HUKKATS hyoro Roc

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東京・春・音楽祭ワーグナー/オペラ『ローエングリン』詳報(第一幕)

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主催者公開写真より拝借

 上記の演奏会は「東京・・音楽祭」の一環として行われたもので、演奏会形式ですが、歌手陣に海外から招聘したオペラ歌手たちが並び、久し振りに聴くワーグナーのオペラです。彼は、ローエングリンの伝説に基づき、台本も自分で書き、10世紀前半のアントワープを舞台として以降に作曲された楽劇(Musikdrama)に対し、ロマンティック・オペラと呼ばれる最後の作品を作曲しました。第1幕、第3幕への各前奏曲や『婚礼の合唱(結婚行進曲)』『など、独立して演奏される曲も多く人気の高い作品です。今回は、カメラが入って、生演奏配信もある様です。

 

【日時】2022.3.30.17:00~

【会場】東京文化会館

【演目】ワーグナー作曲、ローエングリン全3幕(演奏会形式)

【上演時間】約4時間20分(含休憩2回)

【出演】

ローエングリン(テノール):ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー
エルザ(ソプラノ):ヨハンニ・フォン・オオストラム※1
テルラムント(バス・バリトン):エギルス・シリンス
オルトルート(メゾ・ソプラノ):アンナ・マリア・キウリ※2
ハインリヒ王(バス):タレク・ナズミ
王の伝令(バリトン):リヴュー・ホレンダー
ブラバントの貴族:大槻孝志髙梨英次郎後藤春馬狩野賢一
小姓:斉藤園子藤井玲南郷家暁子小林紗季子

※1当初出演を予定しておりましたマリータ・ソルベルグは、健康上の理由により出演ができなくなりました。代わりまして、ヨハンニ・フォン・オオストラムが出演いたします。
※2当初出演を予定しておりましたエレーナ・ツィトコーワは、本人の都合により出演ができなくなりました。代わりまして、アンナ・マリア・キウリが出演いたします。

【管弦楽】NHK交響楽団

【指揮】マレク・ヤノフスキ

【器楽編成】3管編成弦楽五部14型

【合唱】東京オペラシンガーズ

【合唱指導】エベルハルト・フリードリッヒ、西口彰浩

【音楽コーチ】トーマス・ラウスマン

主催:東京・春・音楽祭実行委員会
共催:NHK交響楽団
後援:ドイツ共和国大使館 日本ワーグナー協会

 

【粗筋】(主催者発表資料)

 

<第1幕>

 霊妙な「前奏曲」が終わると、物語の舞台は、10世紀前半のベルギー、アントウェルペン(アントワープ)のスヘルデ河畔。ドイツ国王ハインリヒが、ハンガリー軍討伐の軍勢を募るため、アントウェルペンを訪れる。同地のブラバント公国の世継ぎであるゴットフリートは、しばらく前から行方不明になっている。後見人のテルラムント伯爵は、妻オルトルートに唆され、ゴットフリートの姉エルザを弟の殺害者として国王に訴える。無実の罪に問われたエルザは(決闘により有罪・無罪を決する)神の裁判にかかることを承諾し、テルラムントとの決闘相手として、彼女がある日、夢で見た高貴な騎士を選ぶと語る(「エルザの夢」)。軍令使が二度ラッパを吹くと、スヘルデ河上に一羽の白鳥に曳かれた小舟とともに、エルザが夢見た騎士が現れる。彼女は騎士の前にひざまずき、全てを彼に委ねることを誓う。決闘が始まると、騎士はにべもなくテルラムントを倒す。しかし、彼はテルラムントを助命する。

 

<第2幕>

 アントウェルペンの城庭に座るテルラムント夫妻。オルトルートの正体は異教徒の魔女で、ゴットフリートを白鳥の姿に変えた黒幕だった。彼女はエルザに魔法をかけて、騎士の殺害を企てる。軍令使が現れ、テルラムントの追放と騎士をエルザの夫とするよう定めた旨を伝える。テルラムントは、神を欺く者と騎士を訴え、その名と素性を明かすことを迫る。しかし騎士は、エルザ以外の者がそれを求めることは許されないと拒む。

 

<第3幕>

 騎士とエルザの結婚式が催される(「婚礼の合唱」)。二人は幸せに浸るが、夫の素性がどうしても気になったエルザは、禁を破って、その正体を問う。その時、四人の臣下を引き連れたテルラムントが、騎士に襲いかかる。騎士は、エルザから渡された剣で彼らを斬り倒す。そして、エルザを前に「もはや我らの幸せは終わった」と宣告する。騎士は、ハインリヒ王にテルラムントとのいきさつを説明したのち、自らの正体を明かす。彼は聖杯王パルジファルの息子にして、聖杯騎士「ローエングリン」であり、エルザを冤罪から救うという使命を果たしたが、自らの聖なる秘密が破られたからには、モンサルヴァートの聖杯城へ帰らなければならない。彼はハンガリー遠征に同行できないが、ドイツ軍の勝利によって国の平安は保たれることを予言する(「名乗りの歌」)。間もなく白鳥が小舟を曳いて迎えに来る。ローエングリンが黙祷を捧げると、一羽の白鳩が小舟の上へと飛んで来た。それを見たローエングリンは、白鳥をつないでいた鎖を解く。白鳥は湖に潜ると、やがて一人の少年へと姿を変える。この少年こそ、ゴットフリートであった。ローエングリンは悲しみを湛えつつ、白鳥が曳く小舟に乗って、はるか彼方へと去って行った(「別れの歌」)。悲嘆にくれたエルザは、弟の腕のなかで息絶える。

 

【上演の模様】

<聴き処>主催者発表資料参照

前奏曲 ―― 物語の前史を描く音詩

 今日は演奏会方式ですが、実際のオペラの場面では、まばゆいばかりの光を放つ聖杯 ―― ヴァイオリンのフラジョレット奏法によるイ長調の和音。はるか天空の彼方より、その聖杯を持った天使の群れが地上へと舞い降りる ―― 高音域の弦楽器アンサンブルに徐々に中音域の木管楽器の響きが折り重なる。ひとりの男が聖杯の光に包まれて気を失い、天使たちはこの男を聖杯騎士に列する― 金管楽器の壮麗な響きとシンバルの一撃。天使たちは、はるかな高みへとまた昇ってゆく ―― 上昇する管楽器の和音の交代・・・・ふたたびヴァイオリンのみの光の和音。弦楽高音アンサンブルのこの透明性はいったい何なのでしょう。将に「神聖」そのものの雰囲気、オペラ開始初っ端からのワーグナーの表現力には、誰しも感嘆せぬ者はいないでしょう。 

第一幕

 10世紀前半のアントワープ郊外。ザクセン軍を率いたドイツ王ハインリヒが、戦への派兵を求めてブラバント公国へやってきた。スヘルデ湖畔の草原にブラバントの臣民たちとザクセン軍が居並ぶなか、 王伝令士役リヴュー・ホレンダーが大きな声のバスでそのことを皆に告げ、次いでハインリッヒ王が、敵の来襲に対する軍事力増大のための兵力増強を高らかに宣言、歌うのでした。登場したハインリッヒ王役タレス・ナズミは威厳ある様子の風貌とバスで、危機対応としての徴兵の必要性を集合した臣民に白示して歌いました。

<ハインリヒ王>
(立ち上がって)
❝ブラバントの者どもよ!お前達に神のご加護を!私があえて出向いたは、余のことではない!王国の危機を告げに来たのだ!このドイツの地に幾度も東方から危機が迫っていることは、私が敢えて語るまでもあるまい!辺境の地では、女子供の泣き叫ぶ声が聞こえるという・・・「神よ!猛威を振るうハンガリーから我らを守りたまえ!」
かくなる恥辱を終わらせることこそ、王国の長である私の使命なのだ。戦の代償として、私は9年の和平を手に入れ、十分な防衛力の増強に努めてきた。市壁を作らせ、城を建てさせ、徴兵権を行使したのだ。だが今や条約の期限は切れ、貢ぎ物など何の役にも立たぬ・・・敵は我らを威嚇せんと軍備を整えているのだ。さあ、王国の威信を高める時が来たぞ!国の東西を問うてはならぬ!ドイツと名のつく所なら、あげて軍勢を供出せよ!さすれば、もはや侮る者はあるまい・・・このドイツ王国を!❞と。 ナズミの最初の歌い振りは堂々とした体躯から出るバスで、大ホールに広がる響きは声量も十分あり、トップバッタ-としての役割を果たしました。日本人歌手ではこうは行かぬでしょう、声質、技巧的にも。

 次いでこの地(ブラバンド)の実質支配者、テルラムント伯フリードリッヒが進み出て、すでに亡くなっている前の領主ブラバント公の愛娘である公女エルザに対して、弟殺しの嫌疑で王に訴えを起こしたのです。テルラムント伯役のエルギス・シリンスの第一声は❝王よ裁きにお越しいただき有難うございました❞から始まる声量もあり声に強さの籠ったバリトンでした。

❝不実は私の好まぬ所。真実のみを語りましょう。ブラバント公の逝去のみぎり、
二人のお子様が私の手に委ねられました。娘エルザと嫡男ゴットフリートです。私は若き嫡男のお世話を誠実に勤めました。あの少年の成長ぶりこそ、我が誇りだったのです。ああ、王よ!その私の宝が奪われた時の怒りと苦悶をお察しください!エルザは、少年を森への散歩に連れ出しましたが、一人きりで帰って来ると、さも心配そうに弟の行方を尋ねました。弟は道に迷って足跡を見失ってしまったというのです。我らがいくら探しても迷子の少年は見つかりません。私が激しく詰め寄りますと、エルザは恐ろしい罪を自白するかのように顔を真っ青にして、ぶるぶる震え出しました。私はこの女が怖ろしくなりました。ですから父王よりいただいた婚約者としての権利を自ら放棄し、私の意に叶う女を妻に迎えたのです。(王にオルトルートを紹介し、彼女は王にお辞儀をする)フリース侯の末裔ラドボートのオルトルートでございます。

(フリードリヒは重々しい足取りで数歩進み出る)私はブラバントのエルザを告発いたします。この女が犯した弟殺しの罪ゆえに。また、ブラバント公国の正統な権利が私にあることも申し立てます。なぜなら私はブラバント公の血筋に最も近く、我が妻も、かつてはこの国にあまたの領主を輩出した一族の出ですから。王よ!訴えを聴き届け、公正なる裁きをくだされよ!❞ これを聞いたすべての男達及び王は非常に驚愕しました。フリードリヒはさらに追及を続けて歌います。

❝”王よ!傲慢にも私の手を退けた女は夢と現実の区別がつかない女なのです。私は、この女の秘密の情事をも訴えます。この女は、弟さえいなくなれば、ブラバントの女領主となり、封臣たる私の求婚を安んじて退け、その秘密の恋人と一緒に暮らせると思い込んだに違いありません。❞ 

 王は公主(会場のオペラ字幕では「姫」と翻訳)エルザを尋問するため彼女をすぐ呼びました。ここで登場したエルザ役ヨハンニ・フォン・オオストラムの姿を見た貴族や兵士たちは一種驚きの目でエルザを見つめ、合唱しました。

❝<男達>見よ!重き罪に問われた女人がやって来る!ああ!何と清らかな光だ!このような方に重き罪を着せようとする者こそ、罪ある者に違いない!❞          実際舞台に現れたエルザ役ヨハンニ・フォン・オオストラムの姿は、将にこの歌で歌われたのと同じ清らかな優しい雰囲気を漂わせる妙齢の淑女だったのです。    しかし罪状認否を迫られたエルザは、空の彼方を見すえて「ひとりの騎士」について、夢見心地で語りはじめ歌うの み な の で し た・彼女の第一声は穏やかなソプラノで、                                     ❝<エルザ>(穏やかで晴れやかな表情となり、視線を宙に漂わせながら)
独りぼっちの、暗い日々に 私は神に祈りました。深い心の嘆きを 祈りにこめたのです。すると、私のうめき声から、嘆くような音が響き出しました。それはやがて大きな楽音となり、空へと溢れ出したのです・・・その音の響きは、遥かに遠ざかって行き、ついに私の耳には届かなくなりました。なぜなら、私のまぶたは閉じられて、甘い眠りに落ちて行ったのです。❞  (この辺は 変イ短調/長調の間を揺れ動く不安定な歌「エルザの夢」と呼ばれる。)エルザの役オオストラムのソプラノは本物、声質は柔らかいし安定感があり音楽性が抜群、微細な変化も巧みに操り、久し振りで聴く本格的な歌声といった感じがしました。しかも瞼に騎士を描いているのか、夢想するかのようなしぐさで歌い表情造りも歌の内容に沿って微妙に変化させ、この第一声のアリアを聴いただけで、‘ブラボー’と心で叫びました。四拍子揃ったソプラノ歌手だと思いました。彼女は確か当初予定されたエルザ役の歌い手の代役でしたね。時々代役でも素晴らしい歌声を聞かせてくれることがあります。将に今回はそのラッキーなケースです。                                王が質してもエルザは夢で見た騎士に助けを求めるばかり。王が神に裁きを求めると、何と白鳥に曵かれた小舟に乗って、一人の騎士が現れたのでした( イ長調のファンファーレ。)この人こそ、エルザが夢に見た騎士、ローエングリンその人なのでした。

ローエングリン役のヴィンセント・ヴォルフシュタイナーは乗って送ってくれた白鳥に向かって第一声の歌を歌うのでした。

❝<ローエングリン>(白鳥のほうに体をかがめる)ありがとう!かわいい白鳥よ!
私を舟に乗せてくれた場所へと、はるかな流れをさかのぼってください!ここで再会できることを楽しみにしていますよ!ですから、誠実にあなたの務めを果たしてください!さらば!さらば!かわいい白鳥よ!❞

 実に柔らかい声質のテノールでした。ワーグナーのオペラのテノールですから、カウフマンのジークムントの様な強いヘルデンテノールを期待していた向きもありますが、この比較的初期の成熟したオペラでしかも天から舞い降りた神の使いとも考えられる状況に鑑みて、ヴォルフシュタイナーの様な歌い方でも十分理解出来ます。あくまで清らかな純粋愛の表現としては、声量もあるし見事な歌唱だと思いました。彼の歌を聴いて、今回の歌手陣のレベルの高さを確信しました。

続いてハインリッヒ王から「神から遣わされたようですが」と訊かれて、答えて歌うのです。

<ローエングリン>

重き罪に訴えられた少女の味方として戦うために、ここに遣わされたのです。ですから今は、その人に会わせていただけますか?
(彼はエルザのほうに近づいて行く)
さあ、おっしゃって下さい。ブラバントのエルザよ・・・私があなたの戦士となるならば、あなたは何一つ恐れることなく私の守護に身を委ねるおつもりですか?

<エルザ>
(ローエングリンを一目見てからというもの魔法にかけられたように身じろぎ一つせずにいたが、初めての呼び掛けに目を覚ましたかのように、この上ない歓喜にあふれて彼の足もとに身を投げる)

私の勇士!私の騎士!私を受け入れて!私の全てをあなたに捧げます!

<ローエングリン>
あなたのための戦いに勝利した日には、
私を夫とすることを望まれるのですね?

<エルザ>
あなたの足もとに身を投げます。
心も体も捧げます。

<ローエングリン>
エルザ・・・私があなたの夫となり、あなたの国と民を守ることになったなら、何ものもあなたと私を引き離すことはできません。ですが、一つだけ私に誓ってください・・・「あなたは私に聞いてはいけない。知りたいと思ってもいけません!私がどこから来て、どんな名前と素姓であるかを!」

<エルザ>(ほとんど上の空で)
そんなことを聞くはずがありましょうか!

<ローエングリン>
エルザ!確かに聴いたのですか?「あなたは私に聞いてはいけない。知りたいと思ってもいけません!私がどこから来て、どんな名前と素姓であるかを!」

<エルザ>(真心をあふれさせて、彼を見上げながら)
私の盾!天の御使い!救世主!私の無実を固く信じている人!あなたを信じられなくなることほど重い罪がこの世にありましょうか?私を窮地から救ってくださるのですから、私はあなたのお言い付けを固く守ります!

<ローエングリン>(感極まってエルザを胸に抱きよせながら)
エルザ!愛しています!
(二人はしばらくそのまま抱き合うのです)

この騎士がエルザに向かって「決して訊ねてはならぬ、知りたいと思ってもならぬ、私がどこから来たのか、名前も、素性も」と警め、誓いを守る限り添い遂げる、と約束する箇所は イ短調の厳しい響きによる「禁問」の音楽とも謂われます。

エルザはすべてを了解、受け入れて、騎士は彼女にかわってフリードリヒと決闘で白黒をつけました。騎士は瞬く間に勝利し、フリードリヒは死は逃れましたが、訴えの正当性を失い、エルザにかけられた嫌疑は見事晴らされてエルザとローエングリンは結ばれることに。一同騎士を讃えて高揚する合唱のうちに 幕となりましたが、みずからの魔力を封じられたオルトルートはひとり、怪訝な面持ちでこの大団円を見つめているだけでしたが、これが後日悪の芽と牙をむく根源となるのです。

 この処のローエングリンとエルザのやり取りの二重唱は、このオペラの中でも燦然と輝く麗しき愛の結びつきの場面で、物語の進行上も極めて重要な意味を持つ場面です。演奏会方式ですが、オオストラムは彼女の視線で遠くを見つめたり、ローエングリンに優しい眼差しを向けたり、感情を込めて舞台で演技するが如き雰囲気をもって歌っていました。一方ヴォルフシュタイナーは大きな体を舞台前方やや上方に直立して向けて、体は余り動かさないで歌っていましたが、歌の雰囲気はその状況に合わせたメリハリの付けた歌い振りでした。きっと演奏会でなく本格的にメークして着飾ったオペラ舞台だったら二人とも迫真の恋人同士を演じる美男美女に変身したことでしょう。

 エルザはすべてを了解、受け入れて、騎士は彼女に代わってフリードリヒと決闘で白黒をつけました。騎士は瞬く間に勝利し、フリードリヒは死を逃れましたが、訴えの正当性を失い、エルザにかけられた嫌疑は見事晴らされてエルザとローエングリンは結ばれることに。一同騎士を讃えて高揚する合唱のうちに 幕となりましたが、みずからの魔力を封じられたオルトルートはひとり、怪訝な面持ちでこの大団円を見つめているだけでしたが、これが後日悪の芽と牙をむく根源となるのです。