今年の1月は、元日から寒くなく過ごしやすい日が多く、そのまま春になってしまうのではないかと思える程でした。しかし今日は「大寒」、暦書によれば、❝旧暦十二月の丑の月の中気で、新暦一月二十一日頃です。ますます極寒の辛苦に苛まれる季節ですが、春はもうすぐ間近かにせまっています❞とされています。確かに関東地方でも昨日今日は、これまでの暖かさが嘘のように寒くなってきて、雪混じりのみぞれが降る様になりました。しかし寒いと言ってもつらら垂る極寒には程遠く、とても「寒」の概念からは外れた今年の冬です。 雪が降り積もる北国にも確実に春が近い兆しは見えて来ているでしょう。小川の流れと残雪と猫柳の脹らんだ蕾、あと半月もすれば立春です。大地震の被害を受けた地域にも確実に春は近づいて来ているのです。
<武帝(hukkats注)宮中人去盡>
『年年春色誰為来』(七言古詩 岑参「登古鄴城」)
この詩(うた)は唐の詩人、岑参(しんしん)が詠んだうた。
武帝(hukkats注) ここでの武帝とは漢の武帝ではなく、それ以前の三国時代初期(曹操、劉備 孫権の鼎立時代)の曹操を指し、彼の本拠地、鄴(ぎょう)の街に築いた城は、曹操発展の根城となり、後には時代が下がって北斉の首都にもなり大いに栄えました。しかしその後北斉を亡ぼした随勃興の祖、楊堅(北周を発展的に解消し随を建国)によって徹底的に破壊されました。その廃墟に岑参が登って詠んだ詩なのです。
<武帝の宮びとはあまねく去った>
「年年の春色誰(た)がためにか来たる」
あれ程栄えた鄴城も廃墟となっているが、今年も又春がやって来て色どっている。一体誰のためにだろうか?
私見によれば、これは誰のためでもなく、そこに残って生活するすべての人々を励ますための天の采配なのでしょう。