HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

『藤田真央ピアノ・リサイタル』

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【日時】2022.1.8.(土)13:30~

【会場】ミューザ川崎

【演奏】藤田真央(Pf)

【Profile】

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2019年6月チャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞。審査員や聴衆から熱狂的に支持され、世界中に注目された。2017年には18歳で、第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール優勝。併せて「青年批評家賞」「聴衆賞」「現代曲賞」の特別賞を受賞。2016年には浜松国際ピアノアカデミーコンクールで第1位に輝くなど、国内外での受賞を重ねている。
 2019年10月に、ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団と共演しロンドン・デビュー。THE TIMES紙で「藤田は素晴らしい表現力と趣味の良い感性を持っており、躍動的で雄弁な詩情と、深みのある解釈を持ちつつ、恐れを知らない大胆な表現ができる。」と大絶賛された他、ミュンヘン、ニューヨーク、モスクワ、サンクトペテルブルグ、ソウルなどでもデビュー。
 2019年12月ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団日本公演で、急な代役としてチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番を演奏。初めての演奏にも関わらず、瑞々しい音色、豊かな抒情性、類まれな音楽センスで、多くの聴衆を魅了。指揮者やオーケストラからも讃辞を受けた。
 これまでにヴェルビエ音楽祭、ルール音楽祭、ナントのラ・フォル・ジュルネ、ジョージアのツィナンダリ音楽祭、リガのユールマラ音楽祭などに参加。今夏のヴェルビエ音楽祭での《モーツァルト:ピアノ・ソナタ全曲演奏会(5回)》はmedici.tvを通じで世界中に放映され、大きな注目を集めた。またユールマラ音楽祭では、マリア・ジョアン・ピリスの急遽の代役としてクローズド公演に出演し、ラトビア国立歌劇場の満員の聴衆からスタンディングオベーションで迎えられた。
 2021/2022シーズンは、ミュンヘンでゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル、エルサレムでエッシェンバッハ指揮イスラエル・フィル、ロンドンでワシリー・ペトレンコ指揮ロイヤル・フィルなどと共演、国内でも大野和士指揮東京都交響楽団と共演するほか、3年5回にわたり行う《モーツァルト:ピアノ・ソナタ全曲演奏会》を日本各地で継続している。
 1998年東京生まれ。東京音楽大学卒業。
ロームミュージックファンデーション奨学生。江副記念リクルート財団第 49回奨学生。
 2020年、有望な若手に贈られる「第21回ホテルオークラ音楽賞」「第30回出光音楽賞」を受賞した。

【曲目】

①ショパン:ノックターン13番ハ短調Op.48-1

②ショパン:ノックターン14番嬰ヘ短調Op.48-2

③ショパン:バラード第3番Op.47

④リスト:バラード第2番 S.171 R.16

⑤ブラームス:主題と変奏ニ短調Op.18b

⑥クララ・シューマン:3つのロマンスOp.21

⑦シューマン:ピアノ・ソナタ第2番ト短調Op.22

【曲目解説】

 今回の藤田さんの演奏曲目に、ショパン、リスト、シューマンそれからクララ、そしてブラームスを配したことは、この時代の欧州における大ピアニスト若しくは大作曲家を網羅した意欲的プログラムだということが出来ます。

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【演奏の模様】

 会場に入ると8~9割方観客で埋まっていました。リサイタルでこの会場が一杯になるのは、余程人気のある演奏家です。しかも女性の客が多い。年配者ばかりでなく結構若い女性の姿もあります。定刻になってステージに現われたのは学生風の風貌の非常に若いピアニストで、トボトボと情けなさそうに入って来ました。テレビで見る藤田さんは元気でかなり饒舌なのですが、その面影は感じられません。演奏大丈夫なのかな?と少し心配になります。最初はショパン。これまでテレビでショパンを弾いているのを見たことがない、多いのはモーツァルト演奏でした。ショパンの曲はコンクール以降国内外の様々な演奏者が演奏会で弾くのを、ここ二ヶ月程たくさん聴いてきました。どうしてもそれらと比べがちになります。先ずノックターンの13番です。数多くのノックターンの中で長い曲の割には演奏会では余り弾かれない曲です。目立たないというか地味な曲。藤田さんは綺麗な音を立てて静かな夜の雰囲気をよく出していました。しかしこのことは次の14番でも感じたのですが、曲の終盤の結構激しいパッセージでは音が「ピアノという箱」から出て来るそのもので、弾いている人間の心の奥底を反映したものにはなっていない気がしました。何か表面的なショパン。

③バラードは1番とか4番を弾く演奏家が多いですが、今回は3番とのことです。①、②の曲想を思えば、選曲上3番はそれらの延長上に列せられるのかも知れません。①、②同様発音もテンポもいいと思うのですが、冒頭のかなり静かに弾く主題部に秘められた力を余り感じません。曲の形成、纏まりが今一つピンと来ない。噛めば噛むほど味が出るこの曲の味が出し切れていないと思いました。ショパン演奏を聴いていて“藤田さんはショパンを余り弾きこなしていないのでは?練習時間もあまり割いていないのでは?”等と妄想を抱きながら聴いていました。

次の④バラード2番はリスト作曲です。リストはショパン、シューマンとほぼ同じ頃の生まれ、リストとショパンの二人は息のあった友人でした。以前ショパンの映画を見たことが有るのですが、ワルシャワから師と共にパリに出て来たショパンは、既に名を為していたリストの助力で、パリでのピアニストとしての初舞台を成功させ、又ジョルジュサンドへの推薦もして貰いました。大恩人であり良き友となったのです(後に決裂)。                                     この曲は超絶技巧を自ら好んで弾いたリストにしては、穏やかさや高音部の軽やかな調べなどが混じり、軽快な強奏部、左手による激しい演奏、不気味なパッセッジなど変化に富んでいて藤田さんは、かなり熱を帯びてきている様子で弾いていました。 唯この曲の底にあると謂われる物語性は今日の演奏からはそれ程クリアに浮かび上がって来ませんでした。

 

<休憩>

 

 次の⑤の演奏はブラームス。演奏前の予定曲目を見た時、正直言って“あのピアニストが複雑な心情の吐露とも言えるブラームスの曲を果たして弾けるのか?”と思いました。しかし今日のブラームス演奏を聴いて、それはまったくの杞憂、妄想だったと知りました。 

冒頭の重々しい、一種切なさや哀愁を感じる厳粛な旋律は十分という程では有りませんでしたが、まずまずブラームスの意に沿った演奏でしょう。続く主題の最初の変奏は、楽譜通り音を出しているのでしょうが少し力不足は否めないと思います。でも確実なテクニックは前半のリストでも発揮されましたが、ここでも健在で感性の良さは伝わって来ました。ブラームスらしさを掴み取りつつあるピアニストと思いました。でも11分位の一曲を聴いただけであれこれ言うのは危険です。今度機会があったら、藤田さんの本格的なブラームス演奏会があったら、聴いてみたいと思います。

 そして次曲⑥のクララ・シューマンの曲の演奏が圧巻でした。この曲はプログラムノートによれば、シューマンに捧げようとして作曲されたのですが、第1曲だけ献呈され、三つの曲にまとまった時点でブラームスにクララは献呈したと謂われます。晩年精神を病んだシューマンの家の支えとなっていたブラームスに、クララは心から感謝していたそうです。ショパン的な香りもする綺麗な旋律が出て来る第一曲は、如何にも女性的で優しさに満ちていますが、藤田さんは、見事にそれを表現していました。続く軽快な速いリズムの調べは、スタッカート程ではないがノンレガートで弾いていた。ここでは強さも出ています。ややショパンンの木枯らしに類似した非常に速いテンポのパッセージや最後のこれも速い強打だけれど綺麗な旋律の箇所などでは指を鍵盤キー直上に高か目に上げそして打ち下ろし、バンバンバンと弾き鳴らしていました。座席は鍵盤の良く見える左前方の席だったので演奏する指使い、手の具合が良く見えましたが、藤田さんの演奏は姿勢もそれ程変えず(最後のシューマンのソナタとアンコール演奏の時は姿勢もかなり崩して力演の箇所が有り)、あれだけ大きな音が出せるのですから、相当腕と手と指の力が強いピアニストなのでしょう。この曲の演奏では。クララの情念がその結構長い時間の演奏で良く表現出来ていたと思います。技術的にも結構難しい箇所もあったと思いますが、難無く軽々と弾きこなしており、相当な腕の立つピアニストと見ました。

 

最後の⑦はシューマンのソナタ2番です。シューマンのソナタ3番は、過去にキーシンの来日(2019年)の時の演奏、シフのスイス劇場でのライヴ録音を聴いた事がありますが、2番のソナタは初めてです。(今回はネット上の録音を事前に聴く暇が無かった)3番を聴いた時一番強く感じたことはシューマンの曲の常人離れした(天才的な)輻輳したメロディーとかなり複雑な構成の曲相です。それを前述の二巨匠は、まさに力仕事と言える迫力満点の演奏で、全楽章弾き切ったのでした。今回の演奏会は冒頭にも記した通り、やや軟弱さを感じていた今日のピアニストに少なからぬ不安を持っていたものが、演奏する曲目が進むにつれ、次第にパワフルな演奏となり、オヤこれは、と思う様な演奏が感じ取られてきた事で、このシューマンの演奏も期待が出来るなと思いながら聴き始めました。藤田さんは最初は非常にゆっくりとppの調べを奏で、ショパン的というか寧ろクララの影響ではと思われる旋律を通って、ある程度進んだ処で、突然、脱兎の如く猛然と走り始めました。穏やかな調べに戻り続く速いパッセッジもこれぞ将にシューマンという実感が伝わって来る藤田さんの熱演でした。あ~このピアニストはこうした演奏も出来るのだと再認識を新たにした次第です。知らなかった。どうも知らないことが多過ぎますね。全能の神ではないのだから人の理解など、ほんのこれッポッチだとは知りながら貪欲に色々と知りたがる自分に呆れることも有りますが。

今日の演奏会は、ここまででも大いに勉強になり満足感も達成したものだったのですが、この後のアンコール演奏には度肝を抜かれました。モーツアルトでも弾くのかと思ったら、突然聴き慣れたメロディーを力強く弾き始めたではないですか。私の大好きなシューベルトのピアノ曲だ~!!とすぐに分かりました。

   <アンコール曲>   

 シューベルト『三つのピアノ曲D.946』

この曲はシューベルトの死後忘れ去られ埋没していたものをブラームスが発掘、復活させた曲なのだそうです。藤田さんは30分程の大曲を全曲、全力投球で弾き切ったのでした。自分も少なからず興奮して大きな拍手をし続けました。

これまで藤田さんがチャイコフスキー・コンクールで上位入賞した事、ショパンコンクールには出ていない(本当かどうか分からないですが、書類を出すのを失念したと報道されています)こと等から若干の残念さを感じていました。しかし今日の演奏を聴く限り、もうショパンコンクールの道を歩む(可能性としては年齢的に次回挑戦可能なのですね)必要なく、多くの巨匠たち、例えば、リヒテル、ルドルフ・ゼルキン、アラウ、シフ、キーシンなどの様に演奏活動を通して(勿論その陰には血のにじむような自己研鑽の裏打ちがあっての事でしょうが)大ピアニストへの道を歩むのが自然なのかなと考えた程素晴らしい天賦の才に恵まれたピアニストでした。