HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

寺内詩織『バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ全曲演奏会』

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 2019年12月21日(土)、東京オペラシティ近江楽堂で、ヴァイオリニスト寺内詩織さんが、バッハの無伴奏ソナタ&パルティータを全曲演奏するというので、聴いて来ました。タケミツホールには何回も行ったことがあるのですが、近江楽堂は初めてです。近江の国から取った名前だそうですね。バッハのこの曲達は今年8月に、前橋汀子さんが演奏会で演奏されたのを、聴きに行っています。その時の感想に、若手の売れっ子ヴァイオリニストの誰かが同じ全曲演奏会をやらないのかな?やればぜひ聴きに行きたい、と記したのですが、暫く経ってあれは10月頃でしたか、ネット情報で寺内さんが演奏会を開くという事及び寺内さんはまだ20代であることが分かり、これは是非聴かなくちゃと思って、すぐにチケットを確保したのでした。
 さて演奏の方は最初に(以下「無伴奏ヴァイオリンのための」は省略)①『ソナタ1番ト短調BWV1001』。次いで ②『パルティータ第1番ロ短調BWV1002』以下順に③『ソナタ2番イ短調BWV1003』、④『パルティータ第2番ニ短調BWV1004』 ⑤『ソナタ3番ハ長調BWV1005』、⑥『パルティータ第3番ホ長調BWV1006』。番号順に演奏するプログラムですね。
 開演時間となり、深紅のドレスで壇上に現れた寺内さんを初めて見た感じは、思っていた以上の地味な印象の若い女性でしたが、挨拶の中で「間もなく30歳になるので20代最後の挑戦としてこの演奏会を企画しました」との旨話されていた。おとなしそうに見えますが、うちに力を秘めている感じがしました。
 最初の一番のソナタはさすが若い人だけあって、力強いフレーズで弾き始め、しかも技術的に完成度の高さが窺い知れる演奏です。ただこれは次の②パルティータ1番~③ソナタ2番の中頃まで感じたことなのですが、音がやや粗削りで金属的な響きが強く、また低音の場合には、時にはビオラかなと思う様な調べが聴こえました。2番のソナタの第2楽章フーガはかなり長い曲ですが、重音の重なりがうねる様な運弓の動きが、やや緩慢だったかなと思いました。3楽章のアンダンテでは、ゆったりとした低い音の箇所は、ビオラ色調の音でしたが、それはそれで味のある調べでした。繰り返されるメロディーは、例えは悪いですが、スルメの様に噛めば噛むほど(噛みしめて聴けば聴く程)味がする感あり。次第に高音部も音が研ぎ澄まされてきた気がします。
 休憩を挟んで後半は④パルティータ2番からスタート、第1曲は低い音で始まりましたが、最高音の箇所が2か所あり、その高音は大変綺麗に感じました。この曲には有名なシャコンヌが第5曲として含まれており、寺内さんもシャコンヌはこれまで何回となく弾いた事でしょうから、実に素敵な演奏でした。冒頭引用した前橋さんのケースでは、シャコンヌを弾いて全演奏を終了すべく、パルティ-タ2番を最後の演奏曲に組み込んでいました。
 次に⑤ソナタ3番ですが、ここまで(休憩を挟んで)100分以上も演奏を続けても疲れの色は全然見えず、迫力ある演奏の勢いは止まらない感じです。第1楽章アダージョは速いパッセッジに時折混じる主題メロディーの滔々とした流れを、もう少し明瞭に表現して欲しい気もしましたが、重奏など難しい箇所も見事な演奏でこなしていました。特に第3楽章の高音は、前半の高音と比べて随分とぎ澄まされ綺麗な音になってきた様に思います。それにしても第2楽章のフーガは、とても優しい感じのいいメロディーですね。続いての最終曲⑥パルティータ3番は、冒頭、勢いの余り勇み足で最初の音がはみ出ましたが、その後はこの日一番の素晴らしい演奏で最後まで弾き終え、見事終演となりました。(アンコール1曲あり)
 今回の寺内さんの前向きで意欲ある姿勢には感服します。地味で結構難かしく、皆が余りやらない様な曲演奏に挑戦する、そのチャレンジ精神を今後ともさらに進めて下さい。

尚、以下に8月25日の前橋さんの全曲演奏会の記録を、参考まで再掲します。

『前橋汀子のバッハ無伴奏演奏会』

 前橋汀子さんのヴァイオリンリサイタルを聴いて来ました(2019.8/25 日13:00~@みなとみらいホール)。彼女のご高名はかねてより存じ上げていたのですが、これまで一度も直かに聴く機会が有りませんでした。今回は「J.S.バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ全曲」演奏会というので、あの偉大なバッハの比較的若い時代、まだ宗教音楽家として活動する以前の名曲たちを、纏まって聴ける絶好の機会だと思って、大分以前にチケットを取って置きました。当日みなとみらいホールの大ホールは7~8割方が埋まり、観客のほとんどが年配の人々でしたが、事前のホワイエでも休憩時間中でも相当な熱気が感じられました。無伴奏のソナタとパルティータはそれぞれ三曲あり、公演前半は、ソナタ1番、パルティータ1番、ソナタ3番を、後半がソナタ2番、パルティータ3番、パルティータ2番の都合六曲、休憩を挟んで3時間近くの長丁場の演奏でした。当初1番から3番までソナタとパルティータを交互に弾くのかと想像していましたが、プログラムを見て成程と感心させられる演奏の順番でした。曲によって演奏時間が長いもの(約36分)もあれば短いもの(約16分)も有りますので、前半と後半にバランスよく時間配分することが必要です。それから演奏会全体としての起伏、盛り上がりを考える必要が有るでしょう。また奏者自身の演奏し易い順番もあるでしょう。様々な要因を熟慮した結果の曲順ではなかろうかと思われました。舞台に登場した奏者は、ふんわりとしたデザインの唐紅色の鮮やかなドレスに身を包み、古希を過ぎているとはとても見えない50歳代とも言ってよい程の若々しい姿でした。丁寧な挨拶もそこそこに、1番のソナタを間髪を置かず弾き始めました。聴いていて感じたことは次の1番のパルティータもそうなのですが、若いヴァイオリニストの様な力任せに弾く音とは異なった、かなり熟成した良い意味で枯れた音である様な気がしました。『気がした』というのは失礼、実は途中でうとうと寝てしまったからです(連日の暑さと疲れからでしょうか?)きっと好きなバッハの調べが心地良かったからでしょう。それにしてもプログラム解説を読むと、複数楽器の合奏の如き重音、フーガの連なり等々超絶技巧を駆使する演奏は、大変難しいものだろうなと想像に難くありません。時には体を前に折り曲げ、時には弦に弓を叩きつけるが如き運弓法でそれらを軽々と弾きこなし、真一文字に引き締めた口元には、奏者の強い意思と長年の不断の鍛錬の跡、不屈の精神が感じ取られました。前半は相当難しい曲が多かったと思われます。20分の休憩のあと後半プログラムが開始しました。いつも思うのですけれど、このホールは1階の通路構造上のせいか、休憩時に人の移動が余りスムーズにいかないのです。今回、1階の比較的前方の席でしたが、トイレに到着するまでノロノロ牛歩の歩みで相当時間がとられました。トイレ後ドリンク1杯買い求め急いで飲んでも、もう休憩タイムズ、アップ。女性の長蛇の列はまだ相当続いていました。ホールの構造改造など余程のことが無いと出来ないでしょうから。さて後半はソナタ2番から開始。この曲は前半とうって変わって音も伸びやかに大変安定感のある演奏に感じられ個人的には一番良かった。次のパルティ-タ3番には人口に膾炙した有名な曲が含まれており、ガボットなど比較的易しい旋律でしかも聴く人の心に滲みこむ旋律、これ一つとってみても後世のどんな作曲家の旋律創作にも負けず劣らぬ大発明と言えるのではなかろうかとさえ思われ、(これが1720年の35歳の作としたら、65歳で亡くなる1750年まで)バッハはその後30年にも渡って作曲活動を続けて傑作を量産し続けたのですからこれは奇跡というか、もう人間わざではないですね。多くの人が知っているガボットのこの調べを、音の強弱、長短を僅かに他の演奏家とは違った前橋流の表現で弾き、3番を弾き終わると同時に会場は前半にはなかった大きな拍手で包まれた。次曲パルティ-タ3番、その次のパルティータ2番と進んでも、安定した演奏と熟成された奏法は冴えわたり、益々会場は興奮の度合いと大きな拍手のうねりとなって、終演後もそれは続き、奏者は何回もステージに現れて満足そうに微笑まれながら上下左右、前後の客席に挨拶を送っていました。さすが‘名にし負う’日本の代表的演奏家の演奏でした。
<追記>これらの曲を若手だったらどう弾くのか非常に興味があります。今度若手のヴァイオリニストが同じBachの六曲の連続演奏会をするのであれば是非聴きに行きたい。例えばこれまで聴いたことのある若手、関朋岳さん、大関万結さん、新井里桜さん、辻彩菜さん、松田里奈さん他、誰かリサイタルやらないですかね?