HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

音楽大学フェスティバル・オーケストラ演奏会

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【日時】2024.3.31(日) 15:00〜

【会場】ミューザ川崎シンフォニーホール

【管弦楽】音楽大学フェスティバル・オーケストラ(首都圏9音楽大学選抜オーケストラ)

【指揮】シルヴァン・カンブルラン

<Profile>

  1948年、フランス・アミアン生まれ。2010年から9年間、 読響常任指揮者を務め、古典から現代まで幅広いレパー トリーを演奏し、高い評価を得た。17年11月にはメシ アン〈アッシジの聖フランチェスコ〉を披露し、サントリー 音楽賞を受賞するなど絶賛された。19年4月から桂冠指 揮者に就任。22年12月には、一柳慧の新作やヴァレーズ 〈アルカナ〉などを指揮し、文化庁芸術祭大賞を受賞した。 バーデンバーデン&フライブルク SWR響の首席指揮者、 ベルギー王立モネ歌劇場、フランクフルト歌劇場、シュ トゥットガルト歌劇場の音楽総監督などを歴任。現在は ハンブルク響の首席指揮者、クラングフォルム・ウィーンの名誉首席客演指揮者 ドイツ・マインツのヨハネス・グーテンベルク大学指揮科の名誉教授を務めている これまでにウィーン・フィル、ベルリン・フィル、バリ管、クリーヴランド管、 サンゼルス・フィル、サンフランシスコ響、モントリオール響、ベルリン・ドイツ ミュンヘン・フィル、フィルハーモニア管、ウィーン響など、世界の一流オーケ トラに客演。また、オペラ指揮者としては、メトロポリタン・オペラ、パリ・オ ラ座、パリ・シャトレ座、ザルツブルク音楽祭、ルール・トリエンナーレなどに 多く出演し、幅広いレパートリーを披露している。録音も数多く、SWR響との シアン/管弦楽作品全集》は、一人の指揮者と同一のオーケストラによる世界 の全集として注目され、欧州の主要な音楽賞を総なめにする快挙となった。読 と共演したベルリオーズ (幻想交響曲)、メシアン(アッシジの聖フランチェスコ マーラーの交響曲第9番のCDも発売されている。


【合唱】音楽大学フェスティバル・コーラス(首都圏9音楽大学選抜コーラス)
【合唱指揮】阿部 純
【参加音楽大学】
上野学園大学、国立音楽大学、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、東京藝術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学、武蔵野音楽大学

 

【曲⽬】
①マーラー『交響曲 10番より〈アダージョ〉』

(曲について)

■第1楽章のみが完成された第10交響曲

 ウィーン国立歌劇場の歴史に残る革新的で充実した功績を挙げ ながらも、個性の強い、芸術上の妥協を許さぬ性格のマーラーは、 一部の執拗な反対者からの攻撃に遭い、1907年には辞任に追い 込まれた。彼がユダヤ系であるため、ということもあったようで ある。そして新天地を求め、同年秋からニューヨークに前述のポ ストを得ることになった。だがその頃からすでに彼の健康状態に は心臓障害などの暗い影がさしていたという。それでも彼はニュー ヨーク・フィルとの演奏活動を活発に行なう一方、時にはパリや ミュンヘンなど各地で自作の交響曲を指揮したり、また夏の休暇 中には避暑地トブラッハで作曲を続けたりしていた。しかし 1911年2月末、細菌性感染症の悪化が判明、パリでの治療を経て ウィーンに戻り、そこで5月18日、51歳の生涯を閉じた。

 第10交響曲の作曲を始めたのはそのさなか、1910年夏のトブラッ ハにおいてである。だがこの時期、彼と、彼の妻アルマとの間には、 深刻な溝が生じ始めていた。8月には、彼は精神分析医のフロイト の診察を受けたほどだった。そうした心の深い傷がこの第10交響 曲に投映されているということは、ほぼ定説になっている。5楽章 形式で計画されたこの交響曲は、第1楽章(アダージョ)のみが フル・スコアで完成された形を取っていて、あとの4つの楽章は 比較的詳細な草稿で残された(注)。だが、この第1楽章だけを 聴いても、その一種異様な雰囲気は充分に感じ取れるのではない か。この曲の直前に完成された第9交響曲 (1908~10年作曲) にも、特に第4楽章にはすでに現世への告別といった雰囲気が表 れていたが、第10交響曲ではさらにもっと深刻な、突き詰めた ような感情が強くなっているのである。

 第1楽章は、ヴィオラのみによるアンダンテの序奏で開始され、 次いでアダージョの主部に入る。総じて旋律は音程の跳躍が大き く、ある種の不安定さをにじませているだろう。楽章の終り近く、 全管弦楽が最強奏で叫ぶ部分は悲痛さを感じさせ、特にその断続 する苦痛の響きの中にトランペットがA音で残る個所は印象的で、 それは妻アルマ (ALMA)の「A」を象徴し、「去り行こうとする 妻」へのメッセージである、とする説さえある。

(注)残された4つの楽章はデリック・クックほか何人かの研究者により補訂され、現在では全曲5楽章版として聴くこともできる。

 

②ラヴェル『バレエ音楽〈ダフニスとクロエ〉(全曲)』

(曲について)

■ラヴェル畢生の大バレエ曲

『ダフニスとクロエ』を作曲する前、ラヴェルはオリジナルの管 弦楽曲として1908年に『スペイン狂詩曲』を書き上げていたが それ以外にはまだ大規模な管弦楽曲を仕上げたことはなかった したがって1912年に―――それはマーラーがウィーンで世を去ったき 年にあたっていた完成されたこの『ダフニスとクロエ』は、ラヴェルにとって大きな飛躍となった作品、と言っても過言ではない ろう。

『ダフニスとクロエ』は、有名なロシア・バレエ団の総帥セ ゲイ・ディアギレフの依頼で1909年後半から作曲が始められ、1910年にはピアノ譜が書き上げられた。だが、かんじんの管弦楽 配置は遅々として進まない。やっと編曲された部分からの抜粋が 「第1組曲」として1911年4月2日、ビエルネ指揮コロンヌ管弦楽団 により初演され、ラヴェルはその出来にすこぶる満足したというが、 ディアギレフの方はかなり焦っていた。それに加え、ラヴェル のユニークな作風は協力者たちを惑わせ、またギリシャ劇のイメー ジに対する意見の対立も起こるという状態だった。さらに、やっ と管弦楽版全曲が完成して練習に入ってからも、踊り手たちから 「音楽が難しくて踊れない」というクレームまで生じたと伝えら れている。

それでも、あらゆる困難を克服したディアギレフとロシア・ バレエ団は、1912年6月8日にパリのシャトレ座で、めでたくこ の大作の初演を実現したのであった。振付とダフニス役はヴァス ラフ・ニジンスキー、クロエ役はタマラ・カルサヴィナとアンナ・ パヴロワのダブルキャスト、指揮はピエール・モントゥーが受け持っ た。それは、このバレエ団がストラヴィンスキーのあの衝撃的な バレエ曲『春の祭典』を同じパリで初演する1年前のことであった。

■ギリシャ劇をイメージとした幻想的、色彩的な世界 合唱には歌詞はなく、すべてヴォカリーズ (母音のみによる唱法) で歌われる。

〇第1部 パン (牧神)とニンフ(女精)の祭壇の前  

 神秘的な「序奏」と「宗教的な踊り」に続き音楽が活気づくと、 娘たちがダフニスを、若い男たちがクロエを囲んで踊り、次いで 「全員の踊り」となる。やがて2拍子のおどけたリズムとともに、 牛飼いドルコンがクロエに言い寄る不器用な踊りが始まり、それ に対抗してダフニスが優雅な踊りを見せ、クロエから勝利の証と して口づけをもらう場面が続く。そして「若くはない女性」リュ セイオンがダフニスの気を引く踊りのさなか、突然曲想が激しく なり、海賊が出現し、クロエを拉致して行く。絶望するダフニス を力づけるニンフたち(「夜想曲」)。このあたりの神秘的な色合 いに富む管弦楽法は素晴らしい。

〇第2部 海賊プリュアクシスの陣営

先立つ「間奏曲」 (合唱) から緊迫感を加えてきた曲は、つい に激しいリズム性をもった曲想に一変する。海賊の「戦いの踊り」 だ。クロエの身に危険が迫る(「クロエの哀願の踊り」)が、間 一髪、森神たちとパンの神の幻が出現し、海賊たちを追い払っ た。――ここまでの音楽のうち、「夜想曲」「間奏曲」 「戦いの踊り」 を中心に編まれたのが、いわゆる「第1組曲」である

〇第3部 第1部と同じ場面

 救われたクロエと、彼女に再会した喜びに沸くダフニスを中心に、 若者たちが集って祝の踊りを繰り広げるクライマックス場面がこ れである。短い序奏の後、「夜明け」 「無言劇」 「全員の踊り」と続 く一連の音楽は、「第2組曲」として有名な部分だ。

壮麗極まる「夜明け」の音楽は、ハープとともにフルートとク ラリネットが交互にアルペッジョ (音階を順に細かく上下させる 奏法)を繰り返す神秘的な曲想に始まり、弦楽器群が次々に弱音 器を取り去って明るい音色を増し、それが次第に全管弦楽に合唱 を交えつつ大きく拡がって行く。この部分は、ラヴェルの管弦楽 法の粋ともいうべく、彼の最大傑作のひとつであろう。続く「無 言劇」では、パンの吹く葦笛に合わせてパンとニンフとの愛が甦 るさまが、ダフニスとクロエとの愛の高まりを象徴する。ここは フルート・ソロの聴かせどころである。そして最後の「全員の踊 り」では、管弦楽と合唱が熱狂の頂点に達する。

 

【演奏の模樣】

「オーケストラ・フェスティバル」のチケット売り場(東京芸術劇場)に電話したら、当日券が開演1時間前から売り出されるとのことでした。

 プログラムによるとこの日は、①昭和音大、②東邦音大、③桐朋音大の3大学オーケストラが演奏し、翌日はまた別チケットで、ミューザ川崎で異なる音大オーケストラが演奏する様です(12月1日にまた当日券があるかどうか?)。各大学とも、一流というか有名というか、良く知られた有名指揮者を擁しており、①は渡邊一正、②は現田茂夫、③が小高忠明、各指揮者です。聴いた感想は、総じて思っていた以上にオケの水準が高く、時にはこんなに演奏が出来るのかと感心することもたびたびあり、大学オケに対する認識を改めました。

 ここ数年ご無沙汰状態だったので、昨年は聴きに行こうと思っていたのですが、商業オーケストラやバレエ団、及び来日オーケストラ公演を聴きに行くのがどうしても優先となり、結局2023年11月12月の各音大の演奏会には行けませんでした。

 ただ今年の3月に各大学オーケストラからの選抜メンバーによる今回の演奏会があることを知り行くことにしたのです。

今回は、有名なマーラーの最後の未完の交響曲である10番と、ラヴェルのあまり知られていないバレエ音楽の二曲が演奏されました。指揮はフランスの指揮者シルヴァン・カンブルランです。

①マーラー『交響曲 10番より〈アダージョ〉』

 冒頭の Va.アンサンブルによる渋い、それでいて優美さを備える調ベを聞いた途端、数年前に聴いた時の印象を思い出しました。上記赤字に記した事と同じ感想です。その時に増してアンサンブルを含めた演奏技術の向上が感じられる。それはそうですよね。今回は甲子園に例えれば、各校選抜選手から成るオールジャパンチームの様なものですから。

 この曲には、マーラーが完成をみず他界した時期の複雑な思いが内包されており、指揮者カンブルランは、若手の俊英たちから成る管弦・打の息吹を見事に吐き出させて組立て、マーラーの苦悩を秘める静謐な雰囲気を醸し出させるのに成功していたと思います。

 

②ラヴェル『バレエ音楽〈ダフニスとクロエ〉(全曲)』

 初めて聴く曲でした。合唱込みの曲ですが、歌詞は無く、アー ウーといった唸りのみから成る男女混成合唱です。配布されたプログラムノートに依れば、ギリシャ劇をイメージしているとのこと。全体として静けさと喧騒とが次々と入れ替わる起伏に富んだ曲でしたが、微妙なソロ楽器の調べも激しい管弦総出の喧騒の轟音も、非常にしっかりとした演奏で、ラヴェルのいつものエネルギッシュな側面と繊細な側面の両表現がうまく出来ていたと思います。でもこうした曲は、やはりバレエ劇を実際に見ながら聴かないと、曲本来のイメージが仲々つかめない処が盲点だと思いました。

 この様なマイナーなバレエ演目の上演は、国内外のバレエ団の遡上には乗り難いと思われます。しかし音楽大学の中には、バレエを得意とし、様々な上演を積極的に行っている学校も有るので、そうした処が先進的に国内で上演する可能性も期待出来るのでは?とは思うのですが。

 会場はチケットが売り切れに近かったらしく、当日券は限られた数だけ出たとの事です。

 やはり9音大選抜の奏者達の演奏会ですから、会場のかなりの部分は、その関係者で占められていたのだと思いますし、演奏が終って指揮者が管弦楽団のパート、パート毎に起立して指揮者が労いの挨拶を指せた時には、すべてのパートに大きな拍手で湧き返っていました。尚バンダの管奏者も二名舞台入口付近で挨拶していました。

 

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 (演奏が終わって、指揮者カンブランとオケ)


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   (合唱団)


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(合唱指揮者とオケ指揮者)