ショパン音楽祭の第五日目のピアノリサイタルを聴きました。演奏者は高橋悠治氏で初めて聴きます。演奏経験が長いピアニストらしくて、その分野ではレジェンド的な存在だとききました。略歴は次の通です。
【profile】1938年東京に生まれる。柴田南雄、小倉朗、ヤニス・クセナキスに学ぶ。1963-66年フランス、ドイツで現代音楽のピアニストとして活動、1966-71年アメリカで演奏活動とコンピューター音楽の研究。1972年に帰国し、74-76年武満徹らと共に作曲家グループ「トランソニック」を組織して季刊誌を編集。1978-85年「水牛楽団」で世界の抵抗歌をアレンジ・演奏、1980-87年月刊ミニコミ『水牛通信』発行。著書として平凡社から『高橋悠治/コレクション1970年代』『音の静寂静寂の音』、みすず書房から『きっかけの音楽』『カフカノート』などが刊行されている。
【日時】2021.5.28.(金)18:30~
【会場】カワイ表参道サロン「パウゼ」
【演奏者】高橋悠治(Pf)
【曲目】
① ショパン
①-1 マズルカ イ短調Op.59-1(1845)
①-2 マズルカ ヘ短調Op.63-2(1846)
②ヴィアルド マズルカ(1868)
③ドビュッシー マズルカ(1890)
④ミヨー マズルカ(1914)
⑤タンスマン マズルカ集 第4巻(1941)
<10分間の休憩>
青柳ショパン協会理事に依る演奏者インタヴュー
⑥ベンジャミン 悲歌風マズルカ(1942)
⑦カステルヌオーヴォ=テデスコ パデレフスキーを讃えて(1941)
⑧シマノフスキー 2つのマズルカOp.62(1933,34)
【演奏の模様】
今回はショパンから始めて年代順に様々な作曲家によるマズルカを1~2曲演奏するプログラムなので、もしかしてマズルカの変遷を少しでも理解出来るかな?と思い非常に興味深いコンサートと考えていました。でも初めて聴く作曲家も多く、聴いた結果、結論的には良く分からなかった。それもその筈です、ショパンのマズルカでさえ色々あって、曲によってかなり相違しており、それらを聞いても分かることは、それらは、ショパンらしさを有した曲だということ位です。一作曲家の一、二曲を聞いただけでその作曲家のマズルカの特徴を掴める筈はなく、それがドビュッシーのマズルカだ、シマノフスキーのマズルカだと結論付けることは容易ではないことだと思いました。 でもおおよその漠然とした雰囲気は感じ取れましたし、年代と共に、マズルカの概念が広くなっていった事は言えると思います。
さて登壇した高橋さんは挨拶もそこそこに、いきなりピアノに向かい弾き始めました、力強いタッチで。
①1曲7~8分程度の曲。
①ー1 (約3.5分) 曲が鳴り響いた途端、オツこれは聴いたことがあるなと思いました。かなりゆっくりしたメロディからすぐにテンポを速め元のテーマに戻るのが前半とは、ニュアンスが違う。 高橋さんは、緩に急あり強に弱あり、短いパッセージをも変化に富んだ弾き方で演奏していました。
①ー2 (2分弱) 緩やかなテンポで始まりましたが、すぐに速度を速めその後ゆったりとすぐに終了へ。リズムは、これまで聴いたショパンとは少しちがう感じです。
②のヴィアルドは初めて聞く作曲家です。プログラムの解説によると、ショパンとも親交があったフランスの歌姫で、ピアニスト、作曲家でもあったそうです。このマズルカは、何よりもリズムの変化が面白い。曲の最後は、右手の音がせり上がる勢いに乗じて、急激にテンポを速め、勢いよく弾ききりました。
③メロディーはドビュッシーらしいのですが、それはともかくとして、リズムが大変軽快で、特に三連符が修飾音的な効果を上げていて、曲を面白くしていました。また右手の小指で出す最高音が、しばしばパッセージ、パッセージの印象深さを演出していた。 でも、全体としては、大きな変化に乏しい、似通った旋律が続くので、少し睡魔が襲いそうでした。右隣の若い女性などコックリコックリ首を動かしていました。
④ミヨーの曲は、2019年11月に『スカラムーシュ作品165b』というピアノデュオ曲を、金子三勇士、中野翔太両氏の演奏で聴いた事がありますが、10分にも満たない短い曲で、それ程印象的でなかった。でも速いテンポでリズミカルな舞曲のイメージは残りました。きっと演奏者にとっては面白い曲だったことでしょう。 今回のミヨーのマズルカを聞いても、舞曲的な色彩は余り感じませんでした。
⑤タンスマンは曲集第4巻の曲を沢山演奏しました。全部で10曲近くあったでしょうか? ショパンのメロディが入っているものも有れば、ジャズ的響きが入っていたり、マズルカのリズムを大きくデフォルメした曲や、右手高音を多用している曲、不協和音的響きを持ったもの、前衛的響きのもの、左手で低音部分が何回も繰り返される曲など、多種多様の演奏に、これがマズルカであれば、随分マズルカの概念が拡散したなと思われるのでした。
10分の休憩の後で、ピアニスト青柳いずみこさん(、日本ショパン協会理事、以下Aと略記)によるインタビューが有りました。(演奏者はTと略記)
〈要 旨〉
(A)Tさんは、これまでポーランドとショパンと大いにかかわりがある。水牛と言う名を冠して音楽活動もしていた。
(T)「水牛楽団」を結成し、1980年代のポーランド、ワレサ議長の「連帯運動」の時代に、その支援活動を行った。
(A)支援のため、「発禁の歌」を収集して歌い、妹さんはショパンの「革命エチュード」を弾いて支援したそうです。
(T)「発禁の歌」とは、例えば、ポーランドの街角でアコーデオンを弾きながら歌う傷病兵の歌などです。
(A)Tさんは父親のバルトークの本を見て育った人なので東欧には造詣が深い。
(T)ポーランド舞曲からのマズルカと言っても、ポーランドには各地に舞曲が有り異なっているので、当然マズルカも色々と異なった色合いのものが存在する。
(A)バルトークの付加リズム・・・(??聞き取れませんでした)
エピソードがあって、昔マイヤベース(hukkats注)がショパンの演奏を聴いて❛二拍子ですね ❜と訊いたところ、ショパンは怒って ❛三拍子です❜と答えたと言います。
(hukkats注)マイヤベース( 1791年 - 1864年)は、ユダヤ系ドイツ人の歌劇作曲家。 彼の楽風は、ロッシーニにより興行的に成功したイタリア歌劇の様式とモーツァルトなどのドイツ歌劇の様式を折衷し、 当時においては偉大な音楽家として批評家はマイヤベースを高く評価していた。
(T)演奏する側としては、「単純に書かれたものを自由に弾きたい」。楽譜に余り縛られたくない。
⑥のベンジャミンの曲も初めて聴きます。ポーランドの音楽家で首相を務めたパデレフスキーの死を悼んだ曲集の中から、「悲歌的マズルカ」の演奏です。髙橋さんは、短いパッセージでも単一なリズムでなく変化に富んだ自由とも言える表現で、時折両手をクロスして弾いていました。
⑦のテデスコの曲も初めて、そういう作曲がいたこと自体知りませんでした。リズムや強弱は髙橋さんの相変わらずメリハリの利いた演奏ですが、速いアルペジョなど綺麗に音が響く箇所も多く、しかも全体として悲しみの情感が伝わって来る様な気がしました。
⑧シマノフスキーの曲は2019.5.19.に『堀正文70th Anniversary Concert』で、シマノフスキー作曲「神話よりナルキッソス」を、Vn:沢和樹さん(東京藝大学長)、Pf :沼恵美子さんのご夫婦コンビで演奏されたのを聞いたことがありましたが、その時の印象を以下に記しますと、
「この様なメロディーは苦手ですね。自分から聞きたいとは思いません。シマノフスキーは初めてですが、所謂現代音楽家の範疇ですか?今回のプログラムを見るとバロックから古典、ロマン派の曲が9割方占め、現代音楽は非常に少ない。世にある膨大な数多くのVn曲の中からこの曲を選んだのは不思議ですね。まさかギリシャ神話のナルシスの自己陶酔の物語を意識して選定したのではないでしょうけれど。」
シマノフスキーはポーランドでは、ショパンに次ぐほどの人気がある作曲家なのですね。「シマノフスキー大学」まであります。
この二つのマズルカは、ショパン+近代的な響きを有したしかも透明な雰囲気を加味した曲で、合わせても6分程度の曲ですが、高橋さんは益々元気に一気に弾き終えました。
満席の会場からは大きな拍手が続き、アンコール曲が一曲演奏されました。作曲家の名前は青柳さんが早口で言ったのではっきり聞き取れなかったのですが、何でもフランスの女流作曲家でプッチーニと同じ年に生まれたMel Bonisにより作曲されたマズルカだそうです。哀愁を帯びた中々いい曲でした。髙橋さんは本演を含めて、アンコールの時もそうでしたが、曲の表現が素晴らしい、息の抜き方、リズムの変動、音の息使い、調べの陰影のつけ方などなど、その域に達するには、長年の演奏経験ともって生まれた音楽性抜きにはあり得ない達人の高みに登ったアル(或る)ピ(ア)ニスト だと思います。
今回は肝心のショパンのマズルカが余り聞けなかったので、少し残念でしたが、他にマズルカを題材とした作曲家が多くいたということを知り勉強になりました。
ショパンのマズルカの演奏と言えば、昔スタニスラフ・ブーニンがマズルカOP.50の三曲を弾いたのを聴いた時の強い印象を思い出します。今回は確か水曜日にこれを弾かれた方がいたのですね。都合で聴きに来れませんでしたが。Op.24番の4つのマズルカもいいですね、少しペイソス感のある曲達ですが。これも昼に弾いた方達がいる様です。