毎年、上巳の節句(桃の節句)の時期には、ひな人形の展示を見に行くことにしています。今年の3月3日は予定があり、3月2日(土)は前々から古い仲間達(40年以上も前に有楽町界隈に勤務していた頃の同僚達)から観梅ハイキングの誘いがあって、天気条件によっては行く予定にしていたため、音楽鑑賞の予定は入れていませんでした。しかし見に行く観梅林は、八王子の高尾山麓の「高尾梅郷」で、その日の天気情報を見たら風が寒くて天気も余り良くは書いてなかったので、幹事に不参加の電話を入れました。そしてまずまずの天気予報である横浜の近場の「つるし雛」を単独で見に行くことにしました。
今日(3月2日)土曜日に、横浜市内の「天王森泉公園」にある古民家で展示されている、『つるし雛展』を見に行ったのです。天気はここ数日雨混じりの寒い日が続きましたが、今日は曇り時々晴れの先ず先ずの天気でした。でも風こそ無かったのですが、暖かい日とは言えなかった。携帯魔法瓶二本に熱いお茶とコーヒーを入れて持ち歩きました。会場は横浜市内とは言えども、片田舎と言って良い程不便な場所に有りました。場所は市内泉区和泉町にある「天王森公園」内の「天王森泉館」内に展示されています。この館は明治44年に建てられた製糸場の本館の一部が昭和6年に現在地に移設され古民家として利用されていたものです。会場に行くには駐車場が無いので、車は使えず、最寄り駅まで電車で行って駅から徒歩なので、かなりの時間歩くことが必要です。30分見て置けばいいでしょう。最寄り駅は二つ有り、横浜市営地下鉄ブルーライン下飯田駅及び相鉄線夢が丘駅です。両駅はかなり近接していて乗換えでも10分はかからないでしょう。この界隈はここ一、二年で劇的な変化を見せる大規模開発地域になっています。昔、東海道新幹線が出来た時、こだま号などが各駅停車する新横浜駅が開設されました。周りには殆ど何もない原っぱ・田園地帯に出来た駅でその後十何年間も駅周辺には大きな建物は全然立ちませんでした。現在の様なビル群の駅前になったのは随分経ってからです。それと同じことが、この「夢が丘」駅が、相鉄線の分岐線開通と共に出来た後に起こりました。駅の真ん前は畑のまま、何十年も放置された状態でした。この路線の他の駅前は、それなりに建物が並んで建って来たのに。随分高い野菜を作っているな、等と揶揄する声も有りました。もちろん水面下では開発計画が組まれ、地主さんとの交渉や開発業者の選定、役所の許認可手続きなど営々と進められて来たのでしょう。将に❛失われた30年❜を象徴するみたいなものでした。それが昨年だったか?一昨年だったかな?工事が始まり、急速に開発が進展、駅前は大きなビル群が建造中となりました。今年の夏には竣工・開業するらしいのです。もう畑など電車からは見えません。きっと数年後には、新横浜駅の様な中規模都市となるのに違いない。
さて件の「つるし雛会場」には、今日は市営地下鉄を利用して、下飯田駅を下車して行きました。駅前を走る大きな環状4号線の歩道を南方向に歩き、20分程歩いた市道泉町449号線と交差する交差点の、次の信号(鍋屋交差点)を右折して一車線の道路沿いに10分程歩くと、道路沿い左手に目的の「泉館」が有りました。見学客が10数人は来ていたでしょうか。そこまでの道路沿いに見える風景は将に大都会では失われつつある典型的な都市郊外の田園風景でした。この風景等に関しては後日記することにします。
ひな人形展示はかなり豪勢な物でした。
この展示は来週末(火曜日は休館日)まで行われている様なので、天気が良くて時間が取れる時には絶好のウオーキング機会となるでしょう。
この展示場の後背地は自然公園としての「天王森泉公園」となっており、趣きある風景他が非常に気に入りました。それについても多々記録することがあるので後日にしたいと思います。
尚昨年は横浜市内の北部、都筑区にある古民家での「つるし雛展示」を見ました。その時の記録に、上巳の節句の意味合い等も書いたので参考まで文末に再掲しました。
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////2023-03-03 HUKKATS Roc(再掲) 今日3月3日は雑節の上巳(じょうし)の節句です。
いわゆる桃の節句です。上巳の節句とも言うのは、以前は三月の最初の巳(み)の日(へびのひ*hukkats注)が上巳の節句として祝われていたものが、三月三日に固定されたのです。
(へびのひ*hukkats注)
暦法では古来、陰陽五行説に基づき、十干(じゅっかん)・十二支を毎日に当て嵌め、10×12=120日にすべて異なる目印を付けた。十干は、五行説の木・火・土・金(ごん)・水の五つに、陰陽説から兄(え)・弟(と)の二種類を組合せ、5×2=10種類を作り出したもの。 甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)の10種類がある。これを十二支と組み合わせて年・日を表すのに使った。
一方、十二支には、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥 の12種類がある。これら十干と十二支を使って、例えば、「辛亥の年」の様に使う。この干支の年は、例えば1911年、辛亥革命の年だと分かる訳です。年の目印に使っているので、これらは「年干支」と呼ばれる。干支を日にちにあてはめたものは「日干支」と呼ばれる。例えば、今日3月3日は、庚申(かのえさる)の如く。上巳の節句を3月の最初のへびの日にやるとしたら、3月12日、己巳(つちのとみ)の日となる。
ところで桃の節句につきものの雛人形ですが、今回は、横浜市都筑区にある、古民家で2月23日から3月3日まで展示しているということを知り、このあいだの日曜日(2月27日)に見てきました。
最寄りの駅は、横浜市営地下鉄ブルーラインのセンター北駅です。初めて行ったので、駅事務所で訊いたら、❝駅の東口から直線距離は大して無いけれど、東口にある大きなビルが行く手を阻んでいて、通り抜け出来ないので、南側を迂回することになる❞とのことでした。ぐるーと廻ったら結構な距離があり、挙げ句に大きな幹線道路が走っていて、それを横切るには、横断歩道でなく歩道橋しか見当たりません。結構高く橋を登って横切り下り、ところがその先は、小高い丘の様になっていました。立て看板を見ると、その小山と言ったらよいか丘と言ったら良いか、その上は平らな丘陵地になっていて、広い草原やその周りが木立になっているその先に、「古民家園」がある様なのです。いいウオーキングだと思って遅足で(これでは運動にはなりません)ゆっくり歩きました。上の方は、草原と言うより、運動場様の草叢で広く平らかになっている何処を見渡しても、古民家どころか、建物一つさえ見えません。草叢で、ゴルフクラブを素振りしていた人に尋ねたら、無言で遠くを指さすだけ。こちらも無言で応じ、会釈してその方向に急ぎました。近づいても建物は無く、途中に公衆トイレがあっただけ、看板が見えて来たので近づいて見ると、古民家園の案内が書いてありました。
「都筑民家園」
看板の先にくぼ地があり、崖の階段を下って行くと下方に古い茅葺きの大きな家が確かに見えてきました。
近づいてみると、和室がガラ見え状態になっていて、これは素晴らしい、多くの吊るし雛と沢山のひな人形が飾ってありました。
今はNPO法人が運営している模様。江戸時代に建てられ、古材の寸法は古民家ならではの1太い130~150mm角。屋根は茅葺きで、管理人の女性の話だと、畳や屋根材交換や防虫剤散布他コストが相当掛かるばかりでなくそれをやってくれる業者や職人が減ってきているとのことでした。
帰路は来た道は帰らず、反対の北側を迂回して帰ることに。古民家のすぐ近くは住宅街になっていて、なまこ壁の蔵も見かけました。
またかなり大きい家が多く有りました。