.23
②スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第9番「黒ミサ」
③ショパン:ノクターン ホ短調 op.72-1
④ショパン:ポロネーズ第6番「英雄」変イ長調
⑤ドビュッシー:ヒースの茂る荒れ地
⑥ドビュッシー:花火
⑦ドビュッシー:エレジー
⑧ショパン:スケルツォ 第1番 op.20
⑨プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第8番 「戦争ソナタ」
【Profile】
神奈川県立湘南高等学校を経て、1979年に東京藝術大学に入学し、マルティン・メルツァー教授の下で指揮、作曲、ピアノ、ヴァイオリンを学ぶ。在学中の1982年に安宅賞を受賞。1984年、ロータリーの奨学生としてハンブルク音楽大学に留学し、指揮をクラウスペーター・ザイベルに師事。1986年にはマセフィールドの奨学金受けさらに研磨を積んでいる。
1987年、ハンブルク音楽演劇大学で室内楽および伴奏の講師として地位を得るとともに、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の州都キールのキール劇場でソロ・レペティートゥアおよび専属指揮者として契約。1992年までこの活動は続けられ、その後拠点をノルトライン=ヴェストファーレン州のエッセンに移し、エッセンの市立アールト劇場の第一専属指揮者として活躍。その間、エッセンの州立フォルクヴァンク音楽大学の吹奏楽および指揮法の講師も務めている。
1996年から2004年8月まで、ヘッセン州の州都ヴィースバーデンにあるヘッセン州立歌劇場の音楽監督。1997年から2006年まで、ノルトライン=ヴェストファーレン州ヘルフォルトの北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者。
2000年-2001年にはフランクフルト音楽大学で音楽アンサンブルの代理教授も務め、2004年10月以降ザールブリュッケン音楽大学の正教授の任にある。ヴィースバーデンでは、ドイツ音楽協議会とともに2度の重要な指揮者フォーラムを開催し、同協議会の審査員の任にもついている。2004年からノルトライン=ヴェストファーレン州ヴッパータール市の音楽総監督(2010年まで)、およびヴッパータール交響楽団の首席指揮者に就任。2009/10年シーズンより、ザールラント州立劇場(ザールブリュッケン市)の音楽総監督に就任。
ドイツ国内では、ポストのあるザールラント州立劇場およびヴッパータール交響楽団以外に、20以上のオーケストラで指揮をして成功を収めている。 日本においてもオーケストラへ定期的に客演するとともに、ソロ・ピアニストとしても活動を行っている。
【演奏の模様】
大抵の指揮者はピアノを利用するのが必須なのでしょう。あの総譜を覚えるのもピアノで各パートを演奏してからだと理解し易いのでしょう。中には飯守泰次郎さんの様にピアノを弾き語りながら一時間位オペラの見どころ聴き処を解説しているU-tubeまであって、しかも非常に上手にピアノでオペラを語るので驚いてしまいました。
色々調べると、実は上岡さんは、2018年3月にすみだトリフォニーホールで同様なリサイタルをやっている模様です。その時は曲目は異なりますが、今回とほぼ同じ作曲家の曲を選んでいます。ですから今回が初めてではなかったのですね。
神奈川県立音楽堂は、建設60年近く経つ古いホールですが、音響効果が割りといい事で知られています。会場は平日のアフタヌーンコンサートであるにもかかわらず、9割方の座席は埋まっていました。年配の人や主婦とおぼしき方等古くからのファンが多いのでしょうか?次に聴いた感想を率直に記しますと、
驚いたことが、二点有りました。一つは、登壇と同時にホール内のすべての照明は消灯され、ピアノの処だけがスポットライトが当てられました。オペラに行くと、舞台を見ることに集中するためなのか真っ暗に消灯されますが、ピアノリサイタルでは今まで一度もそういうことは有りませんでした。従ってプログラムも読むことが出来ない位真っ暗です。二点目は、予定曲目の①~⑧までを、一息も付かず一気通貫で弾き切ってしまったことです。①のバラードだって結構、軽くない大曲ですし、弾き終わったらピアニストは拍手を浴び、袖に行って一息ついて再登場して、次の別な作曲家の曲を弾くものとばかり思っていたら、アタッカ的に②スクリャービンの「黒ソナタ」を弾き始めたのでした。それが終わると次の③「ノックターン」そして間髪を入れず④「英雄ポロネーズ」といった具合で、あれよあれよと見ている間に八曲全部弾き終わってしまいました。これには参った!ですね。でも考えてみると、指揮者にとっては、通常20~30分の曲を演奏することなど当たり前で時には40分、50分、場合によっては1時間を超える曲を振ることだってある訳ですから、長く曲を演奏する習慣が身に付いているのかもしれない。かといってそれをリサイタルでやったら、聴く方としては、ついて行くのも大変、もう少しゆったりと、じっくりと聴きたかった気もします。
演奏自体は大したものです。指揮者のピアノ演奏ではなく、謳い文句通りの❝ピアニスト❞の演奏でした。特に最後のスケルツオ1番は良かった。結構指使いがこんがらかる速いパッセジも多いのですが、上岡さんはほぼ完ぺきに弾き切りました。勿論すべての曲を暗譜です。ただ最初の方の、例えば①の冒頭の速い指使いの箇所では、指のバランスがどの指でしょう?他の指たちとのバランスを僅かに崩すケースがかいま見られ、これまで聴いて来ているピアニストの調べとは違った印象に聴こえた箇所がありました。又④の演奏では、ややもたつき加減の箇所もあり、前半の演奏を一言で総括すると、❛立ち上がりに見えた粗さ、次第に滑らかさを増加、最後は至福❜となるでしょうか。
ここで20分間の休憩です。
休憩後は残った⑨プロコフィエフの『戦争ソナタ』の演奏です。配布されたプログラムの曲目解説は、演奏が終わってから読むことが出来たのですが、この作曲家はウクライナ生まれとは知りませんでした。国際的なピアノコンクールの本選の課題曲にプロコフィエフの「ピアノ協奏曲」が入っている位、ピアノ曲は見事なもので、しかも難曲が多いのです。この後半の上岡さんの演奏は、見事というしかない演奏でした。鍵盤が良く見える席だったのですが、素人目にも左右の指の動きが非常に難しいと思える様子でしかも軽やかに速い動きで素晴らしい運指、指捌きをしていました。作曲家も天才ですが、あれだけ見事に弾ける指揮者上岡さんも天才と言えるでしょう。確か上岡さんは音楽大学は東京藝大ですが、高等学校は、神川県立湘南高校出身だったと思います。指揮者大野和士さんとほぼ同じキャリアでしたね。確か1970年代の湘南高校は、進学校として神奈川県随一だったと記憶しています。東京大学合格者数では確かベストテンの常連校だったと思う。そういう意味での才能豊かな人たちが、音楽の道に進んだ訳ですから、マルチな能力を発揮しても当然かも知れません。東大卒を売り文句にしているピアニストも現に存在する今日この頃ですから。
今度、上岡さんが振るオーケストラを聴く時は、是非弾き振りを演じて欲しい。モーツアルトの15番のコンチェルトでも。その時は万難を排して聴きに行きたいと思います。
なお、アンコール演奏が四曲ありました。
(1)ヘンデル(ケンプ編曲): クラヴィーア組曲第1番より、メヌエット
(2)シューベルト: 楽興の時 第2番 Op. 94-2
(3)バッハ:平均率クラヴィーア曲集第1巻 第1番より プレリュード
(4)スクリャービン : 3つの小品より「アルバムの綴り」 Op.45-1
このアンコール演奏が又圧巻でした。どれもがいい演奏でしたが、特にシューベルトは大好きなので、とても良く聞こえました。
総まとめすると、 ❛後半と アンコールあり そのための 前半演奏 手馴らしかな?❜
<追記>
・プロコフィエフはバレエ音楽も作っていて、今度『ロミオとジュリエット』があるので見に行きたいと思います。
・東京春音楽祭の最後を飾る筈だった「プリン・ターフェルのオペラナイト」がコロナのせいで中止になってしまいました。残念です。まだまだ注意を怠れませんね。
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