HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

東京・春・音楽祭ワーグナー/オペラ『ローエングリン』詳報(第二幕)

【上演の模様】

第二幕

 アントワープの城内では盛大な祝宴が催されています。城外には、名誉を失い失意に暮れるフリードリヒと、騎士に対する疑念をますますつのらせる妻オルトルートの姿があると想像しましょう。 低音弦が不気味なアンサンブルを響かせ始め、次第に不安を募っていく バスクラリネットとイングリッシュホルン、ホルンのゲシュトップ奏法(右手でホルンの内部を塞ぎ、強い息を吹き込む奏法)による不気味な嬰ヘ短調(イ長調と並行関係の短調)の弱い旋律と、時々唸り声を揚げる弦のアンサンブル、舞台裏から鳴り響くファンファーレがコントラストを成します。そして再び低音弦の不気味さがこの場の暗い怨念と陰謀の雰囲気を象徴していく。フリードリヒは、エルザを告発するきっかけを作った妻をなじって歌うのです。

❝<フリードリヒ>(勢いよく起き上がる)
起き上がれ!私の恥辱の道連れよ!もはやこの地で我々が朝を迎えることは許されぬ

<オルトルート>(その場から動かずに)
逃げられないわ。私はこの地に縛り付けられているのだから。敵の祝いの席で死の毒杯をしゃぶらせてよ。そうしたら私の恥辱も終わり、あいつらの喜びも終わり

<フリードリヒ>(陰気な顔つきのまま、オルトルートのほうへ進み出て)
恐ろしい女だ・・・なぜ私は、今もこの女に魅きつけられるのだろう? 

 なぜ、お前を捨てて独りで彼方へと去って行けないのだろう?彼方へ・・彼方へ・・
良心の安らぎを見出せる所へ!お前のせいで、私は名誉を失った・・・ 私の名声の全てを失ったのだ。もはや賞賛の声が私を包むことはなく、勇士としての名声は、恥辱にまみれてしまった。追放の刑に処せられて、剣は粉々に砕けてしまった。家紋も砕け、屋敷すら呪われてしまった。どこに顔を出そうとも、人から避けられ、追い払われ、私と視線を交わすことを恐れるあまり、泥棒さえも逃げて行く有り様だ!
お前のせいで、私は名誉を失った・・・etc 

 ああ・・・こんなにも惨めなら、むしろ死んだ方がましだ!私は名誉を失った。名誉は・・・私の名誉は、地に落ちた!(苦悶に打ちひしがれて地面に突っ伏す。居館から音楽が響く)

ここでフレデリック役のシリンスは第一幕で見せた力強いバス・バリトン(ヘルデン・バリトンと言っても良いと思う)の声で、苦渋する気持ちを妻にぶつけるのでした。オケの全奏の轟音中でも明瞭に聞こえる詠唱でした。                                            しかし妻のオルトルートはこうなったのも騎士が魔力を使った結果であり、騎士の名前と素性が明かされれば騎士は無力化すると言って、またもや夫をそそのかすのでした。彼女は、前歴が森の占い師だった時、きっと謀略によってテルラムント伯フレデリックを篭絡し妻となったのでしょう。神の信仰などある筈が有りません。続く二人の歌のやり取りでそれが現わになります。

❝<フリードリヒ>
あの男が弱いと言うのか? それならば、神の力の大きさが増すばかりだ!

<オルトルート>
神の力ですって?ハハハ!私に力を貸してくれれば、あの男を守っている神など、
いかにか弱い神かを見せてあげるわ

<フリードリヒ> (背筋をぶるっと震わせながら)
森の女占い師よ!お前はまたも神秘の力で、
私の心を惑わそうとするのだな? ❞

オルトルート役のシリンスは、ますます力を帯びて歌い、叫び、メッゾの魅力を適役を得たとばかりに放出していました。ここでローエングリンの守護神を馬鹿にしたオルトレートは、この時代の少数派、異教徒でしょう。それに対して守護神の恩寵を受けるローエングリンやエルザは、キリスト教、それも伝統的なカトリック教徒でしょう。それは二人の次の歌からも明らかです。

<オルトルート>
(震撼するように荒々しく、階段の上でがばっと身を起こす)
神聖の座から追われた神々よ!私の復讐に手を貸して!この地で蒙った恥辱に対して罰を下す時です!あなた方への聖なる奉仕を怠らなかった私に力を下さい!
背教者どもの卑劣な盲信を滅ぼすのです!ヴォーダン!力強き神よ!フライア!聖なる女神よ!お聞きください!私の嘘と偽善を嘉(よみ)したまえ!我が復讐を成功させたまえ!

<エルザ> (恐ろしい予感にはっとして、無意識に顔をそらすが、やがて悲しみと同情を溢れさせ、再びオルトルートに向きなおる)

哀れなあなたには、きっと分からないのでしょうね・・・露ほどの疑いの心もなく、人は人を愛せるのよ。信仰によってのみ得られる幸福を、きっとまだあなたは抱いたことがないのね?私のもとにお出でなさい!純粋に人を信じる歓びを、あなたにも教えて差し上げます!私の信仰に改宗しなさい・・・そうすれば、決して悔いのない幸福を得られるのですから!

 異教徒オルトレートに対しエルザは改宗したらと薦めている。4世紀から10世紀にかけては、キリスト教の伝播の時期といえます。この時期、地中海周辺に限られていたキリスト教が、アルプスを越えて全ヨーロッパに広がったのです。10世紀にはドイツでもキリスト教(旧教)はかなり普及していたと考えられます。

この様にしてオルトルート主導の復讐の陰謀は続くのでした。それにしてもいつの世でも根からの悪人はいるものですね。フリードリッヒは余りおつむが働かないお人好しです。一度ならず二度まで、妻であり魔女であるオルトルートに騙されるのですから。彼女にあるのは妻の座、伯爵の妃の座、ひいてはブラバント公国の王妃の座まで窺っているのでしょう。出世欲と支配欲、一時的にそれがうまく行っても、悪は滅びるというのは古今東西、歴史の示すところです。最も悪の道ずれになるのだけは御免被りたいですけれど。

バルコニーにエルザの姿を認めたオルトルートは悔恨の表情を装い、彼女の憐れみ深さにつけ込んで取り入ることに成功します。ここでのエルザにオルトレートが取り入るやり取りの歌も二人は大いに聞かせて呉れました。エルザは相変わらず素晴らしい歌唱を続けています。エルザも益々好調になって来て歌声を張り上げている。演奏会形式とは言え、歌と歌手の表情は将に舞台オペラから切り取ったが如き迫力のある物でした。

 (オペラでは)場面が代わって翌朝、結婚式を挙げるためエルザ達が大聖堂へ向かうシーンです。Trp.の音が朝を告げます 。 ニ長調からハ長調への響きが遷移する 夜が明けを告げる所謂「夜明けの音楽」です。Trp.もあちこちで鳴らされるバンダ配置の演奏です。今このオペラではバンダ配置が大々的で、次楽章でも分かりますが、Trp.二台組みが四組、それにホルン、オーボエ他のブラバン部隊が控えています。もともと三管大編成に加えるにバンダの参加があり、それだけ管の音が分厚くなっている。 兎に角このオペラでは、管楽器がこれだけ大活躍して、存在感を強めている楽曲としては他を圧倒して抜きん出ているものでしょう。ヤノフスキーは最初からここまで疲れを見せないで精力的かつ仔細に渡る指揮権を発揮して、それに答えるN響のメンバーも平時より戦時とばかり大奮戦していました。また合唱団は男声がステージ高台奥の左翼右翼に15人ずつ計30人、その中間席に女声が同じくらい都合60人位の編成は、第九程ではないもののオケの轟音に負けない、十分迫力のある歌声を張り上げていました。                               伝令より、騎士は爵位を拒否して「守護者」なる称号を選んだこと、明日にも軍を率いて戦地へ赴くつもりであることが伝えられます。この伝令役リヴュー・ホレンダーがまたクリアな力強い凛とした声のバリトンを響かせていて良かった。如何にも王の威厳を支えている感じがします。適役です。

さてエルザが現われ、婚礼の儀式のために聖堂へ向かってゆっくりとしたメロディに合わせて行進します。木管楽器とホルンを主体としたポジティフオルガン風の響きに彩られた変ホ長調の「エルザの聖堂への行進」です。

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聖堂に向かう結婚祝列

オーボエ、クラリネットの主題演奏が素晴らしい。次第に音は大きくなって盛り上がり、一旦静まるも弦楽アンサンブルと一緒になり如何にも「今日の佳き日に」といった祝典的雰囲気を合唱が加わって大聖堂に到着と思いきや、「チョット待った、待った」とばかり大声で行列に割り込む者あり。「異議あーり!」の突然の申し立てです。謂わば大名行列に割行って入り込み沙汰を求めるようなもの。これは切り捨て御免とされても文句の言えないやり方です。

やはりあのオルトルートでした。オルトレートは口汚く聖杯の騎士をののしり、エルザを罵倒するのでした。周りの群衆は「何を言うのだ。何たることだ。ひどい言葉、あの女の口をふさげ。卑劣な女の憎しみから公女を守って下さい」と大騒ぎの合唱になりました。

そこにハインリヒ王、ブラバンドの守護者即ち王心得の聖杯の騎士、その他貴族が到着、大騒動の様子を見て、何事かと質すのです。エルザはローエングリンに助けを求めます。さらにここに登場したのがオルトレートの夫フリードリヒでした。聖杯の騎士に対し「魔法の罪ゆえに告発する」と群衆の前で大声で歌うのでした。当然見ていた人々は合唱で「ここで何をしようとするのだ、呪われた者よさがれ、近づくな死にたいか」と叫ぶのでした。フリードリヒは必死で「聞いて下さい。神明裁判は嘘とまやかしだった。魔法にたぶらかされたのです」と叫ぶも取り押さえられます。しかし彼は叫び歌うのをやめず、聖杯の騎士の《名前、身分、賞罰》を明かさなかった

<ハインリッヒ王と男達> <女性。子供群衆> <フリードリヒ夫妻> <ローエングリン> <エルザ>がそれぞれの思いを頭の中でゆっくりと反芻する様に歌う五重唱というか合唱に近いポリフォニー歌唱(歌のアンサンブル)の渦となりました。この辺りになるとタイトルロールを歌うヴォルフシュタイナーはやや疲れを見せましたが、最後のエルザとのやり取りは将に愛の迸りを交わす二人の美しい歌声を披露しました。王に「不忠の男(フリードリヒ)にはためらわず返答するが良い」と言われても躊躇するローエングリン、こうした混乱の中、(オペラでは)王に導かれエルザとローエングリンは階段の最上段まで登り、三人は大聖堂に中に入って行くのです。(エルザの大聖堂への行進)

これらすべてを総括するが如きの合唱のゆったりしたコーラスと、最後の盛り上がるオーケストラも堂々とホールに響き渡り、オルガンで締めるのも、ブラスを響かせて閉めるのも、豪華絢爛さではワーグナーオペラの中で天下一品ではなかろうかと思われました。