HUKKATS hyoro Roc

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『漆原朝子Vnリサイタル』ブラームス全ソナタを聴く

【日時】2022.12.8.(木)19:00~

【会場】東京文化会館小ホール

【出演】漆原朝子(Vn)伊藤 恵(Pf.)

【曲目】

①ブラームス: ヴァイオリンとピアノのためのスケルツォハ短調 WoO 2 「F.A.E ソナタ」 第3楽章

(曲について)

 この曲は、ディートリヒ、シューマン、ブラームスが、ヨアヒムのために作曲しました。このソナタは、おそらくシューマンの発案によって生まれたようで、ヨーアヒムのモットー (frei aber einsam [自由に、しかし孤独に]) のF. A. E. の音進行をおりこんだ主題を四つの楽章においている。その和声にモットーが秘められている。ヨーアヒムは、早速このソナタをブラームスと演奏し、即座に各楽章の作曲者を当てた。その第一楽章アレグロはディートリヒの作、ヘ長調の第二楽章「間奏曲」はシューマンの手になるもので、ハ短調のスケルツォはブラームスの作曲、第四楽章はシューマンの書いたものとなっている。

 この曲は、第三楽章が最も有名。ハイフェッツが好んで演奏している。情熱的で、ジプシー的要素を含め極めてブラームスらしい曲。

 

②ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 op.78『雨の歌』

(曲について)

 第1番を作曲する以前にブラームスは、1853年秋頃(それ以前とする説もある)にイ短調のヴァイオリンソナタを作曲した。シューマンはソナタの出版を提案したが、ブラームスの判断(自己批判)で破棄されたという。

 本作は1878年と1879年の夏に、オーストリア南部のヴェルター湖畔の避暑地ペルチャハで作曲・完成された。1877年から1879年までの3年間はこの地で過ごしていたが、こ、の3年間のあいだにブラームスは、交響曲第2番(1877年)やヴァイオリン協奏曲(1878年)なども作曲している。

 「雨の歌」の通称は、第3楽章冒頭の主題が、ブラームス自身による歌曲「雨の歌 Regenlied」作品59-3の主題を用いているためである(ただし、ブラームス自身はそう呼んでいない)。これ以外にもヴァイオリンソナタ第2番作品100なども、自作の歌曲と主題の関連性が指摘されている。ブラームスは1879年2月16日にクララ・シューマンに送った手紙の中で病床にあったフェリックス・シューマンを見舞うとともにこの曲の第2楽章の主題を送っている。クララはその後このソナタについて「あの世に持っていきたい曲です」と述べるほどの愛着を見せている。

 第1番は、ヨーゼフ・ヨアヒムのヴァイオリン、ブラームスのピアノによって、最初にプライベートな非公開の場で最初の演奏が行なわれた。その後、1879年11月8日にマリー・ヘックマン=ヘルティのピアノ、ロベルト・ヘックマンのヴァイオリンによってボンにて公開初演が行なわれ[3]、その12日後の11月20日に、ブラームスとヨーゼフ・ヘルメスベルガー1世によって再演された。

 

 

③ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 op.100

(曲について)

 ヴァイオリンソナタ第1番の完成から7年を経た1886年の夏に、避暑地のトゥーン湖畔(スイス)で作曲・完成された。この時期のブラームスは多くの友人たちと親交を結び、同時にピアノ三重奏曲第3番やチェロソナタ第2番など多くの作品を生み出すなど、充実した生活を送っていた。そうした日々から生まれたのがヴァイオリンソナタ第2番である。 この後に第3番が書かれているが、第2番とは対照的に暗い雰囲気が醸し出されている作品である。

 初演は1886年の12月2日にウィーンでヨーゼフ・ヘルメスベルガーのヴァイオリン、ブラームス自身のピアノによって行われた 。
 

④ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 op.108

(曲について)

 ヴァイオリンソナタ第2番を完成させた直後の1886年から1888年にかけて作曲されたものである。当時ブラームスは避暑地のトゥーン湖畔(スイス)に滞在中で、悩みのない十分な生活を快適に過ごしていた。しかし1887年に友人で音楽学者のカール・フェルディナント・ポール(1819年 - 1887年)の訃報を受けると、孤独感などに苛まれるようになった。これらが反映されているためか、第3番は第2番とは異なり、晩年に見られるような重厚で内省的な作品となっている。これ以降ブラームスは諦観の感情を出すようになり、短調の作品を多く書くようになる。

1888年に脱稿後、ベルンに住んでいた親友で詩人のヨーゼフ・ヴィクトール・ヴィトマンの邸宅でプライヴェートでの初演が行われた。ただしこの時の演奏者や日時は不明である。公的な初演は1888年の12月21日(22日とも)にブラームス自身のピアノ、ハンガリー出身のヴァイオリニストのイェネー・フバイによって、ブダペストで行われた。1889年にベルリンのジムロック社から出版され、良き理解者であった指揮者のハンス・フォン・ビューローに献呈された。

ヨーゼフ・シゲティは、この曲の試演がシゲティの師イェネー・フバイとブラームス自身によって行われ、その20年後にフーバイとレオポルド・ゴドフスキーの演奏をブラームスが聴いたこと、フバイからブラームス特有のテンポ指示について学んだことなどが語り、自らのブラームス解釈の正当性を主張した。しかし、自らジャケット裏面にそうした解説を書いたLP(米コロンビア ML5266)は、皮肉なことにアメリカの音楽雑誌『ハイ・フィディリティ』誌上で、当時人気のあった評論家ハロルド・ショーンバーグにたったの3行でけなされ瞬く間に廃盤となり、その後も長く復刻されなかった。


【演奏の模様】

①Vn.とPf.のためのScherzoハ短調 WoO2 「F.A.Eソナタ」 第3楽章

 冒頭からパパパハパーン、パパパハパーンと速い激しいメロディを両者とも立てて、ほぼ同じテンポで弾いています。伊藤さんは相当強くピアノを叩いていますが、漆原さんのVn.も負けてはいません。中間部辺りからVn.はスピードを落とし、ゆったりした旋律を奏で始めました。暫し美しいブラームス特有の節で歌いあげ、すぐに最初の激しいテンポに戻りました。最後少し穏やになるも、一気に終了の音に滑り込んだ感じでした。

 中間部でVn.が流した旋律以外は、両者とも荒々しさを感じるだけで、繊細な音の妙は全然ない曲でした。この激しさは一体何なのだろう?

 

②1番ソナタ

この曲は「雨の歌」という象徴的な場面を含むので、ソナタの中では一番有名なのかも知れません。実はこの演奏会の翌々日に、主に外国で活躍してきたヴィルトゥオーソとも言える演奏者による同じ曲の演奏を聴く機会がありました。日付けの順番は前後しますが、以下にその時の演奏の模様を抜粋引用します。

2022-12-12Hukkats Roc 堀米ゆず子&ヴァレリー・アファナシエフ 《奇跡のデュオ》(抜粋)

 

④ブラームス『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番 ト長調 op.78』

 <演奏>ヴァイオリン:堀米ゆず子、ピアノ:ヴァレリー・アファナシエフ 

さてこの曲は三楽章構成で

Ⅰ.Vivace ma non troppo

Ⅱ.Adagio

Ⅲ.Allegro molto moderato

この曲の第三楽章冒頭で、自らの歌曲「雨の歌 Regenlied」作品59-3の主題を用いているため「雨の歌」という副題が付けられています。

④-Ⅰ.

 Pf.が低く入りすぐにVn.も低い音で参加、くねくねくねと上行するVn.Pf.の主題の演奏、とても綺麗な音を立てています。堀米さんのVn.演奏も③シューベルトの時よりは音が鳴っていたと思います。

 Vn.のpizzicato演奏下、Pf.は旋律を強く打鍵、相当大きな音を立てている。アファナシエフの演奏は一個一個の音が美しく旋律表現も柔らかくシューベルト演奏にはうってつけではないかと思った。Vn.も大健闘、音が伸びやかでした。

④-Ⅱ

 Pf.が伴奏的な旋律を大きな音を立てて暫く前奏した後、Vn.が入ります、少し音を響かせて上に上がり、又響かせては下に下がる音でかなり情念が籠った感じのする強い表現を両者ともしている。

 Vn.の重音が続き再度、少し音を響かせて上に上がり、又響かせては下に下がる音を立て、堀米さんは、さらにその変奏をさらには重音演奏で滔々と音を響かせて最後はPf.共々静かに音を収めるのでした。

④-Ⅲ

 短調のVn.の調べが、Pf.の伴奏で響き渡り、所謂「雨の歌」の旋律で、Vn.はもの悲し気に歌います。同時にPf.もポポーンポポーンとフォローしている。

 実はこの演奏会の前々日に『ブラームス・ヴァイオリンソナタ全曲演奏会』があり聴きに行きました(記録は未完遂)。そこで演奏されたVn.とPf.の関係と今回の演奏をどうしても比較したくなります。今回はこの曲でもやはりアファナシエフのピアノ演奏が目立ってしまっています。これは座席のせいではないと思う。鍵盤が良く見える二階の斜め前席ですから、ピアノの音は大きく開いた響板に反射し斜め前より真正面に大きく響くでしょうしVn.の音は楽器を中心にが逆円錐状に上に広がるでしょうから、ピアノの音がヴァイオリンよりも卓越して聞こえたのは、矢張り演奏が原因だと思います。アファナシエフはVn.奏者の方は一向気にしていない様子で自分の演奏に没入している感じ、一方、堀米さんの方はやや疲れを見せた演奏で音がやや小さく(③のシューベルトの時程ではないですが)聞こえました。音の美しさはピアノが優っていました。これは前回聴いた時と大違いだった点です。

これに対し今回の藝大教授コンビの「雨の歌」の演奏は次の様なものでした。

②-1楽章

 美しいロマンティックな中音域のテーマ旋律がVn.から流れ出し、くねくねくねと下がる旋律がお洒落感あり。ピアノがテーマを繰り返しVn.は重音を立てています。漆原さんの起伏有る演奏が絶妙に聞こえます。どちらかというとやや速いテンポでしょうか?高音域に競りがる箇処も綺麗な音が鳴っていました。

 Pf.も力がのって来て、相当な力演と見えます。Vn.が上向してピーク音に達し、pizzcatoに代わった処でPf.がテーマを繰返しましたが、何故か強い旋律の印象はありますが、本来の綺麗なPf.の響きは感じませんでした。すぐにVn.が入り高音から下降する旋律、Pf.もカノンの如く後を追い、あたかも二羽のモンキチョウが戯れ合って近づいては離れ、離れては又近づき飛ぶ様を連想出来る様な相の手を入れ合う二人の奏者でした。中間部では相当の強い大きい音を立て、又テーマに戻りゆっくりと暫し静むと再度盛り上がる兆候を見せ、Vn.はくねくねくねと弓を弦の上で揺すらす様な運弓が見えました(割りと前の席だったのでVn.は良く見えました。Pf.鍵盤は無理ですが)。 ブラームスは作曲家であると同時にピアニストでしたから、Pf.と他の楽器の組合せの曲でも、大抵の場合 Pf.に活躍の場を設けている場合が多いのですが、特に今回の曲はタイトルに ❝Sonate für Klavier und Violine Nr. 1 G-Dur op. 78❞とPf.とVn.を対等に考えている筈なのですが、どういう訳なのか、Pf.の音は結構大きく目立って聞こえることも有りましたが、Vn.の活躍が優勢だったという印象が強い楽章でした。

②-2楽章

 Pf.先行で少しためらい気味の前奏が鳴らされ、Vn.が物悲しい旋律で入りました。ダターンと鳴るPf.に合わせてVn.も同じリズムで合わせている。この辺り両奏者は淡々と駒を進め、Vn.の重音演奏も何となく悲し気に聞えます。かなり力を入れて演奏しているのですがPf.は一楽章と同じ印象、ピアノの美しさは感じられませんでした。これが病床にあったクララの息子に献呈された曲なのですね?見舞い的なものは普通励ましたり、元気が出る様な送りものが多いと思いますが、何かクララの気持ちを汲んだ悲しみに溢れた雰囲気の曲で、常人だったら益々落ちこんでしまいそう。最後の重奏音等苦しみ、もだえさえ感じます。漆原さんの演奏は、さすがと思える美しい旋律を奏でていました。テクニックも完璧。

②-3楽章

 冒頭にドイツの詩人クラウスグローツの詩(雨が降る幼い時の思い出の詩)にブラームスが旋律を付けて歌曲にした『雨の歌』の旋律を基とした主題がVn.によって演奏されます。参考までにこの8つの歌からなる歌曲の、関係するメロディの部分の歌詞を抜粋して以下に記します。

Walle,Regen,walle nieder,  
Wecke mir die Träume wieder,
Die ich in der Kindheit träumte,
Wenn das Naß im Sande schäumte!

Wenn die matte Sommerschwüle
Lässig stritt mit frischer Kühle,
Und die blanken Blätter tauten,
Und die Saaten dunkler blauten.

雨よ降れ、降れ
子供のころのあの夢を
もう一度呼び覚ましてくれ、
雨水が砂の上で泡立つ時に

すがすがしい冷気に、たちまち
夏のものうげな暑さが和らぐ時に、
そして青い葉が雨にぬれ
麦畑がいっそう青くなる時に

 

~~~~~~<中略>~~~~~~~

Walle,Regen,walle nieder,
Wecke meine alten Lieder,
Die wir in der Türe sangen,
Wenn die Tropfen draußen klangen!

Möchte ihnen wieder lauschen,
Ihrem süßen,feuchten Rauschen,
Meine Seele sanft betauen
Mit dem frommen Kindergrauen.

雨よ降れ、降れ
あの昔の歌をもう一度呼び覚ましてくれ
雨だれが外で音をたてていたときに
戸口でいつも歌ったあの歌を

もう一度、あの、やさしい湿った雨音に
耳を澄ませていたい
聖なる、子供のときに感じた畏れに
私の心はやさしくつつまれる

 

 そう言えば関係ないですが、八代亜紀も歌っていましたっけ、❝雨あめ降れふれもっと降れ、私のいい人連れて来い❞って。 雨は古来東西を問わず、人の心を感傷的にし人恋しくするのですね。 日本にも留学したことのある中国清朝の女性革命家秋瑾が、刑死に及んで読んだとされる❝秋風秋雨人を愁殺す❞という言葉もある位ですから。

 この一番のソナタは、以上の「雨の歌」の由来も有り、一番有名です。しかし曲調としては暗い、寂しい、或いは悲しみさえ感じる曲です。お二人の演奏は素晴らかったのですが、余りそうした暗さよりは、音楽の勢いが感じられる演奏だったと思います。

 

③2番ソナタ

第1楽章 Allegro amabile

第2楽章Andante tranquillo - Vivace

第3楽章Andante tranquillo - Vivace

 

これはもう文句なく今日一番のピアノとヴァイオリンの演奏でした。ピアノのソロ部分も長くあり、ここで初めてPf.の優しい音、綺麗な旋律が迸り出て、またVn.の旋律も実に美しい箇所が多くはめ込まれていて、ブラームス会心の作ではないかと思います。伊藤さんも漆原さんも会心の演奏だったのでしょう。将に「Sonate für Klavier und Violine」、ピアノがヴァイオリンと対等に渡り合った演奏でした。

 

④3番ソナタ

第1楽章Allegro

第2楽章Adagio

第3楽章 Un poco prest e con secentient

第4楽章 prest agitato

 

 第1楽章の冒頭、ヴァイオリンがロマン的でメランコリックな主題を奏で始めると、ピアノが右手と左手で穏やかなシンコペーションを奏でているすぐに両者ともかなりの強さで演奏、ブラームス節(ブラームスらしい旋律)が変奏も含め、何回も繰り返され玄人向きの楽章か?終結部はテンポを緩め静かに終えました。

第2楽章

 カヴァティーナ風の穏やかな旋律が流れ、ゆったりとしたテンポでG線のヴァイオリンで奏でる柔和な歌に始まり、抒情性豊かに歌われる。将に歌ですね。ここはどこかから引用したのでしょうか?漆原さんの演奏はきっかりと定格に沿った模範的演奏、個人的には枠をはみ出した歌を歌う様な抒情性をもっと強く出して貰いたかった気もします。短い楽章でした。

第3楽章

 スケルツォ風(2拍子)の楽章。Pf.がポポンポ、ポポンポ、ポポンポ、ポロロロと何回か繰り返して先行し、Vn.が入りすぐにPf.と同じ旋律を繰返しました。憂愁の度合いが増して暗い情感が全体を覆う。Vn.が弓の根元で強い引き弓の音を立て前半はピアノも含め、かなり激しい演奏。このテーマを繰返すPf.にpizzicatoで応じるVn. 相当力を込めています。この楽章も短い。

第4楽章

 ジャジャジャジャジャジャ、ジャジャジャジャジャジャとこれまでの憂鬱な雰囲気や感情を払いのけるかのように、激しい響きのVn.重音で開始,中間部もかなり鳴らす両者でしたが、最終部の初めではVn.の美しい旋律も流れました。総じて激しい力の籠った両者の演奏が目立った楽章でした。

 全ての曲を聞いて振り返ってみると、やはりソナタ2番がピアノ演奏もヴァイオリン演奏も、圧倒的に印象的でした。こうした雰囲気の曲が好きなだけかもしれませんが。

演奏が終わると満員の小ホールからは大きな拍手が起き、何回か伊藤さんと漆原さんは袖から呼び戻され、アンコール曲を演奏する旨を漆原さんが宣言して二人で弾き始めました。

 アンコール曲は、シューマン『3つのロマンス』より第2曲。有名な美しいメロディの曲です。今日のブラームスソナタ全曲を聴いたばかりでこの曲が耳に入ってきた瞬間❝あれ、随分ブラームス的な旋律だな❞と思ったのですが、逆ですね、ブラームスの曲が長年師事したシューマンの影響を受けたのでしょう。