【日時】2024年4月7日 (日) 15:00〜
【会場】東京文化会館 大ホール
【管弦楽】NHK交響楽団
【指揮】マレク・ヤノフスキ
(ゲスト・コンサートマスター : ウオルフガング・ヘントリヒ)
【音楽コーチ】トーマス・ラウスマン
【出演】曲目、奏者
①舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』より序夜《ラインの黄金》より第4場「城へと歩む橋は……」〜 フィナーレ
ヴォータン:マルクス・アイヒェ(バリトン)
フロー:岸浪愛学(テノール)
ローゲ:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)
フリッカ:杉山由紀(メゾ・ソプラノ)
ヴォークリンデ:冨平安希子(ソプラノ)
ヴェルグンデ:秋本悠希(メゾ・ソプラノ)
フロースヒルデ:金子美香(メゾ・ソプラノ)
②第1日《ワルキューレ》より第1幕 第3場「父は誓った 俺がひと振りの剣を見出すと……」〜第1幕フィナーレ
ジークムント:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)
ジークリンデ:エレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)
③第2日《ジークフリート》より第2幕「森のささやき」〜フィナーレ
③-1.第2場「あいつが父親でないとは うれしくてたまらない」―森のささやき
③-2.第3場「親切な小鳥よ 教えてくれ……」〜第2幕フィナーレ
ジークフリート:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)
森の鳥:中畑有美子(ソプラノ)
④.第3日《神々の黄昏》より第3幕 第3場ブリュンヒルデの自己犠牲「わが前に 硬い薪を積み上げよ……」
ブリュンヒルデ:エレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)
【演奏の模様】
会場に入って舞台を見たらいつもと大きく違うことは、左翼(下手)にHrp.が6台ズラッと並んでいたことでした。あれだけ多いと壮観ですね。その他は入場奏者の数をみてもそれ程の違いはなく、三管編成弦楽五部14(or16)型(Vn.28 -Va.12-Vc10-Cb.8)Timp.2他の打楽器
①序夜《ラインの黄金》より第4場「城へと歩む橋は……」〜 フィナーレ
この場面は、一幕で、ラインの指輪の不思議な力に魅せられた者たちがその争奪に関わる物語の内に、神々の主であるヴォータンが敵を押さえて世の主役に躍り出た結果入手したヴァルハラ城を初めて見てその壮観さに感心し、虹の橋を渡って入場する場面です。このヴォータン神はワーグナーが様々な神話、民族神話などから生み出した主神なのでしょうが、いま一つその正体・性状が謎です。どうも多神教の様なのですが、ギリシャ神話の神々の長(ゼウス)の立ち位置とはかなり異なっていて、戦争もすれば、変装もしたり、常勝の神では無く負けたりもする、性格的にもかなり人間に近い様な性状を有するのです。非常に特異な存在なのです。
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(突然雲が晴れ、ドンナーとフローの姿が再び現れる。彼らの足元からは、まばゆいばかりの光を伴って、虹の橋が谷をまたいで城にまで伸びている。今や城は、夕暮れの陽ざしに照らされて、きわめて明るく輝かしくきらめいている。一方、このドンナーの雷の魔法の間に、兄の死体の傍でようやく全ての宝を詰め終わったファフナーは、巨大な袋を背中に担いで退場してしまっている)
<フロー>
(手を伸ばして、虹の橋が谷を渡る道筋を示していたフローは、神々に向かって)
城に橋が架かりました。
軽い橋ですが、皆さんの足に十分な強度はあります。
おそれずに力強く、橋の上の道をお進みください!
(ヴォータンと他の神々は、城の威容に言葉を失ったまま立っている)
<ヴォータン>
太陽は、夕暮れの陽射しを送り、
城は灼熱の壮麗な光に包まれて輝いている。
明け方は、力強く照り映えながら、
主もいないまま、気高く私を誘うようであったものだが・・・。
朝から晩まで、心労と不安の連続で、
決してやすやすと手に入れた城ではない!
夜が迫り来る・・・だが、その夜の妬みからも、
どうかこの城が、我らを守ってくれるように。
大な考えが心に浮かんだかのように、きわめて決然と)
さあ、城よ、私の挨拶を受けよ!
不安や恐怖とは無縁になった私の挨拶を!
(厳粛な面持ちでフリッカのほうに振り向く)
さあ、来なさい。妻よ。
私とともに、ヴァルハラに住むのだ!
<フリッカ>
「ヴァルハラ」ですって?
たぶん私は聞いたことのない言葉ですが。
<ヴォータン>
恐れを克服した私の勇気が、
作り上げた言葉だ。
この言葉が勝利のうちに生き続ければ、
その意味も自ずと明らかになるだろう!
(ヴォータンはフリッカの手を取り、ゆっくりと橋に向かって歩いていく)
(フロー、フライア、ドンナーがそれに続く)
<ローゲ>
(舞台前方にとどまり、神々の後ろ姿を見送りながら)
あいつらは、終末に向かってまっしぐら・・・
しぶとく生き延びられると、固く思い込んでいるけどね。
あんな奴らと付き合うなんて、恥もいいところだ。
ううむ。全てを舐めつくす炎に再変身したい欲望が、
心にふつふつと湧き起って来るぞ・・・
かつて俺を拘束した奴らなんぞ焼き尽くしてやる!
あんな先見性のないバカどもと心中なんかするものか・・・
例えそいつらが「神々の中の神々」であってもね!
ふむ。悪くない思いつきだったな!
じっくり考えてみよう・・・俺様の心が誰に読めるってんだ!
(ローゲは投げやりな態度で神々の行列に加わる。舞台の底のほうから、ラインの娘たちの歌が響いてくるのが聞こえる)
<3人のラインの娘たち>
(姿を見せずに、谷底の方で)
ラインの黄金!ラインの黄金!きよらかな黄金!
何とけがれなく、明るく、愛らしく輝いていたことか!
ああ、悲しい・・・あの透き通った黄金がないなんて。
どうか返して!
あの清らかな黄金を、あたしたちに返して!
<ヴォータン>
(橋に一歩踏み出そうとしていたヴォータンは、ふと立ち止まって振り返る)
ここにまで聞こえるあの泣き声は何なのだ?
<ローゲ>
(谷底のほうをのぞき込みながら)
ラインの娘たちが、黄金が奪われたと言って泣いているのです!
<ヴォータン>
いまいましい奴らだ!
(ローゲに)
つまらんたわごとは、やめさせろ!
<ローゲ>
(谷底に向かって呼びかける)
おおい。水の娘さん達よ。どうしてこんな高いところまで泣き声を響かせるんだ?ヴォータンの御心を聞くのだ!
あの黄金は、もうお前達を照らすことはないぞ。
神々の新たな栄光が始まるから、お前達は、
その輝きを浴びて、のんびり日光浴でもしていなさい!
(神々は爆笑し、橋を渡っていく)
<3人のラインの娘たち>
(水底より)
ラインの黄金!ラインの黄金!きよらかな黄金!
ああ。もう一度、けがれなき水底のおもちゃとして輝いて!
信頼と真心があるのは、ただこの水底ばかりで、
上のほうでは、虚偽と卑劣が我が世の栄華を誇っている!
(神々が城に向かって橋を渡る中、幕が下りる)
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ヴォータン役のアイヒェは以上の歌を歌ったバリトン歌手です。それなりに声量は有る歌なのでしたが、バリトンとしては特に傑出した歌を披露するでもなく、ヴォータンの峻厳さや厳格さや威厳のある歌声からはかけ離れていました。しかし何分歌った時間がかなり短く、他の長い場面であれば、もっと実力を発揮するのかも知れない等と思ったり、またローゲ役のヴォルフシュタイナーは後程他の場面で、主役を歌う予定の人ですが、声は大きく強くて火の神だというローゲに相応しい歌手の様に思えました。少し荒いが声も良く出て、澄んだテノールでもなくかなり癖が強い。次の役どころ、ジークムントやジークフリートでの歌い振りに注目だと思いました。ヴォータンの妻フリッカ役の杉山由紀さんは、一言歌っただけですから全く印象がないです。一方ライン川底からは、黄金の指輪を失った三人の娘(ヴォークリンデ、ヴェルグンデ、フロースヒルデ)の歌声が歌われます。水底なので舞台上には立ちません。バンダ演奏の音の様に舞台外(ひょっとしてオケピットの空間?それとも舞台直下?客席ではないと思いますが?)それも低い位置からの三人の重唱と言うか斉唱の声が聞こえました。でも歌としては合唱のアカペラにも及ばない雑然とした歌声で清明感はありませんでした。
この冒頭の場面では、もう少し別の場での歌を切り取ることが出来なかったのかな?少し短か過ぎると思いました。
尤もここでは管弦楽の演奏をヤノフスキは主に考えていたのかも知れません。低調な歌手陣に比し、冒頭の低音弦の強いうねる様な調べや管楽器のやり取りなどオケの方が貼り聴いていた感は否めないと思います。
②第1日《ワルキューレ》より第1幕 第3場「父は誓った 俺がひと振りの剣を見出すと……」〜第1幕フィナーレ
ジークムント:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)
ジークリンデ:エレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)
以下の二重唱を含む二人の歌の交歓による高まる愛の高揚を歌い上げる場面です。ここでは要知識としては、ジークリンデとジークムントは、きょうだいで、・・・リンデは、敵にさらわれて行方不明になり、フンディングの妻にさせられ、・・・ムントは戦い敗れて森をさまよい歩き、フンディングの館にたどり着き・・・リンデとばったり会ったということ、それから以前その館に、(・・・リンデは、自分の父親だったのでは?と思う)男がやって来て、トネリコの木に、剣を刺して去ったこと、・・・リンデは、何となく今回やって来た・・・ムントを、身近な人に感じ恋愛の情を抱くこと、そしてそれらが、前に進む方向に動く場面なのです。
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(ジークムント、ジークリンデ)
(ジークムントひとり。すっかり夜になってしまい、室内はかまどの弱い炎によって、かろうじて照らされている。ジークムントは炎の近くの寝床に腰を下ろし、心は激しく興奮しつつも、黙り込んで前方を見つめている)
<ジークムント>
父さんが話していた剣・・・
最大の危機に直面したときに見つかる剣。
今ぼくは丸腰で敵の家にいて、
復讐のかたに取られて、ここにとどまっている・・・。
美しく気高い女性をぼくは見た。
心は歓喜と不安におののいている。
あの女性は、ぼくの心にあこがれを呼び覚まし、
甘い魔法でぼくを引き寄せる・・・
なのに、よりによってその女性を、ぼくを無力と嘲笑うあの男が自分の意のままとしているなんて!
ヴェルゼよ!ヴェルゼ!あなたの剣はどこにあるのだ?
強き剣。
嵐の中で振るう剣。
その剣は、ぼくの胸の中から現れないのか?
この荒れ狂う心の思いが剣とはならないのか?
(急にかまどの火がはじけ、噴き出す炎から現れるどぎつい光が、突然トネリコの幹の一点を照らし出す。前にジークリンデが目で示していたその場所に、剣のつかが刺さっているのがはっきりと見える)
あそこでちらちらしている赤い光はなんだ?
トネリコの木から、どうしてあんな光が?
目が見えない人にも届くほどの輝き・・・
楽しく笑いかけるような眼差し・・・
ああ、なんと心を気高く燃やす光だ!
もしかしたら、これは
あの花のような女性が去った時、
部屋に残していった眼差しの光だろうか?
(この時から、かまどの火は次第に弱まっていく)
夜の闇が目を覆ったとき、あの女性の眼差しがぼくに触れ、ぼくは、ぬくもりと光をこの手にした。
あの人の輝きは、太陽のように燦々と輝いて、
ぼくを頭上から光で満たし、山の向こうに沈んでいった。
(一瞬、炎の残照が弱く映える)
去って行ってからも、もう一度、あの人の光は夕映えのように輝き、古いトネリコの木さえも
金色に燃えた。だが、今や花はしぼみ、光は消え、夜の闇が目を覆っている。
炎はもはや光を失い、この胸の奥に残るだけ・・・。
(炎はすっかり消えてしまい、闇夜になる。隣の部屋の扉が静かに開くと、白い服を身にまとったジークリンデが現れ、音を立てずに、急いでかまどの方へと歩み寄る)
<ジークリンデ>
お客様・・・寝ておいでですか?
<ジークムント>
(嬉しい不意打ちに飛び起きながら)
ここに来られるとは・・・どなたです?
<ジークリンデ>
(いわくありげにあわただしく)
私です・・・聞いてください!
フンディングはぐっすり寝ています。
私が眠り薬を与えたのです。
今夜あなたが幸運を手にしますように!
<ジークムント>
(興奮して話をさえぎる)
あなたが来てくれただけで十分幸運ですよ!
<ジークリンデ>
武器のありかを教えます・・・ああ、もしあなたが手に入れれば!
最高の勇士とお呼びしますわ・・・
最強の人にのみ与えられる武器なのですから。
さあ・・・私の言うことをよく聞いてください!
一族の男たちが、この部屋に集まって
フンディングの婚礼を祝っていました。
強盗たちが人目もはばからず贈り物とした娘を
フンディングは妻としたのです。
彼らが酒盛りをしている間、私は悲しく座っていたのですが、
そのとき、見知らぬ人が入ってきました。
それは、青い衣装を身にまとった白髪の老人で、
帽子を目深にかぶって、
片目を隠していました。
ですが、残りの目の光だけでも男たち全員を不安にさせ、
恐れおののかせるのに十分でしたが、
その瞳は、なぜか私にだけは、
甘い憧れにみちた悲しみと、
涙と慰めとを同時に与えてくれるようでした。
老人は私を見つめたあと、男たちをじろりと見やると、
一振りの剣を手につかみ、
トネリコの幹に、
つかまで深く突き刺しました。
これを幹から引き抜くことができる者にこそ
この剣はふさわしいのだと言い残して・・・。
しかし、並み居る男たちが、どんなに頑張っても、
誰も手に入れることはできませんでした。
男たちが何人も出たり入ったりして、
最強と自負する者たちが剣を引き抜こうとしましたが、
誰一人、報われることはありませんでした。
剣は、何事もなかったように、幹に突き刺さったままなのです・・・。ですが・・・いま私にはわかりました。
悲しんでいる私に会いにきてくれたあの人が誰だったのか。
誰のために剣を木に刺したのか。
ああ・・・私は今ここで友に会いたいのです・・・
哀れな私のために、遠い国からやってくる友に。
そうすれば、ずっと苦しみ悩んできたことが、
辱められた心の痛みが、
すべて甘美な復讐へと変わるのです!
失ったものを再びつかみ、
なくして泣いていたものを、この手に取り戻したいのです。
神聖な友を見つけ、
その勇士をこの手に抱きたいのです!
<ジークムント>
(燃えるような情熱でジークリンデを抱きしめながら)
その友は、今あなたを抱いていますよ・・・
武器と妻とを与えられる友は!
あなたという素晴らしい女性を妻にしようとの誓いが
私の胸に熱く燃えています。
かつて憧れたものは、あなたの中にあり、
かつて失ったものを、あなたの中に見つけたのです!
あなたが苦しむとき
私もまた心を痛め、
私が嘲られるとき、あなたもともに傷つくのです・・・
なんと喜ばしい復讐が微笑みかけてくるのでしょう!
私はいま聖なる歓びに満ちて高らかに笑い、
気高いあなたをこの手に抱きしめ、
あなたの胸の鼓動を感じているのです!
(大きな扉が突然バタンと開く)
<ジークリンデ>
(驚いてすくみあがり、身をもぎ離す)
えっ、誰なの?誰が来たの?
(扉は広く開け放たれ、屋外には素晴らしい春の夜が広がっている。満月の光が上から射し込み、明るい光で二人を照らすと、二人は突然、互いの姿を一点の曇りもなく認め合う)
<ジークムント>
(静かに感動しながら)
いいえ、誰も・・・。ですが一人だけ来た者がいます。
ご覧なさい。この部屋に射し込む春の微笑みを!
(ジークムントは、力強くやさしくジークリンデを寝床に引き寄せ、ジークリンデは彼の隣に腰をおろす。月明かりは神々しさを増していく)
冬の嵐は、歓びの月の前に消え去った。
春はおだやかに光りかがやき、やわらかな風に乗りながら、軽やかに愛らしく奇蹟を織りなしながら揺れていく。森と野原に息を吹きかけ、
まなこを見開いて笑いかける。甘い小鳥の歌を歌い、心地よい香りを放つ。
温かな血のぬくもりで、よろこびの花を咲かせ、力を与えて新芽を吹かせる。優美な力で、この世をつかさどり、冬も嵐も、その強い力の前には消え去る。
春の一撃の前には、ぼくらを春から引き離していたどんな頑丈な扉も開かずにはいられなかった・・・。
春は、その妹である愛のもとに舞い込みましたが、愛こそが、春を誘ったのです・・・
ぼくたちの心の奥深くにあったものが、いまはじめて光を浴びて微笑んでいるのです。
春という兄が、愛という妹を花嫁とし、二人を離れ離れにしていたものは打ち砕かれました。
若者、歓喜とともに結ばれ、
春と愛とは一つになったのです!
<ジークリンデ>
あなたこそ春・・・私は待っていた・・・
凍りつくような冬の間じゅうずっと、心は聖なるおののきとともに、あなたを受け入た・・・
あなたの瞳がはじめて私に向けられたとき。
今までは、すべてが見知らぬことばかりで、
身近には悲しいことしかなかった。
何が起こっても、私にはわからないことだらけだった。でも、はっきりとわかったの・・・あなたのことは。私があなたを見つめたとき、
あなたはもう私のものだった。心の奥深くに秘めていた私自身が、朝の陽ざしのようにまぶしく浮かび上がり・・・
ああ・・・鳴りわたる響きとなって、私の耳に届いたの。
見知らぬものばかりの凍てつく荒野で、私がはじめて友を見い出したとき。
(ジークリンデは我を失ったようにジークムントの首に腕を巻きつけ、近くから彼の顔を見つめる)
<ジークムント>
(心を奪われたように)
ああ・・・甘い歓び!
すばらしいひと!
<ジークリンデ>
(まじかにジークムントの目を見つめる)
ああ・・・もっと近くに行かせて・・・
気高い光をはっきり見たいの・・・
あなたの顔と瞳から現れ出る
五感を甘く酔わせる光を。
<ジークムント>
春の月光を浴びて輝きながら
あなたの髪は気高く波打っている。
私を惹きつけるものの正体が今はっきりとしました。
私は、美を目の前にする歓びに浸っているのですから。
<ジークリンデ>
(ジークムントの額から髪をかきあげ、驚きを込めて彼の顔をしげしげと見つめる)
あなたの額はなんと広く、
いくつもの血管がこめかみに集まっていることでしょう!
歓びのあまり、ふるえがとまらない!
奇蹟のような声が私の記憶を呼び起こす・・・
今日はじめて目にしたはずのこの人は、
もうすでに会ったことのある人だ・・・と!
<ジークムント>
私にも、愛の夢が思い起こさせるのです・・・
熱い憧れとともに、かつて私があなたの姿を見ていたことを!
<ジークリンデ>
いつか小川に映した自分の姿・・・
それを今また見ています。
そのとき川面に浮かび上がった私自身の姿・・・
それが今目の前にいるあなたなのです!
ジークムント>
あなたこそ
私が胸に秘めていた姿。
<ジークリンデ>
(急いで視線をそらしながら)
ねえ、静かに!声を聞かせて・・・
まるで、子供の頃に聞いたような響きだわ。
(いらだって)
いいえ、そんなはずは!このまえ聞いただけだわ・・・
私の声が森にこだましたあのとき・・・
<ジークムント>
ああ・・・なんと美しい音・・・
私がいま聞いている声!
<ジークリンデ>
(再びジークムントの瞳をのぞきこんで)
あなたの目に燃える炎を見るのも初めてじゃないわ・・・
これは、あの老人が私を親しげに見つめ、
悲しんでいた私を慰めてくれた時に見た眼差し。
そのおかげで、私はあの老人の子だと気付いた・・・。
もう少しで名前で呼びかけそうなところだった!
(ジークリンデはいったん話をやめ、そのあと小声で続ける)
あなたの名前は本当にヴェーヴァルトなの?
<ジークムント>
あなたの愛をうけたからには、もうそうは名乗りません・・・
私はいま最高の歓びを手にしているのですから!
<ジークリンデ>
ですがフリートムントと
名乗ることもできないのでしょう?
<ジークムント>
あなたが好きな名をつけてくれれば、私はそう名乗りましょう。あなたに名付けてもらいたいのです!
<ジークリンデ>
たしか、お父様の名はヴォルフェでしたね?
<ジークムント>
臆病なキツネどもにとってはオオカミ(ヴォルフ)だったでしょう!ですが、その目の輝きは、オオカミではなく、
あなたという素晴らしい女性の目と同じでした。
父の本当の名・・・それはヴェルゼです。
<ジークリンデ>
(我を失って)
ヴェルゼがあなたの父親で、あなたがヴェルズング族ならば、
あの老人は、まさにあなたのために、木に剣を刺したのです。
私の愛の証として、私にあなたの名を付けさせてください・・・ジークムント・・・私はあなたをそう名付けます!
<ジークムント>
(木の幹におどりかかって、剣のつかをつかむ)
我が名はジークムント!ジークムントこそ私!
剣よ、証人となれ!ひるまずに、お前をこの手にするのは私だ!かつてヴェルゼは言った。最大の危機に陥ったとき、
お前は剣を手に入れるだろう・・・と。今こそその時だ!
神聖なる愛の最大の危機(ノート)・・・
危機は、愛の憧れを私の心にかきたて、
あかあかと胸に燃え広がりながら、
行動するのだ、死ぬのだと、私に迫ってくる・・・
ノートゥング!ノートゥング!これがお前の名だ、剣よ・・・
ノートゥング!ノートゥング!誰もがうらやむ剣よ!
切っ先鋭い刃を見せよ!
鞘から姿を現すのだ!
(恐ろしい力で一息に剣を幹から引き抜くと、驚きと歓喜のうちにあるジークリンデに、その剣を見せる)
さあ、ヴェルズング族のジークムントをご覧ください!
この剣を婚礼の贈り物とし、
我が妻に選んだ最高の女性であるあなたを
敵の家から奪い去るのは、
このジークムントなのです。
私とともに、ここから遠く離れた場所に行きましょう。
春が微笑む屋敷に行きましょう・・・
そこでは、ノートゥングがあなたを守ります。
ジークムントがあなたへの愛に生きる限り!
(ジークリンデを抱きしめ、手を取ってその場を立ち去ろうとする)
<ジークリンデ>
(最高の陶酔に浸りながらも、ジークムントから身を離し、彼と真正面から向き合う)
私の目の前にいるあなたがジークムントなら、
あなたを求める私はジークリンデ・・・
あなたは、実の妹と
剣とを一挙に手に入れたのです!
<ジークムント>
あなたは妻にして妹・・・私は兄・・・
栄えよ!ヴェルズング族の血よ!
(ジークムントは狂おしいばかりの情熱でジークリンデを抱き、彼女は大きく声を上げて彼の胸に顔を沈める。幕が素早く下りる)
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ジークムント役の・・・シュタイナーは、立ち上がりやや気負いすぎを感じる歌いぶりで、もともともっているワーグナーテノールの魅力を十分に出し切れていない様子でした。「春の月光を浴て輝きながらあなたの髪は気高く・・」のあたりのラブソングは、甘く麗しいニュアンスが映える場面ですが、それが感じられませんでした。
・・・ムントが、「炎はもはや光を失い、この胸の奥に残るだけ・・・。」と歌い終わると、舞台左方から相かたのパンクラトヴァが登場、・・・ムントに語りかける歌を歌います。 パンクラトヴァは、期待していた程には、ソプラノの魅力を感じられない歌唱でした。本来「あなたこそ春・・・私は待っていた・・・凍りつくような冬の間じゅうずっと、心は聖なるおののきとともに、あなたを受け入た〜」辺りの歌は、この上ない優しさと憧れをたたえたラブソングなのですが、そうした心からの気持ちの発露は感じられませんでした。
二人の歌が終っても感動しなかったので、ヤノフスキーがゆっくりと時間をかけて手を降ろしても、拍手する手に力が入りませんでした。でも会場全体の反応はそうではありませんでした。終わった途端、大きな拍手と大歓声とが沸き起こったのです。あれ?これは何?自分の耳が変に(おかしく)なったかな?感動しなかったのは。自分の気持ちになにか障害物があって邪魔したのかな?などあれこれ考えたり反省しても原因不明でした。後半に期待しようと思いました。
《20分の休憩》
③第2日《ジークフリート》より第2幕「森のささやき」〜フィナーレ
この場面は時代がひとっ飛びして、ジークムントとジークリンデの息子ジークフリートに関する場面です。ジークフリートは赤い糸で繋がれた運命の女子、それも大女傑であるブリュンヒルデとの邂逅に向かって進む前段階、自分を育ててくれたミーメと決別し、自分の出自に関して多くの疑問を抱く様になりました。父は誰?母は誰?その死は何故?とか。そうした事を森の中を彷徨いながら、小鳥たちに教えて欲しい、鳥たちとコミュニケーションを取りたいと思って行動する場面です。Hp.奏者は去り、Timp.は一人。
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③-1.第2場「あいつが父親でないとは うれしくてたまらない」―森のささやき
<ジークフリート>
(ジークフリートは、菩提樹の下で、気持ち良さそうに体を軽く伸ばし、去って行くミーメの姿を見ている)
あいつがぼくの父さんでなくて、
ほんとうに良かった!
ようやく今、爽やかな森が心地よく思え、
太陽が楽しく微笑みかけてくるようになった!
やっと、あのイヤな奴がいなくなり、
もう二度と会わずに済むんだもの!
(ジークフリートは黙ったまま物思いに沈む)
どんな姿だったんだろう?ぼくの父さんは・・・。
決まってるさ!ぼくにそっくりだったんだ!
もしもミーメに息子がいたなら、
そいつはミーメに瓜二つなはずじゃないか?
まさにあんな感じの、暗い顔した陰気な奴で、
背は低く、猫背で、こぶだらけで、足を引きずり、
耳はぶらんと垂れ、ただれた目をして・・・
いいや・・・もう小びとの話なんかよそう!
あんな奴には、もう二度と会いたくないんだから。
(ジークフリートはさらに深く体をもたせ、木のこずえ越しに空を見上げる。深い静寂)
(森のささやき)
だけど・・・ぼくの母さんこそ、どんな姿だったんだろう?
ぼくには、想像することさえできない!
きっと、お母さんの両眼は、
雌鹿のように、明るくきらきらと輝いて・・・
いや、それよりも、もっと美しかったはず!
心に不安を抱えながら、ぼくを産み落とした時、
なぜ、お母さんは死んだのだろう?
人間の母親は、子供を産むと
みんな死んでしまうという決まりでもあるんだろうか?
だとすれば・・・悲しすぎる!あんまりだよ!
ああ・・・一目でいいから、お母さんに会いたい!
ぼくの母さん・・・人間の女性!
(ジークフリートは静かにため息をつくと、さらに深く体をもたせて伸びをする。大いなる静寂。森の生き物たちが奏でるささやきが、次第に高まっていく。ジークフリートの関心は、しまいには森の小鳥達の歌声に捉えられる。ますます関心を募らせて、ジークフリートは、頭上の枝に止まっている一羽の小鳥の声に耳を澄ます)
可愛い小鳥さん!君の声を初めて聴いたよ。
君はこの森に棲んでいるのかい?
君の甘いさえずりが、どんな意味なのか分かればなあ!
もしや、ぼくの愛する母さんのことでも、話しているのかな?
あのやかまし屋の小びとが言ってたっけ。
鳥たちの歌う声は、
その気になれば理解ができるんだと。
でも、どうやったらできるんだろう?
(ジークフリートは考え込む。その時、菩提樹から遠くない場所に生えている葦の茂みが目に入る)
よし!いっちょやってみよう。あの鳥の真似をしてみよう。
葦の笛で、あの歌声を真似してみよう!
言葉が無くても、
節まわしさえ分かれば、
ぼくは鳥の言葉を歌い、
どんな意味なのかも理解できるはずだ。
(ジークフリートは泉に向って行き、一本の葦を剣で切り取り、それを刻んで急いで葦笛に作り直そうとする。そうしながら、ジークフリートはまた耳を澄ます)
向こうも黙りこくって、耳を澄ましているようだ・・・
今度はぼくがおしゃべりしてやろう!
(ジークフリートは葦笛を吹く。一旦中断すると、また刻み直して手を加える。もう一度吹いてみるが、首を振り、また手を加える。そのうちジークフリートは怒りだし、葦を強く握り締めて、再度試してみる。しかし最後は微笑みながら、きっぱりと諦める) いい音にならない・・・
楽しい曲を吹くためには、
葦では不向きなのかもなあ。
小鳥さん・・・どうやらぼくは相変わらずバカなままだ。
君から何か学ぶのも、一筋縄ではいかないようだ。
(ジークフリートは小鳥の歌をもう一度聞き、小鳥のほうを見上げる)
あのいたずらな小鳥に対して、
ぼくは恥ずかしくてしょうがない。
ぼくの姿を見ているだけで、何にも聞かせてやれないなんて。
そうだ!それなら、ぼくの角笛を聞かせてやろう。
(ジークフリートは葦を振ってから、それを遠くに放り投げる) こんなダメな葦笛には、用はない。
ぼくが得意にしている森の調べ・・・
陽気な森の調べを、ぜひ聞いておくれよ。
ぼくはこの歌で、愉快な仲間を呼び集めたものさ・・・
まあ、せいぜい狼や熊しか来なかったけどね。
さあ、やってみよう・・・
今度はどんなのが集まるかな?
楽しい仲間がやって来るかな?
③-2.第3場「親切な小鳥よ 教えてくれ……」〜第2幕フィナーレ
(ジークフリートは菩提樹の木陰で体を伸ばすと、再び梢を見上げる)
ねえ、可愛い小鳥さん・・・
ずいぶん長い邪魔が入ったけれど、
もう一度、君の歌声を聴いてみたいなあ・・・
枝に乗って、楽しそうに体を揺する
君の姿が見えるよ。
君の兄弟姉妹が、
楽しく愉快にさえずりながら、
君の周りをぱたぱた飛び回る様子も!
だけどぼくは・・・ぼくはこんなに一人ぼっちだ。
兄弟もいなけりゃ、姉妹もいない。
母親は露と消え、父親は斃れた・・・
もう決して、息子のぼくは、親に会うことはない!
ぼくの唯一の連れは、けちくさい小びとだったが、
いくらあいつが親切にしてくれても、
(温かい声で)
ぼくは愛を感じることはできなかった。
あのずるい奴は、ぼくに罠を仕掛けたので、
ぼくはあいつを殺すほかはなかった!
(苦悩に心を揺さぶられるままに、再び梢を見上げる)
親切な小鳥さん・・・君に聞きたいことがあるんだ。
いい仲間を、ぼくに紹介してくれないか?
ぼくにふさわしい仲間を、教えてくれないか?
ぼくも何度も試してみたけど、うまく行かなかったんだ。
でも、小鳥さん・・・君ならば、うまくできるんじゃないか。
さっきも、いい助言をしてくれた君ならば。
さあ、歌って!耳を澄ましているからね。
<森の小鳥の声>
わあい!ジークフリートは悪い小びとを打ち倒しちゃったぞ!
ぼくは、彼にもってこいのきれいな女の子を知っているよ。
その子は岩山の上に眠っていて、
その周りを炎が取り巻いている。
だけど、はじける炎をかいくぐり、
花嫁の目を覚ましたら、
ブリュンヒルデは、彼のものになるよ!
<ジークフリート>
(やにわにその場から勢いよく立ち上がって)
ああ、なんて素敵な歌だ!甘い吐息のようだ!
今の言葉は、まるでぼくの胸を焼き焦がすようだ!
まるで、ぼくの心に激しい火をともすかのようだ!
なんだか急に、胸や心が、ざわざわしてきたぞ?
続きを教えておくれ、かわいい友よ!
(ジークフリートは耳を澄ます)
<森の小鳥の声>
つらい時でも朗らかに、ぼくが歌うは愛の歌・・・
心をふさぐ嘆きから、ぼくが紡ぐは歓びの歌・・・
ただ憧れる者だけが、歌の心を知るはずさ!
<ジークフリート>
ならば、ぼくは喜んで、そこへ行こう!
この森を出て、その岩山へ!
もう一度だけ教えておくれ、優しい小鳥さん。
ぼくに、その炎が越えられるだろうか?
花嫁の目を覚ますことができるだろうか?
(ジークフリートはもう一度耳を澄ます)
<森の小鳥の声>
花嫁を手に入れる者…
ブリュンヒルデを目覚ます者…それは臆病者ではあり得ない。
それができるのは、恐怖を知らない者だけさ!
<ジークフリート>
(喜びのあまり大笑いする)
恐怖を知らない、
愚かな若者だって?
小鳥さん・・・まさにぼくだよ、それは!
今日も、ファフナーから恐怖を教わろうとして、
一日を無駄に過ごしてしまったばかり・・・
そして今、ブリュンヒルデのことを知りたいという
熱い思いに燃えている!
どうしたら、その岩山への道が分かるんだい?
(小鳥は羽ばたいて飛び上がり、ジークフリートの頭上で旋回すると、ややためらった後、ジークフリートを先導するように飛んで行く)
<ジークフリート>
(喜びの声を上げながら)
そうやって道を教えてくれるんだね?
どこへでも行くよ!君が飛んで行く所なら!
(小鳥は、しばしジークフリートをからかうように、あちらこちらの方向へ連れ回し、その都度ジークフリートはついて行く。しかし、最後には、小鳥は舞台後方に針路を定めて飛び去っていくので、ジークフリートは小鳥の後を追って行く。幕が下りる)
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前半のヴォルフシュタイナーの歌い振りを聴いて、今度は主役のジークフリートを歌うのかと思うと若干の失望を抱いていましたが、実はそうではなかったのです。
今回の場面自体、自然の中の森という環境で、しかも小鳥たち相手の謂わばメルヘンティックな場面であったことが、その旋律のまろやかさの相乗効果もあって、・・・シュターナーの歌うジークフリートは、実に素晴らしいやさしさに満ちた表現になっていました。前半のやや雑味感のあるローゲ役の時は役に合わせた歌唱法を取っていたのかもしれません。今回はとても素直に伸びるテノールを会場に響かせ、森の鳥役の中畑さんの歌声に反応して純粋さを帯びたテノール声まで繰り出しこの場面の効果は一層盛り上がったと思います。場面効果としてはもう一つ、中畑さんが舞台上ではなく、木々の高い箇所を模した客席、これまた二階の右翼席で歌ったことでした。この森のやり取り、掛け合いはとても良く聞こえました。
④第3日《神々の黄昏》より第3幕 第3場ブリュンヒルデの自己犠牲「わが前に硬い薪を積み上げよ……」
「神々の黄昏」と言う発想もワーグナーの非常に個性的で天才的な発想のひらめきだと思います。上記した①序夜《ラインの黄金》より第4場の中で、ローゲが次の様に歌う箇所が有ります。
❝あいつらは、終末に向かってまっしぐら・・・
しぶとく生き延びられると、固く思い込んでいるけどね。
あんな奴らと付き合うなんて、恥もいいところだ。
ううむ。全てを舐めつくす炎に再変身したい欲望が、
心にふつふつと湧き起って来るぞ・・・
かつて俺を拘束した奴らなんぞ焼き尽くしてやる!
あんな先見性のないバカどもと心中なんかするものか・・・
例えそいつらが「神々の中の神々」であってもね!
ふむ。悪くない思いつきだったな!❞
このローゲの予言通り、最終的にはヴァルハラ城は焼け落ちてしまうのであり、その線上で、ブリュンヒルデはライン川沿いに薪を積み、死んだジークフリートを荼毘にふそうとするのですが、彼女はジークフリートと共に死ぬのを覚悟して愛馬に乗り突入する、思いつめた場面についての以下の歌唱です。
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BRÜNNHILDE
(舞台中央に一人たたずみ、ずっとジークフリートの顔を見つめ続けるブリュンヒルデ。初めは激しいショックを受けていたが、やがて心を押し潰すような物凄い哀しみに満たされる。しかし、ついには、厳粛な中にも気持ちを昂らせつつ、群衆の男女たちに顔を向けると、男達に向けて歌い始める)
太い薪(たきぎ)を積み上げて!
ラインのほとりに、うずたかく!
明るく、高く、炎よ、燃えよ!
勇者の気高い体を
燃やし尽くすのよ!
さあ、あの人の馬を連れて来て。
私と一緒に、あの戦士の後を追うのだから・・・。
勇者の神聖な名誉を分かち合うことを、
この私の体が望んでいるのよ。
さあ、ブリュンヒルデの願いを叶えてちょうだい!
(続く台詞の間、若者たちは、広間の前のライン河畔に、巨大な薪の山を積み上げていく。女たちは、それに覆いを掛け、その上に野の草花を撒き散らす)
<ブリュンヒルデ>
(遺体となったジークフリートの顔をまじろぎもせず、新たに見つめ始めると、彼女の顔は、次第に柔らかく浄化されたように変容していく)
お日さまのように清らかに、
この人から射し込む光・・・
どこまでも清らかな人・・・私を裏切ったけど!
妻を欺いたくせに、友には誠実で・・・
ただ一人大事な女性・・・自分の妻と
自分との間を、剣で分け隔てた。
この人ほど真剣に誓いを立てた人がいたかしら?
この人ほど誠実に契りを守った人がいたかしら?
この人ほど純粋に人を愛した人がいたかしら・・・?
それなのに、あらゆる誓い、あらゆる契り、
誠実きわまりない愛を、
この人は誰よりもあざむいた・・・!
ねえ、みんな、わかる?どうしてこうなったか?
(視線を天に向けて)
ああ、あなたたち!永遠の誓いの証人たち!
燃え上がる私の苦悩に目を向け、
永遠に消えない自分達の罪を悟りなさい!
私の嘆きを聴いて。お父さん・・・気高き主神よ!
あの人の勇敢な行為は、いかにも
お父さんの役に立っているように見えたけど、
実はその通り行動する人を、
あなたと同じ呪いに陥らせるだけだったわ。
・・・限りなく純粋な人は、
私を裏切らねばならなかった。
私が、一人の女として、
悟った存在になるために!
今の私には分かるでしょうか?
お父さんに役立つことが何か・・・?
分かったの・・・すべて。すべて。
今の私は、すべて分かったわ!
お父さんがよこしたカラス達の
鳴き声も聞こえている。
あなたが心から待ち望んでいたお便りを
あの二羽に託して持ち帰らせるわ。
だからもう・・・休んでいいのよ・・・お父さん・・・神よ!
(ブリュンヒルデは、ジークフリートの遺体を薪の山に乗せるように男達に指示すると、ジークフリートの指から指輪を抜き去り、物思いに沈みながら指輪を見つめる)
私への遺産を、今手にしたわ。
呪われた宝!おそろしい指輪!あなたの黄金を
私はこの手に納め、すぐに手放すわ。
水底(みなぞこ)の賢い姉妹たち・・・
ラインに泳ぐ娘たちよ。
率直な忠告をありがとうね。
あなた方が欲しがっていたものを、返してあげる。
私の燃えかすの灰の中から受け取って!
私を燃やす炎は、
指輪の呪いを清めてくれるわ!
だから、あなた方は、指輪を水の中で溶かして、
混じり気なしの純金にして保管してね。
不幸にも奪われてしまった黄金を。
(指輪をはめると、ジークフリートの遺体が置かれた薪の山に向き直る。
男たちの一人の手から松明を奪うと、それを振りかざし、舞台後方を指し示す)
飛び帰れ!カラスたち!
飼い主に知らせるのよ。
このライン河のほとりで聞いたことを!
ブリュンヒルデの岩山をかすめて行きなさい!
そうして、あそこでまだ燃えているローゲに
ヴァルハラに向かうよう指示するのよ!
だって、神々の終末が今たそがれ始めたのだもの。
そうよ・・・私は火をつけるわ。
ヴァルハラのきらめくお城に。
(火を薪の山に投げ入れると、薪はすぐに赤々と燃えだす。二匹のカラスは、すでに岩山から岸辺沿いに飛び立っていたが、今や舞台後方へと向かって姿を消していく。
ブリュンヒルデは、二人の若者に連れられて来た愛馬を目にすると、喜び勇んで迎えに走り、グラーネを抱きしめると、急いで馬具を外す。その上で、親しみを込めて、顔と体を寄せる)
グラーネ!あたしの愛馬!
お久しぶり!
かわいいお友達!もう知っているの?
あなたを連れて行く場所を。
火の中で輝きながら、あの人が横たわっているわ。
ジークフリート・・・私の大切な勇者よ。
友の後を追うのがうれしくって、
そんなにいななくの?
あの人のもとへ急げって、にこやかな炎が誘うの?
ねえ、私の胸の鼓動も感じて!
とっても燃えているの・・・
あかい炎が、私の心臓をとらえて離さないの。
抱きたいのよ、あの人を・・・
そして抱きしめられたいの。
強い愛の力で、ひとつに結ばれたいの!
ハイアヨーホー!グラーネ!
さあ、あの方にごあいさつよ!
ジークフリート!ジークフリート!ねえ、見て!
こんなにも幸せに、妻が手を振っているのよ・・・あなたに!
(ブリュンヒルデは、ひらりと愛馬にまたがり、ジャンプするよう促すと、グラーネは、ひと飛びで燃え盛る薪の山へと駆り立てられて行く。その瞬間、炎は激しくパチパチとはぜながら高く燃え上がり、大広間の前の全空間に広がり、大広間の建物にさえ引火し始めようとするので、驚き慌てた男女たちは舞台のへりにまで押し寄せていく。
舞台空間全体が炎一色で満たされた時、突然、炎の輝きが消えたかと思うと、すぐに水蒸気の塊が後に取り残されるが、それも舞台後方に遠のいて行くと、水平線上の暗い雲の層となってたなびく。
するとその時、ライン河が物凄い勢いで水かさを増し、岸から溢れ出すと、炎の火元に津波となって押し寄せて来る。その波がしらには三人のラインの娘達が乗っていて、泳いで来ると、ついには火元の上に至る。
一方、ブリュンヒルデが指輪を受け取ってからというもの、彼女の行動を不安を募らせながら見つめていたハーゲンは、ラインの娘達の登場を目にすると、有り得ないほど驚愕する。急いで槍、盾、兜を放り出すと、狂ったように洪水の中に飛び込んでいく)
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もうこの辺りのブリュンヒルデは獅子奮迅、巴御前も斯くの如きやと思えるくらいの決意で愛馬にまたがり炎目掛けて突進する様を、パンクラトヴァは、この場面こそ彼女のソプラノの声質は相応しいと思える程の歌唱で、特に
❝水底(みなぞこ)の賢い姉妹たち・・・
ラインに泳ぐ娘たちよ。率直な忠告をありがとう。あなた方が欲しがっていたものを、返してあげる。私の燃えかすの灰の中から受け取って!
私を燃やす炎は、指輪の呪いを清めてくれるわ!
だから、あなた方は、指輪を水の中で溶かして、
混じり気なしの純金にして保管してね❞
の箇所は心の籠った歌い振りで良かった。
全演奏が終わると、またまた会場は興奮の渦、後半の出来が非常に良かったと思った自分も大きく手を叩いていました。そしてカーテンコールはいつまでもいつまでも(多分20分位)も続きました。
率直な感想として「前半 湿った導火線、後半大きな爆発を呼ぶ。」でしょうか。
若しこの全楽劇を上演したとしたら、まともに休憩時間も入れて通算20時間、即ち観客上演で何日間もかかる四部作のガラコンサートですから、どの場面のだれの歌唱が抜粋されるのかは、指揮者の考えだけでなく、今回は「音楽コーチ」もスタッフに入っていましたし、勿論歌手やオケの団員の手配の事も有りますからN響との相談も十分重ねて今日のプログラムに達したのだと推定します。全体の中で一貫性のある仲々いい選曲・構成だと思いました。
今日の関東地方の天気は、数日前には、雨予報、昨日になって曇り予報だったものが、きょうは、だんだん雲がとれてきて、晴れ間も覗き、絶好の花見日和となりました。そこで、1時間前に上野に着く様に家を出て、上野広小路から、上野の山に登り桜大路を花見しながらすすみました。通りは、多くの花見客で、ごったがえしていました。