表記の楽劇の初日公演を観てきました。終演は22時近くになる長丁場でした。
『ワルキューレ』はワーグナー作曲、楽劇『ニーベルングの指輪』四部作の第2作目にあたります。新国立劇場は、2016年に『ワルキューレ』を、翌2017年には『神々の黄昏』を、前年2015年には、『ラインの黄金』等々、ワーグナー楽劇を、体系的に上演して来ています。今回は、コロナ禍の大変な時期に、様々な困難を乗り越えて、上演にこぎつけた関係者の方々には、敬意を表します。以下に今日聴いた演奏を簡単に記しました。
【日 時】2021年3月11日(木)16:30~
【会 場】新国立劇場・オペラパレス
【指 揮】大野和士(11日・14日・17日・20日)
城谷谷博(23日)
【管弦楽】東京交響楽団
【演 出】ゲッツ・フリードリッヒ
【美術・衣裳】ゴットフリート・ピルツ
【照 明】キンモ・ルスケラ
【出 演】
〇ジークムント
(第1幕)村上敏明
(第2幕)秋谷直之
〇フンディング 長谷川 顯
〇ヴォータン ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
〇ジークリンデ 小林厚子
〇ブリュンヒルデ 池田香織
〇フリッカ 藤村実穂子
〇ゲルヒルデ 佐藤路子
〇オルトリンデ 増田のり子
〇ヴァルトラウテ 増田弥生
〇シュヴェルトライテ中島郁子
〇ヘルムヴィーゲ 平井香織
〇ジークルーネ 小泉詠子
〇グリムゲルデ 金子美香
〇ロスヴァイセ 田村由貴絵
【演奏速報】
幾つかの場面に関してかいつまんで記しますと
①第一幕冒頭、前奏曲「冬の嵐」の場面
大野和士指揮の東京交響楽団は良くある普通と思われるオケ速度で弾き始まりました。不気味な低音でトレモロの伴奏を響かせ、同時に低音弦のメロディを小さく重ね始まる。高音弦と管、特にホルンが鳴ると、続くティンパニの雷鳴が轟き弦の閃光も次第に収まって来て、逃走してきたジークムントの登場となりました。特にティンパニーが一回り小さい太鼓二台とそれより大きいもの一台の三個を使いわけていた。思い切りバチで叩いていたのが、目立ちました。
②第一幕 ジークムントの「愛の歌」から長く続くジークリンデとの愛の歌のやり取りの場面
Siegmundは”‥‥siehe ,der Lenz lacht in den Saal!(広間で春が(やって来て)笑っている)"とSieglindeに語りかけて歌い始めます。麗しい愛の語らいの歌を。その中で二人は別れ別れになった双子の兄妹であることが次第に判明して来るのでした。
ここで、春を表す「Lenz」は、「Früling」と同義語ですが、これは詩などに用いられる語です。このワーグナーの歌詞は、詩で書かれているのです。従ってあちこちに韻[hukkats注1]を踏んでいる箇所がみられます。
ジークムント役の村上敏明さんは、これまで何回も聴いていますが、今日は立ち上がりから声は通ってホールに届き、快調です。相当はりきっている。このジークリンデとの愛の歌の歌い始めの場面では、やや疲れたかな?と思ったのですが杞憂でした。愛を高らかに歌いました。良く響いていた。
ジークリンデ役の小林厚子さんは、初めて聴きましたが、柔らかな声質で声量もかなりあり、スタートから、最後まで好調に歌い通しました。
[hukkats注1]
独語の韻だけでも一つの学問になる位複雑ですが、分り易い基本例文として菩提樹を挙げると
Ich schnitt in seine Rinde(〇)
So manches liebe Wort;(△)
Es zog in Freud' und Leide(〇)
Zu ihm mich immer fort.(△)
これは脚韻を交互韻で表現しているケース
③第二幕の冒頭の場面
前奏曲及び続くヴォータンがブリュンヒルデに戦いの命令を歌い、ブリュンヒルデはそれに答えて叫び歌いながら岩山を駆け巡る場面では、彼女は次の様な ❝Hojotoho! Hojotoho! Heiaha! Heiaha!❞と奇妙な奇声を上げるのですが、池田香織さんは 3回目の----ha---haはかなり金切り声を立てていましたが、その他の掛け声は通常聞くよりおとなしかった気がします。ブリュンヒルデは、もっと活発な元気な女の子というイメージがありましたが、今回はそれから少し離れた感がありました。
④第三幕の「ワルキューレの騎行」
オケの上昇トレモロに続くタッタタタータ タッタタータというメロディが大々的に鳴り響き、大野東京楽団は、これを随分弾き慣れている様子で勇壮に弾いていました。
複数のホルンの一つが、不安定な音の時がありました。他の箇所でも。
⑤第三幕のラストシーン「ヴォータンの告別」
” Der Augen leuchtendes Paar.” から始まるヴォータンのアリア、愛娘ブリュンヒルデに対して、罰を与えなければならない切ない気持ちを歌います。
ヴォータンのラデツキーさんは、割りと淡々と歌いました。それでも、ドイツの歌手はさすがです、渋い威厳のある歌振りを披露、最後の挨拶では、この日最大級の拍手を浴びていました。まな娘に対する苦しい胸のうちを、父親としてもっとぶつけて歌ってもいいのでは?ヴォータンとしての姿勢を殆ど崩さなかった。
⑥と同じ第三幕ラスト「魔の炎の音楽」
”Hirauf,wabernde Lohe; umlodre mir feuring den Fels!” とウォータンの叫びから、始まる赤々と岩山の周りが燃え上がる様子を、オケは全開で響かせ、眠るブリュンヒルデの周りを、四角に取り巻く様に、赤い炎が燎原の火の如く拡がる際には、弦、管の他に、ハープやパーカッションの音も混じっていて山椒がピリリッと効いていました。
勿論ティンパニーは、各処で大活躍、大野コンダクターは、最初から最後まで優麗な手捌きでオケを引っ張っていました。この劇場のオケピットは広いですね。舞台の下までピットの空間がくいこんでいました。二管編成の弦楽五部12型。これだけ本格的なオペラは、本当に久し振りでした。
その他の場面では、藤村さんのフリッカは、さすがでした。ブリュンヒルデの池田さんも、第三幕の最後ヴォータンにそんなに悪いことをしたのですかと、(涙ながらに)訴えるアリアはとても良かったです。第二幕からのジークムントの秋谷さんは、村上さんよりも大きい声で健闘していました。
【感 想】
『ワルキューレ』は文頭にも書いた様に、楽劇『ニーベルングの指輪』四部作の第2作目に当ります。それぞれ演奏するにはたっぷり一晩かかり、即ちすべての演奏を聴くのには四晩かかるという、イタリアオペラ、フランスオペラや他の作曲家のドイツオペラと比べても、異常なくらい長大な楽劇(オペラとは言いません)を、ワーグナーは作曲したのです。しかもこの四部作は台本まで自分で書いたそうですから、その熱の入れ様は尋常でない。人間技でない気もする。もっともバッハも膨大な作品を残していますが、こちらは作品の数が多いのです。バッハの作品の中で長いものは例えば、平均律クラヴィール曲集、これでも4時間半位。クリスマスオラトリオ、これだってせいぜい 2時間半くらい、一晩あれば十分です(もっともカンタータ集を一つの作品と看做せば、超膨大ですが)。
ドイツ人、ゲルマン民族は熱狂し易いのでしょうか?主としてこの四部作を演奏するための「バイロイト音楽祭」なるものまであるのですから。
ルードヴィッヒ(所謂)狂王はあのノインシュバインシュタイン城内にワーグナー劇を見るために、劇場まで作っていますからね。もっともこちらは小劇場ですが、ワーグナーのバイロイト祝祭劇場建設にも後押しをしています。
「熱し易く冷め易く」ではないのでしょうけれど。身を亡ぼすまで突っ走るのでしょうか?ナチスなんかもそのけがあったかも知れない。
今日の「ワルキューレ」を聴いていても、歌手は歌えば歌う程熱狂して来てデュエットなどもほとんど叫びに近くなるケースが見られました。感情の高まりが手に取る様に分かりました。その辺りは日本人の歌手陣もよく心得て歌っていたと思います。
兎にも角にも久し振りの本格的オペラを聴いて、東京もそれが出来る状態にかなり回復してきたのだと(まだまだ油断はなりませんが)感慨深い気持ちになりました。