HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

アラン・ギルバート指揮・都響スペシャル『交響曲第九番』を聴く

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【日時】2023.12.26.(火)19:00〜

【会場】 サントリーホール

【管弦楽】東京都交響楽団

【指揮】アラン・ギルバート

【合唱】新国立劇場合唱団 

【曲目】べートーヴェン『交響曲第九番《合唱付き》』

【ソリスト】

ソプラノ:クリスティーナ・ニルソン

 メゾ・ソプラノ:リナート・シャハム

 テノール:ミカエル・ヴェイニウス

 バス:モリス・ロビンソン


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【プロフィール】

 

<リスティーナ・ニルソン>
スェーデンの若手ソプラノ、クリスティーナ・ニルソンはストックホルム・スェーデン王立歌劇場にて『ナクソス島のアリアドネ』アリアドネ役で今シーズンをスタート。大みそかはバイエルン国立歌劇場にて、『こうもり』ロザリンデ役でロール/当劇場デビュー。春シーズンはストックホルムでトスカをはじめ、ベルリン・ドイツ・オペラでアイーダ等のロール・デビューを予定。
 前シーズンは、スェーデン王立歌劇場で『フィガロの結婚』伯爵夫人、アイーダの二つの役で出演。2021年夏、オーストリアのチロル音楽祭に客演、『ローエングリン』エルザ役を歌う。
 スェーデン南部イースタッド生まれ。2017年、ストックホルム芸術大学を卒業後、修士号を取得。2017/18年シーズン、スェーデン王立歌劇場にて『アイーダ』のロール・デビューでブレーク(躍進)。2019年、オペラリア・コンクールで第3位、ビルギット・ニルソン賞を受賞。2017年、レナータ・テバルディ国際声楽コンクールで第1位。2016年、ヴィルヘルム・ステンハンマル国際コンクールで第1位、及びオーディエンス賞を受賞。

 

<リナート・シャハム>

 オペラの舞台でもコンサートホールと同様に精通しているリナート・シャハムはウィーン、ローマ、ベルリン、ミュンヘン、ニューヨーク等、世界中で、サー・サイモン・ラトル、クリストフ・エッシェンバッハ、クリスチャン・ティーレマン、アラン・ギルバートの指揮の元、45以上のプロダクションでカルメンを演じる。
演奏会では、ウィーン、バルセロナ等でバルトーク『青ひげ公の城』ユディット役を公演。今秋には、同役でブエノス・アイレスのテアトロ・コロンにデビュー。カリーナ・カネラキス指揮/オランダ放送響でもレコーディングを行う。バーンスタイン(ハンブルクとウィーン)、パーセル(ヘルシンキ)の作品も歌い、バルセロナ・リセウ大劇場とも定期的なコラボレーターである。2023年マリーナ・アブラモヴィッチの「The Seven Death of Maria Callas」でバルセロナに再登場。

<ミカエル・ヴェイニウス>

2008年、シアトル・オペラの国際ワーグナーコンクールの優勝者、スェーデンのテノール歌手、ミカエル・ヴェイニウスは急速に現代の主要ヘルデン・テノールとしての地位を確立させた。

1993年にプロとして『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモでデビュー。その後、数多くのバリトン役を歌い、2004年、『イェヌーファ』で初のテノール役ラツァを歌いテノールに転向した。それ以来、『パルジファル』をデュッセルドルフ・ライン・ドイツ・オペラ、ミュンヘン・バイエルン国立歌劇場、フィンランド国立歌劇場、スェーデン王立歌劇場、ジーグムントをライン・ドイツ・オペラ、マンハイム国立劇場、スェーデン王立歌劇場、『画家マチス』ハンス・シュヴァルプをクリストフ・エッシェンバッハ指揮でパリ・オペラ・バスティーユ、『ローエングリン』をウィーン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ストックホルム、そして『ローエングリン』のハイライトをクリスチャン・ティーレマン指揮でバーデン=バーデン、トリスタンをスェーデン王立歌劇場、カッセル州立劇場とコヴェントガーデン王立歌劇場、『ジークフリード』『神々の黄昏』のジークフリードをジュネーヴ、デュッセルドルフ、ライプツィヒ等、欧州の多数の主要歌劇場で公演。グスターボ・ドゥダメル、クリストフ・エッシェンバッハ、アラン・ギルバート、マレク・ヤノフスキ、アクセル・コーバー、ケント・ナガノ、ドナルド・ラニクルズ、エサ=ペッカ・サロネン、クリスチャン・ティーレマン等、著名な指揮者と共演。シェーンベルク《グレノ歌》、ベートーヴェン第九、マーラー《大地の歌》、エルガー《ゲロンティアスの夢》等、定期的に演奏会にも出演。

2013年、カール16世グスタフより、名誉ある宮廷歌手の称号を授与される。

 

<モリス・ロビンソン>

 バス歌手モリス・ロビンソンは、メトロポリタン・オペラ、サンフランシスコ・オペラ、シカゴ・リリック・オペラ、ダラス・オペラ、ヒューストン・グランド・オペラ、ロサンゼルス・オペラ、シンシナティ・オペラ、スカラ座、エクサンプロヴァンス音楽祭等、世界の主要歌劇団で公演多数。演奏会への出演も多く、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、ロサンゼルス・フィル、ワシントン・ナショナル響、サンパウロ響、NDRエルプ・フィル管と共演。BBCプロムス、ラヴィニア、モーストリー・モーツァルト、タングルウッド、シンシナティ5月声楽祭、ヴェルビエ、アスペン音楽祭等に出演。ジェシー・ノーマンのHONOR!フェスティバルの一環としてカーネギーホールにも登場。アトランタのスパイヴィー・ホール、サバンナ音楽祭、フィラデルフィア室内楽協会、ニューヨーク市メトロポリタン美術館等の主催でリサイタルを行う。最初のアルバム「ゴーイング・ホーム」がDeccaよりリリース。ロサンゼルス・フィル/マーラー交響曲第8番のレコーディングのフィーチャー・アーティストであり、2022年、合唱部門でグラミー賞を受賞。アトランタ出身。シタデル卒業。メトロポリタン・リンデマン・ヤング・アーティスト・プログラムの卒業生。現在、シンシナティ・オペラのアドバイザー。

 

【演奏の模様】

ベートーヴェン/交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱つき」

 今日の都響の楽器編成は、二管編成弦楽五部14型(14-12-10-8-6)ニ管でもPicc.(1) Fg..(3) Cont-Fag.(1) Trmb.(3) Hrn.(4)

全四楽章構成
第1楽章Allegro ma non troppo, un poco maestoso

第2楽章Molto vivace

第3楽章Adagio molto e cantabile Andante moderato - Tempo I Andante moderato - Tempo I- Stesso tempo

第4楽章 Presto/Recitativo-Allegro ma non troppo-Vivace-Adagio cantabile-Allegro assai 

 今回注目した最大のポインは、"合唱と管弦楽の調和"という観点です。というのも先週12/22(金)に聴いたN響第九が、その観点からは??だったからです。

 結論から言えば、今日の都響は、その観点から申し分ない楽器と歌声の融合を感じました。

 その要因としては幾つかあって、①管弦楽と合唱の規模です。今日のサントリーホールの良い音響効果を活かした布陣でした。即ち舞台から急勾配で立ち上がっているP席の下方席に、女声34人、男声26人、計60人でした。管弦楽の規模は、上記した様に、二管編成弦楽五部14型。約24人程。

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一方、N響の時は、三管編成弦楽五部16型、と一回り大きい管弦楽()で、合唱団も、男声46人、女声52人、計98人と大陣容でした。(参考:初演時は合唱66名、管弦楽八、九十人だったらしい)

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管弦楽団員は、勿論異なる奏者ですが、合唱団員は、何れも同じ新国立劇場合唱団です。(メンバーは、同じとは、限りません)

勿論、指揮者が異なれば、管弦楽の演奏は異なって来る訳で、演奏者の規模が響きにどの様に影響するかは、実験出来ないので分かりませんが、皆さん日本の同じ様な音大を出てそれ程大きな違いはないキャリアを持たれる場合が殆どと考えられます。従って指揮者が変わってもその演奏技術のコア部分は余り変わらないと仮定すれば、また合唱部員は日によって若干の入替えはあっても新国立劇場合唱団としての力量は余り変わらないとすれば、もう一つの要因として②今回の都響の合唱とオケの整合は、二管編成と中小規模の合唱団が、ここでは比較的合わせやすかったのではと思うのです。そうここではです。即ち会場の条件が付随します。サントリーホールのP席の下方席に座って聴けばすぐ分かることですが、あたかも自分がオケの演奏者と一緒の場所にいる感がする程です。一体感がある。その位置で合唱団が歌ったのですからオケと合わせ易かったことも有るのでしょう。NHKホールでは(広すぎて?)合唱団と管弦楽団が分離された?しかも合唱団は多人数でストレートに座席に声が伝わって来た。ここではもう一つの要因として演奏を聴く③座席の位置の条件が関わってきます。これはいつでも何の演奏会でも良く言われることですが、特に第九の様に管弦楽と合唱団の協奏・強奏を聴く時には大きな条件となるでしょう。都響の時は一階の後半ブロック中央よりやや左寄りの席、NHKホールの時は三階の左翼しか取れませんでした。演奏音の融合性としては、サントリーホールの時の方が良く聞こえたのは当然かも知れません。

 さて合唱の記録が先になってしまったので、次に四人のソリストに関する事項を記します。第二楽章が終わって、第三楽章が始まる休止時に四人が合唱団のすぐ前の席(P席の最前列)に着席しました。そして第四楽章の最初の方で、バスが突然大きな声で歌い始めました。圧倒的な声量と歌唱力、米国出身のモリス・ロビンソンです。続いてSop.クリスティーナ・ニルソン、MezoSop.リナート・シャハム,Ten.ミカエル・ヴェイニウスが入り、四人による重唱です。結論的に記せば、久し振りに聴く充実した満足感の大きい歌い振りでした。合唱との相性も良く、ソロが無い時には合唱各声部(四声合唱)に合わせて口を動かしていました。ここのところ合唱付きのオケ演奏は12/22の「N響第九」、12/17N響「マーラー8番」、12/10神奈フィル「メサイア」と縦続きに聴いていますが今回のソリストが一番良かった。実力も実績にも差が有りますね。しいて言えば12/19に聴いたベルリンフィル「第九ブランデンブルグ門野外演奏(配信)」の時のソリスト達に比肩出来るかと思います。

 また今回の管弦楽の演奏に関しては、Vn.部門を左右横並びに分けた対抗配置の効果がてき面に出ていたと思いました。通常ですと左翼は1Vn.+2Vn.の高音弦が、右翼にVa.+Vc.+Cb.の低音弦が配置されることが多いと思うのですが、それだと高音と低音の弦楽アンサンブルが明確に分かれることがはっきりします。それに対して今回は2Vn.は1Vn.と斉奏する時も有れば、1Vn.と異なる旋律やずれた旋律演奏もはっきりしていつもは表面に出ない2Vn.の役割、存在感が明確になって良かったし、例えば第二楽章後半で2Vn⇒Vc.⇒1Vn.⇒Va.とフガート的変遷ではスタートの主導権を取ったことが分かるし、第三楽章のFg.+Cl.と弦の掛け合いで、2Vn.中心のアンサンブルにFl.の合いの手がやり取りし、そこに1Vn.の伴奏が付く箇所は美しい流れを見せて呉れました。何より対抗配置により全体的な高音弦低音弦のアンサンブルの融合が一層進められ、特に全楽全奏で強奏する場面では、合唱の響きとの融合性も高まって、混混然一体となった響きが、音響の響きが良いという評判のサントリーホール一杯に汎がり、何とも言えない年の瀬の高揚感が生まれました。演奏が終わるやいなや会場は当然の如く聴衆の拍手喝采、歓声の嵐の渦となりました。今年最後の演奏会で、この様な完成度の高い音楽を聴けて大満足だった次第です。


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(参考)

1.冒頭の、弦楽器のトレモロとホルンの持続音にのせて、調性の長短が不明な断片的動機空虚五度の和音で提示され、それが発展して第1主題になるという動機の展開手法は非常に斬新なものである。第1主題は、ニ音イ音による完全五度を骨格とした力強い主題であり、一度目は主調のニ短調で、冒頭がリピートされたのち二度目は変ロ長調で立ち現れるが、すぐにニ短調に戻り、強奏でこれが定着される。第2主題導入部は、第4楽章で現れる「歓喜」の主題を暗示するような優しいものであるが、これも変ロ長調で、通常、主調の平行調または属調で現れる提示部第2主題が下属調平行調になっている。それを引きついだコデッタは形式どおり長調で展開されるが、弦と木管の応答部分では、同じフレーズが短調と長調で交互に繰り返されるなど、長調と短調の葛藤が垣間見られる。提示部はベートーヴェンの交響曲で最も長大なためもあってか反復指定がない。

展開部は再び、冒頭の和音で始まるが、すぐに短調となり、第1主題がほぼ提示部と同じ長さ、変奏、展開される。

再現部は展開部のクライマックスを兼ねるようなものとなっており、冒頭の和音と主題がffの全奏で再現される。ティンパニもffのロールを持続しながら「ニ、イ」の主題動機の強打に参加し、圧巻のクライマックスが築かれる(提示部と再現部の冒頭の変奏の差はこれまでのベートーヴェンの交響曲にも見られたが、ここでは特に大きい)。第2主題は再現部の定型通りニ長調で演奏され提示部以上に歓喜の歌を連想させるが、すぐさまニ短調に押し流され、以降、短調による激しい展開となる。コーダは最後、半音階を滑り落ちるような不気味なオスティナートに導かれ、それに全弦が誘い込まれたところで全奏となり、第1主題のユニゾンで締めくくられる。

2.複合三部形式をとるスケルツォ楽章である。スケルツォ部分だけでソナタ形式をとる。提示部、展開部・再現部ともに反復指定あり。序奏として、第1楽章を受け継ぐような、ニ短調の主和音の降下が、弦楽器のユニゾンとティンパニで出るが、ユニークなことに、主和音でニ短調を決定づけるF音のオクターブに高低2音ともティンパニが調律されている。(通常、ニ短調の場合、ティンパニはAとDに調律される。ベートーヴェンは、既に第8番の終楽章(ヘ長調)で、Fのオクターブに調律したティンパニを使っているが、それはヘ長調の主音であり、この9番の楽章はより冒険的である)このオクターブの基本動機がスケルツォ部分を支配している。提示部では冒頭にこのオクターブの動機を置いた第1主題が疾走するように出、フーガのように重なって増幅し、全奏で確保される。経過句ののち第2主題に移るが、主調が短調の場合、第2主題は通常平行調(ニ短調に対してはヘ長調)をとるところ、ここではハ長調で現れる。また、1小節を1拍として考えると、提示部では4拍子、展開部では3拍子でテーマが扱われる。展開部ではティンパニが活躍する。(このことから、この楽章はしばしば「ティンパニ協奏曲」と呼ばれることがある)再現部はオクターブの主動機をティンパニが連打しながら導く。(ティンパニ奏者が高いFと低いFを両端に配置した場合、この部分で非常に派手なマレット(ばち)捌きを見せる場合があり、演奏会では視覚的にも見所である)再現部がティンパニのロール調の連打を加えた強奏で戻ってくるところも第1楽章と類似している。最後、突然4分の4拍子となり、それが4分の4拍子の中間部(トリオ)を導く。

中間部(トリオ)の旋律もまた、最終第4楽章の歓喜の主題を予感させる。(スケルツォの第1主題も短調だが歓喜の主題に似ているといわれることがある。これらは意図的でなく、単に同一作曲時の類似だといわれることもある)速度は更に速められてプレスト。オーボエによる主題提示の後、弦楽器群のフーガ風旋律を経てホルンが同じ主題を提示する。フルートを除く木管楽器群の主題提示の後、今度は全合奏で主題を奏する。

三部形式後半のスケルツォは前半のリピート。しかし最後にまた突然4分の4拍子となるので、中間部の旋律が顔を出してしまう。それに突然気が付いたように1小節全休符となり、スケルツォの最終部分で締めくくり直す。

3.2つの主題が交互に現れる変奏曲の形式と見るのが一般的であるが、一種のロンド形式、また一種の展開部を欠くソナタ形式と見ることもできる。神秘的な安らぎに満ちた緩徐楽章であるが、拍子、調性、テンポを変えることによって、変化がつけられている。木管の短い導入部のあと透明感のある第1主題を第1ヴァイオリンが静かに歌いだす。第2主題は4分の3拍子、ニ長調、アンダンテ・モデラートに変わり、やや動きを帯びる。続く第1主題の第1変奏では、第1主題が16分音符に分解されて奏され、木管による第2主題の変奏がそれに続く。そのまま木管による第1主題の第2変奏を経て、また第1主題の、第3変奏と続くが、ここでは8分の12拍子に変わって、動きが大きくなる、長さも倍加するなど、第2主題を吸収したかのような変化が加わっている。末尾において、それまで沈黙していたトランペットとともに管楽器が鋭い歓声をあげ、弦楽器がそれに応えてクライマックスを迎える。しかしすぐに元の安らぎと静けさを取り戻し、同音の三連符の伴奏に乗って静かに終結に向かう。

4番ホルンの独奏は、当時のナチュラルホルンでは微妙なゲシュトプフト奏法を駆使しなければ演奏することができなかった(ちょうど作曲当時はバルブ付きの楽器が出回り始めたころだったので、この独奏はバルブ付きホルンで演奏することを前提にしていたという説もある)。これは当時ホルン奏者のみならず、指揮者なども大変気を遣った難しいパッセージであったことで有名。

この楽章の形式は後世のブルックナーのアダージョ楽章などに大きな影響を与えた。ピエール・モントゥーは第三楽章からattaccaで第四楽章に入るのを提唱し、ワインガルトナーも同様に行うよう勧めており、20世紀中には(演奏開始前から第2~3楽章の曲間までに合唱とソリストを入れた上で)このような次第を採る実演も少なくなかったが、ベートーヴェンの原譜にそうした指示はなく、ジョナサン・デルマーはベーレンライター版の校訂報告でattaccaの次第が支持されている事を認めた上で「作曲当時の金管楽器とティンパニは、楽器の調整抜きに第4楽章を始められない」と指摘し、少なくともattaccaは前提でない旨を述べている。

4.管弦楽が前の3つの楽章を回想するのをレチタティーヴォが否定して歓喜の歌が提示され、ついで声楽が導入されて大合唱に至るという構成。変奏曲の一種と見るのが一般的であるが、有節歌曲形式の要素もあり、展開部を欠くソナタ形式という見方も可能である("Freude, schöner Götterfunken"が第1主題、"Ihr, stürzt nieder"が第2主題、Allegro energico, sempre ben marcatoが再現部)。

Presto / Recitativo ニ短調 4分の3拍子

管楽器の強烈な不協和音で始まる。しかし、すぐさま低弦(チェロコントラバス)のレチタティーヴォがこれに答える。

Allegro ma non troppo ニ短調 4分の2拍子

管弦楽が第1楽章冒頭を出す。しかし、再び低弦のレチタティーヴォがこれに答える。

Vivace ニ短調 4分の3拍子

今度は第2楽章の主題が木管で出される。しかし、再度低弦のレチタティーヴォに中断される。

Adagio cantabile 変ロ長調 4分の4拍子

第3楽章をやはり木管が回想するが、これも低弦のレチタティーヴォに中断される。

Allegro assai ニ長調 4分の4拍子

管楽器が、新しい動機を出す。(これは前の三つの楽章で断片的に姿を見せていた動機でもある)この動機に低弦が生き生きとした調子に変わり、他の楽器群も応答する。やがて低弦が静かに第1主題(「歓喜」の主題)を奏し始める。ヴィオラがそれに続き、ファゴットとコントラバスの対旋律がそれを支える。さらに、歓喜の主題は第1ヴァイオリンに渡され、四声の対位法によって豊かなハーモニーを織り成す。最後に管楽器に旋律が渡され、全管弦楽で輝かしく歌い上げられる。

Presto / Recitativo ニ短調 4分の3拍子

"O Freunde"

再び冒頭部の厳しい不協和音が、今度は管弦楽の全奏で演奏される。バリトン独唱が低弦のレチタティーヴォと同じ旋律のレチタティーヴォで"O Freunde, nicht diese Töne!"(「おお友よ、このような音ではない!」)と歌う。ここで初めて、冒頭から繰り返された低弦のレチタティーヴォの意味が、第1〜第3楽章までの音楽の否定であったことが明らかとなる。

今日の出版譜ではバリトンの歌い出しには「ラ→ミ」の跳躍に加え「ラ→ド♯」が記されているが、レチタティーヴォ後半部の高いファ#を出せない初演ソリストのために変更された代替パートで稀にしか歌われない。(このメロディーを選んだために音程が悪いと酷評されている大歌手もいる)初演ではまた細かい上下(メリスマ)部分のカットも検討されたようである。最後期筆写スコアには他にも代替案が残っているが、出版譜には反映されなかった。

Allegro assai ニ長調 4分の4拍子

"Freude, schöner Götterfunken"

Freude!(歓喜よ)の掛け声をバリトン独唱と合唱のバス(テノールも一緒に歌われることもある)が掛け合うと、バリトン独唱によって"Freude, schöner Götterfunken"「歓喜」の歌が開始される。旋律後半部を合唱がリピートする形で続く。次に独唱4人となり、やはり旋律後半部を合唱がリピートする。決め台詞の様に入るGott!で自筆スコアはアクセントではなくデクレシェンドを指示しており、現在も指揮者間で解釈が分かれる。

Alla marcia Allegro assai vivace 変ロ長調 8分の6拍子

"Froh, wie seine Sonnen"

行進曲である。それまで沈黙を守っていた打楽器群が弱音で鳴り始め次第に音量を増し、その上を管楽器が「歓喜」の主題を変奏する。続いて、テノール独唱が「歓喜」の主題の変奏の旋律で"Froh, wie seine Sonnen"「神の計画」を歌い、それに男声三部合唱(第1テノール、第2テノール、バス)、続いて管弦楽の伴奏が力強く重ねて入ってきて一つの頂点を作る。

シンバルやトライアングルといったトルコ起源の打楽器が使われているためこの部分を「トルコ行進曲」と呼ぶ事があるが、拍子も装飾の付け方も(新しい研究では恐らくテンポも)本来のトルコ音楽とはかけ離れている。『第九』の30年前にベートーヴェンの師の一人であったヨーゼフ・ハイドン交響曲第100番『軍隊』でこれらトルコ起源の打楽器を使用しており、当時の流行がうかがえるものの、時代を下るにつれ欧州各国の軍楽隊でシンバルやトライアングルは常備されるようになっていた。ベートーヴェンの後の世代となるロッシーニなどはもはやシンバルもトライアングルも軍隊と無関係な音楽で導入している。

高らかな男声合唱の余勢を受けて、管弦楽のみによるスケルツォ風のフガートの長い間奏が力強く奏される。それが収まったあと、全合唱が「歓喜」の主題と最初の歌詞を総括的に歌う(「第九の合唱」として最もよく聴かれる部分である)。

Andante maestoso ト長調 2分の3拍子

"Seid umschlungen, Millionen!"

初めて登場するトロンボーンの旋律をなぞりながら「抱擁」の詩が合唱により、中世宗教音楽のように荘重に歌われる。

Adagio ma non troppo, ma divoto 変ロ長調 2分の3拍子

"Ihr, stürzt nieder"

「創造主の予感」が引き続き歌われる。

Allegro energico, sempre ben marcato ニ長調 4分の6拍子

"Freude, schöner Götterfunken" / "Seid umschlungen, Millionen!"

「歓喜の歌」の旋律による「歓喜」と「抱擁」の2歌詞が二重フーガで展開される。

"Freude, Tochter aus Elysium!"

独唱4人で、第1の「歓喜」の歌詞をフーガ風に歌う。それが絡み合うところに合唱が入ってきてそれを引き継ぐと、今度は逆に4人の独唱が入ってきて交替し、アダージョで順に(ソプラノ→アルト・テノール→バリトン)3連符や16分音符で細かく余韻を持たせながら静まっていく。これ以降、独唱の部分はない。Prestissimo ニ長調 2分の2拍子

"Seid umschlungen, Millionen!"

第4楽章のクライマックスで、最もテンポが速い。自筆スコアは851小節にPrestissimoではなくPrestoを置いており、ベーレンライター版が採用した。916小節から4分の3拍子で4小節間Maestosoとなり、この曲でシラーの歌詞として冒頭に出た"Freude, schöner Götterfunken"が壮大に歌われたのち、再びPrestissimo(Presto)となり管弦楽のみの後奏で曲を閉じる。

尚、919小節の部分オーケストラスコアでは、トライアングルにトレモロの指示があるが、実際の演奏ではトレモロ奏法されているのは少ない。この演奏法は1972年5月収録のシカゴ交響楽団(CSO)、ゲオルグ・ショルティの指揮による演奏で確認できる。

 

 

 

 

《参考》第4楽章合唱の歌詞&対訳

 

Friedrich von Schiller "An die Freude"

O Freunde, nicht diese Töne! Sondern laßt uns angenehmere anstimmen und freudenvollere! (L. v. Beethoven)

Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium, Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum. Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt; Alle Menschen werden Brüder, Wo dein sanfter Flügel weilt.

Wem der große Wurf gelungen, Eines Freundes Freund zu sein; Wer ein holdes Weib errungen, Mische seinen Jubel ein! Ja, wer auch nur eine Seele Sein nennt auf dem Erdenrund! Und wer's nie gekonnt, der stehle Weinend sich aus diesem Bund!

フリードリヒ・シラー 「歓喜に寄す」

おお 友よ このような音楽ではなく もっと快くもっと喜びに満ちた歌を 歌おうではないか

(ベートーヴェン作詞)

喜び それは美しい神々の火花 至福の国からきた娘 私たちは燃えるような陶酔のうちに 天上的な喜びよ あなたの神殿に登る あなたの魔法の力が時流にきびしく 分け隔てられていたものを再び結びつける すべての人々はあなたの優しい 翼のもとでみな兄弟となる

互いに友となる幸運に 恵まれた者は やさしい女を得た者は こぞって歓声に唱和するがよい! そう この世でひとりだけでも我がものと 呼べる人がいる者は皆のこらずにだ! そして不幸にもそれができなかった者は 泣きながらこの仲間から人知れず去るがよい!

 

Freude trinken alle Wesen An den Brüsten der Natur, Alle Guten, alle Bösen Folgen ihrer Rosenspur. Küsse gab sie uns und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod, Wollust ward dem Wurm gegeben, Und der Cherub steht vor Gott.

Froh, wie seine Sonnen fliegen Durch des Himmels prächt'gen Plan, Laufet, Brüder, eure Bahn, Freudig wie ein Held zum Siegen.

Seid umschlungen, Millionen! Diesen Kuß der ganzen Welt! Brüder über'm Sternenzelt Muß ein lieber Vater wohnen.

Ihr stürzt nieder, Millionen? Ahnest du den Schöpfer, Welt? Such' ihn über'm Sternenzelt! Über Sternen muß er wohnen.

あらゆる生き物は喜びを 自然の乳房から飲む

善人も悪人もすべての人々が 喜びというバラの道をたどる 喜びは私たちに接吻とワインを与え 死の試練を経た友を与えてくれた 喜楽は小さな生き物にも与えられ 天使は神の前に立つ

創造主の星々が壮麗な天空を 飛び交う様子さながらに 喜々として 兄弟たちよ 君たちの道を進め 喜々として勝利をめざす英雄のように

抱き合おう 数百万の人々よ! この接吻を全世界に! 兄弟たちよ 星空の上には 愛する父が住んでいるに違いない

数百万の人々よ 君たちは跪いているか? 世界よ 君は創造主を予感しているか? 星空のかなたに彼を探し求めるがよい 彼は星々の上に住んでいるにちがいない